さいごのとりで2
魔王との戦いから7日後、私は青き鎖の城の、執務室に張り付いていた。
部屋に飛び込んで来ては、指示を受けて去っていく連絡調整担当達。重要な案件に関しては部屋の最奥の私まで早歩きで来て報告、私がその場で指示や承認をする。
ひっきりになしにかかってくる遠隔通話の魔道具、頭を抱えたり少しキレ気味になったりした子には、その上司や私で悩みを聞いたり休憩を促したりしてフォローする。
...修羅場である。前世での会社員時代を思い出す。
会社員時代と違うのは、うちの子達はめちゃくちゃ優秀だってことだ。あまりうれしいことではないけど、ここは修羅場に慣れている者が多い。
あまり焦らず、動じない。いちいち味方に叫ばずに笑う余裕まである、苦笑だけど。
みんながいるおかげで私も冷静に振る舞えて、どうにかこの状況でも持ちこたえている。
戦後処理で、問題が山積みになっているのだ。
大きく言えば、味方側の騒動と、魔王側の騒動の2つ。
今、この執務室を修羅場にしているのは主に味方側の騒動の方である。
「聖女様、白き鏡の魔王討伐軍から、出動の催促が...」
「無視して。私達の参戦は先日の【機械仕掛けの真理】の案件までの話。うちが魔王討伐に手を貸すなんて一言も言っていないわ。
...あぁ、そうだ。あんまりしつこいようなら『先に聖剣を返却しろ』って催促し返して」
「聖女様、王国の魔王討伐軍から、出動の催促が...」
「無視して。私達の参戦は先日の【機械仕掛けの真理】の案件...って、何、その『王国の』って!? 魔王討伐軍がいくつあるのよ! そっちの作戦本部の窓口を一本化してから出直して来いって討伐軍を名乗る奴らに、あ、待って...
...この手紙を持って、今の話を兵舎で控えている団長か副長に。彼らが上手く話をつけてくれるから」
「聖女様、王国の魔王分析団、王国の魔王対策室、白き鏡の魔王調査局...とにかく、各局から同じ『治療中の負傷兵を返せ、もしくは面談させろ』という強い要請が!」
「言語道断よ! 絶対に、返さない!
...コホン、これまで通りと同じ、家族や親族関係者以外は面会謝絶、書面も受け付けない、まったく、何度言ったら分かるのか...」
彼らが執拗にあの戦場に居た兵士達の返却を求めるのは、魔王の情報を求めるからだ。
つまり、負傷者達を今すぐに働かせたいということで、いま返したら彼らは味方に殺される......果てしなく続く質問攻めやら、戦いの叱責やら、魔王の攻略命令やらで押しつぶされる。
魔王の情報については、人族側では私が一番詳しいと自負している。
過去の魔王にまつわる伝承資料を読みまくって、魔王側とも裏でやりとりして、魔王だけに関してはモタおじさまよりも詳しいかも知れないくらいだ。
その私が書いた報告書を、関係各所に提出した。
あの戦いで私達が蘇生できた人達以外では、私、ロー、ドラーオンの三人しか生き残らなかった。その私が、唯一まともな報告書を書けそうな私が、徹夜して書いた報告書を提出した。
うちのみんなにも所見をもらって、拷問...事情聴取部長にもおすみつきを貰えたくらいに詳細で読みやすい報告書を提出した。
あれ以上の報告は誰にもできないと断言できる!
現に、どうにか生還できた者達はみんな、『何が起こったのか分からなかった』と混乱したままだし、その半分以上は寝込んだままだ!
...そんな人達を引きずり出して、これ以上、何をやらせるつもりだあいつらは...!
