エリアス
ソフィアさんの遺体は、ジョバンニの計らいでグレンツェから取り寄せた保冷庫に納められていた。
これでオイレンブルクまで戻っても家族葬に問題なく到着できる。一人で馬で駆けるとは違い、大事に傷がつかないように運ばなければならなかったので、その配慮はありがたかった。
ジョバンニが事前に話を通してくれていたおかげで、コンツを抜け、国境はスムーズに抜けられた。
オイレンブルクに入った時には、10人ほどの騎馬が待っていた。見た目の武装は軽微で仰々しさが無いが、一糸乱れない隊列だ。俺とエルフリーデは列の後方で付いている。その後方にフィンも同行している。
城までは、3日ほどかかった。
*
俺もフィンも礼服を持っていないので、ベン国王が手配してくれたので、別室で着替えさせてもらっている。
用意されていたのは、黒い衣装。前の時代に使っていた礼服の黒に比べて薄い黒色。漆黒に染めるのはまだ難しいのだろうか。よく考えるとこの世界で初めて着る。
普段来ている服だったり、前の世界の服なら問題なく切れるのだけど、貴族が着るような、さらに礼服となると勝手が違う。
シャツの着方はわかった。その上に羽織るジャケット? どうやってボタンを留めたらよいのだろうか。
説明を聞こうにも、この控室には俺とフィン、あと着替え終わっている一人がいるだけで、お手伝いさんみたいな方はいない。
よく見ると、フィンはスムースに着替えることができている。
「なんでわかるの?」
コソコソっと耳打ちした。
「舞台の葬儀のシーンで着たことがあるから」
そう言うものの、最後にオビみたいなものが残されていて、それをどうするのかわかっていなかった。俺はジャケットさえ手間取っていた。
すると、俺たちを遠目に見ていた一人が立ち上がって、手伝ってくれるとのことだった。
「まずこの帯は――」
肩からかける襷だったようだ。本来は勲章とかつけておくものらしいが、葬儀の時は簡略された黒の襷をかけるとのこと。
それでフィンの衣装は完成した。次は俺の方だけど、その人とフィンの二人でさっさと整えてくれた。七五三の子供のように、されるがままだった……次は自分でできるように練習しておこう。
「その、すみません、何から何まで」
「いえ、自分の幼かったころ、母にやってもらっていたことを思い出しました」
そういう彼だが、どことなく……というか、この部屋、男性の控室にいるということは第一王子ということか?
「もしかして、失礼ながら……」
「申し遅れました、私、エリアス、エリアス=オイレンと申します。この度は母について、お二人にはお世話になりました。お礼が遅れて申し訳ありません」
やはり王子! そしてなんて腰の低い、丁寧な人なんだ! いや、もっと横柄であってくれ。ベン国王といい、エルフリーデといい、偉ぶっている、物語の中にいる王みたいなのは居ないのか。というツッコミをしたくなるくらい好青年である。
「いえ、こちらこそ王子に手伝ってもらうなど……かたじけなく思います。私、商人をしているタナカと申します」
「自分はフィンと申します」
二人とも片膝をつき礼を失しないように挨拶をした。
しかし、それはすぐに不要だと言われ、顔を上げ立ち上がる。
「私には妹が3人いるだけだったので、同世代の男がここにいてくれるだけで嬉しいんですよ」
エリアスは肩をすくめて照れ臭くしている。子供のころから散々色々あったのだろうか。
「あなたがフィンさん……私のお兄さんですね?」
「王子の兄だなんて、滅相も無い」
「いえ、異父ではありますが、紛れもなく兄です。母をしっかりとサポートしてくださり、兄妹を代表して感謝させていただきたいです」
「しかし、それは……」
生きていて会わせることができれば良かった、そんなところだろうか。エリアスの素直な感謝に対していもフィンの顔は曇っている。
「母の望みもあったのだろうと思います。そう自分を責めないでください」
エリアスは察したのか、フィンの手を強く握り、目を合わせ、頷く。
「ありがとう……ございます」
フィンはその言葉で、ソフィアさんと暮らして、病の補助をしていた生活、金銭的に苦しかった生活などが救われた思いになった。少し涙ぐんでいる。
「タナカさん、あなたも。父から聞いています。母が最後にエルフリーデと過ごせたのはあなたのおかげだとか。他にもエルフリーデがお世話になっているとか。ありがとう、ありがとう」
エリアスは俺の方をバンバンと叩き、抱きしめた。あの両親に育てられるとこういう王子になるんだ。次の世代も安心して暮らせそうだと思う。
「でも、俺が家族葬に出ても良いんでしょうか?」
ソフィアさんは家族葬を願っていたと思う。俺は家族ではない。と思って行ったのだが、フィンも「それなら俺も」と言っている。いやあなたは王族ではないけど100%ソフィアさんの家族だろうに。
そういうのは杞憂だったようだ。エリアスが首を振る。
「あなたたちがいなかったら、こうやって母も幸せな最期を迎えられなかったでしょう。だから参加してもらわないと困ります。父、私、エルフリーデは望んでいます。他二人には聞いてませんが、多数決で決まっています」
それを聞いて安心した。フィンと顔を見合わせて、しっかりとお見送りさせていただこう、と思った。
さっきも感じたが、この国の王族は相手の気持ちがわかる良い人ばかりなのだろう。良い国に生まれて育ったんだと感謝した……のもつかの間、控室から出て皆が集まる前室に来た時に、やっぱりイメージする王族もいるんだ、と思わされた。
「なんで商人がここにいるの?」
というご挨拶である。




