かいだん
【徘徊する逢魔】を一言で言うと?
それならば有名な言葉は、『みんな仲良く』だね。
これは伝承学者でなくとも、他の種族達に聞けばみんなが教えてくれることだろう。
...今代の【徘徊する逢魔】はどうか?
それについては、聖女自身の目で見極めてみたまえ――
「――魔王様? すきー。魔王様はねー、みんながケンカしていると『みんな仲良く』って言ってくれるのー」
諜報部の伝手で、他の種族のいくつかと会話する機会を得た。
できれば私の足で聞いて回りたかったけど、聖女は【機械仕掛けの真理】への備えとして42階層から動かないことを求められている。
...もっとも、魔王が【機械仕掛けの真理】を連れ去ってくれたおかげで、今後はその制約も無くなりそうなのは、なんとも皮肉な話だけれど......
「人族? きらいー。人族はねー、みんなが仲良くしてると、そこに奪いにケンカしにくるのー」
...そうね。分かってた。
むしろ「お、お嬢、大丈夫か!?」とか、「で、でも好きな人族もいるよー?」と慌ててみんなに慰められるのは......虎族のローと妖精さんに慰められる人族としてはむしろ惨めに感じてしまった。
...どんな人にも種族にも、好きな人、嫌いな人、両方いるのは当然だ。
だけど、こういう時に私が対決しなければならないのはいつも、嫌いな人や苦手な人達だ。
それどころか、今回は私が「嫌いな人達を代表」しなければならないなんて......
...ダメだ、ダメだっ!!
気持ちを切り替えろ!!
後ろが誰で前が誰だろうが、私は私、変わらない!
ただ私にできることをやる、それだけだ!
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42階層の城の位置は「日替わり」だから、青き鎖の本部へ来いと言われたところで場所は分からないし、むこうだって俺達に地図とかを渡しようもない。
だからせいぜい、世界地図の適当な場所に丸を書いて「この辺」と書くくらいしかできないだろう。いや、迷宮だからそれすら不可能だ。
俺の【はいかい】スキルのことは青き鎖にも教えてはいないが、やつらは俺がどうやってたどり着くと思っているのだろうか? と疑問を感じながらニアと二人で歩いていると......
「...ってくださーい......待ってくださーい、魔王さーん!」
後ろから何か俺を呼ぶ声(?)が聞こえてきた気がするので、俺とニアはとりあえず、前に走った。
はるか後ろから「ちょっ!? なんで走るんですかっ!?」なんて聞こえてきたけど、むしろ何で走らないかを聞きたいくらいだ。
俺達が今さっきどんな目にあったかを踏まえれば当然だし、声がそのさっきいた方角から来ている時点で確定だ、これ以上厄介事など増やしてたまるか!
後ろから誰が追って来ているかなんて確認しなかった。こういう時は「振り向かず、走れ」の一択だ。
見ちゃったらこっちが気がついているのがバレるからとかじゃないし、「気づいてるんでしょ! 待ってくださーい!?」という声なんて、俺達には聞こえていない。走りたくなったから走るんだ!
ニアが例の長い杖を引きずったまま走っているから「それ、今だけ俺が持とうか?」と聞いてみたけど、ニアは一言、「平気」と答えた。
それどころか、サリサリ地面の砂を引きずるのが楽しくなって来たのか、そのまま地面に線を描きはじめた。
俺よりも早くテーっと走ったかと思うと、一周して円を描いて戻って来たり、ハートマークを描いて戻って来たりした。
俺も全力疾走している訳ではないけど、それでも寄り道して息も切らさず俺に再合流するニアの足の速さには驚かされた。
後ろの方から「えっ!? なんですかコレ!? 何かのメッセージですか!?」なんて聞こえてきたけど、気にするな、意味などない。強いて意味をつけるなら「がんばれ」だ。
俺達も全力逃走している訳ではないけど、この走りにくい砂の地面を追い続けてくる彼女(?)も、なかなかの根性だと感心した。
俺は俺で、例の漆黒の外套を着直してから走っていたのだけど、これが風にたなびくくせに妙に軽やかで抵抗を感じないのが不思議だった。
これでこの黒外套の色々あるらしい謎機能の一つが「軽い」であることが判明した。
そして......
