えにーぐま
こちらの世界の通貨は銭貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚の計算らしい。
銭貨1枚でパンやおにぎりが1〜2個かえる感覚らしい。
逆に、水や食料は銭貨1枚分単位で売られるか、物々交換でやりとりされる。非公式ルールで銭貨を半分に割った半銭(0.5枚分)という使われ方もするのだとか。
銭貨というのは鉄や銅で作られて、銀貨は名前どおりの銀100%...というわけではなくその銀の含有率や図柄がそれぞれ異なる。
それらの発行元となる国や組織で管理したり、通貨の偽造を取り締まったりしている。
しかし、金貨だけは違う。
すべて「黄金城」という場所で作られた、世界共通の貨幣である。
偽造できない金貨。金貨というより、もはや魔法の道具。
話を聞く感じだと、内部にICチップか機械でも埋め込んだかのような高度な技術でつくられたのが、この世界の金貨らしい。
ちなみに、そういう魔法の道具みたいなやつを総称して『魔道具』なんて呼ぶそうだ。
とにかく、真偽の検証が簡単で偽造が不可能な金貨が作られた。
結果、他の組織で作られた信頼できない金貨は使われなくなっていき、その「黄金城」で作られた金貨のみに淘汰されていったのだという。
その黄金城の主にして、金貨の発明者にして発行者というのが神の使徒【機械仕掛けの真理】である。
...と、道具屋のおばあちゃんが俺とシータに説明してくれた。
「...へー。
ところでおばあちゃん、人族が近づかなる道具ってありますか? ヒトゾクヨケールとか、ヒトコロリみたいな塗り薬かお線香みたいなやつなんですが?」
「堂々と話題を変えようとするんじゃないよ! ...人族も含む全ての動物が近寄らなくなる香水ならあるよ」
「それって、単にものすごく臭い香水ですよね?」
今日はみんなで道具屋に来ている。俺、サキ、ユキ、ニア、シータの5人だ。
ティは40階層でまた何やらやっている......たぶん転送門の近くに勝手に花を植えている。
サキとユキは、ニアを隣の衣装部屋へと連行した。ニアはいつも同じ斥候服しか着ないけど、それでも二人はニアの着せ替えを諦めていないのであった。
そして残った俺とシータは今、道具屋のおばあちゃんに【機械仕掛けの真理】ことエニーグマさんに会ってやって欲しいという相談を受けている。そして嫌である。
「...そのエニーさんって、今のおばあちゃんの話だと、もしかして一国家以上にヤベーやつってことですよね? ちょっと、会うのはすっごく怖いんですが?」
「俺は黄金城って、半分くらいはもう、おとぎ話の中での存在だと思っていたんですが...」
「...実際に存在するよ。あれがあるのは42階層だよ」
たしかティは41、42階層は人族が支配しているみたいなことを言っていたはずだ。
そして、俺達はついに40階層までたどり着いてしまったから、おばあちゃんも俺にこの話をしてきたのだろう。
おばあちゃんが苦い顔をした。いつもの強気な様子ではなく、あくまで「会ってやって欲しい」というお願いである。
...俺は「エニーさん」にはなんだかんだでお世話になってきてしまっている。サキ、ユキの件で【勇者】の情報を教えてもらったり、ニアの件でも協力してもらったり。
だから、その借りを返せという交渉もできただろうに、おばあちゃんはあくまで俺にお願いをしてきたのだった。
それだけ重い、軽々しくは頼めない話だということなのだろう。
「...あれ? そういえばおばあちゃん、そのエニーさんとここで会話していましたよね? 俺もここから話をすれば良いんじゃ無いですか?」
「...照れるから直接会って話したい、だとさ」
「...奥ゆかしい方なんですね?」
「いや、それ以前に小僧はたぶん、『金貨を通じて』あいつとは会話できないよ」
「バーバラさん、そもそもその金貨を通じで会話って、なんですか?」
「...エニーの使う【金脈】は、黄金を支配するスキルだ。『金を通じて人の精神に作用』したり、『遠隔の金を操作』したりできるんだよ。金貨での通話もその応用技さ」
「「何それ!?」」
やっぱり、すげー怖いんだけど!?
