↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
141/248

あるまげどん

 遠見の鏡の向こうで、【慈悲無き兵器(ドラーオン)】が魔王の腕を叩き斬った。

 やったか!?



 ...いや、違う!? これは――



「――破られたっ!? 備えて!!」


 私は叫んだ。

 何か、とてつもなく嫌な予感とともに、警告を発した。


 魔法ではない「何か」を、使われた。

 魔法に関係するものは全て私の【鉄血】スキルで相殺できる、できたはずだった。


 ...ドラーオンを転移させる為と、遠見の鏡で視聴するためだけの穴(・)は開けたけど、そこを狙われた!?

 それとも、わたしが「やったか!?」なんて余計なフラグを立てた!?

 どっちにしてももう、今は嫌(・)な(・)予(・)感(・)しかしない!


 私の胸騒ぎを肯定するように、鏡の向こうが真っ白に染まり出し、突然の霧......


 その霧に、分析担当が叫んだ。


「あ、あ、あれはっ......【徘徊する逢魔】の伝説の魔法、【逢魔刻(おうまがとき)】...!?」


 そう! あれはその召喚の霧に違いない......けどっ!?


「なぜっ!?」

「どういうことだっ!!」

「どうして魔(・)法(・)が(・)使(・)え(・)る(・)んだっ!!」


 みんなほぼ同時に別々の、同じ意図の言葉を叫んだ。

 そう、私の魔封じの結界はまだ生きている! それは【徘徊する逢魔】の【魔導】だって例外ではない...はずなのに!


 誰かが「霧の向こうから魔王の軍勢がやってくる!」と悲鳴を上げて、別の誰かに「落ち着け!」と叩かれた。

 そうだ、まだあっちにはドラーオンと、他の大勢の兵達がいる、問題ない!


 鏡の映像が濃い霧に阻まれだして、担当の魔法使いが私の方に許可を求めて振り向いたから私は「やって!」と、鏡の出力を上げる許可を出した。

 遠見の鏡と私の【鉄血】の封印とが互いに干渉しあう結果になるけど、まだ私の魔力には余裕があるし、出し惜しみなんて今はできない!


 【逢魔刻】、それは【徘徊する逢魔】がその眷属を霧(・)の(・)向(・)こ(・)う(・)から呼び寄せるための魔法だったはず。ならば、来る前に決着を――


 ――だけど、それが最初にやって来たのは、霧からではなく魔王の足元、その「影の中」からだった。

 真っ黒い何かの上半身が、ドラーオンの足をつかんでいた。


「...これほどまで怨念に心を満たされたのは久方ぶりデス......キキギギギ!!」


 黒い少女の魔物!? ...その食い込む爪がドラーオンの足を血に染めて...

 ...え、待って、ドラーオンの腹(・)からも出血!? 魔王の右手がドラーオンの鎧から引き抜かれて(!?)、ドラーオンは剣を持って無い方の「腕で」猫ちゃんからの首への刺突を防いで、血まみれ...って、3対1であいつが押されているっ!?


 少女と猫ちゃんが牙を剥(む)き、ドラーオンも獰猛(どうもう)に笑った。


「我(・)が(・)家(・)を荒らすクソ餓鬼(ガキ)がッ! 暖炉(だんろ)の薪(まき)に焼(く)べてやるデス!!」

「...赦(ゆる)さない...!!!」


「...ハハッ、おい、マジかよ!?」



 ちょっと!? もう「ドラーオンが」絶体絶命(ピンチ)じゃない!? どうして!?



 その状況を、こっちの魔法使い達、分析担当達が必死に追いかける。


「なぜ、あんな場所にあんな魔物が!? ――まるで『古家妖精(エルダー・シルキー)』の伝承に出る『饗(もてな)す冥土(メイド)』の姿そのものだぞ!?」

「ち、違う、よく見ろ!! あれこそは伝承の『魔王の使用人』だ!!」

「ならば! あれは魔王の城(・)にいるはずだろう!? なぜ、影(・)から出てくる!?」


 そうこうしている内に、ドラーオンの奴はあっという間に「二人」を相手に追い込まれて防戦一方になって、霧はさらに激しく白く渦巻いてきた。やっぱり私の【鉄血】は届いているのに、効いてない!


 その場で警戒して構える兵士とドラーオンのもとへと殺到する兵士が半々、そうしているうちに霧の向こうから魔王の――



 ――いや、もう、来ている!?

 ぐったりしている【徘徊する逢魔】を抱きしめる白装束の長髪の――雪女? いつの間にそこに居た!?



「主様(あるじさま)?

 ...

 ......やだよ、起きて?


 ...やだ......


 ...イヤァァアアーーーーーッ!!」



 今度は何っ?!


 その悲痛な金切り声は、死を悼む女(バンシー)!? 死出の歌手(セイレーン)!? その叫びが心を一気に凍らせ...くっ、精神魔法か!?

