しーた
俺はサンシータの右手を握り、
そして、投げた。いや、転がした。
「え、ちょっ、アニキ!? なっ――」
「サキ、ユキ、かかれっ!」
転がしざまにサンシータから剣と荷物を奪い去り、そこへサキとユキが飛びついた。
二人は俺の意図を汲んでくれたのだろう、その両腕に抱きついて、がっちりと動きを止めた。
突然の事態に驚いたのであろうサンシータが慌てて振り払おうとするが、
「なっ! 二人共、離してくれ......あれっ!? びくともしないっ!?」
当然だ、その二人がつかんだらそうなる。彼女達はもはや達人の域なんだ。
他の男に抱きつく姿を見るのは業腹だけど仕方ない。今の奴にこれは必要な応急処置だ。
...そうやって覚悟を決めちまったならば、さぞかし心が冷えきってしまっているだろうから。
「...みなさん、一体、どうして」
「どうしても何も、主様がそれを望むなら仕方あるまい」
ティもやってきて、しゃがみ込んだままのサンシータの頭の上へと着地した。
そうだ、ティの言う通りだ。俺の望みは――
「――もったいないから、俺がもらう」
「えっ?」
説得だの救うだの殊勝な真似事は俺には無理だ! だが、お前が死地へと赴くくらいならいっそ、俺達でお前を貰い受けるまでだ!
「人族なんぞにくれてやるものか! もったいない! そんなことなら俺達でお前を奪い去ってやる!」
俺の宣言に、ティが「ついに主様が男までも口説き始めたぞ!」と笑い出し、サキとユキが「主様は渡しません!」と声を揃えた。
...ちょっと君達、だから今「俺達で」って言い直したじゃないか...
俺達の突然の告白に目を点にしていたサンシータだったが、やがて苦笑しながら、弱々しく返事をした。
「...そんな、俺なんて、もう――」
「なんて!? 『なんて』と言ったな、貴様!?」
「っ!? スンマセン!?」
その自己評価の低さに俺はカッとなるも、どうにか声を押さえて、言ってやった。
「イケメンに限る」
「...はい?」
「『ただしイケメンに限る!』、さぁ、言ってみろ!」
「ただし、イケメンに限る...?」
「声が小さいっ!!」
「た、ただし、イケメンに限るっ!」
「もっと胸を張れ! そして『カワイイは正義!』、復唱しろ!」
「...カワイイは正義っ!」
「そうだ! それを続けて言ってみせろ!!」
「ただしイケメンに限る! カワイイは正義っ!! ...なんスか、これ?」
そして俺は【まほう】の収納から「いい感じの棒+1」を取り出してイケメン目がけて振り下ろす!
「お前にはっ、その限られた者達のみにっ、許された言葉を発するっ、資格があるっ!」
「ちょ!? 棒で叩かないで! どこから出したんスかそのいい感じの木の棒!?」
「かつて、偉大なる中尉はこう豪語した! 『下着から兵器までなんでも揃えてみせるぜ』と!
お前ならばその自慢の容姿でこの世の正義を皆、一撃必殺できるに違いないっ!」
「なんスかそれ!? あと、その棒! ちょっと待って地味に痛いッス!」
ひとしきり棒で小突いた後に、俺は息を整えて言葉を探した。
「ゼェ、ゼェ...
もちろん、俺もイケメンだから一緒に来てくれなんて言うつもりはないんだ。
だけど、俺達にはお前が必要なんだ。うまく説明できないが......『普通のお前』が必要なんだ」
「...ふつう?」
「そう、例えば、だ...目鼻口の位置や形、その万人の平均をとれば美人の顔になるという。多くの者達が求める理想とは超越した何かではなく限りなく『普通』に近い何かだったりするものなんだ。
容姿だけでない、性格だってそうだ。
ぶっとんだ奴らはカッコイイかもしれないが、『尊い』のは『普通』に近い何か、そういうものなんだ!」
「そ、そう、なんスか...?」
「他人事ならば異端児の活躍を望むものかもしれないが、俺が自分と同じ職場に求める同僚は『普通に真面目』の一択だ! 一発逆転なんていらない、普通にコツコツがんばり続ける仲間こそが欲しいんだ!
...あぁ、いや、そうだけど、そうじゃない。言いたいことはこれでは無くて...」
俺が自分の形にならない考えを頭の中でこね回していると、サンシータが気落ちした声で言ってきた。
「そうッスね......俺は普通で、なんにもできないッス。アニキのような力も、みなさんのような魔法も俺には――」
「それの何が悪いサンシータぁっ!!」
「うぉっ!?」
そうだ、そんなものは無いのが普通で、当然だ!
