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さいごのとりで1

 ――魔王との最終決戦から2日後、青き鎖の本部にて――



 あの魔王との戦いの後、ローが何度も拠点を往復してくれたおかげで私の居たところの皆だけはどうにか蘇生に成功した。


 彼らは青き鎖(うち)の城で治療を継続中だ。怪我だけじゃない、精神の回復が必須な状況である。

 まだやれるという戦い慣れした者達もいるけれど、あの死の恐怖を消し去ることは難しいだろう、むしろそれに抗(あらが)うために強がる必要があるのだと医療部のみんなも分析している......


 ...そして、他の部隊は最悪だ。

 あの戦場にいた全員、王国、白き鏡、赤き剣の混成部隊。

 【慈悲無き兵器(ドラーオン)】以外、全滅。


 遺体はもう、各隊、各部署で回収されて行った。あの戦場を包んでいた氷雪はもう跡形(あとかた)もない。


 ドラーオンは応急処理だけ受けてさっさと帰ってしまったそうだ。とても動けそうな状態では無かったはずなのに。


 戦死者達への弔問を打診してみたら、断られた。

 いまだ戦時中だからとか青き鎖(うち)への反発とかではなくて、どうやら各所はまだ混乱の最中(さなか)らしい。

 赤き剣に関しては、それなら酒だと言われたので、大量に送りつけておいた。きっと彼らは弔(とむら)いの宴によって、戦士達を送り出すのだろう。



 仕方がないので私達は私達で、自分達の聖堂で彼らの冥福を勝手に祈らせてもらった。

 これだけは心に区切りをつけるためにやらせてもらった。



 その祈りの儀式のあと、いつものメンバーを会議室に集めて、私は言った。


「...これは、私の独り言だと思って聞かなかったことにしてくれる?」


 そんな言い訳が聖女の立場で許されるわけは無いのだけど、言い訳はともかく、どうしてもこのモヤモヤを吐き出さずにはいられなかった。


「...魔王のところに攻めこむなら今しか無いんじゃないのかしら?」


 この言葉、あの惨敗のあとに、その傷も癒えぬうちに聖女の言うようなものではないと思う。

 私の言葉に眉をひそめる者達がいる一方で、それでも私の意見に同意する声も即座に上がった。


「その通りですっ!! ...し、失礼致しました。

 ですが......あの戦いの場で、魔王の一団は【慈悲無き兵器】に止(とど)めもささずに、即、撤退しました。

 彼らはあの場を圧倒し、まだ戦うことができたにもかかわらず、です。

 魔王が負傷したことで戦力そのものよりも士気、精神面で彼らは今、大きく揺らいでいるのではないでしょうか?」


 ...おっと、私はそこまでは考えていなかったけれど。

 単に「魔王が怪我している内に攻めこんじゃえ!」って意味だった。そして更に説明が続いた。


「傷そのものは、それこそあちらに【羽ばたく悪戯(いたずら)】がいるからには、たとえ死んでも蘇生に成功する可能性すらあるでしょう」

「それでも、彼らが万全に戻る前、我々に警戒して戦力を強化し始める前である『今しか』攻めこむ機会が無い......他には手が無いように思えます」


 ...うちのみんなはホント、優秀だなー......でも、そう言われてみて改めて、私も攻めこむのが今しか無いように思えてきた。


 意見を出してくれたことにお礼を言って、そして私は皆に念を押した。


「助言ありがとう、みんな。 ...以上が、私の独り言よ。みんな、忘れて」


「えっ!? 攻めこまないのですか、聖女様!?」

「なぜですか!?」

「我々はまだ、戦えます!」


「...もしも私達が『白き鏡』や『赤き剣』ならば、攻めこむことも選んだでしょう。

 だけど、私達は守りの要(かなめ)。もしも総攻撃をかけることになったとしても、むしろ攻勢に出る時こそ、私達が残ってみんなを守らなければならないわ」


 そう。それこそはあの魔王討伐作戦本部の仕事だ......あれから沈黙したままだけど。


 この打ち合わせは、他の現状確認を一通りやって、すぐに終わった。

 青き鎖(うち)の皆もやることが山積みだ、みんなはすぐに、仕事に戻った......



