まおうえんど
正直、納得いった訳じゃない。
だが、そいつの気概に免じて一度だけ手打ちにしようと、どうにか前へと踏み出したその時に。
三度目のバカが立ちふさがった......クソがっっ!!
「退いてっ、イサミン!!」
「俺は......俺は、【勇者】として...
お前を......魔王を倒さないと......前に、進めない!!」
その青い叫びに俺は、頭が真っ赤に染まった。
「ククッ、そうか......そうか、クソガキ。
お前が前に進むために、俺達にその生け贄になれと言っているのか......
...ならば――」
「――待って!! あなたも止まって!! ...お願いだから、察してっ!!」
「ダメだっ、お嬢!!」
...あぁ、「察しろ」だぁ!? 「わたしの都合の良いように動け」だぁ!?
いい加減にしろ、てめぇから先に丁寧に八つ裂きにするぞクソ聖女っ!!
...あぁあ゛っ、言われるまでもなく、俺は、それなりに、爪先程度の理性はあるし豆粒程度は察しているっ!!
「...お前がどう命じられて、何を吹きこまれてここに来たのかは知らん」
こいつにはこいつの【勇者】としての仕事や立場があるのだろう、オーク達に謝罪しにきた程度の信念はあるのだろう。
だが、「前に進む」?
...金か名誉か何をエサに前に進むのか、何を弱みに追い立てられているのか、こいつの飼い主どもがその首輪を外す気があるのかどうか、こいつの事情なんて知らないが......
「...だが【勇者】、お前は前には進めない。
万が一お前が俺に勝ったとて、そこにあるものは栄光でも勝利でもない。
金や経験値でも、名声や財宝でも手に入るとでも思ったか?
死だ。お前が手に入れるものは、死の感触だ!!
そしてそれは消えない。寝ても覚めても決して消えない。
この先、未来永劫、重くなっていくだけだ。
そうだ、お前の前に広がる世界は、死の匂いで興奮できる倒錯者、あるいは人を人と思わぬ人でなしの世界なんだよ!
ハハッ、人族の【勇者】などという神輿に担がれ騙されて、まだこんな場所に送り込まれようとは、気の毒に......
...引き返すならば追わぬ。
それでもなお望むのならば、引き導いてそれを渡してやる...!」
聖女が「...もっと言葉、選んでよっ」といちいちうるさい。もう、こいつは一旦、無視だ。
そもそもこいつは前に進めない。俺には勝てない。
...【不滅の正義】とやらの【スキル】については、だいたい分かった。
その再生やら回復やらの不滅の【スキル】によって過去に何人もの魔王やら敵やらを倒してきたのだろう。
だがこの【勇者】、俺との相性は最悪だ。
二度の戦いで良く分かった。
俺の知る技――人の骨を折り命を奪う術を学ぶ一方で、骨を折らず命を取らずとも制する技も極めんとするのが武の技だ。
それが善だからというだけではない、単に、弱者が強者に勝つにはそうせざるを得ないからだ。
自分よりも腕の太い奴の骨をへし折らずとも、人の理を以って渡り合える技と知恵を身につけねばならぬのだ、弱者は。
どんなに傷を負っても再生する【勇者】? 傷を負わさずとも立てなくするのが【けんせい】の目指す場所、お前とは前提が違う、お前の技など役には立たぬ!
...立てなくなった後にまた埋めてやる、今度こそ地の底深くへと。そっちの聖女に掘り起こすか念仏を唱えるかしてもらえっ!
「お前は俺には勝てない。
お前の行く先は前ではなく――」
「......」
――ん? 待て待て。違うだろ?
もう一度、前に立っている白銀の鎧の、青白い顔色の【勇者】を見る。
こいつももう三度目だぞ? 本気で勝てると思っているのか?
何か必殺の魔法か道具でも持ってきたのか、この聖女との会談の場に?
それとも他の誰かを殺した後で自信でもつけて来やがったのか...
...そうだ......なにも【勇者】の敵は俺だけじゃないだろう。他の「人族の敵」とやらを殺......――
――【勇者】が瞬きもせず、魔王をじっと見つめている――
――...こいつ、もしや。
「前に進む」とか言いつつ本当は、もうとっくに、戻れない場所に......
役者が揃い、再び何かが開幕した気がした。
広間の天窓からの淡く白い光が俺には不吉で禍々しく見えた。
天からの祝福? 違う。歓声が悲鳴が薄闇をギラギラと切り裂き降ってきているような、ひどく毒々しい高揚感だった。
...いや。【勇者】は、雑音はもう、いい......それよりも俺の方だ...
