なぐらないりゆう
「そうじゃ。皆に号令じゃ。人族を滅ぼせ、と」
剣呑な雰囲気。ティの言葉に、部屋の温度が下がったような気がした。
ティだけではない、全員が同じ目、同じ決意の表情のようだ。
...スライムさんと、スライムさんを抱えたローナはきょとんとしているようだけど。
スライムさんには癒やし効果でもあるのだろうか? ...もっと部屋全体を癒やしてくれてもいいんだぞ?
滅ぼせ、か......
「...まぁ、こうなった以上は、決着はつけねばならないだろう、な」
「当然じゃ。決着などという遠回しな言い方をするでない。殲滅じゃ。
...待て。主様、なぜ、聞き返す?」
いっそ滅ぼせというのも、分かる。ここに「人族を滅ぼす」ボタンが置いてあったなら試しに連打してみせたところだろう。
キリがない。どうせ次もあるどころか、徐々に激化していくんだ。ならば奴らに、最初から最期をくれてやれ。
...だけど、
「...決着はつける。だが」
「だが、なんじゃっ!?」
苛つく気持ちは本当に心底分かる、だが!
...だが、なんだ?
本当に、なんだよ、俺...!?
――もし、君が本当の魔王なら
こんな世界なんて、滅ぼしてよ...っ!
「...そうだ。全くその通りだ。分かるがゆえに、お前の思い通りになど、してやらん」
「...なんじゃと?」
混乱する頭をかき混ぜてみたところで、今はまだ、他に止まれる理由が無い。
口に出せば終わりだ。終わりたい。心の底から終わりたい...
「...今、俺の口から出せる言葉など一択だ。こんなものは完全に誘導尋問だ。
時間を寄越せ。
全員で攻め込むならばなおのこと、頭を冷やす必要があるんだ、たぶん」
本音とは真逆の言葉を吐き出すのは、疲れる。うんざりだ。
それでもどうにか言ってやったぜ。ハハッ、ざまぁみろ! ...誰に?
そして、みんなが黙った。
――静寂が耳に痛かった。
誰も喋らない。俺だってもう、恨み言以外には口にできないから、喋れない。
一瞬か数分か、どれだけ経ったか分からないが、ついにティがため息をついた。
...そして、俺をチラッとみて微笑んだ(?)気がするが、すぐに皆の方を向いて、怒鳴った。
「あきれたぞ!!
苦々しい顔で、敵を滅ぼさぬ理由を考えるでない!!」
...まったくだ。まったくもって、その通りだ。
俺は何をやっているんだろう?
もう、返す言葉もない......
「駄目じゃ駄目じゃ。
わらわ達は満場一致で同じ意見、到底、いまの主様の役には立たぬ!
せいぜい主様なりの答えを、一人でまとめてみるがいい!」
そして全員を、ティが退室させた。
結局、一度も顔を上げなかったニアを、サキとユキが左右から包むように連れて行った姿が...本当に......痛々しかった。
何も言葉をかけられない自分が情けない。いま出せる言葉は、頭にはちきれそうな程に充満した「滅ぼそう人族!」宣言以外には、何も無い。
...みんなが立ち去る中で、いまいち状況についていけずにオロオロしているっぽいローナが途中で引き返して来て、俺の膝にスライムさんを載せてから、慌ててみんなを追って退室した......
ひとまず、スライムさんを、頭の上に載せた。
何かを察してくれたスライムさんが、俺の頭をグネングネン揉みながら、邪気を吸ってくれた。
おかげでどうにか、一文字減って「ほろぼそうひとぞ」くらいにはなった気がする。
ようやく少し、考える隙間が確保できた......
「...俺だって、人を殴るのは愉しい。
...決して敵わない祖父に挑むゾクゾク感なんかとは違う、もっと腹黒い愉しさだ。
クソどもを叩き伏せる優越感か嗜虐心か、分からないが、とにかく愉しいことは間違いない。
殴る側にいるその瞬間だけは、攻撃側である間だけは自分は安全だと錯覚できるのは、きっと本能なんだろう...
...いや、違うな。俺は最期にだってそれを選んだ」
最期に鏖。
それは安全とか関係ない、むしろ終われと思ってやった。
...だけど、あれは俺が一人だったからだ。俺がいなくなった後に反撃を受ける者のことなど考慮しなかったからだ。
「...今はそれを選べない。
敵の反撃は俺の仲間に、俺達の弱点に向けられるからだ。そしてそれは俺が倒れた後にこそより一層激しいものとなる......こんなのが俺が手を引く理由なのか? そんなの、悲しすぎるだろ...」
もっと殴られるのが怖いから数発までなら我慢するなんて、最低だ。
スライムさんが再び俺の頭をムニムニし始めたのは、きっとまた俺の頭から溢れた出した邪気を吸い始めてくれているのだろう。いいぞ、もっとやってくれ。
「...ならば、反撃が来ないくらいの初撃で、けりをつける?
