そうだんやく
そこは客が誰も居ない酒場だった。
客もいないが、店員とかも、俺達以外には誰も居ない。
貸し切りというよりも無人である。俺を呼んだ張本人らしき一人の人影を除いて、だが。
...どうでも良いけど、待ち合わせ場所がなぜ、また、酒場?
俺、この世界で酒場にしか行けない呪いとかかかっているんじゃないのかな?
シータが俺に、「昼に俺を案内した奴の一人です」と説明した。つまり、謎の案内人アールなのだろう。
少年のような服装の、背の低い女。
その謎少女が自己紹介(?)した。
「【勇者】と魔王に関する案件で、作戦を立てたのはほぼすべてボクだ。それがボクの役割なんだ」
「主、こいつ殺しますか?」
即答したシータに少し驚きつつも、すぐに止めた。
「待てシータ。こいつが一人で来ている時点で、こいつを殺した所で無駄だということだ」
こいつは俺が魔王だと分かっていて会いに来ているのだろう、わざわざ言わなくても良いことを言って死にに来た訳でもないだろう?
...いや、むしろこいつの目は......
嫌な目をした女が、なにやら挑発でもするかのように話を続けた。
「...だけどね、脅迫、暗殺、だまし討ち、ボクの助言は全部、過去に人族がやった戦術をそのまま繰り返しているだけなんだよ?
あいつらにただ、やり方は知っているくせにどうして今すぐに、もう一度繰り返さないんだよ! って助言してやっているだけなんだ」
物騒な助言しやがって。
...やり方を知っていることと、選ぶかどうかは別問題だ。
「選ぶ」方へと誘導しようとするんじゃねぇ。
「...ねぇ、なんでやらないんだろうね?」
こいつの問いかけなどどうでも良いが、隣でシータが眉間にしわを寄せているから、俺はシータに答えてやった。
「...戦いは手段で、目的は別にあるからだ。
目的が領土にせよ食料にせよ、勝利した後にそれが手に入らなければ意味がない。
恨みに煮える民や毒入りの食料を手に入れた所で、勝った意味などない。
戦争もケンカもただの交渉だ...と言われている。それが終わった後のことを考えて、『普通は』互いが互いの節度をもって戦うものだ」
そして、謎少女が否定する。
「違う。『普通は』戦っている当人達は、あとの者達、残された者達のことなど考えない。
焦土で立ち尽くす遺族たちのことや、敵の恨みを背負い続ける子孫たちのことなど、考えない。考える余裕なんて無い。
正義は建前、勝利が目的だからだ。
戦争もケンカもただの愉悦で遊びで暇つぶしだ...とボクの友達が言っていたよ。
そう、自分がただ勝利することしか考えないんだ。
なぜなら、そもそも――」
「――そもそも、前線で戦う駒は戦いを決断した者達ではなく、消費される弱者達だ」
「そして戦いを望む者達は自分の愉悦だけ。みんなのことなんて考えることはない」
「そもそも、後先のことを考える者達ならば」
「相手のことや仲間のことを慮れる者達ならば」
「金にせよ自尊心にせよ、かなぐり捨ててでも」
「もっと大事なものを守ることを優先して」
「「戦争など、起こさない」」
「...なんであんた達、同時なんだよ?」
シータに突っ込まれたが、俺もなぜだか分からない。親近感?
そのままそいつは演説を続けた。
「君達は時間を置けば置くほどに強くなる。
【徘徊する逢魔】とその部下達は信頼で繋がるからだ」
なんだ、こいつ急に。照れるじゃないか、みんなは俺の部下なんかじゃないけどな。
「一方で、人族は集結する程に危うくなる。
人族はかけ引きや騙し合いで繋がるからだ」
なんだなんだ、こいつ。でも俺も、わりとそう思う。
「だから、ボクは勝負を急いだ。
...まぁ、君達が相手でなくても、ボクのやることは変わらなかっただろうけど、ね......」
なんなんだこいつ。だが俺が最も困ることを、こいつは知っている......ような気がする。
そしてこいつは、聞いてもない「理由」を俺に説明しだした。
「...小さな問題は、より大きな問題が起これば目立たなくなるよね?」
「...魔王がいれば、他の問題は全部目立たなくなる、と?」
「自分達の手抜きや失策、汚職や専横もぜーんぶ、魔王に比べれば全て全く大した問題ではないんだ」
「...そして魔王がいれば、外敵に対抗せんと内部は結束せざるを得ない」
「自分達がサボるために、敵が、魔王が必要なんだよ!」
「だが、致命的にまぬけな作戦だ」
「そう、団結しても勝てない敵が相手だったら、もう、おしまいだ!」
勝てない敵。
矛盾している。おまえはそれを、倒す係じゃなかったのか?
「...それでも、みんな、今を生きることで精一杯なんだ」
矛盾している。お前、人族には未来が無いみたいな発言をしていなかったか?
「みんな力を合わせて、未来を手に入れようと必死なんだ」
矛盾している。互いに食い物にしている、みたいなことを言っていなかったか?
「...そして、そのみんなの中に、未来の中に、ボクは...」
...いない。これは本音。
なんだ、その目。まるで、俺が最期に見た、鏡に映った目。そして...
「ねぇ、正義のために死んでよ、【徘徊する逢魔】コージ?」
「人に頼まずお前がやれ、【孤高の徒花】リーセロッテ」
理由は分からない、まるで呼吸するように【鑑定】して、されてしまっていた。
互いの立場やスキルとか関係なく、ただ、俺達は共感してしまった。
リーセロッテは俺を試すように、確認するように問いかけた。
「...ある商人が、人々の幸せのために物を安く売った。
さて、彼は正義か、それとも悪か?」
...正義か悪? 善か悪だと思うが、それより...