----------


 あの光景、『其処に在る死』は、ひどかった。

 それだけじゃない、ドラーオンを追い込めるほどの戦士達、あの白銀の世界に、神の使徒、百鬼夜行......

 あれを見てまだ戦おうだなんて、皆をあそこに巻き込もうだなんて、私には言えない。


 それに、「攻めこむの(・)は(・)今」ではない。

 「攻めこむな(・)ら(・)今しかない」だ。


 冷静に考えれば、あれに勝とうなんて頭がおかしい。

 今回どうやって負けた? 手も足も出なかったのよ?

 そして、次からはきっと【機械仕掛けの真理】まで敵に回る。

 ありえない。


 それでも理屈じゃない、感情だ。

 人族達はもう、攻めこまずにはいられない。

 勝てば手柄が得られ、負ければ誰かに押し付けるだけだから。

 それなら今すぐ攻め込んだ方が、若干、勝率は上がる。今しか無い。


 だから、戦いたい奴はさっさと行けば良い。


 ...青き鎖(うち)は、降りる。


「私、ずるいことを言ったわ......青き鎖だってことを言い訳にして、皆を戦場に送ることをためらったの......自分達だけ助かろうだなんて、もう、聖女失格よ...」


 それを私と一緒に、ずーっと見ていた、ローが言った。


「そうか? 俺はそうは思わないぞ?」

「...やっぱり、ローでも怖いと思った?」


「怖いと思ったぞ。

 だけど、違う。そっちじゃない。

 お嬢は必要ならばいつも俺に行け、行くなって言うじゃないか。それはお嬢が聖女だからじゃない、お嬢だからだ。

 俺は、お嬢の言うことは正しいと思っている。

 ...本当はもっと、お嬢自身をもっと大事にして欲しいけど、お嬢はいつも絶対に守らなければいけないものを守り切る。俺はお嬢は、すごいと思うぞ?」


「...守れているのかな?」


「俺はお嬢を、お嬢が選んだものを、信じている。

 ...たぶん、みんなもそうじゃないのか?」


 ...その言葉に、立ち止まってはいられないと思った。


 聖女は皆を導かなければいけないし、たとえ聖女が駄目になっても、「お嬢」は走るとローは信じているからだ。



----------


 その日の夜、私は皆を呼んだ。


「夜分にごめんなさい。

 ...もう動いているかもしれないけれど、あらためて言っておくわ。

 みんな、継戦と停戦、両方に備えて」


「両方、ですか?」


「そう。戦バカ(ドラーオン)が率(ひき)いる『赤き剣』はともかく、国と白き鏡が今、何を考えているのかが分からない。

 だけど、魔王との関係がどうなろうと、私達がやることは一つ、みんなの安全を守ること。

 そのためなら魔王とも戦うし、魔王とも手を組む。そのどちらでも、私達がやれることをやろうと思う」


 後手に回ってはいけない。戦うにしても手を組むにしても、備えは必要だ。待っている時間なんて無い。

 私が思いを説明しただけで、いつものように、すぐに作戦方針が提案された。


「...現時点では継戦や追撃への備えを優先し、明後日以降からは徐々に停戦への備えを強化する、という形でいかがでしょうか?」


「...えぇ、それでお願い!」


 私も、もしも戦いを続けるのならば短期決戦だと思う。それ以降は勝ち目は薄い、つまり停戦へと素早く舵をきり始めなければならないということだ。


「現状では、青き鎖(われわれ)自体も魔王の軍勢に対する備えを急ぐ必要があります」

「この城も、各教会施設や支部でも、人を収容できる状態に備えなければなりません。既に備えの指示はしていますが、改めて各所の状況を確認してみます」

「それが落ち着き次第、今度は魔王側の情報収集に比重を...連絡や交渉をするためには、おそらく諜報部や渉外部の方への予算や人員を多めにさく必要があるでしょう。お土産にせよ賠償にせよ、資金を動かせる準備をしなければ」