 いや、こっちよりもあっちの状況だ......あれは霧だけじゃない、地吹雪(ブリザード)!! 大地が、そしてドラーオンと兵士達が、みるみる内に凍っていく!? 


 さっきから魔法は封じたはずなのに、どうしてっ!! 今度は一体何の【スキル】!?


 私は急いで抵抗(レジスト)の魔法を戦場の兵士達へ届けようとしたけれど、あそこに撒(ま)かれているはずの「砂鉄」に、私の【鉄血】がまるで届かない!


 いや、この手応え、冷たい感触――まさかっ!?


 あの一面の雪(・)原(・)で、私の魔法がすべて「上書き」された!! この領域で、魔法で、聖女(わたし)が押し負けた!?



 そして、さらに、


「落ち着けローナ。大丈夫じゃ、よくやった。あとは主様(ぬしさま)はわらわに任せるが良い」



 泣き叫ぶ雪女をあやす優しく綺麗(きれい)な声、美しく輝く緑髪と背中の羽......

 ...【羽ばたく悪戯(いたずら)】まで来た!? まずいっ!!――


 ――...ドラーオンはもう「三人」相手に手一杯。 ...黒い使用人(メイド)と二人の鬼の子(!?)を相手に防戦一方だし、私も雪女が喚(よ)んだ氷の世界を押し返せない! それにどんどん増えてく、透明な巨大カマキリや、緑の丸いバケモノ達に、骸骨の戦士...って、さっきから何だよ!? 百鬼夜行かっ!?――


 ――そして【羽ばたく悪戯(いたずら)】が誰かに命じた。



「此処(ここ)はわらわ達に任せて......行け、ニア!」



 ニア? ...まさか、『其処に在る死(ニアーデス)』のこと!? どこ!? それに「行け」って......あれっ、「猫ちゃん」、どこ行った!?



 そこに、どこからともなく詠唱の声が響き渡った。



 魔法の詠唱、もう私の結界が完全に無効に――

 それどころか、これ、逆探知!? 違う、待て、呪、いや、これは、どこかで――


 ――高位の魔法使いの詠唱は、

 独り言ではなく「物語」である。

 ゆえに――


「――目と耳を塞(ふさ)いで鏡から離れてっ、その問いを聞(・)く(・)な(・)っ、鏡を見るな答えるな!!」


 そう叫んだ私は、その問いを必死に「無視して」目をつぶりながら、急いでローの目を両手で塞いだ!

 あれは、彼女を見る私達を探(・)す(・)ために放たれた、呪いの詠唱(といかけ)だ!!



  汝(なんじ)が覗(のぞ)きしその深淵(ふち)は

  奈落(ならく)の底(そこ)へと至(いた)る黄泉路(みち)


  その目(め)、その耳(みみ)

  望(のぞ)みし故(ゆえ)に、

  我(わ)が眼(め)、我(わ)が聴(みみ)

  応(こた)えたり


  然(さ)らば、問(と)う、

  我(われ)は問(と)う――


  ――われは問うわれは問うわれは問うわれは問う

   われはわれは問う問うわれわれは問うは問う

   われ問は問うわ問れはうわれ問うわれは問う

   わ問は問うわ問れはう問わ問れ問わ問れ問う――


  ――われは、問(と)う。


  死(われ)と目見(まみ)える

  覚悟(かくご)は在(あ)り也(や)っ!!!




「――...め、目がっ、目がァァァァ!!!」


 間に合わなかった!? 誰かが「反撃」を受けた!!


 目から大量の赤黒い液体を吹き出しながら、魔法使いの一人が倒れた!!


 その床に撒(ま)かれた赤の中から、ズルリと現れたのは、濃紺の影。

 【羽ばたく悪戯】にニアと呼ばれた猫族のその女の子の姿に、誰かが叫んだ――



「――ぅ、薄影色の猫っ、『其処に在る死(ニアーデス)』!!」



「ひ、ひぃっ!?」

「怯(ひる)むな、討ち取れ!!」

「迎撃しろ!!」


「待っ――」


 ――なんで私は「待って」なんて叫ぼうとしたのか分からない。


 ローは危機を感じたのか、いつも以上の臨戦姿勢で私の前で盾になる。虎耳と爪、いつもは魔法で隠しているそれが顕現し、肩が、背中が、殺気を帯(お)びる。


 魔法使い達が、血だまりから生まれたばかりのその子猫に、即座に仕掛けた。


「我らが神の敵よ、退けっ、聖閃光(ホーリーライト)!!」

「神は罪を戒(いまし)める、光拘束(シャイニングバインド)!!」


 魔法使いの数人が最速で牽制と束縛魔法をかけて、それに重ねるように弱体化魔法(デバフ)を次々に畳み掛ける――けど、ぜんぶ当たっているはずなのに、効いてない!?

 『其処に在る死(ニアーデス)』は、なんの束縛も無いかのような早業(はやわざ)で、斬りかかった二人の兵士の首と手首を、その手に持ったナイフで踊るように切り裂いた!


