じきそ
「...主様は一体、どうしたのじゃ?」
「前に聞いたお話だと、主様は私達と会う前に親切な犬人さんに助けてもらったと言っていたので...」
「...たぶんあれがその、犬人さんなのだと」
「...う、む。確かに、初対面には見えない様子ではあるが...」
「お二人共、親しそうに見えますね」
「二人並んで同じように腕組みして立ったままですね...あ、座りました!」
「今度は二人並んで、膝を抱えて座っておるな?」
「じっと座って、何をされているんでしょうね...?」
「仲良しさんです」
「...仲は良さそうには見えるのじゃが......
...あの二人は先程からずっと、終始、無言ではないか?」
「...そう、ですね。何もしゃべってないようです、ね」
「......でも! 主様はスライムさんとお話(?)するときも、いつもあんな風ですよ!」
「違うぞサキ。スライムと無言で会話(?)しているのも含めて、おかしいのじゃ」
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翌朝、23階層へ再び戻って来ると、あの犬や猿達を埋葬したという花畑に知っている人影があった。
俺がこの迷宮に来て最初に出会った現地人、犬人さんだ。
俺は一人、小走りに彼のもとへと歩み寄ると、彼もこちらに気がついたようで小さくうなずいた。
俺も彼の隣に立ち、花畑を見守った。
そして二人同時に座った、しばらく二人で体育座りした。
しばらくして、俺と彼は同時に立ち上がった。
犬人さんは俺の肩をトントンと叩いて小さくうなずいたので、俺もうなずき返した。
そして、犬人さんは再び迷宮の果てへと去って行ったのだった......
「...待て、待つのじゃ主様!
あれで終わりなのか! 奴を引き止めなくても良いのか!? 一体二人で何をしておったのじゃ!?」
「うん? 体育座りだけど?」
「あの、主様、結局一言もしゃべらなかったですよね?」
「でも、仲良しさんでしたね!」
「あぁ、色々と察してもらったみたいだね」
「「...察する?」」
ティとユキ、サキ達が首をかしげてしまったので俺は何があったのかを少し詳しく話すことにした。
俺と犬人さんの出会い、それはメガミさんに辞書一冊で迷宮へと落とされて右も左も分からない俺にとってかけがえのない、心の支えとなる出来事だった。
そして思えばあの出会いから沢山の冒険があったんだ。決して楽しい思い出だけではない、むしろ今は辛い思いの方が溢れて、まだ整理できずにいる状況なんだ......
犬人さんへ伝えたかったことは沢山ある、彼のおかげで俺がここまで来れたこと、こんなところまで来る羽目になったこと、そして今もなお何も解決していないこと。胸を張って言えること、言えないこと、考えるほどに言葉が詰まってしまうんだ。
そんな俺の思いを知ってか知らずか、彼は静かにうなずいた。うなずいただけだった。
俺はそれがうれしかった。
人は、人の苦しみを理解することなどできない。ただ隣にいてあげることしかできないんだ。
辛い気持ちは心を身体を、とても、寒くする。
俺には、隣にいてくれる犬人さんの日差しに輝く温かな毛並みと体温が、その沈黙がただ、うれしかったんだ......
「...いや、主様、ただ一緒に座っておっただけではないか」
「こら、ティ! お前、なんてことを!
確かに二人で無言になって体育座りしていただけにしか見えなかったかもしれないが、その通りだ! そういう気持ちの時ってあるだろう!
俺はそんな犬人さんの隣にいてくれるだけの優しさが...ってサキ、ユキ!? 急に無言で俺の両腕にギュウギュウ抱きついて来るんじゃない!
いや、体育座りさせようとするな! そんな、犬人さんと張り合わなくたって良いんだぞ!?」
なにやら納得いかない様子の三人に俺がもみくちゃにされている間にも、犬人さんは迷宮奥へと向けてあの芝生の坂を登って行くのであった......なぜか蔦オバケの背に、うちの猫ちゃんと一緒に乗って。
あれ、なんだかタクシーみたい...いや、リフトか登山鉄道か? スピード遅いけど、なんだか便利そうだよね?
そしてそんな騒動があったすぐ後に、もうひと騒動始まった。
「【徘徊する逢魔】様に申し上げたき議がございます!」
「ならぬ!」
突然の骸骨戦士の平伏からの申し入れにも驚いたけれど、ティが即、それを拒絶したことで二度びっくりした。
「何卒!!」
「ならぬ!!」
俺とサキ、ユキの目の前で、骸骨と小さな妖精が、なにとぞ、ならぬ、なにとぞ、ならぬと押し問答を続けていた。
少し現実逃避気味に坂の方を見ると、蔦オバケが中腹までをゆっくりと登坂しつつ頂上を目指しているところだった。そのままニアを乗せて......届け終わったら、ちゃんと帰って来ないとダメだからね?
