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くんれん

 サンシータあらためシータという新たな仲間を迎えることになった俺達は、とりあえず再び霧の自宅へと引き返すことにした。


 これまでの目撃例やシータの話を踏まえると、どうやらこの先の階層には樹魔(トレント)という木に擬態した魔物が待ち構えているらしく、ティの「階層ごと焼き払ってくれるわ」という物騒なつぶやきから察するに、一匹二匹ではなさそうな雰囲気だった。


 それに、人族の追っ手が上層だけではなく下層からも来ると分かった以上、もはや急いで進む意味が無くなってしまっていた。


 ここから戦闘が増える可能性を踏まえると、シータという新戦力と俺達とで調整が必要だ。

 少なくとも、俺、サキ、ユキという前衛達との連携ができる程度には互いを知っておきたいし、俺もシータに戦い方を教えてやるみたいなことを言って勧誘してしまったからには先にそれを教えたほうが良いだろう。


 それで、シータと俺達の再訓練がてら一旦我が家へと引き返し、今後の作戦やら準備やらを少しやり直すことにした。



 【白昼夢】スキルで皆でゾロゾロと引き返し、メイにあらためてシータを紹介した。

 我が家こと不思議屋敷の案内やここでの生活の色々についてはメイに説明してもらうことにした。うちのメンバーでもっとも常識がありそうなのがメイであり、そして俺すらも自分の家の仕様については理解していないから、説明はメイに頼むしかなかったとも言える。


 もしシータが「この部屋には入らないように」という説明を受けた場所があれば、あとで俺にもこっそり教えてもらうつもりだ。


 うちの仲間達、特にサキ、ユキとシータの関係は良好そうだ。

 サキ、ユキには他に歳の近い仲間がいなかったらしく、子供の頃から年配者とばかり接して来た彼女達にとってシータのような兄貴分の存在は新鮮で楽しいものらしい。また面倒見の良いシータの方は新たな妹分のような態度で彼女達に接しているように見えた。


 ...俺なんて急にかわいい妹とか増えたなら間違いなくドキドキオロオロしちゃうのに、変わらぬ態度でいられるシータ(イケメン)と俺との致命的な性能(スペック)差を感じてしまうのは否めない。


 シータの力こぶを作るようなポーズで曲げた腕にサキが意味もなくぶら下がっている一方で、ニアはこれまでと変わらぬ様子だった。

 俺よりもひと回りは体格の大きなシータの、よじ登りがいのありそうな背中にニアが登頂しなかったのが少し意外だった。きっと俺と(つた)オバケだけに共通する登りやすい何かがあるのだろう。


 蔦オバケはティが言っていたように23階層の奥へとしずしずと去って行き、骸骨戦士は【白昼夢】の霧の奥、ティがどこかへ繋いだのであろう領域(...妖精の(さと)かな?)へと去っていった。

 ...二人が去って行く姿になぜか、危険な外来種を違法に放流する無責任な飼い主にでもなったかのような(?)、心がざわざわする感覚がそこはかとなくわき立ってしまった。


 そして、霧の我が家へ戻って早々、


「まだ、この光景には慣れませんね...」


 シータがそうつぶやいた。


 そう、それなんだよ! 俺はそう思ってくれる仲間が欲しかったんだ!

 普通は歩いているうちに霧に囲まれて、霧を抜けたら河原に着くようなことがあったなら、恐怖で震えるはずだろう? 感動している余裕なんて無い。それこそ霧の向こうから骸骨でも出てきやしないかと不安になってくるはずなんだ。


