まじょ
街やその廃墟があった上の階層とは異なる趣の40階層だった。
一面の白は雪ではなくて白砂。ここはもう気温も低くない。
その向こうにあるのは、街というよりも神殿か礼拝施設のような雰囲気の、小奇麗な白い建物が複数。全体的に白系統の配色で上手くまとめられた、あるいは観光地とかテーマパークとかにも見える美しい景色だった。
そうだ、人工物という印象だ。建物だけではなく、見渡す範囲に「野生の草木」が見当たらず、地面までも作り物っぽい整地済みの一帯。
立ち並ぶ木々や花々も勝手に生えたものではなく、道に合わせて植林されたのであろう公園のような整理整頓具合だ。
転移門からまっすぐに、ひとまず街の中心に向かって歩いて行く。
歩く足元は、誰かが毎日掃除でもしていそうな、きれいな白の砂利道。
その道の向こうで掃除道具っぽい棒を抱えた人が一人。
こちらに気づいて、目を丸くしてこっちを二度見している。
...一応、俺も後ろを振り向いて見たけれど、俺達以外には誰もいない。
俺達の何に驚いているのだろう......と思っていたら、こっちに向かって走ってきた。
ティが「倒すか?」と冗談を言ってきたが、俺が「うん」と言えれば本当にやりかねないから迷惑な冗談だ。
そこにニアも「倒す?」と続き、サキとユキまで倒すのが正解なのかな? みたいな顔をしてくると、小心者の俺もやっぱり先手必勝が正解か? なんて心が揺れはじめてしまうんだ。「みなさん、物騒なことを言わないで下さいよ...」とはっきり言ってくれるシータがいてくれて本当に助かった。
そしてそんな一触即発だった状況など露知らず、とうとうここまでやって来てしまった掃除の人。
白い服、ゆったり目の長袖上下に、長衣のような上着を重ねて、帯で止めている、なんとなく制服的な服装に見えた。
「ほ、本当に来たっ!? ...こ、こちらへ、どうぞっ!」
どうやら俺達を待っていたらしく、奥へと案内してくれる係の人らしい。
そして案内係は思い出したように、腰に付けていたハンドベルみたいな鐘を建物の方へとカランカランと振り鳴らした......クジに当選したとかを周囲に知らせるアレみたいな鐘の音だ。なんだか恥ずかしいからやめて欲しい。
良く分からないけれど俺達は、その興奮と緊張気味の案内係に導かれるままに、そのまま真っすぐ歩いて付いて行った。
いつかの21階層の流暢な客引きと違って、たどたどしい様子で俺達に話しかけてくる彼女はここの職員らしい。
ここの職員というのは、この試練の迷宮を管理しているという二人の魔女に仕えている人達らしく、俺達のような上から下まで迷宮を踏破してくる人達を待っているのだそうだ。
そして、迷宮を踏破してくる人はここ最近ずっといなかった。
だから俺達の姿を見て驚いてしまったのだそうだ。
「俺達を待ってたのは、何でなんですか?」
「暇なんじゃろ?」
「ち、違います! ティターニア様!」
ティの勝手な補足を職員が否定した。ティを知っているのは、ティが有名だからだろうか。
職員が言うには、ここに来た人になにやら注意事項的な話を「魔女」がやってくれるのだそうだ。
...えっ、いまさら? それって、むしろ1階層で最初にやるような話じゃないの? それとも、40階層が入管か税関みたいな場所なのか? 建物とかの雰囲気もなんだか公的な施設っぽくも見えなくもないし...?
円状に並ぶ建物の中央、広場になっている所の真ん中に二人の男女が立っていた。
魔法使いっぽい、つば広帽子の色は白。そして長衣も白。長い杖も白。男女ともに同じシンプルな服装だ。
...たぶん、手練。主武器は杖、というよりも姿通りに魔法で戦うタイプだろう。
そして何より、あの不思議な目。
吸い込まれそうな妖しく美しい瞳は誰も見ていないというか、おそらく全体を視界に入れるだけで、どこにも視点を合わせていない。
ニアが、少し横にずれながら俺達の斜め前に陣取り、ティが俺の肩の上に着席した。その様子に、他のみんなの空気も少し緊張を帯びてきた。
「主様、目を見るな。魔眼使いじゃ」
ティの警告に対して、目の前の二人の魔法使いが言った。
「待て、我々に交戦の意思はない」
「...なぜそれをティターニアが説明しないのですか?」
...なぜって、それはティが悪戯が大好きだからです......やっぱりティはここに来たことがあるようだ。そしてティ、いきなり戦わせようと仕向けるな!
