ふどうのそうしゃ
それは、はるか古の物語。
我が腕、無限の空、
我が足跡、果てなき地、
天地にあって、我らあり
怠け者の大男が居た。
森の奥にぐったりと腰掛けたまま、あるいは横になったまま、いつもそこから動かない。
ただただ、誰も聞いたことのない鼻歌をつぶやきながら怠ける日々。
近くの村に住む者達に頼まれて、硬い蓋を開けたり、硬い殻を割ったりの力仕事を引き受けるお礼に食料を分けてもらう日々。たまに真上を通りすぎようとする鳥に石をぶつけて、その鳥と食料を交換する日々。
村人も、その怠け者のおおらかで憎めない性格に惹かれて、やや甘やかし気味に餌付けしていたような感覚だった......それが百年以上続いていた。
雨は日は、降り注ぎ、
草花揺らし、香りに満ちて、
風、大地を撫でて 我、歩みを止める
そして、大男は捕まった。
まったく身に覚えのない罪で、気がつけば処刑台の上。
あるいは身に覚えのある罪だったかもしれないが、もう、面倒で思い出す気も起きなかった。
むしろ、この巨体をこんな場所までよく連行したものだと、他人事のように感心していたありさまだった。
もう、良い。
いつからだったか覚えていないが、すべて、どうでも良くなっていた――
時に、愛でるもよし
時に、眠るも良し、
やがて、永久に、眠るもまた良し...
――...目の前の、彼を救いに来た村人達の姿を見るまでは。
処刑の見物人達に紛れて彼を救いに来た村人達。
救える訳がない、むしろ「帝国」はそうやって裏切り者を燻り出そうとしていたくらいだ。
ノコノコとやってきた自殺志願者達へと帝国兵が殺到していくその中で......
「...だが、目覚めたならば、」
いつの間にか処刑台をすり抜けて直立していた大男はその太い腕を空へと掲げて大声で歌った。
その巨漢の賢者は地を震わせるように低く、天に届かせるように高らかに、彼の魔法を詠唱したという。
だが、目覚たならば、
天地の子らよ、走れ!
求むるものは
足下になく、傍らにもなく、
はるか彼方の果てに在り
泣くな、喚くな、争うな!
汝の夢に目を凝らせ!
走れ、止まるな、駆け抜けよ!
我らが道は前に待つ!
歌って踊って踏みしめて、
いざ、欲する者よ!
見よ、その地の果てを!!
さぁ、我へと続け!!!
そこには「巨人が」立っていた。天を突く、巨大な人だ。
その帝都でもっとも高い、城の物見塔よりもさらに高い、大きな漢だった。
そして、その巨人は、どこからとも無く召喚した『舟』へと村人達をヒョイヒョイと舟盛りにして、その舟を小脇に抱えて、走りだした。
そう、ただ、巨人は走った。
彼に浴びせられた爪楊枝ほどの弓矢も、豆鉄砲ほどの砲弾もお構いなしに、全力で城の外へと走った。
揺れる大地。
眼下に広がる軍隊も城壁も、跨いだり踏み潰したりしながら、彼は走った。
全力で地を震わせて。
踏み潰したのは城壁だけだが、裂ける地面や跳ねる地平は、人も建物もお構いなしに転がし倒した。
轟音と共に駆け抜けた。
そして、その比類なき縦揺れは容赦なく、地の下から激しく何度も世界を殴り続けて......
彼の足踏みで、帝都は陥落した。
ただただ地平線の彼方へと向けて、去りゆく地響きと巨大な足跡だけを残して、彼は村人達を抱えてはるか遠くへと旅出ったのだという――
――その村人達の子孫達は後に、取材に来た伝承学者にこう応えた。
「その後?
...あぁ、たしか巨人様はこう言い残して村を去ったそうな。
『めんどくせーから、もう、誰も追ってこないところで怠けるぜ』...とな!」
おう、お前、俺の使徒になれや。
そうか。あんがとな。
よし。それじゃ、達者でな!