「...や、やっと止まってくれた...ゼェ、ゼェ......」
俺達を後ろから追いかけていた白い法衣の女は、青き鎖からの案内人だそうだ。
先ほどの赤き剣の人達がいた宿営地から、俺達の目的地である青き鎖の本部の城までの道案内をする予定だったのだけど、あの騒ぎの中で俺達に合流しそびれてしまって、急いでここまで追いかけ続けてきたらしい。
...最後まで、諦めずに追い駆け続けてくれたらしい。
「そ、それはお疲れ様でした」
「い、いえ、こちらこそすぐに合流できずに、すみません...」
「えっと、それで、その目的の城というのは...」
「...お察しの通り、目の前のアレです......」
そうこうしている内に、目的の城に着いていた。俺の【はいかい】スキルは今日も絶好調だったわけだ。
「......」
「......」
「...ご案内、ありがとうございました!」
「...お役に立てたようで(?)なによりです......」
役には立ちましたとも! 最終確認って大事だし!
城の前で首をかしげる門番らしき人には「すみません、少し距離もあって走ってしまいましたけれど、案内係さんには大変お世話になりました!」と何となく、自分の嫌がらせの全力のごまかしと彼女がちゃんと役立ったことを念押しした。
だけど、俺達は大丈夫だったけど、彼女が汗だくでゼェゼェ言っているのが俺達の悪行をますます強調してしまっていた......
門番の人が言った。
「...だから普段から鍛えておけと」
「も、申し訳......ゼェゼェ」
「いや、俺達が逃走...走り出したのがいけないので、すみません」
「いえいえ、無事に到着されたのならばよかったです。こちらへどうぞ」
門番の人が俺達を城内へと導いた。
一応は、双方が合意の上で設定した会談であるとはいえ、人族の敵であるはずの俺達をすんなりと案内してくれたのには少し驚いた。
入り口を入ってすぐに、先ほど一緒にマラソンを楽しんだ人と同じような服装の女が「お待ちしておりました、こちらでございます」と丁寧に中へと案内してくれた。エニーのいた黄金城での応対を思い出す。
そう、中の城の基本的な構造や大きさも、黄金城とよく似ていた。
その一方で、こちらは「鉄」を操るという【愛の縛鎖】の居城のせいなのか、城中の壁やら天井やらの隅にさりげなく鉄線や鉄棒らしきものが走っていた。
一つ一つは飾りや装飾のようにも見えなくもない鉄線だけど、もしかしたら城全体で成立する魔法陣とかの大掛かりな装置か作品なのかも知れない......こっちの城も動いたりするのだろうか?
城に入ってから、ニアが持っていた黄金の長杖の先端が再び床をカリカリと引きずり始めてしまったので床に傷がついたりして怒られないか不安になったが、案内人もニアを注意しないどころか、なんだかほっこりした雰囲気でニアのそれを見守っていた。
真っ直ぐに歩き続けて、目の前にある扉の向こう、城の中央広間らしき場所まで到着した。
天窓から柔らかく降り注ぐ光の下、広間にいたのは女が一人、男が一人。
女は、先ほどの案内人達と同じような、飾り気の無い白の法衣。
男も似たような白装束......そして、手練。武器なし。俺に近いタイプの近接戦闘の護衛か?
