ごほうび
帰還した俺達にシータが「おかえりなさい」と言って、俺とニアが「ただいま」と返した。
シータがいつでも迷宮に出かけられそうな装備で庭先で剣を振って訓練していたのは、また俺達に何かがあった時に備えていてくれてのことだったようだ。あらためてお礼をいっておいた。
同じく自宅警備員であるローナや家事に忙しそうなメイにも無事に帰ってきたことを伝えておいた。今日は珍しく庭先で暇を潰している人達が誰もいなかった。
いつもいるスライムさんがいないのは少しさみしかった。
既にティと、サキ、ユキの三人は出かけた後のようだった。
結局彼女達は、少し早めに出発したらしい。
万が一、俺とニアに何かがあって、俺が再び【逢魔刻】でみんなを呼ぶ事態になった場合に備えて、あちらの眷属達に声をかけておくのだそうだ。
...ティの眷属達って、全部で何人くらいいるのだろうか?
あの蔦オバケの仲間達だって、俺が見ただけでも結構な数がいるはずだ......今回は無事、誰も呼ばずに済んで本当に助かった。
とりあえず、俺は庭先に体育座りした。
すぐにニアとローナに体育座りで挟まれた......そういう決まり事でもあるのだろうか?
...結局、俺はまた片っ端から殴った訳だけど、どうするべきだったのかなんて分からない。
それでも、どうにかなったのだと思い込みたい......
そのままボーッと夕暮れ時まで三人並んで座り続けていた。
その日の夕食の場で、メイがエニー達の状況について教えてくれた。
無事、「圧勝だった」らしい......
...おかしいな? そういう作戦だったっけ? 移動する城で囮として引き付けるみたいな話じゃなかったか?
俺は例の城が出発する姿を見逃してしまったのだけど、もしも本当に城が「空を飛ぶ」ならば、むしろ接敵することすら無いかもと期待していたのだけど......戦って、圧勝?
まさか、天空の城からビームとか降らせたりしていないだろうな? 何も降らせたりしてないよな? ...ちゃんと暴走を止めてくれたよな、四天王とスライムさん?
今日は詳細を聞くだけの精神力は残ってなかったので、メイの報告に俺は「ヨカッタネー...」とだけ答えておいた。
そして、エニー達はすぐには帰らずに、しばらくそのまま地上を観光してから帰ってくるそうだ......空飛ぶ城で? 観光? 侵略ではなく観光で間違いないよな?
...無事ならもうそれでも構わないので、ひとまず「ほどほどにね?」とだけメイから伝言してもらうことにした。
夜、ぼんやりと星を眺めていた。
日付が変わった頃に部屋に戻って寝ることにした。
...今夜は眠ったら、あまり良い夢は見られないような気がして怖かった。
身体の疲れが徐々に眠りを連れて来たけど、ギリギリまで起きて夢すら見ないほどに落ちてしまえればどうにかならないものかなんて考えていた。
酒や薬の力で眠るのとかも考えたけれど、やめておいた。
あれはクセになる上に効かなくなるから最後の手段だと思っている......
俺はぼんやりと天井を眺めながら、ただ、刻々と過ぎ去る時間に身を委ねていた。
......
...
.
白い双子鬼と、緑の妖精(大人姿)が襲撃してきた。
うとうとしていた俺の部屋に突然入ってきた白と緑のドレス姿のサキ、ユキ、ティ。
美しく着飾った三人のその目が覚めるような夢でも見ているかのような艶姿に、「なんだ!? 天使か!?」とついに自分のお迎えが来たかと悟ったり、「いや、結婚式か...夜中に??」とそのウェディングドレスにも見える衣装に戸惑ったり、俺の思考は冠婚やら葬祭やらの間を行ったり来たりと混乱していた。
そんな一夜の幻のようなステキかわいい三人が、バサッとドレスを脱ぎ去った。
恥じらいながらモジモジじゃない、カッコ良く、脱衣!って感じに逆変身しやがって......あー、えーっと......とりあえずドレスに謝れ、お前ら!!
攻撃力重視の(防御力は一切無い)下着姿の悪戯女王を筆頭に三人が勝手な宣誓をしだした。
「わらわにはご褒美が必要だと思うのじゃ!」
「じゃぁ、私もご褒美が欲しいですっ!」
「そ、それなら私は...ご褒美をあげますっ///」
「...何があったのか事情は知らんが、それならサキにはユキを、ティには蔦オバケさんでも進呈すれば解決するのか?」
「解決せぬわっ!?」
そして三人が一斉にワーっと俺に襲いかかって来た。
どうやら三人ともなかなかにお酒を召していらっしゃるご様子だ。そしてうち一人はお酒を飲むと無敵になる子が混じっている。
あと、夜中にこれだけ騒いでも誰も助けに来ないならメイも共犯、俺の四面は楚歌だった。
「さぁ、主様を骨抜きにしてしまえっ!」という妖精女王あらため痴女の掛け声に「しますっ!」とお酒の子、「す、すみません、主様っ!」なんて口では言いつつヤル気まんまんなズルイ子。「だから一度には来るなと言ってるだろう!」という俺の協定違反の訴えは棄却された。
二人でも絶体絶命な状況なのに三人......だが、これはまだ勝算があるかもしれない。
お酒の子は主軸であると同時に弱点、いつもは息ぴったりな鬼っ子達も今の方がむしろ付け入る隙があるはずだ!