私の前で暗い顔の窓口担当に確認した。彼女がこの報告に来たのも一度や二度ではない。
「...それでもあなたがここに報告に来たってことは、もう、止めることはできないってことなのね?」
「...はい。大変申し訳ございません、実は...」
...話を聞けば、門の前に「団体で」いらっしゃっているらしい。
まったく、何を考えているんだ? 同じことを私が王都や白き鏡の本部の前でやったなら、間違いなく「青き鎖が攻め込んで来た!」って大騒ぎするくせに......そういう真似は赤き剣の方でやれ、彼らなら諸手を挙げて大歓迎してくれるはずだ。
「今までがんばって押さえてくれて、ありがとう」
「とんでもございません! ですが...」
...だけど今回は、私も赤き剣のように、熱烈に歓迎してやる。
「...まだ門前に居るんでしょ? 私が対応するから......先触れをお願い」
「...!! は、はっ!! ただちに!!」
執務室がしんと静まり返った......ちょっと、なによ? みんな、「鬼が出た」みたいな顔して、こっち見んな。
5本の青い鎖の首飾りを首にかけ、私とローで早歩きで回廊を行く。
廊下の先から「聖女様が出陣るぞ!!」「関係者はさっさと城に入れて、それ以外は避難させろ、急げ!!」という叫び声が聞こえる......先触れって......まぁ、それでも良いけどさ...
そしてローだけは緊迫感もなくいつも通りで安心する。
だけど「お嬢が出るぞー、お嬢が出るぞー」ってみんなに知らせるのはやめてくれる? 業務連絡してくれるのは助かるけれど、言い方、それだと「オバケが出るぞー」みたいに聞こえない?
だけど、私はローにツッコめない。
もう、歩きながら長い詠唱に入ったからだ。
...ちょっと一発、ぶちかましたくなるくらい、私は怒っている。
そして、正門から出た私の右手には、
詠唱で城から、大地からかき集められた、
渦巻く砂鉄が徐々に形を成していき、
やがて鉄鎚が顕現し――
詠唱の帰結とともに私は、振り下ろす――
その優しさは鎖となりて
汝の明日を縛るだろう
その情念は連鎖となりて
汝の道を焦がすだろう
汝と涙、涙と汝、
怒りと哀は煮えたぎる混沌の中
未だ明けぬ夜明けを求め
慟哭を闇へと刻む
そこに、理は無し、汝が望む信念ゆえに
そこに、法は無し、汝が叫ぶ魂ゆえに
やがて、理不尽が燃え、
その身体と心を呑み込む前に...
...我が、そのすべてを、受けて立つ!
その門を解き放て!
業火の果てに我は待つ!
その牙を突き立てよ!
我が鉄血は決して怯まぬ!
だが、覚悟せよ、
その嘆きの剣を振り下ろすとき...
もはや縛鎖は断たれ
聖女は止まらぬっ
そして愛ゆえに、
我が全身と全霊を賭け
汝に試練を振り下ろす!!
唸れ、鉄鎚!!
――地面をズドーン。視界がザバーン。
舞い上がる砂塵の柱が天を貫いた。
...ひと呼吸おいて、城の前に大量の土砂の雨が振ってきた。
一応はこれでも安全確認はして振り下ろしたつもりだ。
大地の窪地や砂塵の波に呑まれた者はまだいないはず......うん、いない。城の前の来客達は目を丸めているけど元気そうだ。
だけど、足元が埋まるほどに、頭から肩から、私も含めた全員がみるみるうちに砂まみれになっていく。
それでも、そんな砂遊びくらいには、私と一緒に付き合ってもらう......ローまで城から出て来て私の後ろで付き合ってくれる必要はないのに、本当に律儀だな......
まぁ、とにかく、だ。
私は城の前で騒いでいた、護衛だなんだといって一個部隊まで引き連れて来やがった関係各所の伝令やらお偉い様方に、はっきりと言ってやる。
丁寧に、心を込めて、言ってやった。
「...おい。
うちで預かってる怪我人をよこせ言ってる奴ぁ、誰だ?
聖女の報告書だけじゃ足りないって騒いでる奴ぁ、どいつだ?
今すぐ、
前に、
出てこい。
彼らが戦った魔王のその半分か十分の一でも、私が今、ここで、実演してやる」
「「......」」
......おいおい、子供じゃねぇんだから...
「...さっさと出てこい!!
無関係なら、怪我人かかえたうちの城の前でギャーギャー騒ぐなっ!!
