あるまげどん
遠見の鏡の向こうで、【慈悲無き兵器】が魔王の腕を叩き斬った。
やったか!?
...いや、違う!? これは――
「――破られたっ!? 備えて!!」
私は叫んだ。
何か、とてつもなく嫌な予感とともに、警告を発した。
魔法ではない「何か」を、使われた。
魔法に関係するものは全て私の【鉄血】スキルで相殺できる、できたはずだった。
...ドラーオンを転移させる為と、遠見の鏡で視聴するためだけの穴は開けたけど、そこを狙われた!?
それとも、わたしが「やったか!?」なんて余計なフラグを立てた!?
どっちにしてももう、今は嫌な予感しかしない!
私の胸騒ぎを肯定するように、鏡の向こうが真っ白に染まり出し、突然の霧......
その霧に、分析担当が叫んだ。
「あ、あ、あれはっ......【徘徊する逢魔】の伝説の魔法、【逢魔刻】...!?」
そう! あれはその召喚の霧に違いない......けどっ!?
「なぜっ!?」
「どういうことだっ!!」
「どうして魔法が使えるんだっ!!」
みんなほぼ同時に別々の、同じ意図の言葉を叫んだ。
そう、私の魔封じの結界はまだ生きている! それは【徘徊する逢魔】の【魔導】だって例外ではない...はずなのに!
誰かが「霧の向こうから魔王の軍勢がやってくる!」と悲鳴を上げて、別の誰かに「落ち着け!」と叩かれた。
そうだ、まだあっちにはドラーオンと、他の大勢の兵達がいる、問題ない!
鏡の映像が濃い霧に阻まれだして、担当の魔法使いが私の方に許可を求めて振り向いたから私は「やって!」と、鏡の出力を上げる許可を出した。
遠見の鏡と私の【鉄血】の封印とが互いに干渉しあう結果になるけど、まだ私の魔力には余裕があるし、出し惜しみなんて今はできない!
【逢魔刻】、それは【徘徊する逢魔】がその眷属を霧の向こうから呼び寄せるための魔法だったはず。ならば、来る前に決着を――
――だけど、それが最初にやって来たのは、霧からではなく魔王の足元、その「影の中」からだった。
真っ黒い何かの上半身が、ドラーオンの足をつかんでいた。
「...これほどまで怨念に心を満たされたのは久方ぶりデス......キキギギギ!!」
黒い少女の魔物!? ...その食い込む爪がドラーオンの足を血に染めて...
...え、待って、ドラーオンの腹からも出血!? 魔王の右手がドラーオンの鎧から引き抜かれて(!?)、ドラーオンは剣を持って無い方の「腕で」猫ちゃんからの首への刺突を防いで、血まみれ...って、3対1であいつが押されているっ!?
少女と猫ちゃんが牙を剥き、ドラーオンも獰猛に笑った。
「我が家を荒らすクソ餓鬼がッ! 暖炉の薪に焼べてやるデス!!」
「...赦さない...!!!」
「...ハハッ、おい、マジかよ!?」
ちょっと!? もう「ドラーオンが」絶体絶命じゃない!? どうして!?
その状況を、こっちの魔法使い達、分析担当達が必死に追いかける。
「なぜ、あんな場所にあんな魔物が!? ――まるで『古家妖精』の伝承に出る『饗す冥土』の姿そのものだぞ!?」
「ち、違う、よく見ろ!! あれこそは伝承の『魔王の使用人』だ!!」
「ならば! あれは魔王の城にいるはずだろう!? なぜ、影から出てくる!?」
そうこうしている内に、ドラーオンの奴はあっという間に「二人」を相手に追い込まれて防戦一方になって、霧はさらに激しく白く渦巻いてきた。やっぱり私の【鉄血】は届いているのに、効いてない!
その場で警戒して構える兵士とドラーオンのもとへと殺到する兵士が半々、そうしているうちに霧の向こうから魔王の――
――いや、もう、来ている!?
ぐったりしている【徘徊する逢魔】を抱きしめる白装束の長髪の――雪女? いつの間にそこに居た!?
「主様?
...
......やだよ、起きて?
...やだ......
...イヤァァアアーーーーーッ!!」
今度は何っ?!
その悲痛な金切り声は、死を悼む女!? 死出の歌手!? その叫びが心を一気に凍らせ...くっ、精神魔法か!?