 ...だけど(シータ)もすぐに、色々と慣れちゃうんだろうなぁ。慣れって怖いなぁ。



 みんなで昼食をとったり今後の予定を話しあったりした後に、早速、シータを交えた戦闘訓練を行うことにした。



「まずはサキ、ユキが、基本から教えてあげてくれ」


主様(あるじさま)は教えて下さらないんですか?」


「あぁ、もちろん俺も教えたり教わったりはするつもりだけど、なんというか...」


 人に何かを教えることは、サキ、ユキにとっても良い練習になる。誰かに何かを説明するには、それをちゃんと理解していないと言葉で表現できないものだから。

 ...という理由はさておき、別の理由の方を伝えることにした。


「...俺よりもサキやユキ達の方が、初心者のシータの気持ちや悩みがよく分かってあげられるからなんだ」


 前世で祖父(せんせい)に色々と教わった俺よりも、つい最近俺から色々と教わった二人の方が色々なことを覚えているはずだ。

 俺がもう忘れてしまったような初心ならではの感覚が二人にはまだ残っていて、その感覚でシータへ色々と助言(アドバイス)できると思うんだ。


「分かりました、主様!」

「ビシバシ教えますっ!」

「ビシバシ、バキボキ、メッキョメキョに教えてあげたまえっ!」

「いや、できれば優しく、教えてください」


 とはいえ、まず最初にやるのは構えとか攻撃防御の基本とか、地味な練習だ。


 と、いうよりも俺が教えるのはきっと終始、地味な練習だけだろう。

 真っ直ぐ突くとか円を描くように受けるとか、延々と基本的な型を繰り返しては、実際にそれを使ってみるという練習くらいしかやらないだろう。


 必殺技とかは無い。

 普通、顔を殴ればそれがもう必殺技だ。鍛えに鍛えた屈強な野郎どもがグローブや防具をつけて試合をしたって、死ぬときは死ぬくらいに効いてしまうものなんだ。突きも蹴りも投げも、その全てが必殺技だ。


 そんな練習を俺は幼い頃から日常的にやっていたから何の疑問も感じなかったけれど、普通の人達はそんな地味で面白味のない作業には早々に飽きてしまうものらしい。

 文句一つなくついてくる目の前の三人、むしろ興味津々(しんしん)で色んな質問をしてくる彼らは本当に真面目だなぁと感心してしまう。


「...アニキ...ゴホン、(ボス)は、教えるのが上手いですね」

「えっ。そう? ...まだ何も教えて無いような気がするけれど?」


「いえ、構えの意味とか、どうして真っ直ぐに突くのかとか、俺の質問に全て答えてくれているじゃないですか」

「...シータに戦い方を教えてくれた人はもっと違うやり方だったの?」


「俺は里では、いいから黙って覚えろと怒鳴られてばっかりだったので」


 どうやらシータの先生は理不尽な方の体育会系の人(?)だったらしい。先生が見せた型を目で盗んで、それを覚える。間違っていた場合は罵声やら「愛の(ムチ)」やらが飛んできたそうだ。


 ...うーん。

 体罰はイカンとは思うけれど、どういう教え方が最適なのかは正直、好みの問題だ。

 ちゃんと一から十まで説明して欲しい人と、説明よりも一回でも多く実演して欲しい人と、もっと別のやり方を望む人と、それは人によって千差万別だ。

 シータが俺達のやり方を気に入ってくれたのならば、それは互いにとって幸運なのだろう。


「俺は里では(しか)られてばっかりだったので......もちろん俺が、色々と下手クソだったからなんですけど、ね」

「あー、シータ、人は誰しも最初は初心者のはずなんだ......ただ、シータの仕事って護衛だったんだろ? つまりアレだ、何かの失敗は即座に死に繋がるから、死を回避するためにまずは叱ってでも『止めないと』いけないわけだ」


 命に関わる環境や内容ほど厳しくならざるを得ない。自分だけでなく仲間の死にも繋がるならばなおさらだ。

 練習も厳しく、命がけで取り組んでもらわなければならなくなるのは必然だろう。


 ...だけどその場合であっても、叱るというのは『止める』行為であって、育てる行為ではない。

 育てるつもりがあるならば、目的やそこに至る手順を一つ一つ紐解(ひもと)きながら与えていって、育っていくところを待たなければならない、と思う。


 たぶん、俺がシータの里の先生に何かを教わるならば、シータ以上にけちょんけちょんに叱られることになるだろう。そう思うくらいにはシータは俺よりも物覚えが良くて有能だと思うんだ。


「...そうだなー、あとは、きっと俺は色々なことが人よりも下手だったから、その分、教えるのにも慣れているのかもしれない」


「あれ? 主様(あるじさま)、それはふつー、逆じゃないんですか?」


「サキ、人は当たり前のことって上手く説明できないじゃない?

