vsじひなきへいき
(前半は殴り合いです。苦手な方は読み飛ばしてください)
「...おい、何の真似だ」
「俺はもう怒った。真面目に戦ってなどやらん。
すべての武器で、反則技でお前をねじ伏せる」
「だからなんで、そのお前が地面に倒れているんだよ!?」
「倒れている? 大地に大の字で寝そべっているだけだろう?」
背中で大地を感じているんだ。これが一番精度が上がる。
俺はあらためて開戦を告げた。
「...もう時間の無駄だ。つべこべ言わずに、さっさとかかって来い」
奴が首をかしげながら、その手に持った大剣を俺目掛けてぶん投げてきた。
しかし、それは明後日の方向に飛んでいった。
「...?」
「...分からなかったなら、お前の負けだ。さっさと――」
――俺が言い終わる前に奴は次は槍を手に召喚して、今度は全力で振りかぶって、投げた。
その槍はさっき以上に全然違う方角の地面へと深々と突き刺さり、そして奴は地面に手をついていた......もっと派手に倒してやるつもりだったが、勘の良いやつめ。
「...ハハッ! まじかよ!? ...お前、俺の動きに合わせて地面を魔法で掘りやがったな!?」
そうだ。今の俺とこの場所ならば、俺は貴様程度の動きならばどうとでも読める!
...いや、読めるは大げさだけど動きの起こりくらいは感じ取れる。余人を交えぬ俺とこいつの鼓動だけが響くこの領域ならば......
「...次はもう仕留める。お前は終わりだ」
はったりじゃない、本気で言った。
ここで敗北を認めて謝罪するならそれで良し。埋めるだけで許してやる。
なお挑んで来るならもう、恐怖に足がすくみ大地が歩けなくなるまでに徹底的に転がして、最後は埋める。
そして奴は...
「...良い......お前っ! 良いぞっ!!」
ちっとも良く無ぇ。喜ぶな。
そして奴は、次に召喚した剣を、その場で大地に深々と突き刺した。
そして、剣を踏み台に天高く跳躍した。
「勝負だ、【徘徊する逢魔】!!」
まるで翼のある獣のように空へ。
ひとっ飛びで、一気に、新たに召喚した剣を手に俺めがけて天から降下した。
そう、それだ。もう貴様は詰みだっ!!
俺はその新たな剣を全力の【まほう】で強引に遠隔収納して奪い去った!!
目を丸めた奴が、再び召喚した武器をさらに強奪、次の武器も即強奪した!!
本気で奪う。
奴の地面も、武器も、全て【まほう】で奪い去る。
仮に魔法で飛んだりすれば、魔力も奪う。道具を出せばそれも奪う。
全てだ、片っ端から全てを奪い去ってやる!!
もう、次は距離が無い。
武器に加えて目や各部位を奪う、首や手足の動脈も腱も【まほう】で切る。
触れる間合いならばもう【まほう】で【吸命】もやってやる...!
だが、奴は俺の想像の斜め上を行く、大たわけだった。
「いいぞ! 最高だっ!! 俺は貴様らを、貴様をずっと待っていたっ!!!」
そのまま素手で飛び込んで来やがった。
...まるで無策。
【けんせい】相手に武器無しで挑むとか...だがそれすらも奴には関係ない。
ただもう嬉しくてたまらない、その想いだけが焼けつく程に伝わってきた。
戦えれば最高、ただそれだけの、筋金入りの大馬鹿野郎。
それが空から降って来た......
...毒気が、抜けてしまった。
......だがっ!!
「...ならば貴様に敗北をくれてやる、たわけ!!」
もう、【まほう】を使う必要はない。
だが、毒気は抜けても怒りは消えぬ...!
使う予定の無かったプランBで、倒す!!
俺を斬ったこと、みんなを心配させたこと、百歩譲ってそれは許してやらんことも無い、だがっ!!
俺の膝に顔を埋めたまま、耳を倒して一言も発することのできなかったニア。
...心傷級の、寝台を見る度に思い出す、悪夢!! それだけは、貴様は絶対に、許さん!!