「なんじゃ? おぬしらはあの老木のようにわらわ達を阻止せぬのか?」
「...その件については後で話す。それよりも」
ティの言葉に苦い顔をした二人の魔女(と言っても片方は男)が、俺に質問を投げかけてきた。
「...あなた方は、試練の迷宮の第1階層からここまで踏破してきた方々、ということでよろしいですか?」
「はい、観光です」
聞かれる前に言ってみた。税関で入国の目的を聞かれた時に答えると言われているアレだ。
すると二人が、目を丸めたあと、なんだか眉をひそめてしまった......聞かれる前に答えたのはマズかったか?
俺の言葉を、ティが補足した。
「とはいえ、このオーク族のシータは21階層から参加、そして1階層から全てを踏破してきたのは主様とわらわ――」
「わたし」
「――の3人だけじゃ」
...確かに、全ての階層かどうかというなら、サキとユキは途中で留守番してもらったこともあった。ティとニアは、俺達とは別に自分で踏破したことのある階層があるのだろう、たぶん。
その答えに対して魔女達が説明し、俺も質問を繰り返す。
「それならば、一度、引き返すことをおすすめします」
「...すべて踏破しなければ、何か問題があるのですか?」
「昇神できません」
「...とりあえず下まで行くことって可能ですか?」
「神の門の手前まで、という意味であればそれは可能ですが――」
「それなら問題ありません。このまま進みます」
「――...ですが、それでは何のために下まで進むのか」
「観光ですよ?」
「――...冗談を言っているのであれば」
「あ。それとこの先で、降りたらもう登れないとか、一方通行や一回限りの場所ってあるんですか?」
「...ありません。もちろん、神の門は一方通行ですが」
「それなら問題ありません」
俺の言葉に二人の魔女が、信じられないものを見たような驚きと戸惑いの混じった目で俺を見た。俺だけの答えでは足りないと思ったのか、他のみんなも俺に続いた。
「わたしも観光」
「主様が観光なら、私達も同じく観光です」
「観光ですっ!」
「...え、えっと、それじゃ、俺も観光でお願いします...?」
「「......」」
「なんじゃ、皆の言うことに間違いは無いぞ? 主様が観光と言えば、もう、観光じゃ。それ以上でも以下でも無い」
俺達と、ティのその言葉に二人の魔女は顔を見合わせて、そして......片手で額をおさえながら、一方はうつむき、もう一方は天を仰いだ......なにこれ?
良く分からないけれど混乱か失望させてしまったらしいから、俺は肩のティに小声で聞いた。
「おい、ティ! 何か俺は言ったらマズイことでも言ったのか!?」
「何がじゃ? 観光の何が悪いのじゃ」
後ろで俺達のやりとりを見ていたシータが、助言してきた。
「...あの、お二人共? ふつうは、試練の迷宮を下る目的といえばもっと他にあるんじゃないですか? それこそ神に昇るとか、神の道具を探すとか...」
「なんじゃシータ? おぬしは神になりたいのか?」
「いえ、別に俺は......あれっ? ...俺はそもそもここに来る予定が無かったのに、あっという間に気がつけばここに......どうしてここに、と言われると、いつの間にかここに、ですね...?」
「えっ? さすがに『目的は無いけど来ました』だと、通してもらえないんじゃないのか!?」
「何を言うか、わらわ達が何をしようがわらわ達の勝手であろう、理由を言う必要すらないわ!」
「いや、ティ、この方達って迷宮を管理する係なんでしょ?」
「ちっとも管理できておらぬではないか!」
「ちょ、ちょっとお二人共、前、まえっ!」
シータに言われて前を見ると、俺達の丸聞こえなひそひそ話に二人が胡乱な目を向けてきた。
「...どうやら本気で観光というならば、もはや我々から言うことは何もありません」
...本気で観光と言われると、まるで全力で楽しむ人みたいだけど、俺はもっと気の抜けた観光のつもりである。
気を取り直すように咳払いした魔女が、説明を続けた。
「...最後に二つだけ、お話させて頂きます」
「まず、29階層に置いた、樹魔王の件についてです」
あの、俺達が下に行くのを阻止して、逆走を阻止しなかった迷宮主のことか? 置いたってのは、彼らの管理下にあるってことなのか?
