なぐったあと
あの猫神との邂逅で、おそらく俺は経験値を得たのだろう。
俺の知らないはずの「魔道具を操作する予兆」が読めた、つまり洞察力がついていた。
確かに便利だが、だけど、それは戦法の一つに過ぎない。
思考に溺れれば動きが鈍り、勘のみに頼れば愚かになる。つまりバランスの問題だ。
道具よりも使い手の問題であることは、今回の戦いで実感させられたばかりだ。
...他にも【けんせい Lv2】の効果があるかもしれないが、それは今後、検証することにしよう......
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我が家に一人で攻め込んで来たその道化は神の使徒【純然たる毒】。そのスキルの名前は【喜悲劇】。
誰も知らなかったそれを、エニーが説明した。
【喜悲劇】というスキルは道具の確率を変動させるスキルらしい。
つまり、サイコロの目で延々と6を出し続けたりができるけど、人が紙に1から6のどれを書くかを操作したりはできないのだとか。
...滅多に成功しない微弱な毒で確実に殺したり、ランダムに着弾する道具での攻撃を超遠距離から狙った場所に確実に当てたりと、夢がふくらむ(?)スキルらしい。
先日の、俺の真後ろに現れやがったあの【慈悲無き兵器】の奇襲攻撃。
あれも、本来は制御不能なランダム転移を、入念に確率調整して、俺の元に飛ばしたのだろうというのがエニーの推測だった。
ただし、限りなく0に近い確率までは動かせないらしい。
その辺の石ころで頑丈な盾を貫くとかは【喜悲劇】スキルだけでは不可能なようだ。
話を聞けば聞くほど強力なスキルには思えるけれど......暗殺向き? 使い手が熟練しないと普通に達人を前にしたら勝てないような気が......どうなんだろ?
とにかく、そんなわけで道化のスキルに詳しくて、そして道具作りにも詳しいエニーが、気絶した道化の武装解除をテキパキと行っていった。
エニーの【金脈】スキルは、魔道具によく使われる「金」の所在を即座に見破れるらしいけど、そんなスキルを出すまでもなく、彼女はかざした手で道化の全身を「走査」して、服の中の魔道具まで次々と外していってしまったのだった......便利だな、それ?
最後に、奥歯に仕込んだ魔道具を無表情で引っこ抜いたのには、ドン引きした。
...ちなみに、うちの子達は敵の奥歯を引っこ抜く光景くらいでは皆、ビクともしなかった......俺は思わず「シータ、お前もかっ!?」と、勝手に裏切られたような気分になっていた。俺が道化を殴っていた時にはビビっていたくせに!
武装解除済みの道化は、とりあえず氷室でローナに監視してもらうことになった。
今のあの領域でなら、ローナに勝てるのはニアくらいしかいないのだそうだ。
そして、俺とみんなに対してエニーが、深々と謝罪した。
「申し訳ありません。彼がここにやって来たのは、おそらく私のせいなのです」
「そうなの?」
すると突然、エニーは服を脱ぎだした。
このポンコツ、とうとう壊れたか? と思ったりもしたけれど、興味半分不安半分で見守っていたら......
ハッとするような美しい女の裸体に背徳的に絡みつく鉄の蛇。
身体に巻かれていたものは、鉄の鎖だった。
「...変わったご趣味をお持ちのようで」
「はい。そしてこれは、『青の鎖との盟約』です。私の居場所を彼女達が特定できるようにするための枷なのです」
はい、じゃねーだろ、否定しろ。
それはさておき、その鉄の鎖は発信機のようなもので、それを辿ってあの道化がここに来たという話らしい。
「いま申し上げました秘密については、私を壊しながら尋問したということにして下さい」
「俺はそんな変わったご趣味はお持ちじゃねーよ」
「...最後にあなたに、皆様にお会いできて、うれしかったです」
抵抗しないから自分を破壊しろ、と言いたいようだ。
...黙っていればバレないであろう秘密の盟約の話まで白状したのだ。それなりの覚悟をもって、ここに来たということだろう。
ここに来る前も、彼女が色々と命を狙われていることを承知で城から出たいと言っていたし。
その哀しい笑顔が作りものだというのなら、お前の作者も『最高傑作』だと、さぞかし鼻が高かったことだろう。
それに、あの城でお前を送り出したあの職員達。あれを見た上で騙されないぞと思えるほどに、俺の防御力は高くはない。こうかはばつぐんだ。
俺の両腕をキュっと握る左右の子はすっかりお前に騙されちまっているし、俺(と下心先生)はもう、言うまでもない。
「何を寝ぼけたことを言っている。そこまで分かっているのなら、お前も俺達と一緒にさっさと次の手を考えろ」
「......」
他のみんなだって、全てこの自動人形のせいだと言うくらいなら、俺が怪我から目覚める前にもう、この人形を愉快な残骸にでも変えていたはずだ。今さらだ。
「そのエロい鎖を利用して、連中を出し抜く手立てを考えろ。
何が盟約だ、そんなもの、俺ん家に連れてこられた時点でもう破棄だ。
お前は俺達の仲間なのだろう......過去のことについては黙秘でも構わん、そして、今すぐに『次の』案を考えるのを手伝え! 忙しくなるぞ!」
「...きゅい」
俺の左右の子がなぜか、俺の目をサッと隠すのだった。
おい、あっちに服を着させれば良いだろう!
