けじめ
エニーと四天王達、そしてスライムさんは俺の出発よりも三日ほど前に旅立った。
くれぐれも無茶はしないように、てきとうな所で城を破棄して構わない、そもそもその辺に城を乗り捨てておくだけでも陽動作戦としては十分だろうと、彼らの安全を重視するように俺は何度も念を押しておいた。
心配する俺にスライムさんは「まぁ、任せなさい」と俺をペシペシと叩き、エニーが「まぁ、お任せ下さい」と俺の肩をパシパシと叩き、俺は四天王達に「頼むから、このポンコツが暴走しないように見張っていてくれ」と切々と頼み込んだ。
だけど、いつもとは逆で、スライムさんを送り出す日が来ようとは。少し感慨深い気分になった。
そして、作戦決行の日がやってきた。
あとはティが別の場所で「ある行事」(終わるまで詳細は秘密らしい)を行って注目を集めている隙に、俺が【愛の縛鎖】と【慈悲無き兵器】を殴......話し合いに行く段取りだ。
とはいえ、ティの方の「行事」は夕方から夜通し続く中で、ティ達の出番自体は夜中かららしく昼間はこのまま家にいる予定だそうだ。
俺に何かあったらまた駆けつけると言ってくれたが、逆に俺に何もなければティ達が出発する前に俺の方が帰宅出来てしまう場合すらあるかもしれない。
そして、ほぼいつも通りの「いってらっしゃい」の光景。
俺とニアの二人を、みんなが見送った。
あんな事件があった後だけど、みんなは別に何を心配すること無く俺達を送り出してくれた。
むしろ俺の方が旅立ったスライムさん達や、これから出かけるティ達や、留守番するみんなを心配して、一番ハラハラしているような気さえする。
ただ、前回と大きく異なるのは俺の服装。
漆黒に金の刺繍の入った、超カッコイイ外套。ザ・魔王、って感じのやつ。これを上に羽織っていくようにと、三日前から渡されていた。
黒地の生地は複数の特殊な素材で作られた混合繊維らしく、メイとティが取り寄せて職人に仕上げてもらった一級品らしい。
そこにエニーが金の刺繍を施した。一見すると模様のように見えるそれは、筆記体みたいな文字だった。外套の機能を底上げする為の術式らしい。
その「機能」って何かと聞いてみたら、メイとエニーに「防御力を上げたり色が変わったり、色々です」とふわっとした説明をされた。
...一度装備したら呪いで外せなさそうな雰囲気を醸し出していたけれど、ちゃんと脱ぐこともできたから、もう深くは考えずに着ることにした。どうせ聞いても答えてくれないのは分かっているんだ。
...本当はニアも家に置いて一人で行くつもりだったけど、ニアは「行く」と一言。彼女は引かなかった。
そのニアの手には黄金の長杖。こちらはエニーが用意した魔法の杖だ。
前回の戦いで【愛の縛鎖】が俺達に使ったという魔法封じの領域結界、それを破るための杖らしい。
その【愛の縛鎖】本人はもう俺達には使わないとティ達に伝えてきたらしいけど、それを素直に信じる理由などないので、俺達もありがたくエニーからその杖を借り受けた。
だけどその杖、これも俺の黒外套に負けないくらい立派すぎて、ニアの身長よりも長い。
ニアの呼んだ【白昼夢】の霧の中を俺達二人は歩き出し、ニアが引きずる杖の音がカリカリと鳴り響いていく。
たしか黄金ってわりと柔らかいんじゃなかったか? 目的地につくまでに長杖が短杖まで減ったりしないか少し心配だ......
そして、霧を抜けた俺とニア。
場所はあの苦い事故現場、俺が襲撃された場所。
もともと何も無い荒野にいくつか城の生えた場所ではあったけど、42階層の不思議仕様で城の配置もがらりと変わって、前回の景色とはまったく違う。
そもそも違うのが、謎の天幕と宿営地。
宿営地にはおそらく百名前後の各種族混合の兵士達。傭兵団という言葉を連想した。
囲まれたわけではないが、俺達の現れる場所をみんなで監視して待っていたようだ。
俺達が現れるのは霧の出現で気づいただろうが、兵士達は慌てる様子もなく俺達二人を見つけて「おーい、来たぞー、首領呼んでこーい」と天幕に向けて緊張感の無い声で伝えていた。
兵士達は半々に分かれて、俺達と天幕の間を開ける。
そして、天幕から「おう、来たか!」と喜びまじりの声を上げて、現れたのは......