帽子人にでも頼んで、人族だけを滅ぼす薬かお香でも作ってもらうか? 生物兵器みたいなものでも開発するか?
...それだとまるで、前世の世界みたいじゃないか...」
いや、兵器など作らずとも、俺には今、ティもニアもいる。
俺は一対一の殴り合いが専門だけど、たぶん二人の魔法なら、皆の力を借りればいくらでもやりようがある。
投石、弓矢、銃弾からマシンガンに、そして爆撃へと、人は攻撃範囲を広げて来た。
それはやがて空や宇宙からの核熱や、菌の散布や情報機能の破壊へと、人間は「やった」――
「――必ず勝てる手段というのは、つまるところ『やってはいけないことに手を伸ばす』ということだろう?
競技や遊戯ではない、戦いで必勝なんてのはきっと、ろくなことじゃない...」
...だけど今、いまの『俺達』ならば。
多くの眷属達の女王ティ、無敵の魔法少女ニア、みんなの人気者【徘徊する逢魔】。
そう、実は俺達なら......壊すだけなら、いくらでも...
「...もしも...
もしも、俺達が『絶対に人族に負けない』ことがあるならば...
...それは、きっと...
......
...自戒、しなければならない...ということだ」
「きゅい」
「...なんだエニーグマ? いまのキュイは?」
「いま、胸がきゅいっとしました」
「...故障か? ...いや、お前もあれから大丈夫だったか?」
「このタイミングまで放置されていたのはさみしいです。くすん。
それから、私のことは『エニー』とお呼びください、主様」
「そんな部屋の隅っこで呼吸も身じろぎもせずに気配を消されたら、気づけという方が無理な話だ」
本当に空気並みの気配の消し方しやがって、実はちょっとビックリしちゃったぞ!
...伝説の神の使徒とか、黄金の城の主とかだったはずなのに、なんだよ、家具の一つみたいに俺の部屋の片隅に馴染むなよ......
ずっと部屋の隅っこから動かなかったエニーグマは、さっき阻止した謝罪の続きを俺にしてきた。
「隅っこで反省していました。この度は誠に申し訳ありませんでした」
「反省はもう良い。俺の方も悲しくなる。
...せっかくここに居るんだから、長生きなエニーさんに聞いても良いですか?」
「女の子に年齢を指摘するのは失礼だと思います、ぷんぷん。
質問はなんでしょうか、主様?」
「このまま俺達が戦いを決断した場合、どうなると思う?」
「未来予測は難しいですが、その答えについては、これまでの人族の争いの歴史を紐解くことが、一つの示唆になるでしょう」
この世界の歴史には詳しくないけど、みんなに聞いてきた話でなんとなく想像はつく。
いつでもどこでも同じ歴史の繰り返しってことなんだろう。
「...エニーさんの――」
「――エニーか、ハニー(はぁと)とお呼び下さい」
「――...エニーの、おすすめの解決方法ってある?」
「...その質問には、お答えできません」
俺を試すように、目を見開きながら俺に思考を促した。
...だが、二秒も待たずに、言葉を重ねた。
「...ですが、主様にはもう、答えは出ているように見受けられます」
「はやい、はやい、ちょっと、俺に考える時間を寄越せ!」
「チッチッチッチッチッチッ...」
「変な秒針音を出して急かすな!」
それに呼応するように、頭に載せたスライムさんまで俺の頭をムニムニしてきた。早い早い、揉んでるというよりもそれだと、振動だ! それはそれで気持ちは良いけどっ!
...あぁ、もう......
...分かってる、こんなもの考えても無駄だ。分からない。
お前だって争いの歴史がどうこう言ってただろう、分かるくらいなら世界はとっくに平和になっている......
俺もそれっぽい正義をかかげて、鏖にすればいいじゃない。
俺もそれっぽい正義をかかげて、鏖にすればいいんだよ。
俺もそれっぽい正義をかかげて、鏖にしようぜ。
なぜなら俺は......
...だけど俺の頭の上では今、スライムさんが俺の邪気を一生懸命せっせと吸い続けてくれている......
...さっきのメガミさんだって、ズル過ぎる。
三人であんなに仲のよさげな姿をチラ見せしやがって......
「...結局、俺は【徘徊する逢魔】で、【徘徊する逢魔】は『みんな仲良く』しなくちゃいけない......そうだろう? メガミさん?」
止まれる言葉が欲しいだけ。
...きっとメガミさんの理由が一番マシだよ。
...これで満足か? とエニーの方を見ると......
