手紙
昼過ぎ、ジョバンニさんがソフィアさんの家にやってきた。ちゃんと顔を見ておきたいということだった。
昨日の夜帰ってきてから、エルフリーデは泣き疲れていたのか、ベッドにもたれ掛かり眠りについてた。
俺はフィンに状況を話した。オイレンブルクの国王が葬儀に来る、ビンデバルトの前国王も。フィンはため息をついた。嫌だということではなく、大変だと。
ソフィアさんは大々的なものはして欲しくないというのが意向だった。だからこの周囲の人も昨日のうちに別れの挨拶を済ませてもらっていた。
葬儀もできればフィンだけで済ませたいと思っていたが、エルフリーデが来たことで、俺も含めて三人くらいだと思っていたらしい。
墓の場所などはまだ決めていないらしい。フィンとしては自分が墓守をすることになると思っていたので、近くの共同墓地で考えていた。ただ、ベン国王が来るとなると、また少し話が変わってくるかもしれないので、それは後程再検討となった。
ソフィアさんが俺宛に書き残してくれた手紙を受け取った。
『タナカさんへ。エルフィを外の世界に連れ出してくれてありがとう。あなたとの話をとても楽しくするので私も一緒に体験した気分で楽しくなります。体について考えてくれてありがとう。言いづらかったけど、結構末期だったと思うの。お医者さんも言ってたわ。でも、食事について提案してくれたから、エルフィも頑張って私と一緒にいてくれた。そういう貴重な時間を最期にくれて、本当にありがとう。私が亡くなるのはもう仕方がないこと。初めは怖かったわ。でも受け入れるしかなかった。そうすると案外最期まで生きようって気持ちになるものなのね。だから今、死ぬってことに恐怖は無いの。でも子供たちのことが心配だった。勝手なのはわかってるの。その不安が募っていく方が怖かった。そこにあなたがエルフィを連れてきてくれた。だからとても感謝しています。未来があるあなたたちはもっと賢く生きてください。あなたに頼むのはわがままだけど、エルフィをよろしくお願いします。』
やはり俺がやったことは意味があったと思っても良いのだろうか。ソフィアさんの体のためにはならなかったが、心のためにできたってことだろうか。
感謝してくれている手紙だと受け取って良いのだろうか。いや、たぶんそう受け取らないと失礼だろう。一生懸命生きてきて、最後にエルフリーデに会えて、話できて、幸せと思ってくれたと信じたい。
「ほら」
フィンがハンカチを差し出してきた。あぁ、俺、涙が出てたんだ。時間の共有はそれほどなくても、エルフリーデの母親であり、この世界に来て身近な存在が初めて亡くなったんだな。止まらない涙がそれを実感させる。
*
そして昼過ぎにジョバンニがやってきた。扉の開く音でエルフリーデは目が覚めた。真っ赤な目で腫らしている。
ジョバンニは礼儀を欠くことなくソフィアさんに感謝と居場所を調べきれず申し訳ないと追悼の意を述べた。
そして間もなく、次の訪問者が部屋に入ってきた。
「ソフィア!」
深くかぶったフードでわからなかったが、その声は紛れもなくベン国王だった。
冷たく固まってしまっている体を抱きしめて、妻の名前を何度も叫ぶ。
「お父様?」
どうしてやってきたのか、というエルフリーデの驚きはわかる。確認のため俺の方を向く。俺が伝えたと目配せして頷いた。
父親の無く姿を見て、またエルフリーデは涙を流している。だが、昨日と違い、父親の背中を優しくさすり泣いてる。自分だけが悲しむのではない。今は父親が別れを告げている、ということを知っているのだろう。
俺とジョバンニ、フィンは少し離れたとことでその姿を見ていた。
*
「迷惑をかけたな」
「気にすることではない」
ベン国王からジョバンニに握手を求め、応じた。
先の戦争が終結して以来、直接会うのは初めてだったようだ。ソフィアさんに関する経緯など、知っていることを意見交換している。
そしてどういう葬儀を出すかという話になっていた。ベン国王としては、国葬に準ずるものがどうだろうかと提案していたが、フィンが割って入った。
「母は、そのような仰々しいものは望んでおりませんでした。ただ、家族で送ってほしい、そういうことでした」
「ほぉ……」
ベン国王はそれから少し返事をしなかった。后の息子ではあるが、ベンの息子でもなく、今は一庶民。国王に意見するというのは殺されても文句は言えないだろう。
膝をつき、化を張下に向けているが、フィンの体は震えている。相当の覚悟を持って母・ソフィアさんの望みを伝えている。
顎を触り、目を瞑り、上を見上げ、大きな息を吐き、悩んだ挙句、ベン国王はその意見に同意した。
「よく言ってくれた。ソフィアの気持ちを蔑ろにするところだった。いままで支えてくれてありがとう。感謝する」
その言葉にフィンは「はっ」と返すのが精一杯だった。なにより、新たなトラブルにならなくて良かった。
ただ、夫として、墓は自国・オイレンブルクに作りたいとお願いを伝えた。フィンもそれを了承した。命令ではなく「良いか?」と聞かれることに驚いていた。
フィンが自由に墓参りできるように通行証の取り計らいもされることとなった。
それからは遺体をそのままにしておけないので行動が早かった。さすが、前国王と隣国の現役の王。決断すれば早い。
そうなると、俺やエルフリーデが出る幕が無い。悲しむ間も無く、部屋が片付けられていく。
エルフリーデと俺は、明日には一度オイレンブルクへ戻ることになる。
大きな葬儀はやらないにしても、家族で見送る小さな式はやる。それはビンデバルトではなくオイレンブルクで。
もちろんフィンも行くだろう。そしてソフィアさんの子供、つまり、エルフリーデの兄弟も集まる。俺もベン国王から参加するように言われている。
「エルフリーデ、ちょっといいかな?」
やれることのない俺たちなので、エルフリーデを外に誘った。
「ちょっと海岸まで行かない?」
フィンから預かっている、ソフィアさんの手紙をエルフリーデに渡さなければならない。
内容は知らないが、たぶんまた大泣きすることになると思う。それはこの場所ではなく、誰もいない海岸が良いと思った。
「そうね……また当分来れないかもしれないし」
まだ目が赤いが、現実を受け入れているのだろう、硬い表情だが、俺には頑張って笑みを返してくれている。




