よるにうごめく
帰宅してから読む手紙でその日の夜に面会を求めるなんて、しかも主を相手に...
申し訳ないと謝る俺に、主は「シータが謝ることじゃないし、むしろ帰ったそばからもう一度街の案内を頼むことになるなんて、シータにこそ申し訳ない」と労ってくれた。
面会に指定された場所は、昼間の「後半の部」で案内された裏通り。
場所自体は分かりやすい、ただ、昼間でもあまり行きたくない場所だった。
さんざん案内人達に脅されたのもあるけれど、あの街の裏通りはなんだか......嫌な匂いがしてくるんだ。
ティ様は「もう明日でよかろう」と面倒くさそうに言っていたが、結局、指定された面会場所へと行くことになった。
わざわざ他の案内人の目を盗んで今夜を指定したことに意味があるのだろうと考えてのことだ。
...というよりも、主の「もう面倒な予感しかしないから、さっさと済ませよう」の言葉が決め手になった。
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夜の街。
あれだけ人で賑わっていた場所に誰もいないのは、さみしさよりも少し奇妙な感覚をおぼえた。
たしか、街灯と呼ばれるもの。先端に灯りがついた細い柱が等間隔にいくつも並んで街路を照らしている。
20階層の街にも街灯はあったけど、あっちはもっと数が少なかった。夜でも開いている店が多かったというか、表通りのほとんどの店は夜明け近くまでやっていて、通り全体が明るいままだった。
こちらの街も街灯で明るいが、静かだ。まばらに開いている店も騒がしさは無い。
そういえば昼の案内で夜専門の区画があると言っていたから、そちらに人が集まるのかも知れない。
疲れ果てた街が死んだように眠りについている......なんて思ってしまったのは、昼間に目撃した襲撃事件や案内人達に聞かされた街の暗い話題のせいなのかもしれない。
それに、俺のいた21階層だと店のある集落と皆の住む里は別の場所だが、こっちは全員がこの都市の中に住んでるらしい。
それなのに、あれだけの人数がいてこの静けさは何なんだ? まるで魔物か賊の襲撃に怯える村みたいな、息を殺した静けさだ。生活感を感じない......
...主がいたのも、こういう都市だったのだろうか...?
石畳の道を相変わらず足音ひとつ出さずに歩く主。
だけど、迷宮の森や雪原を移動する時以上に、この街の景色にはまるで興味が無さそうに、いつになく自然に歩みを進めている主の姿が印象的だった。
都会に馴染んでいるというよりは、そこに存在しない幽霊みたいに見えたんだ。それはそれで、なんとも主らしい気もするが......
...いや、ダメだな、それは。
もし、もう一度ここに来る機会があれば、サキとユキ、またはニアねーさんに頼んで、ちゃんと主を連れ回しておいてもらおう。
あの屋台の料理でも食べれば、主もみんなも喜ぶはずだ。
「...シータ、油断するな」
「あ、すみません主! ...どうしましたか?」
俺が勝手に主の予定を考えていると、主が周囲の様子に眉をひそめた。
「気配が......違うな、たぶん俺の【はいかい】スキルが警報を鳴らしている、ような気がする」
主の【はいかい】は、主自身にもよく分かっていないという特殊なスキルだ。
ニアねーさんも【魔導】で同じことができるらしいけど、それは魔法であって、主のは魔法では無いという違い(?)があるらしい。
よく分からないが、主の【はいかい】は常時発動できる神が与えた加護や奇跡のようなスキルではないか、と帽子人達が楽しそうに議論していた。
今、その【はいかい】が警報を鳴らしているという。
「...引き返しますか、主?」
「......いや、行こう」
そのまま夜の街を進む。
石畳の街路に、隙間なく立ち並ぶ建物、緑と土がほとんど無い。
主の警告もあってその静寂がますます不気味にまとわりつくようで、道を強く照らす街灯でもそれはまったく振り払うことができていない。
不気味だ。人の手で作られた世界、沈黙、そして闇。
だけど、やはり主はその闇の街並みを、道案内の俺よりもよほど勝手知ったる我が道のように迷いなく歩いて行く。
細い路地に入った。
そして、目の前に立つ、人族の戦士。
「...あの時以来であるな、魔王殿」
...忘れもしない、こいつ、俺達を襲った人族の中の一匹だ...!
