めがみ、ではない
「質問はあるかニャ」
なんだかいつもと違う感じの展開だった。
いつもの真っ白い空間の中に立っていたのは、メガミさんでは無く白い猫。
...つまり、そうか......やはり、そうなった、か...
俺は、その場に座り込んで胡座をかいて、俺の目の前に二つの足で立っているその猫神に質問した。
「うちの猫ちゃんは、無事だったか?」
「吾輩の使徒は無事だニャ......それと、君もまだ死んだわけではないニャ」
...何だよっ! 紛らわしいな!?
また死んでどこかに転生させられんのかと思ったよ!?
用も済んだから立ち去ろうとする俺の背中に「待つニャ、まだ待つニャ」と、その猫神はぶら下がった。
なんだよ、もー! 俺は今、立てこんでるんだよ!
「さすがオウマちゃんちの子だニャ、マイペース過ぎるニャ!」
「心外だな、俺は用事が済んだからもう帰ろうとしただけだ」
白猫は地面をテシテシと叩いて俺に「座れ」と指示したから、もう一度、床に座った。立ったままだと俺が見下ろす形になるから、仕方なく座る。
「それで、俺になんの用だ?」
「吾輩の使徒を救ってくれたこと、感謝するニャ」
つまりこの白猫、ニアの神......たしか、【悔いなき拳】だったか?
「...礼には及ばない。今思えば、剣を弾かずとも俺が斬られたら満足して帰ったかもしれないし、ニアなら自力で剣を避けられたかもしれん」
「そっちのことでは無いニャ」
「...そう言えば、うちのネコちゃんが過去に、俺のことを待っていたみたいなことを言っていたが、あれは何だ? 一体いつから俺のことを待たせていたんだ?」
ニアの神とやらには問い質したかったんだ。
二人で上の階層の荒野を歩いていた時、魔法陣の刺青を背負ったニアが俺に「でも、やっと主に会えた」なんて言ったんだ。
きっとそれは、まだ俺がメガミさんに拾われるよりもずっと前のこと。
俺か誰かが【徘徊する逢魔】になるのも決まっていないうちから、ニアにずっと待たせ続けていたことになるんじゃないのか...?
ふつふつと怒りがわいてきた俺に、白猫が答えた。
「...それは仕方がなかったニャー。滅び行く猫族達を救うには、あの場でもう、使徒にするしか無かったニャ」
...やっぱり、こいつが犯人だった。こいつがニアに背負わせた。
イラッときた俺の前で、その猫神の耳がペターンとなった。
「申し訳なかったとは思っているニャ」
「...ならば、せめてこれから先はもう、ニアを幸せにしてやれ」
「だから救ってくれたことを感謝しているニャ」
「......違う。俺ではなく、今度こそあなたが――」
「――それとも、自信がないのかニャ?」
「...あ? なんだとコノヤロー? 俺が、いや、俺達こそがニアを幸せにしてやるし、俺達以上にニアを幸せにできるやつらなど、存在しないっ!!」
すると、その二足歩行の白猫がのっすのっすと近づいてきて、その猫の手でちょいちょいと「頭を下げろ」と指示したから、疑問に思いつつも頭を下げた。
そして白猫は、俺のおでこに手を伸ばしながら、
「渡しそびれたものを、いま、渡すニャ」
...よく分からないが、白猫の肉球がペタンと触れた。
なんだろう? えも言われぬ温かい、そして熱い何かが......身体の芯というか、魂に? 何やら流れ込んでくるようで......
「これでようやく、ちゃんと『交換』が成立したニャ。こっちは【授与】なのにそっちは【承認】、実は交換詐欺のままだったから、ずっとモヤモヤしていたニャ」
なんだか物騒なことを白猫がつぶやきながら、俺の額を何度もペタペタとノックした。
...なぜか猫の前足に何度もおでこを踏まれる俺。
屈辱的にも見える光景だけど、その肉球の不思議な感触が妙に心地よく感じてしまって......プニっとした肉球はいいなぁ。この拳でプニプニされ続けたら、それこそ悔いなど......
「あっ、みつかったニャ!? 早く帰るニャ!」
なんだか急に、今度は白猫が俺に帰宅を促した。
さっきは帰るなで、今度は帰れで、一体何なんだよ、もー。
そして遠ざかる視界、いつものあれである。何だよ、もー。
問答無用で遠ざかる白い空間の向こうで、メガミさんが「あーっ!? うちの使徒に勝手に...あーっ!!」と、何かご立腹で叫ぶ様子がどうにか見えた。メガミさんの肩の上には、なんだかどこかで見たイタズラ妖精によく似た奴が乗っていて...
あっちに遠ざかる三人が、なんだかどこか、懐かしくて...
俺もなんとなく、早く帰らなくちゃいけないような気がして...
...良く分かんなかったけど、ちゃんとそっちで打ち合わせしてから俺を呼んでくれよな、もー......
――そうだ!? 剣を弾いて貫手を打ったが、
まだ倒せていないっ!!!
