そいつをなぐるですぅ
...なんだか天から、こわい啓示が届いた気がした。
とにかく、俺はメイに案内されて急行した。
そこは家の庭の、さらに外。ちょうど内と外の境界のような、霧に包まれた場所だった。
待ち受けている皆に対して、霧のむこうの敵影は一つ。
ティが俺に警告した。
「厄介なのが来たぞ。【鑑定】が通らぬ。
主様の【相殺】よりもニアの【魔導】に近い。
きっと神器か魔道具、何かの護符で身を固めておるぞ」
「主、私がやる」
「待って、ニア。たぶん......大丈夫だ」
「主様あれは......上の階層で見た『行商人』です」
「ニセ行商人です!」
道化姿の元・行商人。
あの時はたまたま道具を売りつけてきただけの、道化や商人というよりも詐欺師のそれに見えた奴だったけど、そいつが軽い口調で話しかけてきた。
「アハハ! やっと座標が捕捉できたと思ったら! ...ハハ、ハ、まさか、幽界のあっちだなんて......本当に、死ぬ思いでようやくここに来れた、よ」
「そうか、ご苦労だったな」
軽口を叩く侵入者に、俺は歩いて近づいてく。道化の口はまだ動く。
「...君には悪いけど、ここで死んでもらうよ。
君に斬りつけることに成功した時点でリセちゃんの作戦は成立しているんだけど、僕は君は、やっぱり危険な存在な気がするんだ」
「そうか」
「そうだ、あらためて自己紹介するよ! 僕は神の使徒、【純然たる――」
「そうか。もう俺の間合いの中だが、良いのか?」
いまいち緊張感の無い奴だったから、歩いてみたら、すんなり間合いに入れてしまった。
だから俺は――
「「主様ッ!?」」
「――主が、構えた!?」
――うん? そうだね? ...あぁ、確かに、みんなと練習するときはあんまり構えは取らない気がするけど。
とにかく、俺は道化の前でもう、構えを取った。
いつでもすぐに、殴れるように。
「動くな」
「アハハハ! 怖いねっ!? だけど、それでも僕ならこうやっ、ペゥっ!!」
何かをやろうとしたから、とりあえず一発殴った。
「動くな、と言った」
「ちょっと、いきなり殴るなんて...ひどいなもう......ンゴっ!!」
何かをやろうとしたから、もう一発殴った。
二発ほど殴っただけでもう、ガクガクと膝に来ているらしい。
「...なんでっ!!?」
「...むしろこっちが聞きたいくらいだ。動くなと言っているのに...」
「そうじゃないっ! なんで、当たるんだよっ!?」
...? なんだ、こいつ何を言っているんだ?
いまいち分からない状況で、ティとニアがその推測を口にした。
「おそらくは障壁の魔道具じゃろうな。物理障壁でも張っておったつもりなのじゃろう」
「主の攻撃が、壁を抜けた」
その言葉に、道化が激しく同意した。
「そ、そうだよ!? どうして......待ってっ!? 本当にもう、動いてないから!!」
「見れば分かる。 ...どうしてって......そもそも、攻撃ってやつの『定義』はなんだ?」
定義というか、判定基準はどうなんだ? という話だ。
まぶしい朝日や、そよ風も攻撃とみなすかという話である。それとも相手の攻撃の意思? ちょっと嫌いな奴にイラつきながら握手した場合は、攻撃とみなされて弾かれるのか?
...風も浴び続ければ体調を崩すし風邪を引く、かと言って空気を止めれば窒息する。炎や剣を止めるのは分かりやすいけど、手を止めるってのは、どこからなんだ...?
実際、こんな優しく触ったくらいじゃ、樹魔もモモフも倒せやしない。
「...まだ軽く小突いてるだけだからなぁ。全力で殴ったらその障壁とやらで止められるのか?」
「やめてよ!? 死んじゃう!!」
少し打点がずれてしまったせいか、口から血を流しながら道化が悲鳴を上げる。
だけどお前、俺を殺しに来たんだろ? 不法侵入者が文句を言うなよ。
後ろの方ではシータが疑問を口にした。
「で、ですがニアねーさん、あいつ、強いんですよね?」
「...分かんにゃい」
「いや、だって、でも......なんで主の攻撃を避けないんですか?」
シータの言葉に道化が「無理だよっ!?」と叫びを上げた。
あぁ、もしかしたらサキやユキも同じ疑問を感じているかもしれないな......