そしてあの時、21階層で主に罵倒されていた中で、こいつは苦渋の顔で......いや、今はそれは関係ない。
あの時と違って立派な装具、白銀の鎧、白の外套、街中には場違いな格好だ。遠征用の軽装ではなく、決戦用の重装だろう。
そして、左手の杖。仰々しい装飾と魔石で作られた、何かの強力な魔道具だろう。
そいつが主に、勝手なことを言い続けた。
「貴殿の捕獲を命じられたが、俺には不可能だ。手段を選ばず、必殺の覚悟で当たらせてもらう。
......望まぬならば、ここで引き返されよ」
「主――」
「下がれシータ。強者だ。俺がやる」
いつもの主には無い張り詰めた声......
そして人族の戦士がその左手の杖を石畳に砕き突き立てて、杖の先端が白光する!
「...魔法を封じる杖、か?」
「...恥も知らぬ卑怯な策であることは承知! だが、我らが神にかけて引き下がることは許されぬ! ...ゆえにここで――」
思いつめた苦渋の顔の男、その様子に目を丸めた主。
そして主は何を思ったのか、一瞬だけ哀しそうな顔をした後、いつもの魔王らしい口調で一笑に付した。
「フッ...ハハハハ! 正面から挑み何が卑怯か!? 勝ち目なき相手に策を弄することは道理! だが足りぬっ! それでは俺には届かぬぞ!
...それでも貴様がなお引き下がれぬというならば、この【徘徊する逢魔】が引導を渡してくれる...!」
...主は甘い。甘すぎる。
どうせまた「あいつも仕事で引くに引けないのだろう」くらいに思っているんだろう?
だからって、正面から受け止めて、やる気まで出してやる必要なんて無いんだぞ? ...本当に、この人は。
そんな主の言葉に驚いていた男が、その目を伏せて、うつむいて何かをつぶやいたようだが、何を言ったのかは俺には聞き取れなかった。
そして剣を抜いて、殺気を込めて、主を睨んだ。
「...参る」
「来い」
飛び出した男、剣は上段、だが、
「...!? ...グハッ」
主の右足が槍のように男の腹を突いていた、疾ぇっ!? あれが主の本気の踏み込みか!?
その二人分の激突の威力に男は下に崩れる――そう、主の打突は吹き飛ばさずに貫いて、身体の内で炸裂して全身を駆け巡る猛毒だ。 ...あれはもう、終わった。
――だが、男は倒れなかった。そのまま飛び込み前転して、距離を取った!? なんて根性だ!!
一撃で死地へと追い詰められた男、距離を取ったはずが、主は一瞬で目の前に、ほぼ無意識で出たであろう、片膝立ちからの必死の刺突を主は通りすぎるようにスルリと躱す。
再び腹に蹴り、男の身体が一瞬、浮いた。
男の口からは最早、うめき声すら出なかった。そのまま立ち上がれず、そしてぐにゃりと倒れ伏した。
...横倒しの男の鎧、その腹の部分が陥没してやがる......しかもそれが一箇所ってことは、寸分違わず同じ場所への蹴り。
あれは鉄槌、いや、事故だ。鎧で防げるものじゃねぇ! ...その一手一足がすべて必殺の技、それが主だっ。
地面に突き立ったままの杖の先端で輝く魔石が、主の回し蹴りで砕け散った。
「...主は、蹴りも使うんですね?」
「時と場合によってすべて使う。 ...いや、今回は、こっちを付けそびれてしまったからな」
主が【まほう】で銀の護拳を取り出した。
「...そうだな、魔法が封じられたら色々と取り出せないことも考慮しなくちゃ。今回は良い教訓になった」
「――ポコピー様っ!!」
上から飛び降りてきたのは、昼間の猫族の案内人の、ナキさんだった。
彼女は俺達の様子を遠くから見守っていた所、さっきの魔法を封じる杖の力で見失ってしまったそうだ。
...ポコピーって、誰?