プランB。それは俺の【けんせい Lv2】と「ステータス255」でのゴリ押し。
俺の変態スキルと狂気のステータスが奏でる、
現実を捻じ曲げて顕現させた、悪魔の「ハメ技」。
空中コンボ。
踏み込み、歯軋り、膂力任せに奴を宙へと撃ち飛ばす。
奴の素人に毛が生えた程度の拳など、避けない、身体で止める。
鈍器だろうが鎧だろうが押し通す。
溢れんばかりの怒りと共に奴を天へと捧げ飛ばす。
迷惑だと天から突き返されようが関係ない。
その供物を何度でも、天の向こうへと押し付ける。
KOは無い。
俺が飽きるまで、何度でも、何度だって、
高い高いからの他界へと誘うその時まで、
何度でも何度でも、舞い踊らせて遊んでやる!!
だが、奴はさすが神の使徒だった。
神話級のド変態は俺の死の乱舞に、赤子のようにゴキゲンだ。
防御を捨てて何度でも俺に殴りかかってきやがる、だが!
頑丈さは奴が上でも死に近いのも奴だ! 今のこの拳聖ならば神でも殺してみせ――...
...俺は舌打ちし、奴は笑った。
飽きた。もう寝ろッ!!
ここからは真上から真横だ、もう就寝時間だっ――
――貴様がどんなにはしゃごうが、
無理矢理寝かしつけてやると決めた、
色と音が消え、形と感触だけになる――
――咆哮、乱打、岩のような手応えも軋む両拳の悲鳴もすべて無視して、殴って殴って殴りまくった。
鬼は喜悦に啼き、俺はそれを黙らせる。
振り下ろす止めの拳槌。
大地という名の回避不能な追突事故が足下に轟く。
仰向けを拒み地面から跳ね戻る奴をさらに再び拳槌で叩き落とす。
まだ駄々をこねるならば次は足だっ!!
歯を食いしばり、足を振り上げ、奴の死に様を確認するが......
...寝心地も悪かろう地面に奴は深々とその身を預けて動かなかった......
......
...良い顔で気絶しやがって......クソがっ!!
【まほう】で没収した奴の魔剣を全て、吐き出した。
収納中もガリガリと俺の魔力を削り続けていたから、少し危なかった。
奴が全力で次々に武器を出し続けていればまた結果は違っていたことだろう。
...いっそこのまま埋めてやろうかとも思ったが、戦闘から埋葬まで無料でご奉仕してやったらいよいよ変態の一人勝ちなように思えて、それは止めておいた......
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...ザバーーーーーーーーーー......
「...ブハッ!? ...ゲホ、ゲホッ...なんだっ!?」
なんだって? 溺死か起床のサービスだ。いつまでもスヤスヤと眠りやがって、延滞料金を取るぞ!
奴の顔に大量の水を浴びせて目を覚まさせてやった原因は、そいつらだ。
寝起きの変態鬼が目を丸めた。
「...なんで、お前......」
変態の嫁と娘。ニアが霧の向こうから連れて来ちまった。
ニアが言うには「見届けると言って聞かない」から、仕方なくこっちに案内したそうだ。
変態鬼は、人族らしき母娘を見て、俺とニアを見て、ばつが悪そうにうつむいた。
そして、片手でその苦い顔を覆った。
...なんとなく分かる。敗北の恥ずかしさ、とかでは無い。
どちらかと言えば、楽しかった余韻に浸ることも許されず水をさされた苛立ち、それでも大事な者達がこの死地に来てしまった危機への焦り、その葛藤、とでも言ったところか...?
そして、嫁の方も同じ苦しそうな顔。そんな夫の心境を慮っての申し訳なさ、それでも夫だけを逝かせる気はない覚悟の狭間に揺れる顔...とかだろう?
娘の方はニアをじーっと見ている。うちの猫ちゃん、かわいいだろ? ニアが俺を挟んで逆位置に立って嫌そうにしている。まぁ、娘の方はさておいて......