おばあちゃんの説明によると、金、金貨、そして経済から心理へと拡大して干渉・操作できてしまうのが【機械仕掛けの真理】さんのスキルなのだとか。
人々の深層心理に「破産するときの恐怖や喪失感」、「大金を得た時の多幸感」のような暗示を叩き込んで、恐慌状態や陶酔状態に陥れることまでできてしまうらしい。
そして例の「金貨」。あれには遠隔通信や振動操作とかの機能がこっそりついているらしく、エニーさんは世界中の金貨を使ってあれこれできてしまうのだとか。
...例えば、誰もいない夜中に、金庫の奥に保管された金貨が共鳴・共振して爆発......なんて恐ろしいことも理論上は可能なのだとか......
「...え、えっと、それで俺にはたぶん会話できないってのは?」
「別に狙ったつもりじゃなかったが、小僧とは物々交換しかしたことが無かっただろ?
まだ金貨にはほとんど触れたことが無いんじゃないのか?」
「触れたことがないどころか、徹頭徹尾、無一文ですね」
「無一文って、主...」
「金貨に触れたことのないような、そいつの中で金貨という存在が薄い者達には精神攻撃は効かないよ」
別に俺も好きで無一文をやっていた訳じゃない。こっちに来た当時は何も分からなかった上に、見渡す限りの草原しか無かったんだ......その後も、荒野とか雪原とか、大して変わらなかったけど。
なんにせよ、お金を持参する意味なんて無かったから、おばあちゃんの厚意に甘えてそのままモモフ素材から何からすべて道具屋さんに預けてしまって、どんぶり勘定で物々交換してしまっていたんだ。
...いま考えると恐ろしい。おばあちゃんがではなく、物の相場が一切判断できなかった俺の立場が、だ。
そして現在は、すべてメイ任せだ。
というより、うちのメイドさんは俺の許容できそうな範囲を見極めながら、重要そうな話以外は「すべてお任せ下さい」とニッコリするだけで済ませてしまうから、俺には何も触らせてもらえないのである。
掃除洗濯から金勘定に謎の畑に至るまで、すべて「メイにお任せ」の範囲内だ。
「...主は、どこかのお貴族様みたいですね......まぁ、実際、魔王なんですが」
「違うぞシータ、すべてのお小遣いが『お母さん銀行』に強制徴収されている子供みたいなものなんだ。俺はメイに管理されている」
「...あの使用人の嬢ちゃんも苦労しそうだね」
まぁ、どちらにしても、おばあちゃんやエニーさんには色々とお世話になってきているから、俺にできることがあればやりたいとは思っている。
ただ、せっかくの機会だから、ここにいるみんなに少し聞いてみた。
「...そのエニーさん? も含めて、そもそも、神とか神の使徒とかって、なんなんですかね?」
「小僧は神とは何だと思う?」
そのままおばあちゃんに打ち返されてしまった。
...うーん。神? それは難しいテーマというか、歴史的な学問の一つになるくらいの話だから俺にはさっぱり分からないんだけどなぁ...
「...信仰、信念、信条とか、人々の支えか、あるいは基準となるもの...だと思っている。
例えば死。殺してはいけない死んではいけない、その千差万別の理由と反論をこね合うよりも、『神が禁じた』と一刀両断したほうが世界は平和になりやすい......かも、しれない。もちろん、逆に神を理由に殺しあうこともある訳だけど。
とにかく、言い換えれば神という道具や装置? 人々がよりよい暮らしをするための『理由』として使える便利な存在、なのかな?」
そもそも神の存在有無とは関係なく、それを語るのが人である以上は、それは全て人の言動だと思っている。
神が言った、王が上司が命令したからといって悪事をなせば、それはやった人の所業だ。その言い訳が通じるのは、同じ神や王や上司を信じている人達との間だけの話だろう。
「...ところがだ。こっちの世界の神様はどうやら存在する上に、使徒やスキルなんていう現世利益までも提供しているようだ。
そしてメガミさん以外の神はどうも争いを奨励しているかのようにすら見える。
つまり、クソどもだ」
「主、心の声までダダ漏れですよ?」
「ハッ! いいじゃないか、小僧! 神に弓引く神の使徒か! ...とはいえ、エニーはまさに、そのクソどもの筆頭だね」