とっとと、失せろっ!!」
そして、蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていく、関係者あらため暴徒達。私が鉄鎚で巻き起こした砂に負けない勢いで砂埃を立てながら、駆け逃げていった......
...ったく、武装兵まで引き連れてきたらもう、交渉じゃなくてただの脅しか示威行軍じゃない...
...砂を掘り返しちゃったから、足場も視界もだいぶ悪いよね? ...そんなに転がるように慌てて帰らなくても、別に私は追いかけたりはしないのに......
あと、城の奥の黄色い歓声、やめなさい、聞こえてるんだから。
「聖女様、ひゃー!」じゃない、恥ずかしいっ。もう、こっち見んな。さっさと仕事に戻れっ!
さっきまでここで騒いでた彼らも彼らで、きっと彼らの上司から命令されて嫌々ここに来た者達も少なくは無いだろう。だから私も分かりやすく「帰れる理由」をあげたつもりだ。
だけど、あなた達も魔王相手に万策尽きたのかもだけどさぁ、だからって魔王に代わって怪我人締め上げてどうすんだよぉ、もっとがんばって皆でマシな案を考えろよぉ、まったく、もー......
長い詠唱で召喚して一回振っただけの鉄鎚を、また砂鉄に戻して、大地に散らした。
...そして、目の前に二人だけ残った、見慣れた鬼の戦士と、その隣で砂よけの傘をさしている赤き剣の副長。
「...なによ、ドラーオン。こうでもしなくちゃしつこいんだから、仕方ないじゃない。こっち見んな」
「なぁ、やっぱり今度、俺と戦ろうぜ?」
「馬鹿なこと言ってると、おやつ抜きにするわよ?」
ひとまずドラーオンが無事なことにはホッとした。いや、隣に副長がいるのは本調子では無いからなのかな...?
「...とにかく、お茶とおやつくらい出すから入って」
「いや、今日はここで良い」
ドラーオンがその場にドカッと胡座をかいて、そして私に深々と頭を下げた。
「頼む、もう一度、魔王と戦らせてくれ!」
「...はぁ?」
「僭越ながら、聖女様。首領の言ったことを翻訳しますと、聖女様のお力でどうにか、魔王と再戦する場を設けて頂きたいというお願いに参りました次第です」
「あ゛ぁ!? だから今、俺がそう言っただろうがっ!」
副長は補足説明係として付き添いに来たらしい。
それにしても、魔王と再戦って...?
何から聞けば良いのか戸惑う私に、ドラーオンが説明してきた......私の求めていない、魔王の強さについて。
「俺は不意打ちなんざ気に入らなかったが、斬った。
一切、手の抜けねぇ相手だった、だから殺るつもりで斬った。
...だが、奴は俺の魔剣を素手で弾いて、反撃してきた。
奴は、強ぇ。
俺は奴が倒れる瞬間まで動けなかった。
奴が一人で、あの場に他に庇う奴がいなけりゃ、もっと楽しかった。
あの目、あの気魄、力、技......もう、俺はあいつしか見えねぇ」
「...えっと?」
「...つまり、おやつよりも魔王、だそうです」
「てめぇっ!? ......そうだ、おやつより、魔王だ」
「いや、ドラーオン? 今のは別に、怒っても良いんじゃないの?」
「失礼しました、首領」
「......」
あ、だめだ。こいつは本気だ。重症だ。
あんまり戦士の気持ちみたいなのは私には分からないけれど、傍から見れば、恋する乙女みたいなものだ...
