わたしたちのたーん
久しぶりにほぼ我が家だけで過ごした一日を終えてそろそろ眠ろうと部屋に入ると、俺の寝台にサキとユキが寝ていた。
二人は「早く来ないかなぁ」「楽しみだねぇ」なんて、まるで無邪気にサンタさんでも待つ子供のように、二人の間に俺一人分のスペース(せまい)を開けておしゃべりしていた。
そっと扉を閉じた。
...いや、閉じても何の解決にもならないし、入らないことには就寝できないのは分かっているけれど、なんとなく閉じてしまった。
そっと扉を開けて、再び中の様子を伺った。
二人がこっちを見ながら、俺のための予約席をポフポフ叩いて口を尖らせていた。
二人一緒にポフポフやるから、リズムとしてはポポフポポフだったけど、いまはそれはどうでも良かった。
それよりも、そんな二人の様子に注意をとられて危うく見逃しそうになったけれど、どうやらこの俺の部屋、何かがおかしい。
...そうだ、ひょっとして、寝台と部屋の大きさが広くなっている!?
そもそも俺の部屋には、三人が横並びに眠れる寝台なんて物理的に入らなかったはずなんだ。無理やり入れたならもう寝台だけで部屋がいっぱいになる程度の広さしか無い部屋だったはずなんだ。
この家を建てる時に俺は「広い部屋は落ち着かない」と念を押して、今の家の大きさにとどめてもらったという経緯があった。
城なんて論外だけれども、ちょっとした豪邸だって俺は十分にもてあましてしまうんだ。自分が掃除できない広さの家に住むのは不安になってしまうし、眠る場所が広過ぎるのは落ち着かくなってしまうだろう。
広い空間をもらった所できっと隅っこから離れないだろうし、部屋の縮尺に合わないようなちゃぶ台と座布団を用意するだろうし、なんなら屏風やら板やらで四方を囲んでようやく落ち着いて過ごせるというものだろう。
そんな俺の庶民の主張の末にできあがったのが今の「それでも広すぎる家」だった。
俺も含めた各自用の個室はそこそこ控えめの広さで作ってもらったのだけど、その部屋数がいくつあるのか(特に『地下に』いくつあるのか)は俺にも未だによく分かっていない状況だ。
...すっかり本題から逸れたけど、そう、寝台だ。
当然、寝台もキングサイズみたいな馬鹿げたものではなく、部屋に合わせてせいぜいセミダブル程度の大きさにしてもらっていたはずだった。
...その、はず、だったのだが......いまサキとユキの二人が寝ている俺の寝台の横幅がおかしいし、それに合わせてさりげなく部屋も広がっている。
そんなまさかの間違い探しに俺はすっかり騙されそうになってしまった。あれか、これが噂のアハ体験か?
もう、そういう庶民の理解を軽々と超えてくる仕様や機能を勝手に付けるんじゃない! 建築関係者っ...!
俺がそうこう考えている間にも無言で俺のスペースを叩く二人の小鬼さん達。
二人交互に息ぴったりに叩くから、そのリズムがポポフからポポポポ...に変わっていた。
別に、俺だってそこに入りたくない訳じゃないし、むしろ...ただ......ちょっと覚悟を決める時間が、欲しかったんだっ!
結局、なんの覚悟も決まらぬままにのそのそと寝台に上がりながら、でも、その狭いスペースに俺、どうやって入るのかな? とか戸惑っていると、次の瞬間には二人に導かれるままに、もう二人の間に挟まって俺も寝ていた。
...え、なにこれ!? シュッと吸い込まれたよ!? どういう原理の罠なんだっ!?
まるで最初からこうだったかのような見事なフィット感で、俺の上に掛け布団が、左に甘い罠(小鬼)が、右に甘い罠(小鬼)が、気がつけば俺を柔らかく包みこんでいた。底なし沼でもこうも見事には包み込めまい。
さらには包み込むだけでなく、温かくて柔らかくていいにおいがするという全方位から一切の隙の無い危機が俺の自由と思考を気持よく奪い去り、抵抗する意思とか理性とか大事なものをみるみる内に削っていった! こわい! エロイ! なんだこれは!
消化液にも負けない何かで、心身ともに甘々に溶かされ始めた俺の脳はもはやグズグズになってのこりはんぶんをきっていた! いしきをしっかりもつんだ! えんしゅうりつをかぞえるんだ! 3っ!? ...だめだぁー!?
拍動のあまりに口から出てきそうになっている心臓をどうにか飲み込み直すようにして、俺はどうにか冷静に、冷静に、二人に対して状況の説明を求めた。
「ふ、ふたりとも、今日はいったい、どうしたのかにゃ」
「主様が」
「不足しましたので」
なんだとっ! 実は俺もサキさんとユキさんが最近とっても不足してい...違う! そうじゃない! そうだけど!
ビタミンCやらカロテンでも無いんだから、俺達は互いに摂取したりされたりしたらダメなんだ! むしろ用法用量を守って正しくお使い頂かないとその高い依存性からすぐにダメになっちゃうのは分かっていたし、既にもう引き返せないくらいに俺は二人にばっちり依存しちゃっている自覚症状だってあるんだから、そうやって耳元で「不足しました」とか囁いてきたら、ゼッタイダメなんだっ!
