おうごんじょう
出発前に、メイに手渡されたのは鉄の取っ手のような何かだった。
「ご主人様、これをお持ち下さい」
どこかで見たことがあるような、と首をかしげながらしげしげと眺めてみたら、ようやく思い出した。
洋式の玄関扉とかに付けて家の中の人を呼ぶ時に叩くやつ、ドア・ノッカーだ。
...えっ? これ、何に使うんだろう? これで誰かを叩けば良いのか? と、それはそれで再び首をかしげていると――
――横からニアがそれを取って、俺の影にニュッと潜って、そして戻ってきて...――
「――付けてきた」
「ありがとうございます! ニア様っ!!」
...えっ? つけてきたって、えっ!? どこにっ!
なんだかとんでも無いものを影の中に取付けされて焦った俺は、うんうんと納得しているティの方を見ると、
「いつか主様は皆の家だと言ったじゃろう? そろそろ問題なかろう、叩き金の一つくらいなら大目に見てやれ」
その答えに、疑問に疑問が増えていった。
俺がみんなの家だから、影の中に、ドアノッカーを取り付けた?? えっ、どういうこと?
納得いくまで説明が欲しかったけど、今日は忙しい。
人族達の警告を無視して【機械仕掛けの真理】に会いに行くという一大イベントが待っている。すこし急がなければ人族達がどんどん警戒を強めてしまうことだろう。
...それにメイがうれしそうだから、まぁ、それならそれで......
わりと今日は緊迫した一日のはずなのに、このひと騒動で俺も訳が分からなくなってしまって、俺とニアの二人は皆に「いってらっしゃーい」と、いつも通りに何事もなく送り出されてしまったのだった......
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42階層には見渡す限り、いくつもの似たような形の城が乱立していた。
砂漠の所々に城が生えている、という感覚だろうか。
城の他には何も無い見晴らしの良い遠景のせいもあって、遠くの城までよく見えて、城がいっぱいあるように感じてしまう。
黒に近い灰色、石か岩のような質感。すべての城が全く同じとは言わないが、離れてみれば区別がつかない外観だ。
そんな城がいっぱい生えているのがこの試練の迷宮42階層である。この城は誰かが建設したものではなく迷宮が提供している、いわば借家(借城?)らしいのだ。
庭はない。周囲を囲む外壁もなく、城のみ。城と城の間は等間隔ではないけれど、一キロくらいは離れているだろうか?
その城が、毎晩ある時間を境に、位置が入れ替わるらしい。
同じ外観の城の位置が一斉に毎日変わる。
つまり、どこに誰の城があるのか分からないし地図も作れないような仕組みらしい。家賃の支払いは不要とはいえ、なんとも不便な借家である。
この借家、誰か地主が管理しているわけでもなく、また数もいっぱいあるからそれぞれが勝手に住んでいるらしい。
ただし、城の中には最低限の水場があるだけで――それだけでも十分にスゴイけど、それ以外の家具やら食料やらは全て自分で持ち込まなければならないので、それなりの財力なり組織力なりがある者達にしか定住はできないようだ。
そんな事情もあって、ここに住み着くのは訳ありの者達だけだ。
同じ住むなら通常は41階層の街の方に住む。42階層は不便な上に、場所が毎日変わるのだから。
つまり、誰も来ない上に、毎回場所が変わることが都合の良い者達が住むのである......全員がそういう者達というわけではないにせよ、他の者もそれなりの理由があって42階層を選んで住んでいる、というのが42階層を知る者達の共通認識だ。
42階層は城しかない。城以外は砂漠である。
そんな中で、一筋の細長い狼煙が天へと登っていた。
あれが43階層への転移門の場所を示す目印であり、転移門の場所も毎日変わるらしい。
そして、その狼煙を上げる係がいるということは、転移門まで誰かに管理されてしまっているということだ......下に行く時に邪魔されなければ良いけれど...
ニアと一緒に、砂漠を歩く。
道具屋のおばあちゃんに方位磁針のようなものを渡された。これが示す先が黄金城のある場所だ。
42階層を歩く時はこんな感じで、道具とか目印とかを利用してそれぞれの目的地の城の位置を把握する必要があるようだ...
「...それにしても、何やってるんだアレ?」
「...砂鉄を撒いてる?」
白装束を着た連中が、地面に砂鉄らしき黒砂をばら撒いていた。
41階層とははっきりと違う、独特な鉄臭さが地面に、風に混ざっている。その原因はあの砂鉄撒きの連中なのだろう。
謎の光景だ。これが畑で肥料をまいているとか、道が凍らないように凍結防止剤をまいているとかならばまだ分かる。
だけど、砂鉄? むしろ健康に悪そうだけど...?
