みんなわがまま
迷宮都市での夜の密会の後、俺とシータはそのまま都市の逆側へ、42階層へと進む転移門がある方角へと都市を抜けた。
この41階層の都市では俺もシータも襲われまくりだったから、いっそのこと、もう夜中のうちにさっさと41階層を抜けてしまおうと思ったんだ。
店を出た時にまだ案内役の灰猫さんが待ってくれていたので、その思い付きを言ってみたら、彼女が都市の反対側の門への案内を快諾してくれた。
途中、何度か恐ろしいほど叩く棒の出番があったけれど、それでも灰猫さんと闇夜のおかげで順調に都市の外まで抜け出すことに成功した。
そして43階層の転移門とは違う方角へ、人気の無さそうな場所まで歩いてから俺の【白昼夢】の霧を呼び出した。
灰猫さんも一緒に来て夜勤明けの朝食でも一緒にどうかと誘ってみたけど、彼女は「わたしの居場所はここっすから」と、笑顔で辞退された......別に、入っても帰れる安全な霧ですよ?
でも、それだけ灰猫さんがあの都市が好きなのだろうということが分かって、なんとなく、少し心がほっこりした気がした。
いつも人目を避けてこそこそ使っている【白昼夢】だったから、霧の我が家に帰る所を誰かに見送ってもらったのは初めてだったかもしれない。
今度、あらためて彼女やお世話になった方々(泥人さん?)にお礼を言おうと思った。
家に着いた頃にはもう、ほんのりと朝日が昇りはじめていた。
メイが用意してくれた温かいスープを飲んで、部屋に入って、倒れるように眠りについた。
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疲れていたのか目が覚めたのは昼過ぎ、というよりも夕方にも近い時間帯だった。
遅すぎる時間だけど、ひとまず起きて庭に出た。
最近は昼間は扉が開きっぱなしになっている氷室の中の様子を見ると、いつも通り広間の真ん中のお布団でローナがスヤァと眠っていた。幸せそうな寝顔である。
彼女はお昼寝中であり、お仕事中でもある。彼女の仕事はこの氷室の魔力を安定させることだから、あれが彼女の主業務(?)なのだ。
...これで夜もしっかり眠れるのだからスゴイと思う。このままいっぱい眠ってすくすく育って欲しい。
そのまま氷室のそばに、お花畑を見ながら腰を下ろした。
庭のあっちの方では見たことある森人と小人と、見たこと無い大男とモフッとした何か(?)が四人テーブルを囲んでいて、この夕方近い霧の河原で、優雅でまったりとした時間のお茶を楽しんでいた。
その河原の片隅では帽子人達が、また何か怪しげな壺を煮込んでいる。優雅なひとときを返せ。
サキとユキが俺の両隣に座り、サキが俺の頭の上にスライムさんを設置した。
そして、三人並んで体育座りをした。
そして無言で座る三人と一匹。
正直、今の俺は何か口を開いてもろくな言葉が出て来ない自信がある......
...考えれば考えるほど頭がぐちゃぐちゃになるだけだけど、何も考えずにわり切れるほど俺は人生を悟れちゃいない。
怒り、理解、理不尽、同情、同族嫌悪。
いっそ自分と似ても似つかぬ何かが相手の方が諦めもつくのだろう、それこそ雑草でも引きぬくように......
...俺の頭の上のスライムさんが、俺の頭をムニムニしてきた。
あぁ、食べられるぅ、甘噛み(?)はやめろぉ......
...昨夜の話でも、人族がどういう事情で何を考えているのかは分からない。
だけど結局は、わがままをぶつけあっているらしいことは良く分かった。
俺だって最初は俺のわがままだけでサキとユキを奪って人族にケンカを売ったわけだけど、それがあっても無くても関係なしに、どうやら俺は魔王ルートからは逃れられないようだ。
ハァ〜......それで? 世界を滅ぼせ?
そうやって、関係あるものも無いものも巻き込もうと言う腹づもりならば、いっそ、あの都市の地下にいらっしゃるという泥人先生よろしく手当たり次第に人族を一匹づつ地の底へとひきづ
...りぃ...