 そんな、あれだけの魔法に耐えるなんて、一体どれだけの無効化の護符(アミュレット)を装備して――


 ――違う、護符なんかじゃない、

 その背に燃える青白い光は!? 背負ったその呪いの炎は、何!?


 ...そうだ、さっきから私が【鉄血】で底上げしている【鑑定】すらも通らないのは、きっと彼女の背中を燃やす元凶の紫色の魔法陣、禍々(まがまが)しいあの呪いの刺青(いれずみ)のせいだ...!


 その背中の呪炎のゆらめきで、より深い影に化けた青黒い猫。

 魔法を食らえば食らうほどに呪炎はいっそう燃え上がる。


 溢(あふ)れんばかりの攻撃魔法が明滅する中で、降りかかる弾幕を時に躱(かわ)し、時にその身に受けながらも、身を低くかがめながら、こちらの一人ひとりを品定めするように睥睨(へいげい)する、子猫の瞳とその背中の呪炎。

 まるで蝋燭(ろうそく)の灯りのように不気味にゆらゆら揺らめきながら、やはりじっとこちらを覗(のぞ)き込んでいる......


 ゆっくりと、その猫は順に周囲を見渡して...


 一瞬だけ、彼女と目が合った。


 見開かれた冷たい瞳、絶え間ない攻撃魔法の白光の奥から、間違いなく獲物(こちら)を捉(とら)えた青白い瞳孔。

 彼女は私を、【愛の縛鎖(わたし)】の姿を見て金属製の武器から、木の杭のような武器に持ち替えた。


 そして、もう一方の手から宙へと放り出された――筒(つつ)!?



 魔法じゃ無い、閃轟手榴弾(スタン・グレネード)――っ!?



 ――――!!


 ――目と耳を灼(や)く光と音、それでも私はどうにかその敵影を見失わないように追いかける。


 その薄影は、あっという間に光の中を駆け抜けて、溶け込んだ。

 ...そして、兵士や魔法使い達のこめかみに、首に、襟元(えりもと)から心臓に、次々に杭が突き立てられて、斃(たお)れていく...


 ...激しい衝撃に目と意識を奪われまいと全力の【鉄血】で抵抗(レジスト)すると、きっとあれが彼女自身も灼(や)いたのだろう、彼女の背中の呪いが弱まったせいか、私の【鑑定】スキルが一瞬、通った。


 見えてしまった、見てはいけないものを垣間見(かいまみ)た...



 そのスキルの名は【即死 Lv10】。

 其処(そこ)に、死(し)が在(あ)った。



 光を泳ぎ、死を撒(ま)く、黒猫。

 なぜか怒りや死の恐怖より、一枚の影絵でも見つめているような気分だった。

 触れてはいけない開けてはいけない、書庫の隅で朽(く)ちていくべき、おとぎ話。


 その不思議な彼岸(ひがん)の演目に只々(ただただ)私は、呑み込まれてしまっていた――


 ――...それでも、その絶望に一歩も退かず、それを向こう岸へと押しやるローの背中だけは、唯一わたしを此岸(ここ)に繋ぎ止める、不動の楔(くさび)にも見えて――







「――じょう、お嬢...!! ...ハナコッ!!!」


 ――...痛みの向こうから、呼び声...私は、気を失っていた。

 まだ、さっきの閃光と衝撃音で目と頭がズキズキして、耳が、音が遠い。

 私の肩を抱きつかむローの手の感触が、私を引き戻す。


「...その真名(なまえ)で呼ばないでって言ったでしょ、タロウ」

「ハ...お嬢、大丈夫か!?」


「...っ、あの子は、みんなは...?」

「......もう、血だまりの中に...帰ったぞ」


 暴れるだけ暴れて、残された私とローには目もくれず、出現したあの血だまりの中へとズルリと、ニアーデスは帰って行ってしまった...



 ...血だまり......いけないっ!!



「...なんっ...なのよ...っ!! 痛(つ)っ...ロー!! 急いで救援をここに連れて来て!!」

「ダメだお嬢!! お嬢を残して――」


「――早くっ!! 私だけじゃ蘇生が間に合わない、手遅れになる前に! お願い行って!!」


 もう、勝ち負けの話じゃない。護衛なんてもう要(い)らない。

 少なくともここにはもう、私達以外は死(・)体(・)し(・)か(・)無(・)い(・)。


 そして遠見の鏡のむこう、戦場は全て霧と氷に覆われて、いまだに私の【鉄血】スキルは一切届く気配がない。



 その42階層の荒野に風が吹き抜けて、霧が晴れた。



 白銀の世界に真っ赤に染まりながら、天を仰いで立ち尽くすドラーオン以外はもう、何も無かった。

 彼以外はすべて氷雪の、ただただ平らな一面の雪景色に呑みこまれて......白銀、だけだった――


 ――...そしてもう、魔王たちの姿はそこには無かった。




 その戦いは、私達の完膚(かんぷ)なきまでの、敗北に終わったのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。