俺は、決意してここに来たはずだ。
何か俺の望みが、どこかにあったはずだった。
それが、こいつらのせいでわざわざ面倒な方へと傾き始めている...
こいつら一体、これ以上、俺をどうしたいんだ。
こいつら...
歓声が、悲鳴が、うるさい。
あるいはこの耳鳴りは自分の頭に血が昇ったせいかもしれんが、どうでもいい。
...そう、何を迷う必要がある。
最初から今に至るまで、誰かの犠牲を欲している、それだけだろう?
毎回毎回、いつもそれだ。
それがやつらにとっての正解、みんなにとって共通の答えだったはずだ。
歓声が、悲鳴が、うるさい!!
...こいつの、人族の、この世界の、神の、俺の、望み。
犠牲を、見せしめを、暴力を、悲劇を、死を、死を、死を!!
『死』を。
全員がお望み通りの結末だ......
「...【勇者】。お前とももう、これで三度目だ。
お前、三度目の正直って言葉知ってるか? つまり、これが最後だ」
「......」
【勇者】が安堵するように一瞬、顔を緩めると、俺を睨みつけて叫んだ。
「魔王!! この【不滅の正義】が貴様を倒す!!」
はじめて、カチリと噛み合った音がした。
なんだ、同じじゃないか。
一つの悲鳴の声を除いて、
全員が、正しく一致した気がした。
「...よかろう。貴様の望みをくれてやる」
そして、真っ直ぐに、歩き出した。
歩いた。
まだ抜刀すらもしていない【勇者】。だがそのまま抜かせるつもりは無い。
いつも通りに、歩いた。
歩法や間合いは全ての戦いの基本だ。それすら【勇者】はできてない。
構わず、歩いた。
だが、それにしたって貴様ら全員隙だらけだ、素人どもめ。
...前から歩み寄るその恐怖。
何度も祖父に思い知らされた。
考えるな、感じろ、と。
今だって分かってたまるか、バカヤロー......
歩法で奴らを惑わして、
さらにその最後の二歩は、全力で本気で――
――...【まほう】でズルして、
やつらの意識を掻い潜った。
「隙だらけだ――」
――唖然とする【勇者】、
それがやつの最後の勇姿だった――
拳を心臓へと伸ばす、
そう、まただ、
また同じ繰り返し、
そして最期。
――何かがまた背にぶつかったような気がして、ハッとした。
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そいつは壁に見えた。
俺とお嬢に立ちふさがる壁。
そして、一切の隙がない、何も寄せ付けない大きな壁。
実際、お嬢が【鉄血】で底上げした【鑑定】すらも通らなかった。
あのスキルを邪魔する金の杖とか【相殺】とかじゃなくて、あいつ自身が壁だった。
俺も【勇者】もちっぽけに見える、巨大な壁。
それが、歩き出した。
今度は穴になった。
手を出したらいけない、奈落の穴。
全部を取られそうな何かが近づいて来るようだった。
その穴がゆっくりと迫ってくる、気持ち悪いほどゆっくりと。
それでも背中がざわざわするから、俺は奴とお嬢の間にすぐに割り込んだんだ。
そして、ゾッとした。
あいつは俺のことも見ていた。
お嬢のことも、【勇者】のことも、全員を観ていた、聴いていた、嗅いでいた、感じ取っていた。目の前のその深淵に睨まれて吸い込まれていくようだった。
...吸い込まれてる、そう、おかしい!! ズレている、あいつと俺はもっと離れていたはずで――
俺の、お嬢の、【勇者】の呼吸と意識が重なる瞬間、その穴がぬるっとズレて、まだいないはずの位置に――
「隙だらけだ」
――気付いた時にはもう、
魔王は【勇者】の心臓を――
――...俺、この昔話の結末を覚えている。
その【拳聖】の一撃を受けたなら、
目から、
耳から、
鼻から、
口から、
そのすべてから血を噴い――
――...違うっ!?
頭突き!? なんでっ!?!?
襟首をつかまれて顔面を弾かれた【勇者】が、仰け反った!?
「――...っ!? 待ちなさいっ!!」
【勇者】を助けようと飛び出そうとするお嬢を、俺は全力で抱き止めた!!
「...ダメだ、お嬢。 ...あれはダメだ」
「ロー、離して!!」
「あれはダメだ」
「ローっ!!」
「お嬢っ、ダメだ!!」
ダメなんだ!! あれは、全身の毛が逆立って、震えが止まらない!!