...こ、ん、でぇ〜......
ちょっとぉ、スライムはぁん、あたまをムニムニするのはいったんやめぇ、ろぉ...
...やめぇ......な、いでぇ......
...どうやら今日のスライムさんは、「俺の負の感情を検知して揉みほぐすマッサージ機」として俺の頭の上に載っているようだ。
ある意味、不思議な帽子か、とても親切なフェイスハガーみたいなものだろうか?
昨夜の「全体的に負」だった会話の中で、どうにか口に出しても大丈夫そうな言葉を取り出して俺は口にしてみた。
「...世界が優しいわがままで溢れると良いね?」
サキとユキもうれしそうに「そうですね!」と言ってくれたので、俺もちょっぴりうれしかった。
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日が沈む頃に、人族からの急使が来たらしい。
正確には人族の三大宗派の一つ、青き鎖――昨日シータの案内役として接触してきた連中から、ティ達に対して提案というか、要請があったようだ。
その要請内容は「【機械仕掛けの真理】との接触を中止、もしくは延期せよ」というものだった、とティが言った。
「ところで、主様は何をやっておるのじゃ?」
「何を? ...それはこの妖怪『邪気吸い』と『背登り』のことか?」
「出遅れた」
意志を持った装備、ムニムニ帽子と猫耳しっぽ付きリュック、とも言える。
帽子のほうは昼から載っていて少し重いけど、なんだか頭が気持ち良いのと邪気が吸われ足りない気がしているので、まだ載せ続けている。
リュックのほうは、昼に蝶を追いかけていたら間に合わなかった分をここで挽回(?)する意気込みらしい。
それはさておき、ティは俺にあちら側の提案内容について説明した。
「主様が【機械仕掛けの真理】のやつに会うことを契機に、最終決戦とやらが勃発するらしい。
まったく......それがどちらにとっての最終になるのか、その身を以って知りたく無くば、おぬしらがわらわ達に触らぬようにせよと言ってやったわ!」
売り言葉に買い言葉である。
いや、一応、むこうは忠告のつもりで、わざわざむこうの内情を昨日の今日で知らせに来たわけか...?
昨夜の謎少女の件とは関係無しに、青き鎖も彼らの意思で来たのだろう。
「だけど、ティではないけど、そっちが来るなら俺達だってやつらを遠慮無く血まぁ...つぅ...ぃ...」
「...本当に、おぬしらは何をやっておるのじゃ」
頭を帽子にムニムニムニムニされぇ......
「...てけれっぱ?」
「...それが邪気吸いか? 何か色々と大事なものまで吸われてしまっておるように見えるがのー」
俺がイラっとするタイミングでスライムさんが頭をムニムニしてくるおかげで、さっきからぜんぜんイラっとできない。あと、ニアは温い。
「...まぁ、冗談はさておき。そっかー、最終決戦、かー...