身を起こして追撃する俺を食い止めたのは、俺の左右の腕にがっしりと飛びついた、いつもの感触だった。
「......みんな、無事か?」
左腕にサキ、右腕にユキ。
俺が座っていた場所は寝台で、俺の足元に顔を埋めたままのニア。
寝台の傍らに大人姿のティ。ホッと息をついたシータ。
スライムさんを抱えてはらはらしているローナと、隣にはメイ。
...なんでそんなに部屋の隅っこに居るんだエニーグマ?
...よし、全員無事だ。良かった。
それで? 背中から鬼に斬られて、反撃し損ねて、なんだっけ...?
まだ混乱する俺にティが言った。
「...まったく、皆の心配よりもまず、自分の心配が先じゃろう主様」
「...心配かけてすまなかった」
「だから! ...いや、もういいじゃろう」
「主様っ! 心配しました!」
「主様、申し訳ありません、討ち損じました」
「...あぁ、あの鬼野郎のことか。いや、みんな無事なら良かったよ......おい、エニーグマ! そこで静かに土下座に移行しようとするなっ! その話は後だ後っ!」
そして、やはりその件についてだろう、一番気落ちしている俺の掛け布団に顔を埋めたままの耳ペターンさんに声をかけた。
「...ニア、今回は俺達の油断だった......次はもっと、上手くやろう」
謝るとかえって惨めになりそうだから......でも、気の利いた言葉は思い浮かばなかった。
俺の言葉にニアは顔を埋めたまま、涙と鼻をすするズビーっという音だけで返事した......
ティが俺に状況を説明してくれた。
あの後、俺が背中から【慈悲無き兵器】に斬りつけられて、俺が苦し紛れに反撃した。
うろ覚えだけど、俺は【逢魔刻】で眷属召喚を試みて......成功した。
俺に呼び出されたサキ、ユキ、ティ、そしてローナ。
メイはそれよりも早く俺の危機を察知して、俺の影から扉を開いて...って、なんで「俺の影に扉」があるのか分からないが、とにかく駆けつけて時間を稼いだ。
そこに更にサキとユキも追撃したが、【慈悲無き兵器】は倒せなかった。
それ以外は、だいたい全部倒した。
ローナが全部凍らせて、ニアが全員仕留めた......【愛の縛鎖】とその従者の二人だけは時間が無いから放っておいた、そうだ。
...全部倒した、って。
ま、まぁ、こっちが無事ならもう、いいや......
「...メイ、ローナ。本当に助かった、ありがとう」
ローナがポロポロと涙を流して、シータがその肩を抱いて、スライムさんがペシペシと慰めた。
メイは、目を伏せて静かにお辞儀したが......あの引き結んだ口、歯ぎしり、ユキと同じ「討ち損じた」ことへの後悔、だろうか?
後悔という点では、なにより俺だ。
エニーグマを連れ出せばこうなることは分かっていただろうに、完全に俺の落ち度だ......そしてニアを、みんなを泣かした......
「...心配かけて、本当にすまなかった」
「だからもう、それは良いと言うておるじゃろう! それより主様、両手の調子はどうなのじゃ?」
ティに言われて思い出した。
俺は左手を失ったはずだった。何事もなく手があったから、忘れていた。
俺は【慈悲無き兵器】の魔剣で左手を刎ね飛ばされたが、俺に召喚されたティが左手を回収して、その後すぐに繋いでくれたらしい。
その魔剣、【慈悲無き兵器】の【千刃】スキルで呼ばれた武器の傷にはそこそこの呪いが付与されるらしいけど、それも含めてティが全て治してくれたようだ。
それよりもむしろ、俺の右手の方が重傷だったようだ。
相手は神の使徒、身に付けたそれが神器では無かったとしても、そこそこの鎧だったのだろう。
それを素手で貫いたんだ。そりゃあ怪我はするし、むしろ怪我で済んだなら幸運だ。
...シータの奴が何か言いたげに、驚きと呆れの混じった目を向けてきた。
何も言うな。俺だって無茶をしたと思っているし、実際、仕損じて大怪我しただけに終わって恥ずかしい。
俺は両手を握ったり開いたりして確認した。
...本当に怪我をしたんだよな? 魔法か薬か知らないけれど、なんだこの回復っぷりは? うれしさよりもなんだか少し気持ちが悪いな......
「...左手にわずかに違和感がある。
いや! 治療失敗とかではなくて! なんというか...骨折して治った後みたいな、わずかなズレだ。こういうのは微調整するしかない」
「...わらわ達の【鑑定】で大きな傷や呪いは無いとは見ておるが、他にもわずかなズレはないかの?」
ティに聞かれて、何度か深く呼吸をしながら確認してみたが、問題は無さそうだ。
「大丈夫だ。むしろ調子が良いくらいかもしれない」
「そうか。ならば主様、号令をかけろ」
「号令?」
そしてティは獲物を見据えた瞳孔で、凍えるような低い声で言い放った。
「そうじゃ。皆に号令じゃ。
人族を滅ぼせ、と」