其処に在る死となら戦える、お嬢を守るためなら絶対負けない、だけど、あれは違う、変だ、怖い、何かがおかしいっ!! ...あれからはお嬢を守れないっ!!
そして、額から血を流しながら、魔王が口を開いた。
「...こいつを救いたいか?」
お嬢のギリッという歯ぎしりの音、そしてお嬢は【鉄血】の身体強化で俺を振り切った。
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――主様!! 同族殺しはなりませぬ!!
――...言われるまでもない!!
誰がこんな茶番、つきあってやるものかっ!!
俺の背を襲う二人分の幻痛に、
咄嗟に上にずらした右手で、奴の襟を掴み、頭突きで奴の鼻っ柱をへし折った。
...やるだけやったのだからもう仕方がないと思いたい。
続ける理由は無く、続く苦痛はある。
守りたいものはなく、奪われるものばかり。
最期ぐらいは自分で自由に選びたい。
それでも立ち上がれ?
なぜっ!?
正義も道徳もクソくらえだ、
もう、たくさんだっ!!
...そして、そっちが勇者だ!!
「魔王側」に来んな!!
思う存分遠慮無く、俺はお前を突き放してくれるわ、ざまぁみやがれっ!!
「――代わりに敗北をくれてやる、たわけがっ」
これで終幕だ――貴様の前に何があるのかは知らん、既に手遅れなのかもしれない、それでも勝手に立ち上がれ!!
......四度目こそはもう、問答無用で埋めてやるっ。
俺に襟を捕まれたままぐったりする【勇者】の姿を見て、聖女が何やら悲鳴を上げている。
いちいち喚かなくても、すぐに返却してやる。
...だが、これだけは言っておかなければならない。
「...こいつを救いたいか?」
従者の男を振りきって、俺から決死の表情で【勇者】を奪い取る聖女にそのまま手渡した。
「いい加減に―― ...は? ...救う?」
俺の手からあっさり取り返せたことに拍子抜けしている聖女に俺は告げた。
「終わりだ。そいつはもう俺を相手に約定を果たしたはずだ。ならば貴様らも約束通り、そいつを『元の世界に返してやれ』」
「なっ......『元の世界に返す』って、なにそれっ!? そんなの聞いてないわよっ!!」
「...この小僧が誘拐されたと知っていてそれか...」
「それはっ!? ......あ、あなただって、返すなんてことはできないのは、分かってるでしょう...!?」
「知ったことか!!
...それとも、まだ続けるつもりで本当に良いのか?
ハハッ、ならばよかろう、そいつが【勇者】だと、貴様らの剣だと認めてやろう...
そしてそのツケを剣の持ち主に、人族全員に、払わせてくれるわっ!!
...お前が証人だ。今度こそ、忘れずに伝えろ」
「......ねぇ。それって、イサミンに背負わせたツケを払わせてやるって言ってるの?」
「......」
「......」
「...さっさと魔法なりスキルなりで回復せねば、手遅れになるぞ」
「!? ロー、手伝って!!」
...鼻血で少々、大げさに怪我したように見えるだけだ...手遅れならば、それはもう別の理由でだ......
迷惑な連中はもう放っておいて、俺はその城から立ち去った。
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城を後にしてしばらく歩いて、ニアが俺の手を引っ張ってきた。
「...主?」
それに対して、俺は、独り言のようにつぶやいた。
「...やつは、『元の世界に返してほしくば命令を聞け』と人質をとられていたに過ぎない。
だが、それがあろうがなかろうが、やっぱり、俺達の敵には変わりないんだ......もう、俺達の知ったことじゃない、あとは、あいつら同士で勝手にやれば良い」
「それでも主はちゃんと相手をした。主はやさしい」
「...違うんだ......むしろ、最後までちっとも...」
...最後は分かった。やつの望みが何なのか。
「...正解か不正解かは関係ない。他人に分かるわけがない。自分の本懐を遂げられればそれで良いんだ」
それでもローナの時は、彼女の答えよりも俺の答えを押し付けたくせに。
「勇者は覚悟を決めていた。救いを求めてここに来たんだろう...なのに......」
止めも刺せず、救いもせずに、ただ放置。
「...死はダメ」
「それでも、だ」
...天を仰いで、届かぬ空へ、八つ当たりした。
「...あの時、10階層で貴様の信徒は俺にこう言ったぞ。
それも含めて救ってくださる、と。
それで? 使徒の最期がここか?
ハハッ、いい気味だ。
貴様らはいつもそうやって、ゴキゲンだな、おい......