俺の左右からステレオで俺の耳と脳を溶かしにかかってくる二人の主張はこうだった。
どうやら俺が猫耳しっぽ付きリュックを背負っていたことをリュック本人から聞いたとか、いたずら妖精を一晩かけて説得している場面をみんなで目撃したとかで色々と、モヤモヤムラムヤと、思うところがあったらしい。
何より二人は、リュックさんやイタズラさんに対してどうこうというよりも、この人族襲撃事件の二日間に俺から離れていたのが決め手となったらしく、とうとう何かの臨界点を突破した今宵、いよいよここへと二人で乗り込んできたという話であった。
「ニアちゃんと遊んだ分、私達とも遊んでください」
「ティさんと仲良くした分、私達とも仲良くしてください」
「シータ君よりも私達と遊んでください」
「他のオークさんとは遊んだらダメです」
そんな主張を両腕をグイグイムニムニしながら左右から甘く浴びせてくるんじゃない! 話が半分も頭に入ってこないだろう! あと何だか二人の主張も微妙におかしいぞ!? 特に後半っ!
「べ、別に俺だって遊んでいたわけでは......こら、角でぐりぐりするなフスフス嗅ぐな!」
「「私達もちゃんとかまってください」」
「分かってる、かまう、かまうのはかまわないからっ! だけど、どうしてよりにもよって、二人一緒なんだよぅ!」
そう、二人一緒はまずい。
俺達が初めて出会ったあの時の夜以来、彼女達だって「二人一緒に襲いかかる」のは自重していたはずだったんだ。
あの時ちゃんと俺達三人はそれなりに反省して、それ以来ちゃんと自重できていたはず、だったんだ。
「どうしても、もう待てなかったので」
「二人でちゃんと平等になるように」
「今日は私がサキちゃんも呼んで」
「明日は私がユキちゃんも呼びます」
「え!? なにその協定待った、当事者が聞いてないっ! そこはほら、ちゃんと俺にも平等な条件にしてくれなくちゃいけないんじゃないのかなっ!?」
その二人の変則ルールを認めてしまうと、最後には「じゃぁ、みんな一緒に寝ればいいじゃない」という画期的な結論に至ってしまい、俺の寝台がキングサイズに拡張されてしまうんだぞ!?
それは俺が辛いから、せめて休み休み、一人ずつでかかってこいという話になったはずじゃないかっ!? 俺の夕食に毒を盛るなという件と一緒に!
そうこうしている間にも、甘い底なし沼が左右から絡みついて引きずりこんでくる。
実は二人共、小鬼ではなくスライムなんじゃないのかと錯覚するくらい、説明できないフィット感で左右から俺を包み込んで溶かして...近い近い近い近い! ちょっと、落ち着け二人共、そして俺!
俺は苦し紛れに口走った、というか、もはや口しか動かせる部位が無くなっていた。
「ちょちょ、ちょっと二人とも一旦、落ち着つこう! 少し外の空気を吸いにでも...」
「「えっ!?」」
「えっ?」
「主様が、やっぱり」
「野外の方がお好みなら...」
「ち、違う違う違う! ...そそ、そう、ちょっと水でも飲みに...」
「お水でしたら、そこにご用意してあります」
「いつの間に!?」
「なんでしたら、お酒もご用意してあります」
「なんで!? それもメイのしわざかっ!?」
「なんでしたらその...」
「なに!?」
「「...口移しで」」
「え、どっちが!? いや違う! 杯で飲め! じゃなくて飲むな、サキは酒は今はダメだ!」
待て待て待て近い近い近いスリスリするなグリグリするなっ!
もはや動けば動くほどに絡みつき、しゃべればしゃべるほど燃え上がる二人。
二人の熱量が相乗して、もう、爆発寸前だ、俺が。
――そう、さっき二人が言った通り、最近色々と俺はへんたい...たいへんだったんだ!
迷宮を逆走して、シータを倒して、人族を倒して、オーク娘を倒して、ニアをなだめて、ドワーフ達をなだめて、ティを説得して、シータを説得して......いろいろたいへんだったんだぞっ!
そして今、ついに最強の刺客が俺を左右から小さな角でグリグリすりすりしながら、俺にとどめを刺しにきた!
このままでは――
このままでは――?
このままでも――
「――あれっ...?
もしかして今回は、
べつに負けても良いのか...?」
俺の口から漏れた誰に対してでもない問いかけに、左右の二人がきょとんとした。
そして、何かを察したらしい二人は今度は、俺の頭をそっと撫でたり労うように肩を叩いたり、まるで優しく寝かしつけるかのようにしながら語りかけてきた。
「...大丈夫ですよ、主様」
「主様は私達が守りますから」
...あぁ、これはいけない。
連日連夜俺をすぐそこまで追い回していた何かが急にたち消えて、その代わりに押し返せないほどのやわらかな、くすぐったいようなやさしさであやしつけられて、もう全身に、心に、力が入らなくなってしまった。
その安心感に俺は全く抗えず、積み重なっていた疲労感が思い出したように一気に押し寄せてきて、そのまま俺は気を失うように、深い深い眠りへと、落ちていった......
......
...
.
でも、結局襲われて、襲い返した。
二人が言うには「気を失ってからが主様」で、夜中にうっかりすっかりそわそわドキドキむらむらワクワクしてしまった二人に対して気を失うように眠っていた俺も我に返ったり我を失ったり攻守交代を繰り返したりしている内にやがて三人とも力尽きて朝になっていた。
俺もサキもユキも、若いんだ!
俺達は結局、あれだ、なんというか、もう、しかたがないんだ!
「あの...そ、その、さささ、昨夜は、たっ、大変...」
「お、お、お見苦しい、ところを...おお、おみ、お見せ...」
「何も言うな! ...比率的には、いちばん俺が...!」
あの時以来の三人の朝の反省会は、空気を読まないニアが部屋から出てこない俺達の様子を見に勝手に入って来て、ようやく中断したのだった。