 歩いたり、息を吸ったり吐いたり、いつのまにできていたことの『やり方』って説明が難しいものなんだよ」


 自分が簡単にできることについて、それができない人が『なぜできないのか』は理解しがたいものだし、できない人の気持ちなんて分からない。

 そして何かを新たに学ぶときも、一回ですぐに覚えたことについては、わりと簡単に忘れてしまったりするものだ。

 色々と苦労して時間をかけて身につけたことの方が、印象に残ったり理解が深まったりすることが多い。


「だから当たり前のことができなくて、それをたくさん練習した人達の方が、教え方も上手くなるんじゃないのかな?」


 歩き方や呼吸法だって、職業や競技によっては一から鍛え直す。そこで初めてそれが難しいものだと知って、教え方についても学ぶのだろう。


「それなら主様(あるじさま)、当たり前のことができない人の方が良いんですか?」

「いや、そんなことはないよ。最初から上手くできるならそれが一番だよ。学ぶものがあるならば失敗するのも悪くはない、ということじゃないのかな」


 それに、失敗ばかりだと心が折れてしまう。失敗ばかりの職場や環境で身につくものは失敗を避けたり耐えたりごまかしたりする方法であって、成功する方法ではない。


 あと、そもそも失敗が許容されない環境の方が大半だ。

 時間も予算もなく、心に余裕もなく、ゆとりは悪で効率が善の世の中だ。あらゆる事象を一発で理解して一回で習熟できる天才達を前提に世界は動いているのだろう......


 こうしてサキやユキ、シータと一緒になってのんびり練習することができる現状が何よりも恵まれているのだろう。


「...大事なのは、理想や目標に少しずつ近づいていくことだと思うよ?」

「「...目標に少しずつ近づく」」


「最初から理想に近い方が楽だけど、遠い場所から近づいていく過程を知ることや楽しむことも......二人共? なんで俺ににじり寄って来るんだ? 近づくってのはそういうことを言っているのでは無く...おい、こらっ、まだ乱取りの練習時間じゃないぞ!?」


 うちの生徒さんはたまに不真面目なところがあって困ってしまう。


 ...まぁ、俺達は命がけで何かをやる訳ではないのだし、楽しんでもらえるならば何よりだ。

 (つと)めて()いることばかりだと、少し味気ないからね。



----------


 (ボス)とヨメさん達が殴りあっている。命がけで。


 俺の妹達と変わらない年頃の女の子達が、俺より少し背の低い(ボス)にじゃれつく姿がほほえましい、なんて最初は勘違いしてしまったけれど、そんな生やさしい物じゃなかった。

 俺の里の教官と同じかそれ以上の動きを見せる戦士が二人がかりで、(ボス)に絶え間なく襲いかかっている。二人の鬼のような攻撃は、速く、鋭く、そして重々しかった。


 そして平然としている(ボス)。もう、意味が分からねぇ...


「...(ボス)、そんなにボコボコに殴られて、その、大丈夫なんですか?」


「えっ? いや、もちろん急所は外しているし、寸止めでやってもらっているから大丈夫だよ?」


 確かに上手くずらして防いではいるようだが、あの強烈な殴打を俺の腹筋で耐え切れるかどうかは自信がない。一発ならいけるが、あれはもう、もらい過ぎだ。


「...寸止めのわりにはドゴン、ドゴンと音が聞こえているんですが?」


「顔には当てないようにして、身体は()()()()かな。あらかじめ二割くらいの力でって決めてやっているんだよ」


 当て止め!? それは寸止めと言って良いのか!? いや、それよりも...