いや、こっちよりもあっちの状況だ......あれは霧だけじゃない、地吹雪!! 大地が、そしてドラーオンと兵士達が、みるみる内に凍っていく!?
さっきから魔法は封じたはずなのに、どうしてっ!! 今度は一体何の【スキル】!?
私は急いで抵抗の魔法を戦場の兵士達へ届けようとしたけれど、あそこに撒かれているはずの「砂鉄」に、私の【鉄血】がまるで届かない!
いや、この手応え、冷たい感触――まさかっ!?
あの一面の雪原で、私の魔法がすべて「上書き」された!! この領域で、魔法で、聖女が押し負けた!?
そして、さらに、
「落ち着けローナ。大丈夫じゃ、よくやった。あとは主様はわらわに任せるが良い」
泣き叫ぶ雪女をあやす優しく綺麗な声、美しく輝く緑髪と背中の羽......
...【羽ばたく悪戯】まで来た!? まずいっ!!――
――...ドラーオンはもう「三人」相手に手一杯。 ...黒い使用人と二人の鬼の子(!?)を相手に防戦一方だし、私も雪女が喚んだ氷の世界を押し返せない! それにどんどん増えてく、透明な巨大カマキリや、緑の丸いバケモノ達に、骸骨の戦士...って、さっきから何だよ!? 百鬼夜行かっ!?――
――そして【羽ばたく悪戯】が誰かに命じた。
「此処はわらわ達に任せて......行け、ニア!」
ニア? ...まさか、『其処に在る死』のこと!? どこ!? それに「行け」って......あれっ、「猫ちゃん」、どこ行った!?
そこに、どこからともなく詠唱の声が響き渡った。
魔法の詠唱、もう私の結界が完全に無効に――
それどころか、これ、逆探知!? 違う、待て、呪、いや、これは、どこかで――
――高位の魔法使いの詠唱は、
独り言ではなく「物語」である。
ゆえに――
「――目と耳を塞いで鏡から離れてっ、その問いを聞くなっ、鏡を見るな答えるな!!」
そう叫んだ私は、その問いを必死に「無視して」目をつぶりながら、急いでローの目を両手で塞いだ!
あれは、彼女を見る私達を探すために放たれた、呪いの詠唱だ!!
汝が覗きしその深淵は
奈落の底へと至る黄泉路
その目、その耳
望みし故に、
我が眼、我が聴
応えたり
然らば、問う、
我は問う――
――われは問うわれは問うわれは問うわれは問う
われはわれは問う問うわれわれは問うは問う
われ問は問うわ問れはうわれ問うわれは問う
わ問は問うわ問れはう問わ問れ問わ問れ問う――
――われは、問う。
死と目見える
覚悟は在り也っ!!!
「――...め、目がっ、目がァァァァ!!!」
間に合わなかった!? 誰かが「反撃」を受けた!!
目から大量の赤黒い液体を吹き出しながら、魔法使いの一人が倒れた!!
その床に撒かれた赤の中から、ズルリと現れたのは、濃紺の影。
【羽ばたく悪戯】にニアと呼ばれた猫族のその女の子の姿に、誰かが叫んだ――
「――ぅ、薄影色の猫っ、『其処に在る死』!!」
「ひ、ひぃっ!?」
「怯むな、討ち取れ!!」
「迎撃しろ!!」
「待っ――」
――なんで私は「待って」なんて叫ぼうとしたのか分からない。
ローは危機を感じたのか、いつも以上の臨戦姿勢で私の前で盾になる。虎耳と爪、いつもは魔法で隠しているそれが顕現し、肩が、背中が、殺気を帯びる。
魔法使い達が、血だまりから生まれたばかりのその子猫に、即座に仕掛けた。
「我らが神の敵よ、退けっ、聖閃光!!」
「神は罪を戒める、光拘束!!」
魔法使いの数人が最速で牽制と束縛魔法をかけて、それに重ねるように弱体化魔法を次々に畳み掛ける――けど、ぜんぶ当たっているはずなのに、効いてない!?
『其処に在る死』は、なんの束縛も無いかのような早業で、斬りかかった二人の兵士の首と手首を、その手に持ったナイフで踊るように切り裂いた!