あの時、俺の後ろに現れた鬼族の戦士【慈悲無き兵器】だった。
こちらにのしのし歩いて来たその鬼が俺達に声をかけ、それにニアが応じた。
「おう! 待ちくたびれたぜ!」
「其は天を舞う赤鳥の羽、終焉を告ぐ夕暮れの朱、やがて集いし熱波の渦は――」
...応じた、というよりもガン無視したまま詠唱を始めたニアに「おいおい! 待て待て!」と慌てる鬼野郎。
それでも全く詠唱を止めずに全滅させる気まんまんのニアの頭を俺が撫でると、ニアはようやく詠唱を止めてくれて、その青白く輝く瞳をスッと閉じた。
ニアの怒りの気持ちはよく分かる。俺だって、出会い頭に一発かまして即終了にするべきか、と少し迷ってニアを止めるのが遅れてしまったんだ。
だが、あっちはあっちで、そんな俺達の気持ちなど無視して勝手に話を進めて来やがった。
「俺ともう一度、戦ってくれ」
真剣な顔で俺に言った鬼野郎。
周りの兵士達が距離を開ける。俺達を逃がさないようにというよりは、多分、邪魔が入らないようにするための人員なのだろう。誰も武器を抜かず、俺達よりも周囲の方へと警戒を向けている。
そして、鬼野郎。俺の方へと数歩近づき、間合いの外で右手に剣をスッと召喚した。
あれはティが言っていた、【千刃】という武器召喚スキルなのだろう。そしてあれは俺の左手を斬り飛ばした魔剣、ただ斬るだけでなく他の魔法効果も上乗せしてくる必殺剣だ。
俺では片手どころか両手でも手に余るだろう大剣。それを大地へと突き立てた。
「一手目はお前からだ」
そして、背を向ける鬼野郎あらため変態。
なんだ? その剣で斬れってのか? 俺はそういう上級者向けのサービスは受け付けてねーぞ?
戸惑う俺に、背中で語るド変態。
「...周りの奴らは手出しさせねぇ。その剣で無くても、お前の拳でも構わねぇ。
俺もそれは避けるつもりではあるが、それでも、これはケジメだ。一手目はお前、そこだけは譲れねぇ...!」
...今回は、奴は鎧を着ていない。俺の貫手が奴の鎧を貫いたから、それで軽装か? 無論、その状態で背で剣を受ければ真っ二つ、いくらなんでも避けるだろう。
だが、勝手に話を進めるな。
「...なんだ? 俺達の背中から斬りつけて来たことへのケジメか?」
「そうだ。あれは俺も......いや、言い訳はしねぇ。
だが、頼む、もう一度俺と戦ってくれ...!」
いきなりこの展開になったから少し驚いたが、【慈悲無き兵器】が俺と一対一での再戦を望んでいるという話は、青き鎖とティのやり取りを介して聞いていた。
それを俺達が受けるとも受けないともまだ返答はしていない。
ただ、青き鎖の聖女とやらから「戦バカに応えてやって欲しい」なんて頼まれごとを、あらかじめ聞いていた......
...なるほど。戦バカ、だ。
前世の祖父の仲間がこれだった。
良くも悪くも真っ直ぐな、周囲の迷惑にも気づけない、俺の苦手な連中だ。
周囲の兵士達も動かない。きっと俺と変態の勝敗よりも、変態が「筋を通す」ことを重んじているのだろう。
変態も動かない。返答は剣で、とその背中で語っている。
ニアはグデーンとし始めた。俺には寄りかかれない代わりに、金の長杖に溶けて一体化し始めている。
そして俺は......さっそくもう帰りたいなぁ、という思いを飲み込んで、こいつとここでけりを付ける方向に気持ちを切り替えた。
「...条件を変える。ニア!」
ニアが立ち上がり、事前の打ち合わせ通り、再び【白昼夢】を呼んだ。
周囲に霧が立ち込めて、兵士達がざわついて、変態は一旦、こちらに振り向いた。
そして俺は、戦う条件を提示した。
「場所はニアが用意した戦場、俺とお前の一対一、先手は要らん、それが条件だ!」
「ありがてえ!」
どこに連れて行かれるか、本当に一対一の保証があるのか、色々大事な確認を全部すっ飛ばして「戦ってくれてありがとう」とは......本当に、やりづらい。
召喚した地面の剣を消して、さっさと霧の奥へと歩こうとする変態を、一応は案内役であるニアがテーっと走って追い抜いた、杖をカリカリ引きずりながら。
俺はため息をついて、周囲の奴らに「決着がついたら出てくるから、待て」と言い残して二人を追った......
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霧の向こうは平面。
少し固めの地面、それだけ。緑も石ころも何もない、霧の向こうまでただ、平らな面。それだけだ。
空は少し霧がかった晴天。暗くもなく眩しくもないといったところだ。
一応、俺は変態に聞いてみた。
「...ここで良いか?」
「あぁ! 早く戦ろうぜ!」
...一応、なぜ此処かという回答は用意していたのだが。
当然、【愛の縛鎖】の領域であるあの42階層の荒野は却下。
ここには罠はない、だが、俺はここで戦うことを前提にしてニアやみんなと色々訓練した上で臨んでいる。それでも良いか? という話をする、はずだった。
...だがたぶん、こいつにとっては、それすらもどうでも良いのだ。
もう、玩具かおやつが待てない子供のように、わくわくしながら「早くやろう」だ。
そして、俺に戦いを託す感動的な場面などなく、杖をカリカリ、テーっと霧の向こうへと去っていくニア。安定の、うちの子達の俺への全幅の信頼感である。
...なんだか俺一人だけがペースを乱しているような状況だ。
天を仰いで、息をついて、もう一度、気持ちを切り替え直した。
黒外套を脱ぎ、【まほう】で収納して、目の前の鬼の戦士と相対した。
ここからはもう、待った無しだ。
奴が再び剣を召喚して、名乗りを上げた。
「...【慈悲無き兵器】ドラーオンだ」
「通りすがりの【徘徊する逢魔】だ。お前は俺の全力で倒す、だが...」
俺はそのまま、大地に、大の字に仰向けになった。
「...お前とは、マジメには戦ってやらん」