これを長年続けているのか、地面の色が所々不自然に赤黒く、この階層全体がそんな色彩。少し赤が混じっているのは鉄が錆びているからだろう。
なかなかの重労働には見えるけれど、不思議な迷宮にわざわざ不吉さと禍々しさを足しているようで、正直、不気味で迷惑な光景に思えてしまう。
ここが俺の庭というわけではないのだけれど、なんとなく、不穏だ。
気味が悪いから彼らには近づかないようにして、遠くに眺めたまま通り過ぎることにした。
黙々と歩き続けると方位磁針が示す方向に城が見えてきた。
すこし敵城視察も兼ねて二人で城の周りをぐるっと一周してみたけれど、城自体は何の変哲もない城(?)に見えて、方位磁針が指し示す場所もこの城で間違いは無さそうだった。
黄金城と聞いていたけれど、外観は他の城と同じに見えた。
城の正面は大扉、壁と同じ質感はおそらく石製か? こんな重厚な石扉を開け閉めするなんて、実は見た目よりは軽いのか、それとも閉めるのを諦めているのか......
来客を招くように開け広げられたその入り口へ近づいていく。
門番、というよりは案内役らしき人が一名立っていた。執事という言葉を連想する服装だ。
「えっと、大人二名?」
「【徘徊する逢魔】様と『其処に在る死』様でございますね? お話は伺っております」
遊園地のアトラクションか大きな美術館でも思い出すようなその立派な施設の入り口で入場料はいくらかと聞くと、壮年の男性がキレイにスルーして俺達を中へと案内してくれた。
入ってすぐ、その案内は別の制服姿の女性へと引き継がれて、壮年紳士は俺達に一礼して元の場所へと戻っていった。その会社員か事務員みたいな女性が「こちらへどうぞ」と丁寧に応対して俺達をさらに奥へと案内した。
城の中は外の無骨な石造りとはうって変わって、静謐な高級感あふれる光景だった。
鏡のように磨かれた石床、広めの廊下と高い天井が真っ直ぐに奥へと続いている。
薄暗い回廊を優しく照らすのは光源不明のシャンデリア。電気やガスではない、魔法的な明かりか何かだろうか?
途中、左右に別れる十字路は無視して直進、そのまま城の中央に続くのであろう大きな扉の前までたどり着いた。
俺達をここまで連れて来てくれた案内係が言った。
「ここからはお一人で」
「二人で行く」
ニアが即答した。
聞いた話だとこの城の主である【機械仕掛けの真理】は自動人形、つまり人間ではない。
それだけでも十分に怖い話だけど、さらに言えば、俺こと【けんせい】の「対人特攻(?)」が効かない極めて相性の悪い相手である。
いざとなればニアならば魔法で戦える。だが俺は無理だ。
人形に呼吸は無いし、骨格や関節も人間のそれでは無く動きが一切読めない。
俺が弓矢を避けられるのも、それが人の作ったもので、人の手で引き、人の殺気で放たれるからだ。ロボットがいきなり指から弾丸を連射してくれば俺にはたぶん避けられない。
戸惑う案内係の言葉を鋭い視線とともに拒絶するニア。
「ですが...」
「問答無用」
上司に命令されているのであろう案内係には悪いのだけど、俺も「二人で」と促した。
案内係は目を閉じて、耳飾りへと手を伸ばした。
その簡素で小さな金の耳飾りは通話装置か何かなのか? 案内係はそのまま黙ってどこかからの指示を受けているかのように見える。
やがて、少しだけうなずくように顎を引き、耳飾りを中指でトントンと二度叩いた。どうやら指示に対しての応答の合図を送ったようだ。
「...失礼しました。ここから先はお二人で、そのまま中へ真っすぐにお進み下さい」
案内係がそう言って、目の前の大きな扉を開いた。
金。
黄金。
扉のむこうにはその輝きであふれていた。
広間に真っ直ぐに伸びた赤い絨毯、その先に玉座? だけど誰も座っていない。
そして問題はその左右。広間を囲んでいる金、金、金。金の像やら金の武器やら金の装飾品やら防具や衣装やら、家具や用途不明の物体までもある。
地面には無造作に金貨がざらっと山のように積み上げられて、とにかく金。
広間というより宝物庫か? たぶんこれでも磨き上げられ管理されているものなのだろうけれど、それにしたって無秩序に、置き場に困ってただ敷き詰めているようにも見える。数が多すぎるからだろう。
そして、ハッとして、ゾッとした。
確か、【機械仕掛けの真理】は金を操るんだったよな? この周りの全てを操るって、つまり俺達は今、銃口にでも囲まれている絶体絶命な状況だってことなのか!? あの量の金貨が飛んでくるだけでも俺は死ぬ...
それならこの状況って、威嚇があからさま過ぎないか!?
