とし
「...皆で何をやっておるのじゃ?」
「何って、見てのとおりだよ? ティの用事は終わったの?」
「なんのことじゃ?」
「いや、もうとぼけなくて良いから......って、ティも自分で3日かかるって言ってただろ?」
「...40階層の転送門にも『花』を埋め終えた。そこを使って氷精達をいつか送りだすという話も、あやつらには通しておいた」
なお、氷精達の件については、四天王達が中心になって引越し先を視察中とのことだ。半年以内をめどに移住を進める計画だ。
そのままティが「ふぅ、やれやれ、よっこらせ」と年寄り臭い掛け声とともに俺の肩に腰を下ろした。
体育座りする俺の肩にティ、隣にサキとユキ、後ろにローナ、前にニア、頭の上にはスライムさんという鉄壁の布陣である。
...さっきまでは、俺が氷室にローナの様子を見に行ったら、ローナが布団でスヤァとお昼寝していたから、そのまま起こさずに、俺はぼんやりと氷室の横で体育座りしていたんだ。
氷室と神殿の周りは花畑になっているから、座っているだけでも良い匂いがして心地が良い。
そしたら、いつの間に、俺の前後左右と上に増えていた。
「...というわけなんだ、シータ」
「...お疲れ様です? 夕食の支度ができたので、みなさんを呼びに来ました」
夕食の時間まで、俺は囲まれて動けなくなっていたんだ。
ティも戻ってきたので、明日からまた迷宮の移動を再開だ。
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41階層。そこは都市だった。
前世では飛行機とか頻繁に乗る方ではなかったのだけど、それでもうろ覚えの「空から見た都市の風景」を連想させる姿が、転移門から下る途中の眼下に広がって見えた。
きっとここまでがずっと森や草原だったから、よけいに都を感じたのだろう。
ビル、あるいはマンション。きっと素材は違うのだろうけど、三階建てほどの乱立する直方体、そこから所々突き抜けたもっと高層の建物。
俺は一戸建て主義というわけではないのだけど、この光景にはワクワクよりもザワザワの方を感じてしまう。
並び立つ似たような建物と窓、扉。そこからわらわら出入りする、似たような服装の人々......アリやハチの「巣」を連想してしまうんだ。
...本当はもっとスタイリッシュでパワフルに社会を牽引していくビジネスマンの勇姿を連想するべきというか、想像力が偏っている自分の病みっぷりは自覚しているつもりなのだけど......
とにかく、なぜか迷宮に来て以来、もっとも故郷に戻ってきたような気分になりながら転移門を降りきってしまったのだった。
都市を囲む市壁は高かった。
外の魔物を警戒するよりも、内から外へと逃がさないようにしているのだと、俺の中の偏見が心の耳元で解説してくれている。
あの巣の中に、わらわらと人がひしめいている。
人が大勢集まると、ろくなことにならない。
...まずい、吐く。
「待て、主様」
俺の歩みを後ろから抱き止めたのは、大人姿に変化したティだった。
...その甘い匂いと感触で、いつもの感覚に、引き戻されていく。
「...スマン。少し、昔を思い出す光景に少し気分が悪くなってきた」
「よいよい、無理するな」
「...主はここに来るのは初めてなんですよね?」
「...昔は人がいっぱい居る場所にいた。こっちに渡ってくる前の、前世の最期を思い出した」
そう言った直後に、サキとユキが俺の腕をギュッと抱きしめた。
「...大丈夫です!」
「主様は、私達が守ります」
「す、すみません、主!」
「いや、良いんだ、何も悪くはないシータ。俺が勝手にふらついているだけだ」
「まったく、主様も皆も慌てるでない。
わらわの眷属達だって大半は都市が苦手じゃ。主様もきっとそうなのじゃろう?
あれが得意な者達のほとんどは、あれを餌箱だと思っている連中じゃからな、フフフ」
「...わたしも人が多い所は好きじゃない」
...俺も大自然が得意というわけではないのだけど、ここまで都市に拒絶反応が出ようとは、自分自身でも今、驚いてしまっている。
弱った俺の代わりに、ティとシータが話を進めた。
「とにかく、主様も疲れておる、ここは一旦、引き返すぞ」
「俺が一人で様子を見てきましょうか?」
「待て、シータ、逆に俺達がむこうから見られている」
俺は、まだ少し遠くに見える都市の、その外壁を順番に指差していった。
「壁のあの辺りと、あそこと、あの物見窓らしき場所。三箇所から俺に対して【鑑定】の気配が有った。今はもう隠れたみたいだけどな」
「...この距離で分かるんですか? それも【鑑定】スキルの【相殺】ってやつの力ですか?」
「違うぞ、主様は特別じゃ」
「主はずっと【相殺】し続けていて隙が無い。それに視線や気配も追っているから、かんぺき」
...自覚は無かったけど、ティやニアの基準だと俺のやり方は特殊だったようだ。だけど、常に備えないと意味が無いんじゃないの? ...いや、今はそれはどうでも良い......
「...とにかく、待て、シータ。いま一人で行くのは――」
「――ふむ、シータ、手紙を書くから持っていけ。ニア、少しだけ台になってくれぬか?」
俺の言葉を遮って、ティが何やら【収納】スキル(?)で羊皮紙と筆らしきものを取り出して、ニアの頭の上を借りてサラサラと何かを書いていった。
そして、書き終わった羊皮紙をクルクルと丸めて、蔦でできた紐で縛ると、何かをつぶやきながら結び目に口付けをした。
それをシータに手渡しながら、注意した。
「...この手紙を持って行け。決して開けるな。
都市に入ってすぐに用件を聞きに来るはずじゃから、今夜、わらわの元に使いを寄越すように伝えてくれ。用事はその時に話す。
万が一、その手紙を奪いに来る輩がおれば、くれてやれ」
「えっ? ティ様、この手紙はその『用件を聞きに来た人』に......渡すんですよね?」
「いいや、渡す必要はないぞ? それはただの目印じゃ。決して開けるな」
「...えっと?」
「決して、開けるなよ?」
なんだか不吉な前フリに戸惑う俺達の中で、ニアはシータの手を引いて、二人でさっさと都市の門へと向かって歩き出してしまった......