この変態鬼。
...典型的な英雄、そして社会不適合者なのだろう。
乱世で輝き、平時で使いみちの無いタイプの尖った天才がこの【慈悲無き兵器】。
最悪のケダモノ、あるいはきっと何かの競技で世界王者にでもなっちまうような、然るべき誰かが導けばいくらでも活躍できる逸材......あぁ、そういえばこいつ、もう「赤き剣」とやらのトップなんだっけ?
だが、戦場に女子供を連れてくる、クズ。
どうせこいつの意思ではなく、こいつ自身もいま驚いて何もできない状況なのだろう。それでも......
...それで、どういうつもりだ?
俺にそいつらに手をかけさせるつもりか?
そいつらを盾に俺を脅すつもりか?
これを生かして恨みを背負えと言いたいのか? あるいはこれも殺めろ?
さんざん俺達の命を脅かし愉しんだ挙句に、これか?
それが偶然だろうが必然だろうが、貴様らは......
...鬼が絞りだすように俺に一言、「すまねぇ...」なんて言いやがった...
...これが、こんなものが、貴様の言うケジメか!!
ならば望み通りに鏖――!!
「――父上の胸みたいに固くない」
――そして、幼女に胸を揉まれる俺。
あわてて幼女を抱き上げて俺から離れて、そしてそのまま俺の方に何度もスミマセン、スミマセン、と頭を下げる母親。
羞恥に顔を赤くして目をそむける、父親。
そして、俺の足元にグデーンと寄りかかるニア......
...ほんっと、もう、なんなんだよっ!?
そんなどうしようも無い状況の中、空気も読まずに、真面目な話をして来そうな変態夫妻を――
「魔王【徘徊する逢魔】様、願わくば我が夫と共に――」
「魔王!! 俺は――」
「――うるせぇっ!! 黙れ!! 二度と俺に、俺達に関わるなっ!!」
怒鳴った。
救いを見たかのように涙目で目を丸める女と、絶望を見たかのように目を丸めて即座に抗議しだす変態。
「なっ、なんでだよっ!?」
「お前がなんでだよ!?」
それでもなお諦めない、変態からの激白。
「俺には!! 俺には、剣しかないんだ!! お前は、俺より強いんだ!! だから俺には、お前しかいないんだ!!」
恐ろしいほどにハタ迷惑な三段論法を展開してくるド変態......もー、なんなんだ、もー...
「てめぇは...弱者のフリすりゃどんな意見も許されると思ったら大間違いだぞ!?」
「なっ!? 弱者っ!? ...確かに俺は負けたが......クソッ......頼む...!」
...もう、こいつはダメだと思って変態の嫁の方を見れば、こっちはこっちで「夫の道です、覚悟はできています」みたいな顔をしているし、もう本当に困ってしまって、バカとヨメ、ヨメとバカを何度か往復してみたけれど、二人の意思は固かった......
...ニアの方はといえば、再び近寄ろうとウズウズしている女の子を氷のような瞳で牽制していて、忙しそうだ。
...そうだ、答えはもう、見れば分かるだろう。
俺はバカ二人に、叫んだ。
「...この、たわけがっ!!
お前達は選んだのだろう、そこの小娘は一体なんだ!
あれもこれもと、すべての我儘が通ると思うなっ!!
それでも貴様がそれを捨て、
貴様一人の我儘を押し通すというのならば、
一人で勝手に、め――
――勝手に地面にでも好きなだけその自慢の剣を突き刺してろ!
思う存分自分で掘った穴を自分で埋め続けろ、一人でっ!
終始、一人を貫けっ!!