俺達を守れなかったことを謝罪する彼女に、そもそも守ってもらう予定の無かった主は、むしろここまで来てくれた彼女にお礼を言った。
「そ、そんな、ポコピー様!
この不始末、靴を舐めろと仰るならば、誠心誠意べろべろモグモグさせて頂きます!」
「...ねぇ、シータ? こっちでは挨拶代わりに相手の靴を食べる習慣でもあるの?」
「いえ、それは無いですね、主」
「そ、そんなシータ殿!? 私とシータ殿の仲ではありませんかっ!?」
「...変態仲間?」
「やめて下さい主。俺は一般人です」
「お二人共、ひどいッす!?」
案内人ナキさんと主の雰囲気に、ついさっきまで戦いの中にあったことを忘れてしまっていた。
ちなみに、「ポコピー」は主が10階層の街で名乗ったという偽名らしい。猫族の奴隷を開放し、妖精たちを窮地から救ったモモフ族の英雄なのだとか......なんだか色んなところで頑張ってますよね、主って。
...でも、なんでポコピーなんですか? あとモモフ族って何ですか?
そして、地面でうめく、身じろぎするのが精一杯の男。主は強者だと言っていたが、結局、まともに剣を振る姿は見られなかった......相手が主ならば仕方は無いけれど...
倒れた男を見下ろして、ナキさんが主に言った。
「...これ、こちらで処分させて頂きます」
「いや、このまま放置しとけば良いよ」
「なぜですかポコピー様? これ、おそらく白き鏡の四聖の一人です。きっちりここで処分しておくべきですよ?」
「...一人消えてもまた次が来るだけだ。それに、今日の本命はこれじゃない。 ...正々堂々と一人で正面から来た誠意くらいには報いてやる」
「...誠意? 人族に? そいつらクズですよ?」
「...実は俺も人族なんだが?」
「くっ!? 靴を舐めさせて頂くッす!!」
「もー! なんだよ、お前! もう帰れよー、もー!」
それから俺と主は目的地を目指して歩いて行ったが、ナキさんも俺達に付いてきた。
「護衛っす」
「...俺達、本当は主一人で来るようにって言われているんです。だからあんまり大勢で行くのもマズイんですよね......それで、主はなんで、『いい感じの棒』を持って歩いているんですか?」
「いや、ほら、また魔法を封印されるとマズイでしょ?」
「あー、さっきの魔法封印っすか? 沈黙の魔法と違って、敵味方見境無しな分、強力で厄介なんですよねー」
「...主、同じ出しておくなら、むしろいつもの魔法銀の護拳の方じゃないんですか?」
「えー、だって、なんだか棒って持っているだけで、勇気が湧いてこない?」
「...主の場合は棒よりも拳があるじゃないですか」
「わかった、それじゃぁ、この棒の名前は今、『恐ろしいほど叩く棒――Beat it horrible』と命名する」
「なにそれ、カッコいい!?」
「えっ? ...何が分かったのか、俺にはさっぱり分からないんですが...?」
「ちょ、ちょっと、ポコピー様っ! それなら私のこの小剣は、どうっすか!?」
「おっ? ...おー、いい感じのナイフだねー?」
「ありがとうございます! 『いい感じのナイフ』! 家宝にしますっ!!」
「えっ!? 別に今のは命名した訳じゃ!? ...あ、あぁ、そんなにうれしそうなら、まぁいいか。『いい感じのナイフ』なのは間違いないし...」
「えっと? さっきから俺には何が起きているのか、さっぱり分からないんですが...?」
よく分からないノリの二人に置いて行かれながらも、俺達三人は街の裏通りを歩いて行った。
それから何度か、目的地に着くまでの間に暴漢達に絡まれた。