しかし、まだ続きが有った。
広間の中心で、俺が気づいたのに合わせてこちらにお辞儀をしてきた別の女性。
その真上から、何かが降りてきた。
クルクルとドリルのようにゆっくりと回りながら、地面へと伸びてくる螺旋階段。
階段の幅はせいぜい一人分、いまいち原理が分からないけど、天井から伸びる金の棒に付いた無数の金の足場が階段を形成している。しかもそれが、上と導くエスカレーターみたいに螺旋を上へと描きつつ、だまし絵のようにウネウネと棒の周囲を回っている。
やがてその階段が、接地した。
「こちらへどうぞ」
と、広間の中央で控えていた女性に言われたので、俺とニアでその謎のエスカレーターに乗る。
二人で「おー」っと声を漏らした。歩かずとも、勝手にくるくると上へと導かれる俺とニア。手すりが無いから高さに少し足をすくませながら、上へ――
――...俺達は【機械仕掛けの真理】についてほとんど何も知らないが、彼女は俺のことについては既に知っているようだ。
あの道具屋のおばあちゃんとの会話や、先ほどの案内係とのやりとりのように、彼女は金貨や道具を通じて遠隔の情報を拾えるらしい。
つまり、やろうと思えば盗聴だってできるということらしいのだ。なんていやらしい神の使徒だ。
世界中の金持ちや商人が、あるいは一般人が金貨の近くで囁く「俺について」の会話やうわさ話について、彼女は全て知っているのだろう。
人族の有力者が口にする魔王の話なんて、ほとんどが悪いうわさだろうけど。
それでも、彼女は俺に会いたいと言ってきた......悪人が好きなのかな?
道具屋のおばあちゃんは「誤解は解いたつもりだが...」と、なんとも不安になる沈黙付きで俺を安心させようとしてくれた。
――そんな不安な気持ちいっぱいで、今、螺旋のエスカレーターをグルグルと上に昇っている。
天井の細穴を抜けて上階へ。着いた場所もまた広間。下層と似たような作りと広さだが......
...今度は何も無い。
薄暗い広間に、天窓からそっと光が差し込むのみ。石造りの床や柱は磨かれたように綺麗だけれど、一階のような黄金の華やかさは一欠片もなく、部屋一面を薄闇と静寂が包むのみ。
なんだ、光と影みたいな演出か?
それならせめて光の方を後に出せ、上げて落とすな気分的に。
そんな俺の心の抗議などしらずに、広間の奥から返事をする女の声。
「私室に男性をご案内するのは初めてです。ドキドキしてしまいますね」
「...こんな玉座の間(?)を私室と言い切る存在に、いま俺もドキドキしているぞ?」
先ほどと同じ最奥の玉座の位置、先程よりは質素だが立派な椅子に......は座らずに立ったまま俺達を待っていた人影。
黒いドレス。上品だけど簡素、袖や飾りは白。頭のティアラを取ってしまうと、遠目には使用人だと言われても信じてしまいそうになる凛とした立ち姿。
そうだ、たぶん直立して両手を腰前でそっと添えたその身構えが、城の主の威厳よりも、先ほどの従業員たちにも近いような丁寧な雰囲気を出しているのかもしれない。
だが、彼女こそが間違いなく【機械仕掛けの真理】だろう。
その構えに隙がなく、気配が薄く、そして......呼吸が無いからだ。
「私の名前はエニーグマと申します」
やはり、人形とは思えない美しい声。
キレイすぎるのがかえって俺の警戒心を増していった。作り物の精度の高さは脅威として俺の心を揺さぶっている。
ゆっくり、深く一礼し、それからスッと手を前へと差し伸べる。ここまで来いという合図だろう。
俺は前へと進み、その斜め後ろにニアが続いた。
静かな広間、その床の柔らかな絨毯が俺達の足音を消す。
天窓から降る光が一番にぎやか......でも無かった。一番はやっぱり、目の前のあの人形だった。
俺達の正面で、身振りをつけて誘う【機械仕掛けの真理】。
差し伸べた手を今度はゆっくりと胸前に寄せて不安をのぞかせる仕草。
そして、正面から斜め下へとそっと視線をそらし、再び正面を見つめ、不安に抗う姿勢と覚悟を見せる女優のような佇まい。
さらに胸前から、次は両手を前に......って、やかましいっ! おとなしく待てっ!
なんだお前は、ミュージカル映画か何かかっ!?
その質素ながらも美しいドレスと、キレイな顔立ちと声、立ち振舞いの全てが総合的に「わざとらしい」!
映画よりもむしろ、名作RPGのヒロイン登場みたいなシーン、さながらCGでも見せられているようだ。
魔王にさらわれる前か、世界の生け贄にでもされる前の、ここで感動しろとでも言っているような名場面を見せつけられているような気分だ!
上手いよ...あざと可愛いというよりも、見事也、と言ってやりたい品質だ......そして、それは誰のためだ?
...俺? 違う。俺を魅了するためならば、俺を見て、俺の反応に合わせて演技するべきだ。気味が悪くて俺はむしろ警戒している。
それは、自分が演じたいだけだろう? ...何を?
前に差し出した両腕、かわいらしい微笑み、全身で包み惹きこむような所作と、俺の心を読んだかのようなその台詞、
「人を、知りたいのです」
そして、カッと見開いた両眼から発された閃光と、明滅。
歪む視界、飛ぶ意識――
――自動人形を相手に一対一で挑むというという難題は、まだ人類には早かったらしい。