...それとも、笑顔の方を隠したかったのか? それならもうばっちり見ちまったから、手遅れだ。
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そしてその「道化」の件。
尋問目的で氷室の中に放り込んでいて、そして、忘れていた。
そう言えば居たねぇ? と、あの対決から2〜3日ほど経った頃に氷室の中を覗いてみたら......
広間の隅っこに追い詰められた道化。
それを取り囲むようにわちゃわちゃしている帽子人達。
広間のど真ん中にいつも通り、布団でスヤァと寝ているローナ。
その隣のちゃぶ台で黙々と書類を書いているメイ。
道化と対角線上の隅っこに、正座しているエニー。
なんだかもう、混沌である。
部屋の入口から覗いた俺に気がついたのか、道化がハッとして、俺めがけで猛ダッシュした途中で、メイに足払いを食らって、頭を踏まれて、床でジタバタもがいていた。
...なんだか怖いから近づかないようにして、まずは、エニーに聞いてみた。
「...なに、これ?」
「主様の指示通り、彼から調書を取っておりました。
帽子人様方が取り調べと質疑を行って、私がそのお手伝いと知識の補足を行って、メイ様がそれらの情報を資料として整理して、ローナ様がお布団で寝るという流れです」
「うん、最後だけ流れと関係無さそうだね?」
ローナが起きて、「好きぃ」と言ってきたので「俺も好きだよ」と頭を撫でたら、満足したらしく、うれしそうにまた寝た。
...先日の戦いで少し無理をした影響でローナはまだ眠いらしい。
あらためて頭をそっと撫でるとスヤスヤニヘラと寝顔を見せた。良い夢を見て欲しい。
エニーが、メイの作った資料を渡してくれた。
いつもながらとても分かりやすく資料にまとめてあった。
道化が知るかぎりの人族の魔王討伐計画の全容の資料。
メイとエニーが知る情報も書き足された、これまでの時系列表。
そしてそれらを踏まえた、今後の人族の動向予測。
これらの資料はティにも共有済みだそうだ......まぁ、人族の都合で戦争しようぜ、ってだけの話っぽいけど。
そして他の資料として、道化こと【純然たる毒】の来歴や個人情報、彼が接触した重要人物と思われる者達に関する情報、雑談から読み取れる人族の現状等が色々とまとめられていた。
さらに、それ以外の「どうでも良い情報」として、質問に対する道化の反応(体温、呼吸、脈拍など)や、道化の弱点(どこを踏むと痛がるか)とか、道化が何に対してどんな悲鳴を上げたかなどが、事細かく記載されていて......殴り倒した俺が言うのもなんだけど、もっと早くに様子を見に来てあげるべきだった気がして、少し申し訳ない気分になってきた。
エニーとメイにお礼を言いつつ、メイの足の下でもがいている道化さんの目の前に座ると、彼は俺に助けを求めてきた。
「た、た、助けて...」
「助けて? なんで?」
多少は質問攻め(?)にあったみたいだけど、それ以外は食事も出てきて快適に過ごせていたと思うのだが?
拷問にかけるくらいなら、最初から氷室ではなく泥人先生に頼んで庭に頭だけ出して埋めてもらっている。
だけど道化は、この今の状況こそが問題だと苦情を申し立ててきた。
「...なんでって......帽子人と氷魔の巣窟に放り込むだなんて、人のやることじゃないよ...!?」
氷魔って、あの部屋の真ん中でスヤァとしているうちの子だろ? ...一体、何が怖いんだ? かわいいだろ?