シータに接触してきたのも含めて、その青のなんとかは非戦派で、昨夜のやつはどっちかというと好戦派? いずれにしても俺達をどうにかしたい人達がこの41、42階層で待っている、ってところかー」
「そういうことじゃな」
「俺も別に、誰かを困らせるのが好きな人ではないつもりなんだけど......かと言って、敵対する彼らに、彼らの一方的な都合を押し付けられてもなぁ。
仮にここで俺が引き下がっても、また別の何かを次々に押し付けられるだけな気がするし、10階層やら21階層やらの人族達を見た限り、いまいち信頼できないし...」
「まったくじゃな」
「その青のなんとかさんについては、ティはどう思うの? これまで裏でやり取りしてきたんだよね?」
「それはどうでも良い。主様がどうしたいかじゃ」
「いや、どうでも良くは...」
「主様は考えすぎじゃ。いや、譲歩しすぎじゃ。
やつらが表向きは『争いを避けるため』などと言ったところで、裏にはやつらの利権や思惑があるだけのこと。
そこから最も聞こえの良い理由をわらわ達に言っておるだけじゃろう。
それが分かった上で、協力できることだけは協力してやる、これはお互い分かっていてやっておることじゃ」
「...半歩ずつ譲りあうからこそ、狭い道でもぶつからずに済むのだろう?」
「わらわは青き鎖とやらはそれなりに評価しておる。ゆえに半歩譲って、お前達こそがいち早く逃げよと助言してやったのじゃ。
これから狩る獲物に対してわざわざ声をかけてやる狩人などおるまい、そうじゃろう?」
「...たぶん、むこうも同じように思っているんだろうね。これから狩る俺達に対して、死にたくなければ逃げろ、って」
「昨日、シータを襲った愚か者共の末路をわざわざ見せてやったのにか? ...あぁ、その泥人が没収した連中、青き鎖に引き渡してやったが、それで良かったかの?」
「え? うん、それで良いと思うよ? ...俺達よりも、その青き鎖の人達の方が上手く使うんじゃないのかな」
41階層の地下を掌握しているのであろう泥人。
足元を既に「魔王側」の勢力が支配しているという驚愕の事実も青き鎖を揺さぶっただろう。きっと青き鎖の皆さんは昨夜か今朝にでも会議をした上で、わざわざこちらに「急使」を送ってきたんだ。
それでも、俺達への要求が「【機械仕掛けの真理】に会うな」だけでは、なんだか中途半端すぎる。
いっそ俺達に警告などせず、黙って罠を張った方がまだマシだ。
それに、俺達を引かせるにしても理由が足りない、「会うな」の一言で俺達が引くと本気で思ったのか? それで俺達に何の得がある?
それでも「会うな」と伝えたかった......こっそり俺達に襲いかかるよりは、少しくらい勝率を下げてでも襲いかかることを宣言しておいた方がまだマシ、さらに俺達が引いてくれたなら大成功ってところだろう。
これまでの「とりえず魔王のせいにしておけ」と違って、「できれば戦いたくないんですけどぉ」と言っているような気さえする。
勝手に憶測を重ねている俺に、ティが呆れた。
「また面倒なことを考えておるのじゃろう?」
「面倒って言うなよー。でも、ほんと面倒だよー」
ちなみに、ティに謎少女こと【孤高の徒花】について何か知っているかと聞いてみたけど、名前しか知らないと言っていた。
滅多に現れない神の使徒らしく、帽子人ならば何か知っているのではないかという話だったから、また次に河原に出没した時にでも聞いてみようと思う。
結論から言えば、俺は【機械仕掛けの真理】に会うことにした。
人族の言い分よりも、道具屋のおばあちゃんの要望を優先した。
ティとニアに相談して、42階層に行くのは俺とニアの二人だけにすることにした。
基本的な戦術に「逃走」を選んだからだ。
嫌な言い方かもしれないが、全力で逃げ切るだけならば足手まといはいないほうが良い。みんな身体能力は高いけど、魔法や飛び道具への対応には少々不安が残る。
逃げ道を開くのは俺かニアの【白昼夢】スキルになるのだろうから、いっそこの二人だけで行った方が安全だ。
独自の移動手段を持つっぽいティも連れて行っても良いけれど、彼女には万が一に備えて我が家に待機してもらいたい。
もし、大勢で行くくらいなら、いっそみんなで行けば良い。総力戦だ。
そしてティの眷属達の力も借りて、さらに目的地も【機械仕掛けの真理】が待つ黄金城とやらではなくて41階層の迷宮都市、そこを制圧した後に42階層へと攻めこむ。場合によっては地上の人族達へと進軍だ。
...正直、どちらが正解かは分からない。
だけど俺は今回、逃走を選んだ。逃げ切ってしまえば、あとは迷宮の下へと雲隠れするつもりだ。
戦いたい奴らだけで好きなだけ勝手に争い合えばいい、そして俺は戦いたくは無い派だ。俺達をお前らの趣味に巻き込むな。
頭の上のムニムニ帽子も俺の意見に同意するようにムニムニしてくれたから、俺はその方針で他の皆も納得させたのだった。