ドラーオンはもう筋金入りの戦バカだ。戦うことに殉ずる覚悟で常に生きている。つまり、恋は盲目だ......BL的なあれではない、たぶん。
「...だけど、再戦って言っても、私にだって今どうすれば良いのか、もう分かんないわよ...?」
「奴はきっと、もう一度、同じ場所に現れる」
「えっ? そうなの!?」
「...勘だ。だから、邪魔が入らねぇように、手伝って欲しい」
「......」
「聖女様」
ドラーオンの隣で、赤き剣の副長も、片膝をついて頭を下げた。
「各所より、首領に対して出陣要請が出ております。赤き剣はもちろんのこと、首領の奥方様にまで要請が来ております。しかし、我々はすべて、断っております。
人族と多種族との争いや、世界の平和などは我らにとっては二の次です。
全ては首領、ドラーオンの大望のため。
何卒、聖女様、並びに青き鎖の皆様方にもご助力を賜りたく存じます」
「...頼む」
...仰々しくお願いされちゃったけど、単純にドラーオンは平常運転で、強い奴とはなんとしても戦いたいってだけのことだ。 ...単純で、難しいことだけど。
逆に、ドラーオンはその望みのためだけに赤き剣という組織に縛られている、とも言える。
すべて投げ出して走り出せるこの男が組織に所属してそれを守るのも、ただ、強者を探し求めて、あるいは育てたいからだ。
あのステキな人族の奥さんのためというのも多少は有るんだろうけど、それでも鬼族のドラーオンがわざわざ人族の揉め事にまで協力するのは、赤き剣を守るためなところが大きい。
すべては、強い奴と戦うという大望のため。
...本当はいけないことなんだけど、私は人族のことよりも、ドラーオンのわがままの方に協力してあげたい気分になってしまった。
もちろん、ドラーオンが魔王に勝てば何の問題もない、なんて言い訳を自分自身に言い聞かせながらだけど。
「...できる限りで、としか言えないけど、協力は約束するから。
とにかく、中に入って、もう少し詳しく話を聞かせて?」
「本当かっ! 感謝するぜっ!!」
「もう、感謝は良いから、あなた、怪我がぜんぜん完治してないじゃない! 再戦以前の問題よ!」
「あ? こんなもん、ツバでもつけときゃ治るだろ!」
「治ってないから言ってんのよ!」
「お手数おかけして、申し訳ございません」
ボロボロのくせに大丈夫だと主張するから、試しに棒で突いてやると、ものすごく痛がったから、やっぱりおやつの前に医療部の方に放り込んでやることにした。
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そして、翌日。
「...かくまってくれ」
「どういうことよ?」
今度は城の前に、【勇者】がやって来た。
王国派と白き鏡と中立派、それぞれの作戦本部とやらで【勇者】を奪いあい、彼の所属と指揮権所持者が分単位で変わり続けているらしい。
つまり、人族はもうおしま......じゃなくて、みんないろいろたいへんらしい。
「...尾行はいないみたいね。いいわ。入って」
「...すまない」
私は【勇者】を城で匿うことにした。
...だけど、【勇者】もドラーオンと同じように、完全武装でやってきた。匿うだけならもっと隠れやすい服装で移動すれば良いのに、あえてこの格好だ。
きっと、彼も同じように何かを嗅ぎとってここに来たのだろう。
...さすが【勇者】、イサミンの読みは正解だ。
私は私で、この城で、魔王と決着を......話し合いをつけるつもりだ。
魔王側でも動きがあった。正確には、あの戦いのあとに人族からちょっかい出した道化のせいで、動かざるを得なくなったようだ。
青き鎖で【機械仕掛けの真理】に付けた「盟約の鎖」がらみらしいから、即行で詫び入れて、どうにか魔王側の行動に青き鎖が一枚かめるように、交渉しなければならない。
魔王が仕掛ける。その騒ぎに乗じて、今度こそ魔王と直接交渉する。
...でも、それは【勇者】にも言わない。彼は地下で安静に快適に、そしらぬ顔で歓待するつもりだ。あなたも少し休みなさい。
もちろん、【勇者】を匿っていることも誰にも言わない。これ以上、神の使徒を使って魔王や世界をかき回させない。
全員を騙して、敵に回して、力ずくでねじ伏せてでも、私は......
「...私って、恫喝したり裏取引したり、ちょっと真っ黒すぎない...?」
「俺はそれでもお嬢が好きだぞ?」
「...ありがとう、だけど、そこは否定して欲しかったの......」
「...ご、ごめん、お嬢」
本気で反省しちゃうローの腕につかまって全体重をかけてやったけど、やっぱりローはいつもどおりビクともせずに、なんだか少しだけホッとしてしまったのだった。
(あと、勇者の話が1話入ります)




