みれにあむ
それが人族だったか森人族だったかは覚えていない。
わらわはその娘の髪に、勝手に花をそっと添えた。
「...あっ、こらー。
勝手に私の頭で遊ぶなー!
まったく、私がかわいくなっちゃったじゃないかっ!
ほら? 似合う?」
笑い合った、それが最初に成功した悪戯だった。
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「千歳だったら、昇神する」
伝承学者のその言葉に、副長と支部長の二人は絶句した。
それでも学者は、とどまることなく話を続ける。
「あまり知られていないが、昇神する方法は何も試練の迷宮を踏破するだけではない。もう一つの方法が『千年を生きる』という方法だ。
君達も、長く使った道具や長きを生きた樹木には神が宿るなんて聞いたことがないかね? ...あぁ、少し例えが違うかな?」
「...え、えっと、モタ博士! で、では、あの【機械仕掛けの真理】は、実はもう『神』に...!?」
「いや、【機械仕掛けの真理】は自動人形の神の使徒、と言われているね。まぁ、それはそれで、衝撃的な神の使徒なのだけどもね、ハハハ!」
伝承学者は笑っているが、青き鎖に所属する二人にとっては笑い事ではない。
彼らの宿敵である【機械仕掛けの真理】が昇神済みではなかったのは助かったが、魔王の陣営にある【羽ばたく悪戯】がここで今、昇神する...?
魔王の迷宮進行をどう止めるかで人族は頭を悩ませている中で、まんまと今、出し抜かれようとしているということか...!?
副長は乾いた笑いを口から出した。
「...は、はは。冗談だろ、おい......いや、そもそも、千歳? 人族は短命だって言われちゃいるが、他の種族だってせいぜい三百歳が寿命だって聞いてるぜ?」
副長は【羽ばたく悪戯】が数百年を生きる神の使徒だと言われているのは誇張だと思っていた。
別におかしな話じゃない、戦士や商人、権力者達にとってハッタリはとても重要な戦術だ。
だが無情にも学者は伝承という名の事実を二人に突きつけていく。
「例えば、君達は【悔いなき拳】という神を知っているかね?」
「...いえ、存じ上げません」
「謎の多い神なのだがね、その猫神は、愛する主人の墓を千年守り続けて神へと昇神したと言われているのだよ」
千年とか猫とか何を言っているのかよく分からないが、ただ実例がすでに存在するらしいことが二人にも分かってしまった。
呆然とした二人の耳には「...そして、今代のその使徒は虎族ではなく、猫族のかわいらしい女の子だったよ」というつぶやき声は届かなかった。
そして、
「...おや? そろそろ始まるようだね?」
伝承学者の声に二人はハッとして広場を見た。
賑やかだった広場は静まり返り、
溢れかえっていた人々は整列していた。
参加者と観客、いつの間にか、
きれいに二手に分かれていた。
観客は広場の隅で、あるいは周囲の店や建物で中央の動向を見守っている。
そして参加者は、思い思いの統一感のない鎧や長衣に身を包みながらも、中央の一段高い足場を取り囲むように円状に、幾重にも取り囲むような見事な陣形で並び立っている。
数としては観客よりは参加者の方が圧倒的に多かった。
きっと観客の多くは広場には入りきれずに、その外で各々に祝っているのだろう。
そして、外の観客達にもきっと、この静寂と緊張感は届いているのだろう。街全体が夜空の下で静まり返っていた。
そして、始まった。
楽しげな鍵盤楽器の音色に合わせて、みんなの祝福の歌声が奏でる、なんとも微妙な拍子。
おた〜♪
あぁ〜♪
あんじぃよ、お〜お、びぃ〜♪
おめ〜♪
で。
とお〜♪
(訳:お誕生日おめでとう)
そんなみんなの大合唱に伝承学者と同席者は苦笑した。
「...いやぁ、この独特な節回しは何度聞いても不思議というか何と言うか......慣れると何だかやみつきになるねぇ...ハッハッハ」
「...あれでよく、声が揃うな」
「...耳に残りそうな旋律でしたね......」
どうやらこれは今回だけではなく、妖精達の標準的な誕生祝いの歌らしい。
その微妙な歌を観客達の耳に心に染みこませるように何度か繰り返した後、広場は再び、徐々に静まり返っていった。
そして、小さな妖精の一人が、魔法の力を借りたのだろうか、広場中に響く声で皆に伝えた。
「ティターニア様のお成りである!!」
これからあの広場の中心の台の上に、妖精女王が現れるのだろう。
よくよく見れば、それを取り囲む円状の陣形は、中心に対して皆、背を向けている。
彼らは女王を祝う係ではない、一人残らず、女王を守る係なのだろう......だが、一体、何から?