そんな、あれだけの魔法に耐えるなんて、一体どれだけの無効化の護符を装備して――
――違う、護符なんかじゃない、
その背に燃える青白い光は!? 背負ったその呪いの炎は、何!?
...そうだ、さっきから私が【鉄血】で底上げしている【鑑定】すらも通らないのは、きっと彼女の背中を燃やす元凶の紫色の魔法陣、禍々しいあの呪いの刺青のせいだ...!
その背中の呪炎のゆらめきで、より深い影に化けた青黒い猫。
魔法を食らえば食らうほどに呪炎はいっそう燃え上がる。
溢れんばかりの攻撃魔法が明滅する中で、降りかかる弾幕を時に躱し、時にその身に受けながらも、身を低くかがめながら、こちらの一人ひとりを品定めするように睥睨する、子猫の瞳とその背中の呪炎。
まるで蝋燭の灯りのように不気味にゆらゆら揺らめきながら、やはりじっとこちらを覗き込んでいる......
ゆっくりと、その猫は順に周囲を見渡して...
一瞬だけ、彼女と目が合った。
見開かれた冷たい瞳、絶え間ない攻撃魔法の白光の奥から、間違いなく獲物を捉えた青白い瞳孔。
彼女は私を、【愛の縛鎖】の姿を見て金属製の武器から、木の杭のような武器に持ち替えた。
そして、もう一方の手から宙へと放り出された――筒!?
魔法じゃ無い、閃轟手榴弾――っ!?
――――!!
――目と耳を灼く光と音、それでも私はどうにかその敵影を見失わないように追いかける。
その薄影は、あっという間に光の中を駆け抜けて、溶け込んだ。
...そして、兵士や魔法使い達のこめかみに、首に、襟元から心臓に、次々に杭が突き立てられて、斃れていく...
...激しい衝撃に目と意識を奪われまいと全力の【鉄血】で抵抗すると、きっとあれが彼女自身も灼いたのだろう、彼女の背中の呪いが弱まったせいか、私の【鑑定】スキルが一瞬、通った。
見えてしまった、見てはいけないものを垣間見た...
そのスキルの名は【即死 Lv10】。
其処に、死が在った。
光を泳ぎ、死を撒く、黒猫。
なぜか怒りや死の恐怖より、一枚の影絵でも見つめているような気分だった。
触れてはいけない開けてはいけない、書庫の隅で朽ちていくべき、おとぎ話。
その不思議な彼岸の演目に只々私は、呑み込まれてしまっていた――
――...それでも、その絶望に一歩も退かず、それを向こう岸へと押しやるローの背中だけは、唯一わたしを此岸に繋ぎ止める、不動の楔にも見えて――
「――じょう、お嬢...!! ...ハナコッ!!!」
――...痛みの向こうから、呼び声...私は、気を失っていた。
まだ、さっきの閃光と衝撃音で目と頭がズキズキして、耳が、音が遠い。
私の肩を抱きつかむローの手の感触が、私を引き戻す。
「...その真名で呼ばないでって言ったでしょ、タロウ」
「ハ...お嬢、大丈夫か!?」
「...っ、あの子は、みんなは...?」
「......もう、血だまりの中に...帰ったぞ」
暴れるだけ暴れて、残された私とローには目もくれず、出現したあの血だまりの中へとズルリと、ニアーデスは帰って行ってしまった...
...血だまり......いけないっ!!
「...なんっ...なのよ...っ!! 痛っ...ロー!! 急いで救援をここに連れて来て!!」
「ダメだお嬢!! お嬢を残して――」
「――早くっ!! 私だけじゃ蘇生が間に合わない、手遅れになる前に! お願い行って!!」
もう、勝ち負けの話じゃない。護衛なんてもう要らない。
少なくともここにはもう、私達以外は死体しか無い。
そして遠見の鏡のむこう、戦場は全て霧と氷に覆われて、いまだに私の【鉄血】スキルは一切届く気配がない。
その42階層の荒野に風が吹き抜けて、霧が晴れた。
白銀の世界に真っ赤に染まりながら、天を仰いで立ち尽くすドラーオン以外はもう、何も無かった。
彼以外はすべて氷雪の、ただただ平らな一面の雪景色に呑みこまれて......白銀、だけだった――
――...そしてもう、魔王たちの姿はそこには無かった。
その戦いは、私達の完膚なきまでの、敗北に終わったのだった。




