秘湯じゃないようです
ビンデバルトを出て3日目。古都・アンシヤンヌのある国・ヌーヴェルバスク共和国に入ったところ。
ヌーヴェルバスク共和国はその名の通り、君主がいない国だ。各地から代表を中央に集めて政治をしている。地方によっては格差を感じることもあるが、農業や観光などそれぞれに特徴を出してそれなりに豊かに暮らせてるらしい。というのが、事前の勉強。
実際入ってきたものの、観光だぜ! みたいなものを感じない牧歌的な雰囲気。古き良きヨーロッパのイメージだろうか。
すれ違う地元の人に温泉のことを聞くと、「この辺りは色々なところで沸いているので、秘湯なんてものは無いよ。うちの自宅だって温泉さ」という、なんとも羨ましい話だった。
「この国の人は当たり前すぎるのかしら」
エルフリーデの疑問ももっともだ。この世界の人が温泉を知らないのではなく、この国の人が知っているということだろう。
それはさておき、エルフリーデの師匠が見つけたところを探さなければならない。秘湯、なんてものはないのはわかった。だからこそ手掛かりがない。
「戦いに疲れた剣の達人ってなると、世を忍ぶ仮の姿とかだろうし、人に聞いても教えてもらえると思えないし……」
これは探すのは骨が折れるぞ、と思っていたのだが、エルフリーデは意外なものを見つけて俺に伝えてきた
「ねぇ、タナカ……これって」
呆けている顔をしたエルフリーデが指さしたのは、【剣術士ミニョーの健康温泉道場】と書かれた派手な看板だった。
「あからさま……」
心の声が思わず口に出てしまった。
ひっそりと余生を過ごすどころではなく、自分の長所を売りにしているちゃっかりさんっぽい。
「ミニョーさんと温泉、国境のところ、っていうとおそらくここかと思うんだけど」
エルフリーデも呆気に取られている。剣術を教えてもらってた時のイメージとかけ離れているのだろう。
「派手だねぇ」
「えぇ、ちょっと引いてるよ」
看板の周りには花が飾られていて、少し乙女っぽい一面がある。
「でも、歓迎されているような看板だから――入ろっか?」
「そうね、行ってみたらわかるよね」
街道を逸れるルートになるが、砂利が敷かれていて道はしっかりしている。マテンロウも歩きづらそうではない。
5分くらいだろうか、それなりに進んでも先には小高くなっていて木々が生い茂っていた。不安になりそうなところ、メイド服を着た女性が農作業をしていたので聞いてみた。
「すみませ~ん、剣術のミニョーさんはこちらで大丈夫でしょうか?」
その女性が立ち上がり、俺たちの方へ振り向いた。
右手にはナイフ。口元は赤く滴るものがあり、女性の目は鋭く俺を睨み、何か始末をしたような雰囲気を醸し出していた。
「ブルルル」
マテンロウが立ち上がろうとした。殺気を感じたのだろうか。
だがそれは杞憂だった。近づいてきたときにわかった。左手に持つ籠には大量のトマトが入れられいた。普通に収穫中だったようだ。
それでも落ち着かないマテンロウをあやしつつ、あらためて「ミニョーさんのところはあっちですか?」と向こうにある木を指した。
その女性は俺とエルフリーデの姿を確認した。「えぇ」と短く答えて頷き農作業に戻った。
反応の薄いその対応に、俺たちは顔を合わせ、首を傾げつつも、方向的に正解ならばと、そのまま足を進めた。
小高くなっているところを登りきると、木々の間から向こうに建物が見えていた。
パコン! と薪を割る音が周囲に響いている。おそらくそこに居るのだろう。エルフリーデと急いで向かったら、上半身裸のムキムキ爺さんが斧を振り上げていた。
ビンデバルトの元国王といい、この国にはマッチョ爺さんが多いのだろうか……。少し鍛えてみたほうが良いのだろうか。
「お、エルフリーデかい? 大きくなったねぇ」
白髪の爺さんが明るく陽気に出迎えてくれた。薪を割っている姿は紛れもなく剣術士っぽかった。この人がミニョーさんのようだ。