その巨漢の神は、なんとも雑なやりとりでその使徒の役割を押し付けて、そのことすらも忘れてしまったのだった――
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移動要塞「魔王城」の前に結集した人族の万の軍勢。
その絶望的な物量を前にしながらも、彼女は何の気負いもなく宣言した。
「ここは私が主様の為にがんばらねばならないでしょう」
その宣言に、四天王達は戦慄していた。
四天王達は戦士というよりはお目付け役としてこの城の「行軍」に同行していた。
しかし、いまいち状況について行けずに、まだ困惑のままにここにいる。
魔王城が「動く」のは聞いたことがあったのだが、こうも長距離をかっ飛んで行くなんて思わなかった。
空を自由に飛ぶ城は気持ちが良いやら悪いやら、空を飛ぶことも城に乗る(?)ことも初めての体験だった。
もともとの動く城に、建築関係者と帽子人と【機械仕掛けの真理】の悪夢の共同開発によって、常軌を逸した魔改造が施されたのだという......
「魔王城の保守作業が間に合ったのは僥倖でしたね、ふっふっふ」
そう、古の神の使徒【機械仕掛けの真理】である。
魔王の身代わり人形として彼女が名乗りを上げたのだった。
出発してから妙な緊張感で暴走気味の自動人形である。
彼女の提案に対して当初はあまり乗り気ではなかった彼らの魔王であったのだが、何かの覚悟か諦めがついたのか、なにやら彼女と意気投合しだして――
「――いや、むしろ飛んでこその魔王城か?」
「お約束ですね」
「そして、最後は城ごと爆発してこその魔王だろう?」
「浪漫ですね」
「それで、我らを倒しても第二、第三の魔王がーとか言っておいてさ...」
「次回予告ですね」
「...で、爆死したことにして、そのまま俺達は雲隠れしちゃえばいいじゃない?」
「続編を期待させておいて打ち切りなんて、ひどい話ですね。ですが、同じやるなら名作として歴史に残るくらい、派手にやりましょう――」
――移動要塞を囮に使うという作戦も画期的過ぎたのだが、爆発とか浪漫とか続編とか、彼らが何を言っているのかよく分からない。
なんだか「彼らの魔王」が遠くに行ってしまうような気がして、慌てて自分達もこの作戦に参加させてもらうように立候補したのだった。
魔王は四天王のその申し出を喜んだ。
むしろ大いに期待し、哀願しながら「頼むから、このポンコツが暴走しないように見張っていてくれ」と、「ひどいです、くすん」と言う彼女の目の前で、四天王達に厳命したのだった。
そして今......四天王達はあきらめていた。
彼らには荷が重すぎた。その任務についてはもう、彼に期待することにしていた。
そもそも彼女は優秀すぎたのだ。
いくら建築関係者達の最高傑作である魔王城といえど、それを移動させる術式が一人で操作できる規模であるはずは無い。
四天王の中で最も魔法知識に長けている邪悪僧侶でも、魔法に詳しいがゆえに三秒で匙を投げてしまった。
それなのに、そんな移動要塞を彼女はたった一人で完璧に操作しているのだ。賢者ではなく化物だ。
地図を見ながら、人族の軍勢をどこで迎え撃つか、四天王の代表である美人剣士が彼女に助言した。
だが、助言と言っても、上げられた候補地のうちで「どこが一番好きですか?」という自動人形らしからぬ曖昧な質問を受けた彼が、彼なりに一生懸命、その経験から最適解を導き出そうと悩んでいると、「では、広い場所は好きですか?」「草原より砂漠の方が好きですか?」「暖かい場所より寒い場所が好きですか?」と二択の質問をいくつか浴びせてきて、それに「はい」か「いいえ」で答えているうちに、数分で場所が決まっていた。
そして城が、ブーンと飛んだ。
たどり着いた場所は、美人剣士好みの風光明媚な場所だった。
せっかくだからと、そこで釣りと山菜採りを楽しんだ。
夜は星空を見ながらご飯を食べて、とても楽しかった。
料理も道具もすべて【機械仕掛けの真理】が用意した。
至れり尽くせりで三日が経った。
そしてその三日後に、人族の万の軍勢がそこに来させられていた。
ここで初めて、骸骨戦士ともう一人が「俺達、遊んでただけじゃね?」と顔を見合わせたが、エニーグマ以外は全員、似たりよったりだった。
そこまでの三日間で、【機械仕掛けの真理】がその【金脈】スキルで遥か遠くの人族達を操作していく様は、カッコいいとか頼りになるとかよりも、恐ろしいの一言だった。
別に何か特殊な洗脳を施したりする訳ではない、敵の指揮官や参謀の数人に、金貨を通じていくつか何度か、囁いていくだけだった。だから怖いのだ。
その怪しげな謎の『天啓』、だが正確で重要で決して無視できない言葉が人族の指揮官達の、心を思考を侵食する。
彼らはその言葉に導かれるままに、そして彼女が指定した日時に間に合わせるように、必死に全力で強行軍によって、この戦場へとやって来た。
その数、一万。
まるでエニーグマが操る盤上の駒のように、一万の軍勢はこの地へと、続々とかき集められてしまっていた。
そして今。一万、対、【機械仕掛けの真理】である。
もう、格が違う。
戦う前から、四天王には決着が見えてしまっているようだった。
いまだかつてない、万の軍勢を目の前にしているというのに、だ......