だけど今度は普通の暴漢達(?)だった。
主が棒でドスドスと腹や足を突いて、暴漢達を悶絶させていった。
...たぶん、いつもの主の投げ技やさっきの蹴りを食らうよりはマシなはずなのに、棒で小突かれた方が妙に痛そうに見えたのが不思議だった。あと、命名は「恐ろしいほど叩く棒」だったはずなのに、主はひたすら突いていた。
ナキさんは「こんな真夜中に裏路地を歩いていれば絡まれない方がおかしいっすね」と言っていて、主も「そりゃ、そうか」と納得していた。
二人の会話に、都会は恐ろしい場所だと改めて感じてしまった。
それにしても、主の手際の良さ。そしてあの、面倒くさそうな顔。
初めて泥人や巨大カマキリと遭遇した時でさえ見せなかった、心の底から「面倒くせー」の声が聞こえてきそうなあの、嫌そうな顔。
そうだ、あれは帽子人達が薬を煮込むのに大失敗した時に、主が「その壺の中身、絶対にそのまま河に流すなよ? 当前だろう? 無毒化浄化できるまで、絶対に、流すなよ? ...流したら棒で容赦なく突くぞ?」と言っていた時の、あの顔に近い......
目の前に立ちふさがった暴漢達の頭らしき男が言った。
「アッハッハ! お前、やるじゃねぇか! 俺様はこの都市の――」
「邪魔だ」
「腿っ!? も゛ぉ゛ぉ゛ぉーーーー!!」
「...俺、それなりに護衛歴はあるつもりでいたんですが、棒で腿を突くのがここまで上手い人は、初めて見ました」
「きぐうっすね、私もはじめて見たっす......私も、棒を持ち歩くことにしようかな...?」
「ちなみにナキさん? あの倒れた人って『この都市の―』、なんですか?」
「『俺様はこの都市の、肉串が大好きだー!』じゃないっすか?」
「...昼間の肉串、おいしかったですね」
「でしょぉ!? 本当は裏手のほうの屋台も、もっと案内したかったんすけどね...」
...夜中に何度も襲撃されることは俺にとっては結構な大事件だったのだけど、主は全く歩みを止めずに目的地まで一直線だし、ナキさんの方も目の前の惨事に興味はなくて屋台の話ばっかりだし、まるで襲撃されるのが当たり前の日常みたいな雰囲気だった。
そんな二人の様子に俺はあらためて、都会は恐ろしい場所だと思い知らされたのだった。
...俺も距離感覚が狂っていたが、目的地が想定以上に遠かった。
ナキさんがいなければ一度か二度は道に迷っていたかもしれないくらいに歩いた。
わざわざ治安の悪い場所を延々と歩かせるなんて、面会の指定者はかなり意地の悪いやつだと思った......
そして、ようやく目的地に到着した。
ナキさんが「それならせめて、邪魔が入らないように見守るっす」と言って、夜闇の奥へとスッと消え去った。なんだかニアねーさんを思い出すような動きだった。
主が俺の方を見た。
外で待てと言いたいのだろうが、俺は首を横に振った。ここまで来たら最後まで付き合うつもりだ。相手に同行を拒否されたのなら、その時に退けば良い。
主が「まぁ、中の気配も一人しかいなさそうだし」と言いながら、扉を開けた。
待ち合わせ場所は酒場だった。
そして、明かりは灯っていたが客も店員も誰もいなかった。
明るい店内は夜闇に慣れた目には少しまぶしいくらいだった。
人はいないがきれいな店だ。きっと、今夜だけ貸切か何かで店ごと空けてもらったのだろう。荒らされた形跡もないし、料理の匂いもしてこない、ただ閉店中の静かな酒場のようだった。
そして、入り口正面、その一番奥に人影。
主が言うように、中にいるのはその一人だけらしい。
それが主との面会を求めていた相手。
昼間に俺を案内した、謎の案内人の少女「アール」だった。