そして、今度はおばあちゃんが俺の質問に答えてくれた。
神とか神の使徒とかって、一体なんなのか......その存在とか理由とかは、おばあちゃんにも分からない。
とにかく試練の迷宮の先に居る、あるいはそこを入り口としたどこかに居る神々が、その使徒を介して世界に干渉してきているというのは間違いない。
どうやら神々でその思惑は異なっていて、結局は好き放題やっているのには間違いないのだろうと、おばあちゃんも思っていた。
その最たる例が、この世界に君臨する三大宗派。【勇者】がその一つに所属しているというあれだ。
宗派が三つバラバラの思想や行動をとっていることこそが、その神の意思もバラバラであることを、それぞれ好き放題やっているということを示している、と。
そして、エニーさん。
厄介事を避ける理由で黄金城から動かないようにしているものの、性格はかなり奔放な方(?)らしい。そしてティ以上に長生きらしい。
「...ねぇ、ティって今、何歳なの?」
「ティ様も【機械仕掛けの真理】も、おとぎ話の存在ですからね...」
「エニーの奴は、あたしの知る限りでは最年長の神の使徒だ。少なくともティターニアよりも上だ」
そういう意味でエニーさんが神の使徒の「筆頭」と言ったようだ。世界中の金貨に干渉だとかのすごいスキルを操るのも、長い年月を生きてそれらに習熟しているからなのだろう......ティみたいに?
シータがおばあちゃんに遠慮がちに質問した。
「ところで、ずっとバーバラさんに聞いてみたかったんですが......
...おとぎ話の『真理に挑みし魔弾』に出てくる女英雄って...?」
「...ただの若気の至りだよ」
「ちょっとー、もー、おばあちゃん何者なのー?」
おばあちゃんも何歳なの? とは聞かないでおいた、怖いから。
その神の使徒の筆頭に、ケンカを売るおばあちゃんって何者なんだ? お年寄りの若気の至りは、たまに洒落にならないものが混じっているから油断できない。
...でも、今はおばあちゃんとエニーさんも仲直りできたんだよね? 良かったね?
そしておばあちゃんが、困ったような寂しいような顔で小さくため息を一つ付いて、遠い目をして独り言ちた。
まるで遠き戦友か悪友にでも思いを馳せるかのように...
「...まぁ、あいつはあいつで、色々と事情があるんだよ。好きでずっとあの黄金城に引きこもっている訳じゃない。
だから小僧があいつを......いや、そういうことじゃないね...」
そして、俺への頼みごとに対しての結論めいたことを言ってきたので...
「...今回ばかりは相手が相手だ。あいつにゃ悪いが、私も無理に会えとは――」
――水臭いので、言葉をかぶせた。
「――おばあちゃん、俺がエニーさんに会うにあたっての注意事項とかありますか?」
なにせ相手は世界の金貨を掌握する、最長老の神の使徒だ。
こっちの上流階級の礼儀みたいなのがまるで分からない俺が、うっかり粗相や失言で相手の機嫌を損ねて、「君は無礼だネ? ん?」とか言われながら黄金のステッキとかで小突かれる事態はなんとしても避けねばなるまい。
俺が会う前提の話をしたのが意外だったのだろうか? 目を丸めたおばあちゃんが、気が抜けたのか呆れたのか、今度は柔らかい瞳でつぶやいた。
「...まぁ、小僧なら大丈夫だろう」
待った! それは絶対にマズイ殺し文句だ!!
君なら大丈夫は、すなわち、『一般的には危険だったり困難だったりするけれどお前はただ自分を信じて突き進め(ただし当局は一切関知しないからそのつもりで、成功を祈る!)』という意味の言葉だぞ!?(※当局調べ)
うっかり聞き方を間違えた俺は、慌てて再質問したが...
「ちょっと!? やっぱり、俺が会っても大丈夫なんですか――」
「――ハッ! 逆だよ小僧! お前だからこそ、だ!
小僧相手にいまさら心配しちまうなんて、私も耄碌しちまったようだね! なに、骨はあたしが拾ってやるさ! ヒッヒッヒ!
...お前がちゃんと、じっくりと、あいつの話し相手になってやりな......期待してるよ、小僧?」
先ほどのしんみりした雰囲気とは打って変わって、いつも通りの獰猛な笑顔を見せて、やたらと俺への期待値を上げてくるおばあちゃんなのであった。




