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母から最後の言葉

 エルフリーデはまだ一人で乗るには不安定だったこともあり、俺が前、エルフリーデ後ろに、二人でマテンロウに跨りながら会話をしている。


「ねぇ、お父様に伝えたのって、タナカでしょ? 突然来てビックリしたわ」


「うん……そうだなんだけど、エルフリーデの護衛を呼び出してお願いしたんだ」


「え? リナがタナカの前に現れたの?」


 あ、あの忍びはリナって言うんだ……ん?


「エルフリーデは知ってるの?」


「そうね、昔は一緒に遊んだこともあるから……でもいつからか、あまり姿は見せないようになっていたわ。護衛するのに支障があるとかで、リナのお父様が言ってた」


「そうなんだ……」


 リナのお父様ってのは、たぶんベン国王についている忍びのことだろう。こういうところは、やっぱり庶民や弱小貴族とは異なるところだと思わされる。


「そのリナに頼んで伝えたんだ。思ったより早く来たのには驚いたけど」


 あとでベン国王に聞くと、細かい連絡は再開した時から定期連絡が行ってたらしい。病気についても俺の予測を伝えていたらしく、準備はしていたそうだ。亡くなったとわかった時に速報が飛んでいて、タナカが急ぐようにと言った時には、すでに途中までは来ていたようだ。


「お母さんはお父様にあの姿を見られてよかったのかなぁと思ったんだ……」


 乙女心を考えると、病に侵されている姿を、愛している人に見られるというのは、もしかしたら男の俺が考える以上に辛いのかもしれない。


「エルフリーデだったらどうなの?」


「私? 私は……できれば見られたくない。けど、そうは言っても死んじゃってるし、あとの人たちにお任せするしかない状態だから、寂しい、って思ってくれる人がいるなら、見送ってもらいたいかも」


「そっか……」


 複雑な気持ちだけど、残されたものの心情を考慮すると、見られても良いってことだな。


「だから、タナカがやってくれたことは感謝しないとダメだね。ありがとう」


「そう思ってくれるなら、連絡してよかったよ……リナにも感謝だね」


「そうだね。任務の定期連絡だったようだけど、結果的にね……あ、でもでも、ジョバンニさんも来たのはもとビックリだったよ。まさかビンデバルトの前国王とか!」


 ジョバンニも会いに来た時に、理由と正体を明かした。「もっと早くに見つけて保護できていれば」とお詫びも伝えられた。ただ、それはソフィアさんの生き方を否定することにもなりかねないので、深く話ことはなかった。


「これから今のビンデバルト国王の補佐をするってことだよ。だからもっとこの国は安定して良い方向に向くと思うよ。ソフィアさんたちが住んでいた地域を見て、国民の生活水準をもっと底上げする、って息巻いてたからね」


「まだまだ元気そうで何よりだったわ。この国も良く――」


 少し話に集中し過ぎていたみたいで、強靭とはいえマテンロウも躓くことがある。こけないところがこの馬の強さである。黙々と走っている。


 だが、ガクっとなったことで、エルフリーデが大勢を崩しそうになった。


「――キャッ!」


 グっと強く、俺の腰を締め付け、顔と胸を俺の背中に押し付けた。


「だ、大丈夫か?」


「う、うん……大丈夫」


 振り落とされることはなかったようだ。安心した……安心したけど、密着度がヤバイ。


「「……」」


 会話で盛り上がってたこともあるが、少しの沈黙がより一層静けさを感じる。そしてお互いの心臓の鼓動がわかる。これは落ちそうになったからか、それとも。


 海岸まで、会話が途切れてしまった。



 夕暮れの海岸。ちょうど太陽が落ちていく、黄昏の時間だった。水面が黄金色に輝き、キラキラと美しい。


 俺はフィンから預かっていたソフィアさんからの手紙をエルフリーデに渡した。エルフリーデはそれを躊躇いながら、開く。


 何とか力を振り絞って書いたであろう2枚の手紙。ゆっくり文字をなぞるように読んでいる。


 読み終えたとき、泣きじゃくると思ったが、そうではなく、泣くのを我慢し、「読んで良いよ」とすぐに俺に渡してきた。


 俺がもらった手紙より、文字が辛そうになっている。


『私の大好きなエルフィ。まずちゃんと謝りたいです。あなたが幼いころ、出て行ってしまって申し訳なかった。もっと一緒にいてあげたかった。でも事情は説明した通り。私のわがままでごめんね。そのまま合わずに死んでいくんだと思っていた。死期が迫ってきたのがわかったら、やっぱり会いたくなっていたの。でもどうしてでしょうね、そうなるとますます体の調子が悪くなって、家から出るのもつらくなっちゃった。罰が当たったんだろうと思うようにしてた。でも、そんなときあなたが現れてきた。とても綺麗になって。天使がやってきたように思えたわ。一番かわいがっていたあなたを国外に旅に出すって、あの方が許すなんて。エルフィとの最後の時間はとても楽しかった。そう、もう駄目だって思った時に来てくれたから、私も頑張れて、神様に生かせてもらえたんだと思うの。だからあなたは自分を恨んではダメ。私は予定より1カ月長く生きられて幸せ者なの。エルフィ、あなたのおかげよ。そしてあなたはこれからもっと前向きに旅に出なさい。私の天使を連れてきてくれたタナカは、もっとあなたを良い方向に連れて行ってくれると思うわ。だって、タナカって年齢の割に不思議なところがあるでしょ? あなたにとってもっといろいろ教えてくれると思うわ。人生をしっかりと楽しみなさい。最期に幸せだったと思えるように生きなさい。エリアス、クラウディア、リーゼロッテにもよろしく伝えておいて。お母さんはそれなりに幸せだったって。それと、ベンにも。感謝を伝えておいてね。それじゃあまた次に生まれ変わって会いましょう』


 ソフィアさんは長い病だったので、常に死について向き合ってたのだろう。聖人としての何かを感じそうだ。それに俺のことも何か気づいてたのだろうか。認めてもらえてるのは嬉しいと思う。


「読んだ?」


 エルフリーデが聞いてきたので「うん」と頷き手紙を戻した。


「じゃあ、泣いて良い?」


 俺が読み終えるまで我慢してくれていたようだ。かわいいじゃないか。


「良いよ」


 俺も遠慮なく、この胸を貸す……ガッチリしてなくて申し訳ないが。そして大きな声で泣けば良い。そのために誰もいない海岸に連れてきたんだから。

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