「...それなら何か、帽子人さん達に酷いことでもされたのか?」
「取り囲まれていた僕の姿をさっき見ただろ!!」
「...? 人気があるようで、良かったな?」
「どうしてっ!?」
どうやら帽子人さん達は一般人には恐怖の対象で、オバケに囲まれるのと同じような気分らしい。
とはいえ話を聞いてみれば、色々質問されたりとか、採血に協力してくださいだとか、この薬を飲んでみてもらえますかとか、この壺に手を入れてみて下さいとか、色々と協力を求められたというだけの話らしい。いつも通りの帽子人さん達である。
「それなら別に、薬を飲んだ後に、壺に手を入れた状態で採血しつつ質問に答えてあげればいいんじゃないのか?」
「なんで全面協力なんだよ!? おかしいだろ!」
「わがままな囚人だなぁ......今さらだけど、帽子人さんに任せるよりもエニーがやった方が手っ取り早かったかな? ほら、エニーが俺に使ったあれ、光通信? 目をピカピカさせて意思疎通すれば一瞬じゃない?」
それで数億くらいの尋問を秒で浴びせてやれば良い。
「主様、あれは拒否する相手に実行すると、脳が焼き切れる危険性があります」
「そんな危ないやつを俺に使ったのか!?」
「そんな危ないのを僕に使わないでよ!?」
「エニー様、ちょっと道化に使って、黙らせて下さい」
足で器用に道化の顔をエニーの方へと向けるメイ、そして「やめて!」と叫ぶ道化。
俺が大怪我して以来、メイはまだ、少しピリピリしてしまっている。
というより、かわいいメイドさんが蔑みの目で道化の頭をフミフミしている絵はシュールすぎるからやめて欲しい。こんなの、人によってはご褒美......やめて欲しい。
とにかく、資料を見る限りもう、搾り取れる情報は取り尽くしたように見えた。
あとは最後にこれだけ聞いて、終わりにしようと思ったのだけど...
「...おい、【孤高の徒花】について、教えろ」
俺の問いに、道化は初めて真剣な目を返してきた気がした。
自分の窮地の時にすら見せなかった目で睨み返してきた。
「彼女とだけは、真剣に戦ってやれ」
「...それはお前の答え次第だ」
嫌だとか、お前にだって真剣に殴ってやったつもりだとか言うと話が終わってしまいそうだったから、あえて続きを言わせてみた。
だけど、そこから出てきた話は大した話ではない。
【孤高の徒花】こと『相談役』の人族での立ち位置、俺が大怪我させられたあの『最終作戦』、そして相談役が仕上げをやって、これからこの地へと人族の軍が攻めてくるという脅し、だけだった。
あの夜の酒場で直接対峙した時に得た情報量の方がよほど多かった......「仕上げ」の部分を除けば。
それどころか、道化の脅しに対してエニーが淡々と「今のは嘘です」と嘘発見機みたいな判定結果を付けてきた。
そう言われてみれば、呼吸や気配や瞳孔やらがそれっぽい感じに見えなくもない...?
もしかしてエニーのその目、脈拍とか熱分布とか見えているんじゃないのか? ...今度、健康診断とかしてもらおうかな?
それでも道化は、俺とのあの戦闘ではなく今こそが戦いの本番であるかのように、一切怯まず、俺に必死に語りかけてきた。
...話している内容は人族が俺を殺すというろくでもない話なのに、なぜか、目の前で悲恋劇でも見せられているような、妙な気分で聞かされていた......
「...だが、お前の言う名前はリセット、俺が知りたいのはリーセロッテなんだが?」
「それは彼女が毒殺さ......昔の名前だよ...」
――子供の皿に毒を盛って、それをっ...正義、と...――
「...それで? そのリセットが最後にまた服毒して作戦の仕上げ、と?」
「......ッチ」
「......」
「......」
「......」
「...なんだよっ!? 無言でこっち見るなよ!!
...君が人族を二日以内に滅ぼせば、彼女も毒は飲まないで済むかもね、アハハッ!」
「...無茶言うな」
...だが、その熱意に免じて、俺は道化を帰すことにした。
いや、このまま氷室に入れておいても、ローナの教育に悪そうだから帰すことにした、だ。
...そして、道化に渡した「あの薬」は、同情ではない。
下手に死んだり生き返ったりされて邪魔でもされたら面倒だから、しばらく大人しく眠ってろと扱いを保留にしただけのことだ。
道化に「伝言」させたのは、嫌がらせだ。
もともと、もうそうするつもりだったし、何が一番イヤな答えかが手に取るように分かったから、あえて言ってやったんだ。
...簡単だ。俺があの時、最期に欲したもの。その逆が最も望まぬものだということだ。
望まぬものを押し付けあって、わがままだ。
お前ら、そんなにあれこれ注文付けるなら、お前ら自身で勝手にやれ。俺を巻き込むな......たわけめ。
...ただ、道化の帰り際に、エニーが奥歯から没収した魔道具を無表情で「返却」したのにはドン引きしたし、さすがにそれには謝った。
平謝りで帽子人が作った回復薬を手渡したら、それは「あの薬」が失敗した時に彼女に飲ませるなんて言って、そのまま大切そうに持ち帰りやがった。
なんだ、ノロケか。エニー、追いかけてもう一回、奥歯を抜いてやれ。
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それから数日の間、情報を集めたり準備を重ねたりしていった。
このままもう一度迷宮に戻ってまた同じことを繰り返すのは避けねばならない。
この事態についての何らかの決着が必要だ。
41階層をはじめとした各地にいるティの眷属達の協力で、人族達の動向についての情報が集まった。
だけど、分かったことは人族達の動きが「無い」ことだった。
戦時協力要請みたいなものが迷宮都市や地上の各地へと発行されて人の移動が制限される一方で、具体的な計画や展望も一切なく、ただ上からの「協力せよ!」という謎の司令だけが連日飛んでいるようだ。
各地で編成されたいくつもの魔王討伐部隊は待機したまま動きもせず、ただ不穏な空気を撒き散らし続けるだけの置物と化しているらしい。
そして、そんな不穏な空気に反応する人族以外の、特に魔王を支持する種族達。
この前のティの言葉のように「人族を滅ぼせ」という号令をワクワクしながら待っている(?)そうだ。
こちらはこちらで、勝手に軍を編成する動きすらあるらしい。
あっちもこっちも号令待ちである......誰の号令を待っているんだろうね?