扉を入った俺達の姿に女の方が一瞬「猫ちゃん! ...と杖......」と喜色の悲鳴をあげたが、ニアの持つ長い杖が目に入ったようで、すぐに残念な低い声音に変わった。
その女が名乗った。
「私は青き鎖の『聖女』、【愛の縛鎖】フリージアです」
「...通りすがりの【徘徊する逢魔】だ」
俺は【慈悲無き兵器】の時と同様に返した。無礼は承知、だが気に入らん。
...俺はこいつらに襲われたが、俺達はそれを全滅させた。
恨みはあるが謝罪は無用。俺もこいつも互いにクソだ。
だが、魔王と名乗るのもつまらんし名乗るまでもない。
用があるならお前が来い.....とは、今さら言わん。
どうでも良いから、さっさと用件だけを言え...と思っている。
そこが妥協点だと勝手に定めて、俺は苛つきをどうにか押さえ込んでいる。
そして【鑑定】が飛んで来た。
それを俺が【相殺】すると、奴から何かの圧力が増してきた。
そしてニアの持つ黄金の杖が、バチバチと放電した。
よし、交渉は決裂だ。
俺がそう決意した瞬間、女の横の従者が前に出て、女が「待って!」と止めた。
「...【スキル】を使ったのは謝る。けど、あなただって...いや、それはもう良い。
その猫ちゃんの持ってる杖って【機械仕掛けの真理】の、私対策用の杖よね?」
「そうだ【鉄血】封じの...なんか名前言ってたけど、忘れた。
...無礼については謝る。だが、俺達は慣れ合わないし、相容れない。用件だけをどうぞ」
「相容れないなんて決めつけないで。私はこちら生まれだけど、渡り人、あなたと同郷よ」
「同郷などと決めつけるな。同郷だから、それでなんだ?」
「転移? 転生? ...イサミン...【勇者】は転移、つまり誘拐被害者よ」
「だからどうした? 被害者同士で傷を舐め合え? それとも殺しあえ、か?」
「...あなたもドラーオン、【慈悲無き兵器】と同じように戦うことに生きがいを求める方? そうだ、彼は......どうなったの?」
「今頃、嫁と一緒に反省会中だろう......それで、用件は?」
「...そう。あと、【機械仕掛けの真理】...エニーグマは、無事?」
「元気どころかあいつ、めちゃめちゃマイペース過ぎるぞ。 ...それで?」
「そっか、良かった...」
変態鬼はともかくエニーグマとはどちらかといえば敵対関係かとも思ったが、それぞれの無事を聞いて目に見えて安堵しているようだった......いや、だがそれも今はどうでも良いんだ...
「......用件は?」
「...和解を求めます。条件を聞かせて下さい」
「...さんざん人の命を狙った上で、どうすれば水に流せるか言ってみろ、だと? 貴様一体、何様のつもりだ?」
「...怪我人だったら何をしたって許されるとでも思ってるの? あなたこそ甘ったれないでよっ!」
「ハハッ! 俺が怪我で済んだのは偶然だ、だが貴様のその言葉は良いぞ!! 俺も貴様ら人族を八つ裂きにする時には『甘ったれるな』と言いながら――」
「――もうっ!! 揚げ足ばかり取らないでっ!! 聞いてっ!!」
「......」
「...分かってるわよ。無理よ、説得なんて。
私だって、そっちの立場なら許せないわよ。
こっちだって『聖女』なんて理不尽背負わされてるから、それなりには分かってるわよ......
...ハァ。
それでも私は、相手の都合に関係なくこうやって立ち塞がらなくちゃいけない、それが私なの」
「...ご苦労なことだな」
「ほんとにそうよ。
だけど、それでもみんなを守るためなら敵だろうが味方だろうがぶん殴る。
あなたでも他の人でも、その前に私は立ち塞がる。
私は私の、青き鎖のわがままを押し通すためにやってるのよ」
「......」
「それでも広すぎるなら、私とあなただけでも構わない。
人族も青き鎖も関係ない、私の話を聞いて」
「...その理屈だと、魔王ではなく俺個人......もはや魔王は止めないということか」
「...認めたくないけど、私だって、『今後人族は魔王に手出ししない』なんて、言いたくても言えないわよ。
むしろ、白き鏡や他の組織がこれみよがしに私とあなたに横槍を入れてくるのは間違いない...
...だからあなたに対してだって、手を引けとは軽々しく言えないわ。
だからせめて、わたしとあなた、それぞれ何からならできるのか、話をさせて...」
「......」
...ハァー......万策尽きたような悲壮な顔しやがって。
頭を押さえてうつむきながら、声を震わせるな。 ...チッ、演技派め......
「...泣きたいのはこっちだ」
「...ほんとにそうよ。尻拭いさせる側になりたいわよ」
何やら情緒不安定な聖女が、今度は何かを思い出すようにぶつぶつと恨み言を口にしだした。
「...ったく、いつも、どいつも、こいつも......
...剣に魔法に魔王に聖女に、なぜ争う、争わせようとする、ここは一体どこの世紀末なんだよ...!?
私は妖精さんや猫ちゃんとどこかの湖畔の別荘とかで静かに暮らしたいだけなんだよ......強敵とかいらねぇんだよ......私が欲しいのはスローライフなのよっ......名誉とか残業手当とかじゃねぇ、休暇を、安らぎをよこせ...っ!」
「...お嬢?」
おいおい、なんか変な扉が開いちまってるぞ? 大丈夫か?
さてはこいつも、見た目通りの年齢じゃねぇな? 俺と同じ渡り人がどうとか言ってたし......