...てっきり、人族達を引きつけて籠城でもするのかと思っていた。
あるいは、この魔王城の機動力を活かして逃走を続けるのかと思っていた。
だが始まってみれば何一つ予想通りのことは無かった。
そうこうしているうちに、戦いは今、始まろうとしているのだった。
先ほどから何やら独り言をぶつぶつと呟く絶対王者の防衛戦の様子を、四天王達は観客よろしく、ただ固唾を呑んで見守っていたのだが......
...ここでさらに、予想は裏切られることになる。
主役は、王者は、彼女では無かったのだ。
「ふっふっふ。
ここで私が、この無敵の『天空の城、魔王城』...いや、『主様の動く城』?
とにかく、その活躍によってティターニア様のお誕生日に、この地から私が勝利という花を添えてみせましょう。
たしか、決め台詞は『ははは、見ろ、人がごみのようだっ』、でしたか? ...あぁ、それならばもう一度、空へと離陸しなければなりませんね?
......おや?
どうされましたか?
...なるほど。
お気持ちはうれしいですが、それは推奨できません。
例えあなたが強力な魔法が使えたとしても、今回は敵の数が多すぎます。数は暴力です。私はそれを知っています。
あなたが魔法や【スキル】を使う前に、彼らの誰か一人が別の魔法や【スキル】でその阻止に成功すれば、あなたもただでは済まないのですよ?
それは主様が悲しみますし、私も悲しくなるのです。
...そうなのですか?
確かに大きさも力ですが......
...承知しました。
それではこの場は、先輩にお譲り致します。
ただし劣勢に見えたら、私が強制的に介入することだけは、あらかじめご了承ください」
自分が頑張ると主張する彼に、【機械仕掛けの真理】はその場を譲った。
なぜなら彼は同じ主様のもとに集まった、先輩なのだから。
そしてその時、彼はこう思っていた。
(と、後に【機械仕掛けの真理】が勝手に出版した『飛べ魔王城! 序章〜魔王城、大地に立つ』に、そう書き記されていた――)
――その出会いは偶然で、彼が主を、主が彼を食べなかったのも偶然だけど、その偶然を大切にしたかった。
だって、毎日が楽しいのだから。
みんなが彼をかわいがってくれるし、彼にとってもみんながかわいいし、ずっと一緒にいたかったのだ。
だからいまこそ、彼がみんなを、護ってあげたかったのだ、と――
スライムさん。名前はまだない。
だが、「スライムさん」といえば、それは彼のことだ。
この世界において、
唯一無二のスライムさんである――
――その神の使徒の名は【不動の走者】。
その神の御技の名は【方舟】である――
――天が落ちることを憂うという物語があるそうだが、残念ながら目の前のそれは杞憂ではなく、現実であった。
空から舞い降りた無慈悲な天災は、七日七晩の洪水ではなく、突然現れた巨大なスライムの跳躍であった。
遠近法を無視したそれが徐々にこちらへと降ってきて、みるみるうちに視界を一面の青色へと染めていくその光景を、ただただ受け入れることしかできない、たった一万の兵士達。
博識な魔法使いや参謀や指揮官達も、よもやそれがスライムであろうとは認識できず、仮に認識できたとしても、なんでこうなっているのかは微塵も理解できぬままに、その雄大な青が迫って来る事実をただ、絶句して、見上げることしかできなかった。
もちろん、中には反撃を試みた者達もいる。
ただ、その空への攻撃は届かないか、届いたのかどうかも分からないほどに無反応で、焼け石に水......いや、海に火を灯すような戯れに過ぎなかったのだった。
やがて、その青色は、水底にいるかのように、彼らの世界の全てを一色に染めていき......
そのスライムは
天地の間にプルンと降り立ち、
ゴロンゴロン、ゴロ...
...と、大地を撫でた......
その二回転半によって、人族の起死回生をかけた戦いは幕を閉じたのであった。