...望まぬ者達までその墓穴に、貴様の愉悦のために巻き込むな...!!」
視界にチラッと入ったそれは、俺の怒鳴り声に泣きそうな顔だった。
教育に悪い場面に巻き込んでしまったが、ここでもし「父上をいじめるなー」とか走ってきたらもう俺は完全に詰んでいたから、ビビってくれた方が正直、助かった。
ヨメの方は娘をぎゅっと抱きしめて俯いた。思うところがあったと信じたい。
バカの方は口を引き結んで、ただ黙った。ヨメの活躍を信じたい。
もう言っても無駄な連中に関わるのは、うんざりだ。
「霧の向こうへてきとうに歩けばそのまま元の場所に出られる」とだけ言い捨てて、ニアと二人、さっさとその場を立ち去った......
......
...立ち去ろうとしたのだが、振り向けば、あまりにもその男が小さく見えてしまったので......
「...俺は武器は使えん。一対一で素手のみで、だ」
「...!? ...いいのか?」
「良く無ぇっ!! 仲間同士で勝手に殴り合えっ!!」
思ったよりも元気そうな奴にうんざりしながら、俺は今度こそ振り向かずに霧の向こうへと立ち去って――......
......
――...命を狙われて、更に再戦。
倒されても倒しても、不幸。
どれを選んでも、俺の負け。
まさに五里霧中を歩く気分だった......
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そして、霧が晴れた。
【白昼夢】の霧から俺とニアの二人だけが出てきたことに、周りの兵士達は目を丸くして沈黙した。
俺はてっきり、戦闘狂どもが喜び勇んで襲いかかって来るかもしれないと覚悟していたから少し拍子抜けだったが......
喝采。
その場にいた兵士達が「うおぉー、首領に勝ちやがった!?」と一斉に大盛り上がりで叫び始めた。
百人程度でも選りすぐりだからなのかそれとも距離が近いせいなのか、万雷の拍手が巻き起こった。
...俺達の様子から戦いの結果を、そしてやつらの「首領」の生存でも察したのだろうか、あるいは元より生死は問わないのか。
いずれにせよその場の全員が心の底から喜び、それを声に叫びに変えて思い思いに手を叩き鳴らした。
こうも賞賛されるとは思わずに、俺の足も止まってしまっていた。
見るからに荒くれ者で興奮冷めやらぬ連中でも、再び歩き出した俺達にはすぐに道をあけてくれるものだから、なんだかとても礼儀正しい暴徒に囲まれたみたいな感じだった。
そして俺達が立ち去ってなお、スゲー、スゲーと全員で叫び盛り上がり続けていた。
もう、あの場で宴会でも始まりそうな勢いだ......今となってはその為の宿営地なのではなかろうかとも思えてくる......
......
...俺にとっての難題は、
彼らにとっては単純で、
俺にとっては敗北でも、
彼らにとっては優勝だった。
...口元に出そうになった変なこそばゆさを、ため息でむりやり消した。
もう、お前らで好き勝手にやれよ。
俺を巻き込むな。
俺はそういうノリは、苦手なんだ......
歩きながら、次の目的地へと向かいながら俺は、服に付いた砂を払った。
大地に寝転がった時にでも付いた砂だろう。たいした量ではないけれど気分を切り替える目的で砂を払いながら歩いた。
俺の手の届きづらい背中の方はニアが小さな手でペシペシと払ってくれた。ありがとう。
そして【まほう】で再び取り出した黒外套を肩にまとった俺に、ニアが聞いてきた。
「め」
「めっ?」
何か怒られたのかと思ったら、違っていた。
「主、途中まで言いかけた『め』って」
本当によく見て、聞いていたことに驚いた。
そう、俺があの時に変態相手に言いかけたのは......
「...あの時、『迷宮でも下って思う存分、神でも何でも斬り伏せろ』なんて言ったら『その手があったか!』とか言い出しかねないと思って、言い直したんだ」
迷宮へ、あの母娘を置き去りにして。
「...主は?」
「俺がみんなを置いていくわけ無いだろう?」
俺の答えに満足したのか、ニアは微笑んだ。
俺達は再び、目的の場所へと無言で歩いていく。
俺は今度は【まほう】で回復薬を取り出して、それを飲みながら呼吸を整えつつ次に備えた。
...とにかくこれで一人は叩きのめした。あと、一人。