それに、部屋の明るさに目が慣れてきて気がついたが...こいつ......見た目はまだ十代後半程度だろうに...
...やつれた顔と目元、血色の悪さを化粧で隠してやがるな......無茶しやがって...
そんな心神耗弱な聖女がやや正気に戻ってきて、咳払いをした。
「...コホン、ごめん。どこまで話したっけ?」
「「安らぎをよこせ」」
俺達とあいつの従者が声を揃えたら、気恥ずかしそうに聖女が言った。
「......えっと。私と手を組みなさい、魔王」
「なんだ? とうとうお前が魔王みたいなことを言い出したな?」
「もし私の味方になれば世界の半分を......とは言えないけれど、同じ手を組むならマシな方と手を組む、それはあなただって同じでしょ?」
「夢の無い誘い文句だな。
...だが、お前にとって俺がマシな相手だとは限らんぞ?」
「隣」
「...となり?」
俺は隣のニアを見た。今回は臨戦態勢なのか、長話なのにまだグデーンとしていない。あと、かわいい。
聖女は続けた。
「あなたが10階層で妖精と猫族の奴隷達を開放した話は聞いています。そして21階層ではオーク族の集落も助けた。私はあなたの行いを支持します」
人族以外の者達を助けたことを支持する、か。
「...なりゆきだ」
「それなら、なりゆきついでに、人族も助けなさい!」
「......無茶言うな」
「...ごめんなさい、言い過ぎました。人族も見逃して下さい。私が代わりに殴っておくから」
「...それでお前に一体何の得がある?」
「ないわよっ!!!」
...その怒鳴り声はすぐに、広間の静寂に吸い込まれた。
そして聖女は静かに、怒気を込めて吐き捨てた。
「平和は薄氷なんて言うけれど、溶けるのを待つまでもない、いつも誰かが踏み砕く。
気に入らない、ムカつくのよ。
そいつの首根っこつかんでその薄氷を舐めさせてやる......
...誰も得なんてしない、ただの私の腹いせよ...!」
そして、互いににらみ合い。
「「......」」
互いに同時に、首を振ってため息をついた。
「「ハァ...」」
...なんだろう? こいつと対面するのはすごく疲れる。
あの「相談役」とはまた違った方向性で妙な共感をおぼえてしまう。
今まで見た中で、なんというか......一番まともで損してそうな、苦労人臭? ...爽やかには生きられなさそうな、ロックでパンクな焦げ臭い魂の匂いが漂ってくるような......聖女って、こんななのか? なんか、イメージ違うな...?
...聖女の方も半眼で訝しげに「魔王ってこんななの?」みたいに俺の方をじっと見て、最後に、その要求を総括した。
「私には魔王もその他も関係ない。歴代聖女はその全てと戦ってきたし、今も人族とだって戦ってる。
それは、これからもずっと変わらないっ!
私があなたに求めるものは青き鎖、あるいは私個人との同盟または密約。
お願い、私達に協力して」
「......」
納得はいかない。だが、言い分はわかった。
人族以外も救うことを是とし、人族を含む全てと戦う。夢が大言壮語過ぎる。
だが個人的な密約を持ちかけつつも大した利益は約束はできない、それで本気で俺を取り込む気があるのか?
...正直過ぎるんだ。嘘は言いたくない、本音も隠さない、交渉には不向き。
たとえ稚拙でも言葉を尽くして、打たれるのを覚悟で歩み寄る度胸。
それが演技ならばもっと別の仮面をかぶるべきた。
もっと何でもできます得しますみたいな言葉で煙に巻かなきゃ、きっと競合他社にも勝てないし与党だって取れやしない、そんな生き様は損するぞ?
...それでも聖女を貫き通す、俺のようななんちゃって魔王とは覚悟が違うのだろう。
納得いかんしムカつくが、俺は......こいつが勝手に世界を平和にした方がまだマシだと思った。
...そう、ここが一番マシな落とし所、か...?
俺達は無言でにらみ合った。数秒だったか数十秒だったかは分からない。
やがて俺と聖女、互いに同時に前へと踏み出した、
そして――
「――待て、魔王!!」
...広間横の扉から飛び込み俺達の間に割って入った【勇者】を前に、思わず頭を押さえて項垂れてしまった俺の視界の隅に、同じく手を額に天に嘆く聖女の姿を見た。