咄嗟に俺が取り出したのは、だいぶ前に20階層の酒場で分けてもらったまま出しそびれていた、甘くて強力なお酒。
それを【まほう】の収納から取り出して口に含んで、最初に飛びかかってきたお酒の子に口移しでプレゼントした!――
――サキは酒で強くなるだけではない、「俺が渡したお酒」だと更に強力になるそうだ。だから、その酔っぱらい値を限界以上に振りきってやる作戦に出た。
顔を真っ赤にしたサキの耳元で「さぁ、サキ、俺と一緒にまずはティに日頃の感謝を伝えてやろう」と唆すと、「そ、そうれすっ、今日はティしゃんのお誕生日れすっ!」と言ったので「そうか!(...そうだったの!?) それならお祝いだ!」と言いながら、抱き捕まえたまま更にお酒を投与してグデングデンに混乱させて俺の仲間に引き込んだ!
「ちょッ! ズル...いや、謀ったな!?」と悔しがるティを、サキも巻き添えにしながら押し倒して、次は帽子人から預かっていた「あの回復薬」を取り出す俺。
「...っ!? その瓶はまさか完成品!? いまそれはダメじゃろ!?」と焦るティに「うるさい元凶! これの最初の犠せ...初回特典はお前にくれてやるっ!」と、その回復薬をぶちまけた。
...さすが完成版、恐ろしいほどに甘ったるい匂いが部屋にぶわりと充満した。塗る必要なく嗅いだだけでもヤベェじゃねぇか、とんでもないもの作りやがって...!
それでもこれはあくまで回復薬という名目だ、塗れば塗るほど副作用で回復してしまう(?)から、これで決着がつくわけではない。
だが、混戦にもちこんでしまえば十分だ。
唯一まだ素面のままであわあわするユキも逃さず引きずり込むと、グニャングニャンになったサキが「あっ、二人だけでズルいれすっ!」とグニョングニョンでこちらに参戦し、「...おぬしだけ無事というのもズルいのう?」と痴女妖精あらため、ぬるぬるオバケが早くも裏切って(?)、あっという間に全員大混乱。
酒と劇薬の力で無理矢理に窮地から修羅場に華麗に上書きした俺は、そのまま正気を失った......
...後のことは、もう知らん。
たぶん、乱戦に強い下心先生を中心にみんなで狂喜乱舞したんじゃないのか?
勝ったり負けたりを繰り返しながらやがて全滅して翌朝の反省会が始まるまで、俺達の宴は続いたのだった......
その翌朝。
どこで聞きつけたのか早速、帽子人達が「どうでした? どうでした?」とわちゃわちゃと俺に寄って来た。
「昨夜はお楽しみでしたね? どうでした? ぐへへ」という意味ではない、「例の回復薬の検証結果はどうでした?」だ......って、結局は同じ意味なのか?
...昨夜の醜態に「どうでした?」もクソも無い。俺以外には絶対に感想を聞くなと帽子人達には厳命しつつ、その回復薬で「一人残らず倒した」こと、そして市場には流しちゃいけないことを伝えておいた。
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そして、昼頃に俺達は再び、迷宮へと出発することにした。
俺達四人と、ニア、シータ。つまり全員参加である。
「...昨夜は色々とへんた...大変だったそうですが、大丈夫なんですか主?」
「聞きづらいであろう心配事をしてくれてありがとう、シータ。
だが、例の回復薬は恐ろしいことに回復薬なんだ。むしろ元気なくらいで、少し身体を動かしておかないとかえってムラム......マズイ感じがする」
「そ、そうですか? ......まぁ、少しみんなで歩いた方が、気分転換にもなるでしょう」
まだ少し気まずい俺達に対して、気遣いのシータとマイペースなニアがいてくれて助かった。
とにかく、俺達は何事も無かったかのように42階層へと向かっていった。
42階層。所々に城が生えているいつもの荒野の中を、転移門をめざして皆で歩いて行った。
俺とニア以外は落ち着いて歩くのは初めてだろう。
少し異様な光景にサキ、ユキ、シータの三人はしばらくキョロキョロと周囲を見回しながら歩いていた。
ニアは今日は長杖は持たずに歩いている。
ティは城には興味が無さそうで「殺風景な場所じゃのー」と感想を漏らしていた。
転移門がある場所だけは目印の狼煙が上がっていたので、俺以外のみんなにもその接近が見て取れた。
そして、外見だけなら他の城とほとんど変わらない「転移門のある城」へとたどり着いた。
城の門の外、城内には数人の人族が常駐しているような様子だった。