「二割...って...」


「...あぁ、あれだよ、実際に攻撃するときも十割の力で殴ったり(つらぬ)いたりする必要は無いんだよ。

 防御を崩すために力をいれる時はあるだろうけど、無防備な場所だと二割くらいの力で()()()()も充分に効いたりするものでしょ?」


「「えっ!?」」


「えっ?」


 ...『えっ』?


「...も、申し訳ありません、主様(あるじさま)。私達はてっきり、その...」

「...ずっと、()()()で殴れという意味だと勘違いしておりました」


「......」


 二人は八割の力で(ボス)をめった打ちにしていたようだ。正直、本当にあれが八割だったのかも怪しいが。


「...(ボス)、少なくともあの攻撃が二割の力だなんて、ありえない」

「...俺の命を救ってくれてありがとう、シータ」


「「すみませんっ! 次からは――」」


「あ、あぁ、うん! いいから! 大丈夫! 今までもずっとそうだったなら......次からは三割引くらいにしてくれれば、たぶん問題ないよ」

「...俺の時は九...いや、十割引きにしてください、みなさん」


「当たらなければどうということはありません!」

「サキちゃん、それ、私達が今言うセリフじゃないよっ」


 しかも、こんな足場の悪い河原で、(ボス)は二人同時に相手をし続けているんだ。

 サキやユキの二人だって、(ボス)に押されたり投げられたりしながら、それでも石の河原の上を無傷で転げまわっているわけだ。

 こんな無茶苦茶な訓練を毎日やっているのなら、三人とも異常に強くなっていたっておかしくはない。


 ...そう、ここは河原の上なのに、(ボス)やニアねーさん(本人が言うには俺より年上らしい)は歩く時に、一切足音がしないし姿勢も崩れなかったんだ。

 霧の河原をスーッと移動する二人の姿に俺は、余計に生きた心地がしなかったんだ......もう、ここが死後の世界じゃないかと勘違いしちまったんだ。


 そしてニアねーさんはあの夜、雷の嵐を天から呼び落とした。

 骸骨のアニキの話だとティ様も人族達の軍勢を「()み込んで」しまったらしい。

 ...(ボス)も魔法が使えるようだ。


 ...俺は、なんというか、この人達に拾ってもらって幸運だと思っていたけれど、今はもう、それも揺らいでいる。

 俺もここで鍛えてもらえばなんて思っていたけれど、今はもう、生き残れるかどうかで頭がいっぱいになっちまっている。


 考えてみれば、当たり前のことだったんだ。


 妖精女王(ティターニア)様と、【徘徊する逢魔】様の住まう地だ。

 オーク(おれ)にはまだ早い世界だったんだ...っ!


「心配ありませんよ、シータ」

「...っ!?」


 いつの間にか俺の背後に立っていたのは、メイ先輩だった。

 ...音も気配も無く俺の背後をとるこの人も大概だ。俺の教育係になってくれるという、無礼な客達を冥土(メイド)送りにするという伝承の『魔王の使用人』が、この人だ。


「実は私も、初めてご主人様に面会した折には何度も、何度も、地面に転がされてしまったのですが......恥ずかしながら今となってはそれも、良い思い出です」


 赤くなった(ほお)を両手で押さえてうつむくメイ先輩の仕草はかわいらしかったけど、言っている内容は微塵(みじん)もかわいくなかった。

 (ボス)、あんた一体、何やっているんですか? ...そういえば、俺も何度も投げられたな? 何やってくれてるんです、(ボス)


 そして、少し、かなり混乱気味の俺を安心させようとしてくれたのか、メイ先輩が優しい笑顔で俺をあらためて歓迎してくれたのだが......


「魔境へようこそ、シータ」


 その言葉にたぶん俺は、作り笑いに失敗していた。



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