...人形とは思えない、人懐こい微笑みを見せた。
「理不尽な優しさ、報われない愛しさ、それが人の気高さだと私は思いたいのです。きゅい」
「...気高さだの、思いたいだの、自動人形らしからぬ曖昧な美辞麗句を並べやがって」
「私は『ファジー機能』を搭載していますので。もっと褒めて下さい」
「褒めてねえ! ...なんだ、懐かしい響きだなその機能?」
「私は褒められて伸びる子です。はよ」
「なんで急かす、なんだ早って」
「そして、おヨメさんにもらって下さい」
「もらわねーよ!? お前、グイグイ押してくるな!?」
「女は度胸、男は愛嬌です」
「逆っ! ...いや、今の時代は性別差別は良くない......って、お前は機械じゃねーか! 騙されねーぞっ!?」
「ちっ」
「舌打ち!? 無駄に高性能だな、おい!?」
なぜかスライムを頭に載せて人形相手にコントを繰り広げていると...
...部屋に、メイが飛び込んできた。
「ご主人様っ!」
「どうした」
「この霧の結界の中に、侵入者が......敵襲です」
...あぁ、ついに俺の【白昼夢】スキルが破られる時が来た、か。
「分かった、すぐに行く」
寝台から移動する俺に、エニーが言った。
「お取り込み中ですが、ここで速報があります」
「今度はなんだ? 急ぎか?」
「【鑑定】の結果、つい先程、主様に増えたものがありました」
「...なんだよ? 気苦労か?」
「【拳聖 Lv2】です。
おめでとうございます。パンパカパーン(ファンファーレ)」
「...あの、猫神めっ!」
神の使徒のスキルは「Lv1」が最大値じゃ無かったのかよ!? なんだ「2」って!!
それに......あぁ、いろいろと言いたいことはあるが、もういい! 今はそれどころじゃない!
...いや、いっそ、今ならちょうど良い。
――後にメイ、スライムさん、エニーの証言によると、その時の俺は、とても悪い顔で笑っていたのだという。
そりゃそうだ、ちょうど八つ当たりの相手が向こうからやって来てくれたんだから...
...「みんな仲良く」は、少し後回しだ。
その侵入者とやらを、
増えたばかりの【けんせい Lv2】の、
最初の餌食にしてやる...!
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ティさんがみんなに叫んだ。
「駄目じゃ駄目じゃ。
わらわ達は満場一致で同じ意見、到底、いまの主様の役には立たぬ!」
強い声色とは裏腹に、ティさんのあの笑顔。
私はティさんに、嫉妬してしまった。
一番、主様と一緒にいる私達こそが、主様を理解していると思っていた......したいと思っていた。
一番とかの問題では無いのは分かっていたけれど、それでも、負けたくないと思っていた。
主様の敵が許せなかった。
私が一番、バラバラに引き裂いてやろうと思っていると、確信していた。
みんなだってそう思っている。確信していた。
それなのに、ティさんは思いとどまった。きっと、主様の思いを優先した。
怒って、呆れて、そして......微笑んだ。
怒りよりも、悲しみよりも、また新しく見つけたものに喜んでいた。
...きっとティさんの言葉を主様が否定したことも、うれしかったんだ。
そして私は浅ましくもそれに、嫉妬してしまった。
...サキちゃんは、プンプンしながらもティさんの言葉に「分かりました!」と素直に同意した。ティさんの言う通りだと思ったのだろう。
ニアちゃんは、まったく納得していなかった。静かな瞳の奥は、敵への殺意で満ち満ちていた。
メイさんもニアちゃんと同じだ。感情を制御できないのだろう、主様にそれを見せまいとして目も口も閉じていた。
シータ君は、疑問? 怒りながらも、主様の考えをどうにか追いかけて、もっと知りたがっているように見えた。
主様のことが心配でしかたがないローナちゃんは、去り際に慌てて、スライムさんを置いて行った。
スライムさんは、ただ「まかせておきなさい」の一言だった。
私は......怒りも、心配も葛藤も、ぐちゃぐちゃで何も整理できず、その焦った気持ちをごまかすために、ティさんやみんなのことばかりを見つめてしまっていた。
何もできなかった。
そんな自分のことが情けなくなって......
...恥も捨てて、その情けない自分についてティさんに相談した、吐き出してしまった。
許せなくて、心配で、だけどもっと大事なことがあるはずなのに、分からなくって......知りたかった...
そんな私にティさんは、本当に憎らしいくらいにひとしきりニヤニヤした後に、とても優しい、大切なものを愛でるように私にこう言った。
「そう、忘れるなユキ。
その迷い、その混沌こそがまさに主様の気持ちなのじゃ。
すぐに分かる答えばかりではつまらぬじゃろう? それで良いのじゃ」
...ティさんに抱き寄せられながら私は情けなくも、うれしく愛おしく思って、その言葉を抱きしめてしまった。