「...その価格のせいで競争に敗れた他の商人や、安いという触れ込みでもなお手が届かない買い手達にとっては、悪だ。
安くて良いものを得たと思った者にとっては正義、商品が期待はずれだと感じたものや、安くなる前に買ってしまった者達は、やはり悪とみなす......かもしれない」
「そう、正義か悪かは周りが勝手に決める。本人の意思は関係ない」
「...より耳目をかき集めた方が、正義だ」
「楽しくて刺激的で、分かりやすくて耳触りが良いのが、正義」
「宣伝、扇動で支持者を集めて」
「正義にならなくちゃいけないんだ」
「...おまえ、何が言いたい?」
「ボクは正義のために戦っている。人族の望む、正義のままに」
「...俺のいないところで勝手にやれ」
「そうだ、君のせいだ。君のせいでボクの計画は、本当にもう、台無しだ...グスッ...」
「......」
「...スン。計画通りだった。やつらが望むものを与えて、やつらが無視している道を塞いでやった。
未来と引き換えに、仮初めの成果を与えてやった。
目の前のエサに喜びながら行き止まりめがけて突き進む、自称、選ばれし者達、人族!
自分のわがままを正義でひた隠そうとする、ケダモノ達!!
子供の皿に毒を盛って、それをっ...正義、と......!!
...かつて、その選ばれし者達の、最初の王様はこう言ったそうだよ。
願わくば、優しいわがままで溢れんことを...
...だってさ。
そしてそれが王族、力ある者達の務めなんだってさ。
フフ、そりゃそうさ。そんなの分かっているさ。
......だけど、ボクにはできない。ゆるせない。
...生き返ったことが、その証左だった。
『恨み持つ限り、不死』
それが初代勇者と戦った、魔王のスキルだよ」
「...そうか。俺のいないところで勝手にやれ」
「ははは、そんな冷たく突き放さないでよ」
目の前に立って、リーセロッテは俺を見上げて言った。
「次がボクの最後の作戦だ。
42階層、【機械仕掛けの真理】の住まう黄金城。そこが君を襲撃する場所、君がそこを訪れた時が決戦の時だ。
...そこに君が行かずに素通りするなら、きっと人族達はもう、君には追いつけない。
おすすめは素通り、願いは決戦だよ」
そして、俺の服の袖をつまんで、うつむいたまま奴はつぶやいた。
「だけど、もし、君が本当の魔王なら...」
奴の手は、肩は、震えていた。
そして吐くように小さく弱々しく、だがはっきりと、つぶやいた。
......。
そのまま、うつむいたまま小さな肩を震わせて、俺の横を通り過ぎていった。
...もう言いたいことは全て言い切った、吐き出したってところか......こんな所へ呼び出してまで、なんて迷惑な奴なんだ......
そして遠慮がちに弱々しく、申し訳なさげに顔だけ、奴は振り向いた。
やつれきった笑顔。だが、やりきった顔。
気の抜けた力ない瞳の下には深いくまが刻まれていた。
今にも倒れそうなくせに、喜びを得た、険しさのとれた顔だった。
「やっと誰かに押し付けられた。
はは......サイテーなわがままだ......
...だけどこれで、君が勝っても負けても、もう、
やっと、ボクには、悔いは無いよ。
はは、は......」
満足したように口元をほころばせて、そして去っていった。
店の扉を肩でキィと押し開いて、そのまま退場した。
「良かったんですか、主......逃がしてしまって」
「放っておいても、奴はもうじき、終わる」
「えっ!?」
「あいつは辞め際に、引き継ぎ先に顔を見せたかったのだろう。自分の仕事はもう、俺か、俺の仲間達がやり遂げる。そう信じている顔だった」
アイツにとっての一番近い存在が、殴りあっている俺だったんだろう。
同士? 仕事仲間? 敵? とにかく、他にはいないんだ。他にはもう、顔を見せる相手がいないのだろう。
「...さっきから、主、なんだかその、おかしいですよ?」
「全員敵。終わりたい」
「......」
「そういう目をしていた。毎朝、毎晩」
つまらない、にくい、つづけるいみがない、こわい、つらい、おわり、おわれ。
「俺の目」
もう終わろうと覚悟を決めた時、ようやく安寧が訪れた。
――だけど、もし、君が本当の魔王なら...
こんな世界なんて、滅――
シータの右拳が唸りを上げて、咄嗟に出した俺の右掌に炸裂した。
「...お前の剛腕で殴られたら、俺の顔が無くなる」
「それならさっさと目ぇ覚ましてくれませんかね、主?
...魔王とかどうでも良いッスけど、
あんた、
俺の、憧れなんスよ!!
そんな腐った目ェされると、
迷惑なんスけどね!?」
「っ!? ......悪かった、シータ」
分かったから、そんな恥ずかしい台詞をまっすぐ浴びせてくるな...
「分かれば良いんです、主。
...いきなり殴ってすみませんでした。
...できれば、あんなには簡単に止めないで欲しかったですけど、ハハ...」
無茶言うな、死んじゃうだろ。
シータの激しいツッコミで目を覚ますのと引き換えに、打撃で痺れてジンジンする右手をさすりながら、俺達もその酒場から退場したのだった。
(彼女のお話については2話あとになります。
あと、案内人アールはLiselotteではなく、ResetのRです)