俺は棒を振りながら思わず叫んだ。
「だいたいこの世界は何なんだ! どいつもこいつも剣や魔法を振り回して奪うか押し付けるかにばかり執着しやがって!
少なくとも迷宮には、土地も食料もあるだろうがっ! 魔法なんて力があるなら奪うではなく作ることに使ってみせやがれ!
いちいち敵や他人に頼らずに、欲しいものは自前で用意してみせろ!」
サンシータの周りで、なぜかティや、サキやユキまでも正座して聞いてしまっているが、別にみんなに言っている訳じゃない。
俺だって、前世だってほとんど似たような世界に生きていたんだ。
「だけど、
...サンシータ、お前は23階層で俺に、何を見せてくれたんだよっ!?
犬猿鳥に人族の中年や俺のヨメ達まで見境なく巻き込んで、それが当然のように、みんなで力を合わせて頑張っていたじゃないか!
お前の方が、俺なんかよりもよほど、メガミさんの理想に近いっ! お前、一体なんなんだよ...」
「俺が、女神様の、理想...?」
それで魔法まで使えたなら、もう【徘徊する逢魔】はお前がやれよ! ...やらせないけどなっ!
「それなのに、わざわざ人族の、暴力任せに一発逆転なんて流儀にお前まで染まる必要はないんだよっ...
お前が一人二人と斬った所で奴らを喜ばすだけなんだよ...
それともあれか、剣で突かれたり魔法で炙られるたりするのが趣味なのか、趣味の奴らに応えたいのか?
それならもう、21階層にそういう性癖のためのお店でも作っちゃえよ...」
剣で斬られた本人達が悦ばなくとも、その周りの連中は歓ぶんだよ。
娯楽に飢えた連中だけじゃない、被害者の数を理由や成果にすり替えて、口実にしたい奴らが手ぐすね引いて待っているんだよ。
特に事が成らない時ほど生け贄が必要なんだ。残業したけど間に合わなかった、大怪我したけど届かなかった、多くの被害を出しながらも頑張ったと言わなければならないんだ、ただ駄目でしたでは言い訳がつかないんだよ。この尊い犠牲を無駄にしてはならないなんて退路を断つ口実を作るためにも、まずは犠牲を用意する必要があるんだよ!
だから、奴らを一人二人と斬った所で、それを待っていた奴らを喜ばすことになるだけだ。
「...それでもお前がまだ暴力を望むのなら、せめて俺が、直々に完膚なきまでにお前にそれを教えてやる! やるならばせめてお前だけは、勝ち残って、生き残って――」
「待ってくれ、アニキ」
サンシータが俺の言葉を止めて、真剣な眼差しで俺に言った。
「アニキの言いたいことは、分かった」
あ゛? 何が分かったんだよ。俺がドSなのが分かったとでも言いたいのか!?
「俺なんかでも、必要としてくれているのか?」
あ、はい。そうです。
「...いや、違う、違うぞサンシータ。お前でもじゃない、お前こそが必要なんだ...
...そうだ...必要なんだよっ!
俺達みたいにアレなチームには、もう、奇人変人枠は満席なんだ!
俺達みたいな神出鬼没の特攻野郎には、もっとこう、常識とか良識とか、そういう分野を受け持つ係が必要なんだ!」
「...なにやらわらわ達に、思わぬ流れ弾が飛んで来たのー」
俺だって思わぬ本音が暴発してしまったが仕方ない! そうだ、結局、変人が欲しかったのはそれなんだ!
人族の事なんてどうだって良い、俺はただここで見たあの光景こそを、当たり前のことだと思えるような仲間が欲しかったんだ!
俺の言葉にサンシータが苦笑し、そして、咳払いをしてから応えた。
「分かったッス、俺、アニキのために――」
「胸を張れサンシータ!
...いや、シータ!!
俺のことはアニキではなく『上司』と呼べ!
...かつてお前が23階層で見せた世界、
その先へ行くために、
俺達に、お前の力を貸してくれ!」
シータは目をつぶり、しばらく黙考したあと、目を見開いた。
何かの覚悟が決まったのだろう。
もう、これまでの下っ端口調は消え去っていた。
「...了解だ、主!」
その言葉に、サキとユキがシータと手を繋いだままバンザイし、骸骨戦士が骨の手でカチカチと渇いた拍手をし(少し怖い)、ティが「主様がついにイケメンまでも口説き落としおった!」と驚愕の声を上げ(あとで棒で突いてやる)、そして――
「「あっ」」
シータを後ろから、ニアを乗せた蔦オバケが抱え上げて歓迎したのだった。