副長が、そして観客達が固唾を呑んで見守る中で、
通りの向こうから、それが広場を目指してやって来た。
白いドレスに身を包んだ左右の女従者に挟まれた、緑のドレスの麗しの女王。
神の使徒【羽ばたく悪戯】ティターニア。
可憐な二人の白花と共に、凛とした背に柔らかに輝く羽をなびかせた、翡翠の妖精女王が、その背後に、星々の瞬きの如き妖精の大群を率いてやって来た。
その様子に、観客達は息を呑み、ただ目を見開いていた。
そして伝承学者は子供のようにはしゃぎながら歓迎し、青き鎖の支部長はうっとりと目を奪われて、副長は「あぁ、こりゃだめだ、どうすっかなー」と椅子の背もたれに寄りかかって、現実逃避気味にこの絶体絶命の死地から離脱する方法をぼんやりと考え始めた。
美しい花には棘がある。
その美しさに観客達がざわざわと歓喜のため息を漏らしていく中で、副長はその職業柄か、棘の方に釘付けだった。
既に広場に女王の場を整えて待つ円状の陣形については言うまでもない。一人ひとりがヤベェ戦士達だ。
そこに妖精女王は背後にバカみたいな数のおまけを引き連れてきた。
青き鎖の諜報部と一緒に仕事をしたことのある副長は知っていた、あの小羽の種族はかわいらしいおとぎ話の「妖精さん」などではない、一人ひとりが重火器だ。服に隠せる大砲みたいな存在である。
それが群れでやって来た。
さすが【羽ばたく悪戯】、まるで笑えない悪戯で俺に悪夢を見せてくれる......
...さらに、この場ではおそらく副長だけ、あるいはあと同席した伝承学者くらいしか気が付かないかもしれない――女王の両隣を固める従者......あの時の、小鬼の二人だ...っ!!
あの時と違うのは、副長があの後に判明した様々な情報を聞かされていたこと、そして「魔王戦」についての聖女の報告書を読んでいたことである。
魔王に斬りつけた【慈悲無き兵器】に襲いかかったという四人。
『其処に在る死』、魔王の使用人と、二人の小鬼。
その小鬼の正体は、【酒呑姫】と【血纏姫】。鬼族の【最後の姫】と呼ばれる双子であった。
...あの花嫁衣装みたいな白いドレス、淡い透明の肩掛けや腰巻きで誤魔化しちゃいるが、その下は身動き重視の戦闘服だ。あれは従者じゃない、護衛だ...!
特にあの白い手袋......に見せかけた魔法の護拳! あれで大鬼の奴を叩きのめしたのかっ!? クソッ!! 妖精女王の両脇に二匹の鬼とかもう、悪夢の大安売りだろっ!?
...あぁ〜、俺、あの二人を【勇者】と「狩り」にいったんだよなぁ。
見つかったら、まっさきに俺が「狩られる」んだろうなぁ。はは、は......
乾いた笑い声を上げる副長の目の前で、それでも式典は進んでいく。
中央の台へと上がった妖精女王と二人の従者は、何を宣言するでもなく、そのまま静かに「待った」。
時刻は深夜、もうすぐ日付が変わる時間である。
皆が静まり返る中で、伝承学者はうれしそうに少し上ずった声で「どうやらもう、確定だねぇ」とつぶやいた...――
――どうやらもう、昇神で間違いない――
――その悲報を前に副長と支部長の男女二人はそれぞれ両手で片手で頭を抱えて、天を仰いだ。
そして「ちょっとー、副長、どうにかしてきて下さいよぉ」「お前こそどうにかして来いよ、妖精共と仲良いんだろ」と現実逃避気味に押し付け合い、「何が起こるんだろうねぇ!」と伝承学者はこれから始まる何かに胸をワクワクさせていた。
そして、街のどこかから鳴り響いてきた、来たるべき時を告げる低い大鐘の音。
ついに広場の中央の、妖精女王へと、光の柱が振ってきた――
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――今思えば、あっと言う間の千年じゃった。
最後の最後で、もう、考えるのをやめた。
今度こそもう、風に還る、そう決めた。
このまま千年が経つのが嫌だったのじゃ。
そして、
通りすがりのお節介のように、
わらわを助けた物好きが現れた、
二匹の鬼っ子を引き連れて。
欲が出た。
だがそれは千年でも昇神でもない、
今だ、今が欲しい。
ゆえに、邪魔をするな、それだけだ。
降り注ぐ鬱陶しい千年の光を前に、
わらわは、わらわの今をかけて、
立ち向かい――
――それは、光の向こうで喚き散らしおった――
――なにをうじうじと、
年寄り臭いことを考えているのよっ!