そして現実に目を戻すと、いまだ一歩も退かない骸骨戦士にティが声を荒げた。
「ならぬ! 何か申すことあらば、わらわに申せ!」
そう、ティは黙れと言っている訳ではない、俺ではなくティが引き受けると言っているのだ。
最初はティが妙に厳しい理由も分からずに、話くらい聞いてあげても良いのになーなんて思っていたけれど、よくよく考えてみればティは俺を守ろうとしているのだった。
骸骨戦士は【徘徊する逢魔】に直訴しようとして、ティはそれを阻止しているんだ。
個人的なやりとりならばまだしも、組織の長とか国の王とかは直訴なんて受け取らないものなんだ。
一個人の意見でいちいち全体が揺らぐのは危険なことだし、それが通るならば世界は直訴で溢れてしまうし、実際に直訴に近い何かをこっそり押し通すために偉い人達への賄賂やら忖度やらが横行しているわけなのだろう。
そして俺が【徘徊する逢魔】として何かを受け取るのは、俺が魔王であると認めるということだ。
そしてやがては骸骨戦士の願いだけではなく、全員のお願いを平等に聞かなければならなくなってしまうということで――
「――それなら、私が聞いてあげます!」
それはサキの言葉だった。
思わぬ助け舟の登場に俺は驚き、ティも骸骨戦士も、ユキも言葉を失ってしまっていた。
だけどサキはかつて骸骨戦士さんと死闘を繰り広げた、いわば戦友なのだろう。純粋にただ、みんなが無理なら私が! という優しさから彼女は名乗りを上げたんだ。
そんな想定外の提案にみんな沈黙した後、ティが額に手を当てて天を仰いだ。
「...それでは意味がないのじゃー」
みんな困っているなら私ががんばりますとサキが拳をぐっと握って、骸骨戦士さんは思わぬ救世主に何やら戸惑っているように見えたので、俺は、
「...二人の気になる会話が俺にも聞こえちゃうかもなー」
と骸骨戦士さんに対して独り言をつぶやいて、ティが「意味がないのじゃー」と俺のほっぺたを引っ張った。
その様子に意を決した様子の骸骨戦士さんは、サキの方へと向き直り、居住まいを正して重々しく陳情した。
「...願わくば、サンシータ殿を......未来ある若者を、救って頂きたい!」
その言葉にサキが固まった。
ほらぁ、サキさん、安易に引き受けちゃうとこうなるんだぞぉ......
あと俺も、そんな重たいお願いされてもちょっと困るぞぉ? なんだよもー、救えって、もー。
俺はおろおろする左の子と、遠慮がちに俺の袖を引っ張って救助要請してくる右の子、それぞれの肩を叩いた後、「やっぱり甘々なのじゃー」と苦言を呈する妖精に苦笑を返して、あっちで何やら座って旅支度をしているサンシータの方へと歩いて行った。
確かにサンシータはここに来てから様子がおかしかった。
遠目にもなにやら近寄りがたい雰囲気を放っていたのには俺も気付いていた。
そして今、抜身の剣を剣呑な雰囲気で見つめながら、装備の手入れというか、旅立ち前の最終確認をしているようなただならぬ気配のサンシータ。
そんな彼が俺の方に気がついて、立ち上がった。
「...お世話になりました、アニキ」
険の宿った、冥い覚悟を決めたのであろう虚ろな瞳。
察することはできずとも、多少の想像ならばつく。
俺が彼の立場ならば、やはり人族達を八つ裂きせねば気が晴れないだろう。
もともと里の護衛担当だったらしいサンシータ。
彼はこの23階層と21階層での惨劇を止めることができなかった。
全ては手遅れで、無力。
そしてこれから彼が一人、剣を握ってどこか人族達のいる地へと赴いた所で、何が取り戻せるでも奪えるでも無いのだろう。
だが、それでも行かずにはいられない。
真っ黒に煮える怨嗟を糧に、死を覚悟して冷えきった身体を引きずって、手を伸ばさずにはいられないんだ。
――行く先には理想も目標もない。
一人でも多く、地獄へと道連れに。それだけだ。
俺は絶対に奴らを――
――アニキのこと、よろしくお願いします。
21階層でオーク娘が言ったその言葉を思い出し、我に返った。
...いや! 我に返るべきは俺ではなく......あぁ、あの時俺にお願いしますなんて言ったのはこのことだったのか、あのチョイサー娘っ!?
そういえばあの夜にモタさんも「サンシータを頼む!」と叫んでいたし、いま骸骨戦士までも「救って頂きたい」などと言ってきやがった。
モテモテじゃないか、イケメン! 俺の時には誰も...いや、それは今はどうだって良いんだ...
...サンシータ、お前、なのにどうして、こんなことになっちまってるんだよ!
それに、俺だってそんな結末は......
俺は、サンシータの右手を握り、
「えっ――」
そして、投げた。