 こうして私達はもう一度、今後の方針について認識合わせを重ねて、明日へと備えたのだった。



 ...ちなみに、夜、どうやって寝台(ベッド)にたどり着いたのかは覚えていない。ここでやっと、眠れたからだ。


 私は徹夜は推奨しないんだけど、今回だけは、魔王戦の報告書を書ける者が私一人しかいなかったから、その執筆も含めて戦いの後からずっと眠っていなかったんだ......それでも、後は任せた私は眠ると思わせてくれる仲間がいる今の私は、本当にめぐまれて......Zzz...



----------


 それにしても、あの作戦本部はいまいちよく分からない。


 立ち上げ当初はさんざん青き鎖(うち)の協力が足りないだのなんだのと叫び続けていたくせに、決戦前にはぜんぜん魔王の動向がつかめていなくて、そして今、すっかり沈黙状態だ。

 むしろここからが本番なのだろうに、もう、本部は解散してしまったのだろうか?



 あの時に暗躍していたであろう、相談役と道化、その後の動きは全くつかめていなかった。うちの人員はまず、うちの守りを固めることを最優先に動いてもらっていた。



 あの戦いから5日後。

 その相談役が毒を飲んだという情報が入った。



 諜報部によると、今回の作戦を主導していたという相談役が責任をとって服毒死したという報告だった。

 その報告に私はすぐに「引き続き相談役を追うように」と指示してしまっていた。その相談役の調査、分析、場合によっては今(・)後(・)の(・)足(・)取(・)り(・)の追跡を。


 死んだ者に対してなぜ......完全に、ただの勘だった。だけどローも「こういう時のお嬢は外さないと思うぞ」と言ってくれた。


 自死は世界への復讐だ、というどこで読んだか覚えてない言葉を思い出した。その善悪正否は分からない。だけど、私の何かが引っかかった。

 少なくとも「責任をとって死」なんてありえない、そう思ったんだ......むしろその相談役、全部を奪って逃走したんじゃないかって、そんな気すらしていたんだ。


 ...そして今、空っぽになった作戦本部が沈黙している。

 そう考えるとゾッとした。

 いま魔王に攻めこまれたら、もう、人族は終わってしまう。



 さらにその後、うちの優秀な諜報部が魔王側からのお知らせを届けてくれやがった。


 道化こと、神の使徒【純然たる毒】が単身、魔王のもとへと追撃をしかけて敗北した、らしい――



 ――...なんでいきなり神の使徒が出てきて、どうやって魔王の居場所を特定して、どうして攻めこんだのがそいつだけで、しかも敗北してんだよ、どういうことだよっっ!!


「がぁあっ! ほんとにっ、いつもっ、どいつも、こいつもっ!!」

「お、落ち着け、お嬢!」


 ...居場所の特定は私(・)な(・)ら(・)できる。

 【機械仕掛けの真理(エニーグマ)】がまだ、盟約を守っているならば......もしかしてその【純然たる毒】って奴も、それを知っていて、利用した?


 そして、その魔王に連れ去られた【機械仕掛けの真理(エニーグマ)】からも近況報告の手紙が来た。


 無事だったのは安心したけど、「こんど魔王城で遊びにいきます」だと? どういうことだ!? それに魔王城で(・)って、なんだ!? ...誤記だよね? 誤記だって言え! 魔王城(そんなもん)なんかで絶対に遊びに来んな!

 ...遊んでないで、さっさと黄金城(おうち)に帰れよ、もーおーっ!!


「もーおーっ!!」

「...お茶とおやつをもらってくるから、一旦休め、お嬢」


 ...疲れた時は、自分が一番不幸になったような気がする時もある。

 だけど、今は、今だけは本当に、まともに仕事をしているのは自分だけなんじゃないかって、やりきれないイライラとモヤモヤを、吐き出さずにはいられないのだった......


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