らしくないっ!
ほんっと、【羽ばたく悪戯】らしくないっ!!
千年だろうが、一秒だろうが、
那由他も刹那もその全てが、おまえのもの!!
はばたけ! 我儘に、
はばたけ!! 我が使徒よ!!
この空は、大地は、
すべて、
お前のものだっ!!――
「――...さん! ティさん!?」
「大丈夫ですか、ティさん!?」
「...あ、あぁ、サキ、ユキ。何も問題はない。
ほんの少し、驚いてしまっただけじゃ......」
気がつけば、光の柱は消えていた。
...まったく、千年ぶりに現れたかと思えば、言いたい放題言いおって。
いまさら何を言うか、駄神めがっ!
...だが、その誕生祝いは悪くない。
わらわは素直に、それを喜ぶことにした――
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――妖精女王へと振ってきた光の柱。
それがパンッ、と弾けて消えた。
その儚くも美しく輝き消えていく残光に、周囲の観客達は「おぉ...」と思わず息をもらした。
その光景に、伝承学者は叫んだ。
「そうか!? そういうことかっ! 分かったぞ!!」
突然の叫びに連れの二人は驚いて、ぶち壊してしまった周囲の雰囲気を気にしたりもしてしまったが、周りは皆こちらよりもあちらの妖精女王の様子の方に釘付けだった。
そして伝承学者は興奮しながら、二人に持論を展開した。
「あれはきっと、我々への警戒ではない! 神への挑戦だったのだ!」
「か、神への、挑戦...?」
その穏やかならぬ推測に問い返した副長に、伝承学者が深く頷いた。
「うむ。見たまえ。
あの円陣、中心の女王を称えるのではなく外に向けた鉄壁の布陣。
だがその円陣は誰に向けられていたのか? 答えは空、今の神からの光の柱だ。
そして女王はこれを退けた!
私とて昇神など見るのは初めてだが、それを見事に拒絶したのは、妖精女王が健在なのを見れば明らかだ。
...ハッハッハ!
神の誘いを断るなんて......彼女は一体この世界に何を望んで――」
――そこに妖精女王の宣言が響いた。
「わらわの行く手を阻むものは、何人たりともわらわが許さぬ!!」
そして轟く、妖精達の大合唱。
許すなっ!!
許すなっ!!
許すなっ!!
許すなっ!!
妖精だけではない、女王を取り囲む全種族が、街が一つになって、大地を踏み鳴らし、合唱する。
許すなっ!!!
許すなっ!!!
許すなっ!!!
許すなっ!!!
絶望。
蒼白の表情で歯をカチカチ鳴らす支部長と、それでも彼女に声をかけてやる余裕も無く冷や汗をダラダラ流しながら固唾を呑んで見守る副長。
各組織から派遣されていた他の人族の監視役達も同じか、何人かは恐怖に卒倒してしまっていた。
それでもこの男女二人がどうにか冷静でいられたのは、目の前の伝承学者がその妖精達の魔の大合唱をニヤニヤしながら眺めていたからだった。
諦めて笑っているのではない、彼は始めからずっとこうやって、楽しんでいた。
伝承学者が楽しんでいられた理由は三つあった。
まず、先ほど伝承学者が言ったように、いま妖精達が対峙している相手は神。人族などは眼中に無い。
ここで人族が恐怖に震えることなど、人族の傲慢な自意識過剰に過ぎないのだ。
そしてもう一つ。
こんなものは日常であると、伝承学者は正しく理解していた。
単純に、妖精達はそういう性質なのだ。
ただノリでそう叫んでいるに過ぎない。
語呂が良い言葉、その場の気分だけの歌、そういうものが彼らは大好きなのだ。
つまり、先ほどの「お誕生日おめでとう」と、この「許すな」は、同じノリだ。
もしも、それでもなお怖いなら、彼らと一緒になって「許すな!」と叫べばいい、それでもう彼らの仲間入りである。
実際に、この数分後に妖精女王が「皆の者、大儀である、さぁ宴じゃ!」と叫んだ後には「ご〜は〜ん!」で大合唱である。
伝承学者はもうたまらずに、一緒に「ご〜は〜ん!」と叫んでいた。
なにより、
あの、妖精女王の笑顔。
両隣の鬼っ子達の肩を抱き寄せながら、一緒に笑うあの無邪気な顔。
あれを見てなお恐ろしいなどと思えるほどに、伝承学者は無粋では無かったのであった。
(つぎは魔王城です)