「シータ、覚えておけ。人は真っ直ぐ殴れば、避けられない」
「...主、何を言っているのか、よく分からねぇ」
「...飛来する弓矢を横から見れば、その速さが見て取れる。
だが真正面から、直線で迫り来る矢がいつ届くのかを見破るのは困難だ。
つまり、予兆だ。
相手の視線に呼吸、肩や手足が上下か左右にブレるのを見て、敵の攻撃を察知する。
だがそれらが、一切ブレずに真っ直ぐ前に近づいてくれば、見破れない」
特別な話ではない。剣術でも拳闘でも、上下左右にバタバタせずに最短で近づく工夫をする。
スポーツだってそうだ。同じフォームで違う球種のボールを投げたり、動きに緩急やフェイントを付けて動きを隠す。
つまり、基本だ。
誰もが最初に教わる動きや構えだったりするけれど、それが「避けられない」くらいの水準になると、上手い人に実感させてもらわなければ納得できない話だろう......俺もそうだったし。
「もちろん、全ての動きが消せるものではない。じっくり見れば見破れる。
だが一秒かからず手は届くだろう? 気がつく前に当てれば良い。
だから、まっすぐに丁寧に打てば、当たる......今度、お前にも教えてやる」
「お、お手柔らかに頼む、主...」
道化が声を震わせた。
「ま、参ったな、アハハ。それも君の【魔導】なのか...ギッ!?」
何かをやろうとしたから、殴った。
...少し狙いがずれて、奴は鼻血を出した。俺はまだまだ未熟なようだ......
「なんでだよっ!!」
「...だから、こっちが問いたいくらいだ。動くなと言っているのに...」
自分の命を狙う奴を前に殴らぬ訳にもいくまい。
だが、奴はさっきから別の理由で戸惑っているようだ。
「なんで、動くのが分かるんだよッ!? 予知の【魔導】かよ!?」
何やらブツブツと「今は【封魔】も発動しているはずなのに」とか混乱してやがるみたいだけれど、それについては教えてやらん。
...というよりも、教えるまでもない。
さっきの、真っ直ぐ殴れば当たるという話の逆だ。動きを予兆で読むというだけだ。
座った人が、立ち上がる前に「よっこらせ」と言えば何か動き出すことくらいは分かるだろう?
目線で、呼吸で、顔肩手足に気配体温。
その全てで「これから動きますよ」と申告してくれているのに、気づくなという方が無理な話だ。
...そうだ。最初にティは警告してくれたけれど、素人丸出しでノコノコ前にやって来たものだから、俺も何となく前に詰めてみて、すんなり間合いに入れてしまって少し驚いちまっていたんだよ。
「そ――」
「動くな」
再び俺の拳がやつの顔面を弾く。
それでもまだ倒れないのは、きっと何かの魔法か道具のおかげなのだろう......俺が弄んでいるわけではない、奴のせいでさっきから手加減がずれてしまっているだけだ。
だが、どうでもいい。その両手につけた十指の指輪や、首飾りや、いつかお前が俺に見せたその外套が何の道具なのかは、知らん。
お前が使おうとしているっぽい【スキル】についてもどうでも良い。
どうでも良いが、もう、指一本動かすな。
この状況に納得行かないのか、あるいは状況を理解して恐怖したのか、目の前の道化は首をフルフルと振って否定した。
「違う......僕の【喜悲劇】は、1パーセントを99パーセントに、99パーセントを1パーセントに、『反転』させるんだ......確率を増減だってできるんだ...
...それなのに、なんで僕の魔道具は、君の攻撃が、防げないんだよ...っ!?」
...なんだ、そんなこと、か。
それがお前の自信の根拠だったのか。
「お前、赤子の手をひねるのに失敗することって、あるのか?」
「...へ?」
神の【スキル】とやらに頼りすぎだ、たわけめ。
道具がどんなに優れていようが、敗因はお前だ。
赤子がハサミを持ったとて、その手を握れば、ハサミはもう機能しまい。
「万が一にも赤子に敗北することは、お前はあるか?」
「......
...なっ? ...な?
...無い、ね...ハハ...ハ?」
0パーセントならば覆るまい。
始まる前ならいざしらず、もう間合いを詰めて、俺は構えを取った。
...いや、こっちの世界だと魔法があるから案外、赤子でも練習すれば大人に勝て......赤子が練習? いやいや、今は雑念は捨てよう。
「そういうことだ」
「どういう...!?」
ここからが危険だ。高名の木登り、最後が一番、油断できない。
「う、ご、く、な。あと2、3発俺が殴れば、お前、死ぬぞ?」
「こ、降参――」
「...とはいえ、このまま二人で突っ立ってるわけにも行かないしな...」
「ちょ、ちょ、ちょっとま――」
待ってあげたいのはやまやまだけど、今日はいつもと事情が違うんだ。
...なぜか天から、さっきからずーっと、怖いくらいに激しい声援が聞こえてくるんだよ。
「もっとです、そこっ!! もっと、徹底的に殴ってやるですぅ!!」なんて、メガミさんの口からそんな怖い言葉は聞きたく無いんだよ...マジで......ねぇ? みんな仲良くは? 一体どうしたんだよ、メガミさん...??
「...だからもう、とりあえず、散れ」
「ちょ――」
俺は最後まで油断せず、丁寧に丹精込めて、今度は一発ずつ連続で殴ったら、追加の6発目が届く前に、道化は倒れた。
...復活や逃走の魔道具みたいなのが発動しそうだったなら、俺はお前を更に容赦なく、あるいは全速力で殴っていた。
もしもそれが偶然発動しなかったのならば、それはやっぱりお前のスキルとやらが、お前の命を救ったのだろう......その【喜悲劇】とやらに感謝しろ。