当然、俺にはそんな号令など出せるはずもない。
人族への恨み辛みはさておき、「さぁ、殺しあえ!」なんて命令が俺の名のもとに発信されるなんて恐怖の一言だ。
敵と味方の死体を目の前に山積みにして「うむ!」と満足気にうなずけるほど、俺は壊れちゃいないはずだ。
...昔の俺なら分からない。だけど、人族側のモタさんや他種族のサキやユキみたいな子達を巻き込みたくない、と今は思う。
とりあえず、「俺が関係者を直接殴る」ことだけ決めて、あとは保留にさせてもらった。みんなにそれで強引に納得してもらうことにした。
そしてティやメイに引き続き情報を集めてもらいつつ、ニアやみんなの協力を得て、どうやって殴ってやるかを試行錯誤する日々を過ごしていた。
シータはこの下の階層についてもう少し調べておきたいと言って、41階層の迷宮都市へと足を運んだ。あの猫族の案内人も協力してくれているそうだ。
一応、そんなふうに俺達なりに着々と準備を進める中で、ついに動きがあった。
俺達に接触してきたのは「青き鎖」の連中だった。
むこうの最高責任者である神の使徒【愛の縛鎖】こと『聖女』が、俺と一対一で話がしたいと申し出ているそうだ。目的は停戦、和解の交渉らしい。
だから俺も、その面会に向けて日々、殴る練習を繰り返した...
...勝手に襲いかかって来ておいて、開戦だ停戦だなどと勝手に騒いでくるたぁ太ぇ野郎だぜ。おぅ、おめぇら、畳んじまえ! ...というのが正直な俺の心境だ。
その青き鎖経由で、うちの子達がボコボコにし損ねたという【慈悲無き兵器】も、一対一で決着を付けたいなどと言ってきやがった。勝手に襲いかかって来(以下略)。
奴らの行動は意味が分からないが、俺が殴りやすいように並んで待ってくれるのならば、もう、そのまま放置しようと思っていた。
そんな話を受けて、ついにティが動き出した。
どうやら近々、ティが10階層の妖精の街でどうしても外せない用事があるらしく、ならばその日に人族達の目をティの方に集めてしまって、その隙に『聖女』を畳ん......面会をしてやれという提案をされた。
つまりティが、他の邪魔者を引き付ける囮役をやってくれるそうだ。
そしてエニー。彼女はうちのそばで放置していた「例の城」を見て目を輝かせていた。
建築関係者達に何を吹きこまれたのか、「あれはいつ発進するんですか?」と正確に12時間おきに俺に聞いてくるエニーに困りながらも放置していたら、ティとメイが、10階層に人族を集める件と同時に、例の城の「就航計画(?)」みたいなやつまで提示してきやがったのだ。
目的はティの方と同じ、人族側の目を引いて陽動するためだ。
エニーが俺達の居場所を知らせる「青き鎖との盟約の鎖」を持ったまま魔王城で飛びまわれば(?)、人族もそちらを無視できないという作戦らしい。
俺が初めて見る「この世界の地上の地図」には、例の城の「巡航路」の線が書き足されていた。
...ちょっと、俺、まずこの世界地図の方から色々と順番に聞いてみたいんだけど? 一旦、巡航路を抜きにして説明してよ? ついていけない急展開に俺はぐらぐら動揺していた。
こうしてなし崩し的に、俺の人族達との決戦や、ティやエニーの出撃日程がもう俺の手を離れた場所で確定した。
そしてティ、エニー、俺の三人がそれぞれの部隊を率いて出陣(?)することとなったのだった。
(次回は妖精さんの街です)