...なにが正義だ、何が不滅だっ、笑止千万!!
その天秤がまだ錆びきっていなければ、やつの命がけの仕事に見合う対価を載せてやれ、たわけっ!!」
その歯ぎしりが、天のものか俺のものかは、分からない。
晴天に轟いた雷鳴も、どうでも良い。
ニアが無言で俺の背中によじ登って来たので、もう俺も黙って、ニアを背負って帰ることにした――
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美談。
勇者は命がけで聖女を守りきり、そして撃退した。
それが人族の王国に言い伝えられることになる物語であり、史実であった。
【慈悲無き兵器】も【不滅の正義】も魔王を前に手も足も出なかった、なんて民衆に知られるわけにはいかない。
魔王を阻止して帰宅させることに成功したのもまた事実。指導者達はただ何をどの部分を伝えるのかを選んだだけにすぎない。
聖女はもう投げやり気味に、関係者達に一部始終を正しく報告した。
二度目の報告書のために二度目の徹夜、もう、うんざりだった。
こんな結末、前回以上に誰も認めるはずもないだろう、それでも面倒くさいから全部まるっと虚飾なく正直に報告してやったのだった。
それでも関係者だけに報告を留め、彼らにその扱いを委ねたのは聖女なりの配慮であった。
すべての事実が人々に一斉に行き渡ってしまったならば、いくつかの組織が滅び、いくつかの地域に戦争がおき......人族が滅ぶきっかけになりかねないことは聖女にも分かっていた。
そして、表向きは勇者の治療のためという名目で、実際は聖女が勇者を、『青き鎖』が『白き鏡』から奪いとった。
【勇者】の傷を聖女が治療した......治した、それはつまり、もう【勇者】は回復しなかったことを意味する。
【勇者】の有効期限切れを示していたのだ。
...本来は「次の召喚」をするために一度「処分」しなければならなかったのだが、青き鎖の本部へと殴りこむだけの戦力は、今の白き鏡にも王国にもなかった。
なにより、魔王を前に無事に生還できたのは、またしても聖女とその従者の二人だけ。その聖女にいま手を出すことなどできなかった。
これらが、この魔王との戦いの結末だった。
(...【慈悲無き兵器】だけは相変わらずやる気まんまんだが、話がややこしくなるから、そこは皆が無視していた)
...なお、【勇者】が神の奇跡によって『元の世界』へと返却されるという騒動が起こるのは、まだ少しだけ先の話である。
どこかの神の使徒の叫び声に、どこかの戦女神が泣いたとか激怒したとか、しなかったとか......
そして魔王は沈黙した。
万の軍勢を退けて妖精街で決起したという魔王の軍勢らしきものの姿は、幻だったかのように消えていた。
空飛ぶ魔王城の目撃証言はいまだ各地で起こっているらしいが、その幻の城に再びたどり着けた者はなく、それは都市伝説かおとぎ話みたいになり始めていた......それにまつわる物語(?)が【機械仕掛けの真理】の著者名で出回ることになるのはまた別の話である。
...幸いなことにここは試練の迷宮の42階層、まさか城で遊びには来れまい、と聖女は窓の外の空をぼんやりと眺めてつぶやいた。
「...このまま昇神しちゃうのかしら」
あの中断した面会以来、魔王とは接触できていない。
妖精女王の仲間達もまだ「お誕生日祭り」が続いていてそれどころじゃないらしい。
一方で青き鎖の方は、そんな魔王騒動に巻き込まれそうになる人々を守ったり混乱した要人達と裏交渉したりで大忙しだ......ただしそれらは通常営業の範囲内なので、ようやく聖女は連日の激務から開放されつつあったのだった...
聖女の従者が「お嬢はがんばったぞ」と労って、彼女は「もっとほめて!」とおやつのおかわりを要求した。
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【慈悲無き兵器】と【不滅の正義】を破った魔王が、その後すぐに、43階層への転移門を通過したという報告があった。
もちろんその報告は王国や白き鏡の混乱に拍車をかけたのだが、赤き剣も青き鎖もそれに対しては無反応だった。
魔王は「通りすがりの【徘徊する逢魔】だ」と名乗ったのだという。
【勇者】も人族も無視されたまま。
例の「お誕生日会」でも「魔王城事変」でも死傷者は出なかった。
本当に、あっという間に通りすがっただけに終わったのだった。
...もう彼らは、人族など眼中に無い。
彼らが目指すのは迷宮の底、神々との決着だけであった。