通行を阻止するような人数や武装には見えないから、たぶん43階層への人の流れを監視とか調査とかしているんだろう。
俺達の様子に「ヒィッ!?」と声を上げて距離をとる連中を無視して、そのまま皆で歩いて行った。
これまで見てきた他の2つの城と違って、中央広間までの廊下の横幅がかなり広くて大通りみたいになっていた。
いわゆるテーマパークや商店街の屋根付き通りを連想させる雰囲気だ。
そのまま歩き続けていくと、場所が城内という違和感はあったけど、到着してみればいつも通りの転移門が待っていた。
そういえば19階層の時も門と壁に囲まれていたことを考えると、むしろ壁や屋根が有ったほうがここで商売や寝泊まりができて便利そうで良いんじゃないかとも思えてきた。
そして43階層。
そこは迷路だった。
転移門の光の柱から降りる地はこれまでの雪原や草原や森でもなく、石壁で作られた大迷路。
道幅はそれなりに広そうだけど、なにせ眼下一面に広がる迷路だ、感動というよりも正直少し気持ち悪かった。
これを全部覚えたり地図作成したりするならば、この転移門からの見下ろし一回だけでは到底不可能な規模だ。
こういう時こそカメラでもあれば便利なのにと思ってしまった......この世界にもカメラはあるのだろうか? 今度、道具屋のおばあちゃんかエニーにでも聞いてみよう。
...ただ、ユキが「霧が深いね」とサキに言っていたのが少し気になった。俺にはどの辺りに霧があるのかは分からなかった。
飛行機や高層ビルで上空慣れしている俺と他のみんなの感覚では、少し違って見える景色なのかもしれない。
そして、地面へと降り立った。
入り口は一つ。それ以外は地面からみれば、大地を横切る長城のように見えた。つまり、正面からは壁だけしか見えない。
「...本格的な探索は明日にするつもりだけど、とりあえずもう少し近くで見てみようか?」
ちょっと想定外な厄介さに戸惑いつつも、みんなで迷路に近づいていった。
壁の高さは19階層の転移門を囲んでいたそれよりも低いくらいだった。
がんばれば、長いハシゴやピッケルみたいな登る道具を駆使すれば多分、乗り越えられる高さだろう。
ただし壁の数が多いから、相当な回数をひたすら登って降りてを繰り返すことになってしまう。
転移門から降りる途中の観察と入り口の門を通った感触だと、壁の厚さはそこそこだ。薄くも無ければ厚すぎでも無い。19階層の壁と同じか、それよりはずっと薄いくらいか?
壁の質感は見た目からの推測通り石っぽい。少なくとも金属のそれではない。
「それで、俺の【はいかい】スキルの感覚を信じるならば、次の転移門は真正面の方角にある気がする」
真正面とは言え、目の前は平地ではなく迷路だ。壁しか見えない。
ここに来て初めて「試練の迷宮」らしくなって来た。
そして、シータが41階層の迷宮都市で聞き取った情報についてみんなに説明した。
「あー、実は皆さんに伝えておきたいことがいくつかあるんです。
概要を先に言うと、この大迷路にいくつか重要な武具が眠っているらしいって話でして...」
「...それならもう少し様子だけ確認したら、一旦、家に戻って作戦会議をするかー」
「はい......って、皆さん、さっきから何をやっているんです?」
シータに聞かれて、俺もハッとした。
シータ以外の俺達全員、当然のように同じ動きになっていたけれど、言われてみれば確かにおかしな行動だったかもしれない......
シータの疑問に、ティが、そして皆が答えた。
「何って、壁を壊すのじゃろう?」
「...壁を、壊す?」
「目的地は真っ直ぐって、主が言った」
「...言いましたね?」
「だから、まっすぐに壊して進みます!」
「...はい」
「...あっ、えっとね、シータ君? 別に壁を壊すのが大好きとかじゃなくってね、近道できれば良いなって思っただけだよ?」
「...なんで皆さん、全員迷わずその発想になったんですか?」
「それは俺達に前科があるからだ」
「...なるほど」
きっとみんなの心は一つ。「19階層の門よりは柔らかそう」だ!
確かに迷路の壁を壊すのは初めてかもしれないが、これまでだって俺達はいつも最短経路以外の道は選ばなかったじゃないか。
山があったら登りたい、壁があったら壊したい、俺達はそんな真っ直ぐな若者達なんだ! 真っ直ぐに明日へと走る俺達に「迂回」の二文字は無い! 壁の方こそどけば良い!
こうしてその日は、壁をみんなで叩いたり削ったりひとしきり手応えを確認してみてから、そのまま帰宅することにしたのであった。