遠ざかっていく二人の手を繋ぐ後ろ姿が、なんだか兄妹か親子みたいに見えてほほえましいなー、なんて思ってしまった。
「さて、向こうはシータとニアに任せて、わらわ達は一旦、帰るかの」
「「はい!」」
そして、俺はみんなに引っ張られて都市から離れていった。
...さっきティがシータに色々と言っていたけれど、なんだかもう「三度も開けるなと念を押されたものを渡されたシータが送り出された」こと以外は、疲れてもう良く覚えておらず、とにかく都市から離れて誰の視線も無くなったところで、さっさと【白昼夢】の霧を呼んで、自宅へと引き返すことになってしまっていた。
41階層の探索は、到着早々、中断してしまったのだった。
そこから先の記憶は断片的だ。
気がつけば、氷室の前でローナに膝枕されていた。ヒンヤリしてすごく気持ち良かった。
シータが「ティ様、あんな危ないものを俺に持たせないでくださいよー...」と言うのに対して、ティが「まさか、本当に奪いに来る愚か者がいたとはな!」とケタケタ笑う声がした。シータとニアも無事に(?)帰って来たようでホッとした......
そして、夜、何かを軽く食べて、すぐに寝た。
本当に、疲れてしまっていたようだ......
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翌朝、41階層の迷宮都市にはシータが一人で様子を見に行くことになっていた。
一人と言っても、現地でティの手配した案内人と合流して、とりあえず街並みを見学してくるのだそうだ。
ティの話によると、あの迷宮都市は主に人族が中心になって管理運営しているが、機能自体は砦ではなく街であるそうだ。
迷宮を冒険する者達、迷宮の資源を求める者達、訳ありの者達を受け入れるための「万人の為の街」らしいのだ......名目上は。
それが事実なら、オーク族であるシータが行ったところで何の問題も無いはずだ。
それが事実でも嘘でも、いまの実情を実際に見に行っておいた方が良いだろうというのが今回のシータの潜入任務の目的である。
41階層について知っているのがティだけで、その知識も人づてのものだけだから、やはり誰かが見に行くべきであるだろう、と。
「...でも、シータ一人で大丈夫なの?」
「俺も20階層の街なら良く一人で行っていましたし、一番人族に慣れているのは俺みたいですからね。
俺一人で行ったほうが、街の人達も警戒しないと思いますよ、ハハハ」
一応、案内人というのはティの紹介みたいだし、今のシータはその辺の人族相手なら十分に逃げ切ることもできるだろう。
ちゃんとシータ専用の武器や護身用の道具も持たせたし、昨夜ティの仲間が持ってきたという最新の地図も持たせたし、メイが数日は暮らせるだけのお小遣いも渡して、水も食料も持たせたし、おやつも......
「...あの、主? 心配してくれるのはうれしいですが、子供じゃないんで」
「あ、ゴメン。やっぱり場所が場所だけに、ちょっと不安になっちゃって」
「氷精たちの里の方がよっぽど危険だったのじゃがのー」
だって、氷精たちの時は重火器も一緒に行っただろ?
...ティは今回はめんどうだと言うし、シータも問題ないですよと苦笑するから、俺もこれ以上しつこく言うことはできなかった。
そして、41階層の都市から外れた平原に、俺とティとシータの三人は降り立った。
ティが作戦の最終確認をシータに伝えた。
「では、待ち合わせの場所にこの巻物を持っていけ」
「...それ、昨日と同じ、絶対に開けたらマズイやつですよね?」
「そうじゃ、目印じゃ。それと帰還の方法は分かっておるな?」
「はい。40階層の転送門ですね。門の周りの『花』に、ティ様の仲間であることを伝えてから通れば良い、と」
俺やニアの【白昼夢】で我が家に戻らないのは、追手が居た場合にそれを振り切るため、そして我が家の存在を隠すためだ。
転送門の式を捻じ曲げて、一度、ティの妖精郷を経由してから我が家へと戻る、かつてモタさんが我が家まで来た時のルートを通る予定だ。
「それじゃぁ、シータ。おみやげは要らないからね」
「わらわはおみやげを期待しているぞ」
「...おみやげは街の情報ってことで良いですよね?」
「なんじゃ、つまらぬのー」
「余計な荷物を増やすなティ。それに俺達も後日、行くんだろ?」
「それでは、行ってまいります!」
そしてシータは、迷宮都市へと向かって一人、歩き出して行った......
...俺の影から、ニュッと現れた猫ちゃんが、
地面をスーーッと這い飛んで、
シータの影にスッと音もなく飛び込んだ......
「...主様もニアも心配性じゃのー」
「ティの案内人がいたとしても、それに会う前、別れた後に狙われかねない。
ティだって、ニアが付いていくことは何となく予想が付いていただろう?」
「...まぁ、予想通りじゃの」
ティの案内人やシータが信用できない訳ではない、魔王の悪名の方が信用できないんだ。
魔王という人族の敵を倒すために、シータの存在を逃す手など無いだろう。
「いっそ、シータに食らいついてきた敵を釣り上げて一網打尽にしてやろうかとも考えたけど、ニアと相談して今回は潜入に専念することになった」
「...わらわも同じことを眷属達と相談して、その結論になったのー」
こうして、シータのおつかいの結果を、俺達は少しハラハラしながら待つことになったのだった。