「あなた方が下層に向かう妨害をしたとのことで、ここに謝罪致します」
「彼を処分することで、我々の謝意にかえさせて頂きたく存じます」
...正直、どうでも良い件だったけど、言われたからには聞いてみた。
「...処分、というのは?」
「別の樹魔へと変えさせて頂きます」
「なんじゃ、おぬしらの謝罪とやらは『妨害』の件についてだけか?」
「...逆走を見逃した件も含めて、今の樹魔は処分するつもりだ」
「...愚かなことをしたものです」
......本当にどうでも良い件だと思っていたけど......さすがに21階層の件もあったので、俺も文句をつけてしまった。
「...あなた達は、まるで他人事みたいに言っていますけど、任命責任って無いんですか?」
「...何?」
「だって、あの迷宮主を任命したり処分したりをあなた達はできるんですよね?
それで、処分して終わり?
また次の迷宮主が失敗して、処分して、失敗して処分して、当たりが出るまで繰り返す? いや、やがて先に大ハズレを引いて、破滅を迎えるのがオチでしょう?」
「「......」」
人の入れ替えなんて一発逆転を狙った博打だ。そして賭け事はアタリよりもハズレの方が......いや、そうじゃない。失敗しない者などいないし、それを防いだり支えたりする仕組みを考えた方が、現実的だ。
「だいたい、あの迷宮主って昨日今日に29階層に居ついた訳ではないですよね?
今までずっと放置して、むしろ彼らがちゃんとやれているって、何を基準に判断していたんですか?」
迷宮主だかなんだか知らんが、すべての仕事には期限とか資源とか達成目標とかがあるものだろう? 報告・連絡・相談とかやるんだろ? その進捗や報告をもとに支援とか軌道修正とかするんだろ......お前らが。
「俺達があの樹魔に殺されていたら、あなた達も何も気づかなかったってことですよね? 俺達の死も、21階層の崩壊も、すべて」
何か「お前らが」手を打たなければ、次の担当に変えたところで、また繰り返すだけだろう? あの樹魔に欠陥があるなら上司と部下とで支えてやれよ? 上司って、神か?
...ティの言うように「ちっとも管理できてない」んじゃないのか?
「...それにこれから処分って、この数日間、何やってたんですか? 俺達がここまで来なければ、そのまま有耶無耶にして無かったことに...」
「待てっ! それは誤解だっ!」
「...失礼。とにかく、あなた達が――」
「あ、あの、主様!?」
「主、一旦、待ってやってくれ!」
「しゅーんとしちゃってます...」
頭に血がのぼってしまった俺を、みんなが止めた。
そして、目の前の二人の魔女達が......ガクッと、膝から崩れ落ちた。
それを見て、腹を抱えて笑い転げるティ。
「アハハハハっ!! まったく、主様の言う通りじゃ!!」
...しまった。
正論かざして一方的に殴る俺......やっちまったよ。サイテーだ。
「...申し訳ありません。部外者が事情も知らずに、言い過ぎました」
「...いえ、まったく、仰るとおりです」
「返す言葉がございません」
「アハハハハ...!!
...フゥ、主様、こやつらを擁護するわけではないが、この迷宮の現実と主様の望むものとでは、かけ離れ過ぎておるのが実情じゃ。
荒くれ者どもをより大きな力でねじ伏せる、というのが正しいやり方なのじゃ。
きっと主様はもっとその先を見ておるのじゃろう? だが、それはあまりにも酷というものじゃな、クックック...!」
...それってつまり、飢えている人達を前に「パンが無いならお菓子を食べれば良いじゃない?」みたいな、見当違いなことを俺が言ってたってことか?
人の管理以前に人が居ないから仕方なく樹魔を使ってますとか、計画性よりもまずは殴って力を示さないと誰も言うことを聞かないとか、そういうことか? ...それはそれで、どこの世紀末ヒャッハーな世界なんだよ、ここは、もー......
「...なんだか疲れてきたから、俺、もう帰って良い?」
「待て、主様、ほれ、おぬし達ももう一つ、まだ言いたいことがあるのじゃろう?」
迷宮を引き返そうとした俺をティが止めて、二人の魔女に続きを促したのだけど...
「...もう一つの話というのは、お前だ、ティターニア」
「む? なんじゃ?」
「迷宮の転送門に手を加えるのはやめろ」
転送門ってのは、確か10・20・30階層にある地上に繋がっているらしい門のことか? ...おい、何やってんだティ?
「ぬ、主様っ!? そんな近くで睨むでない! ...ただ、転送門の近くに花を植えただけじゃ」
「人根華を花という種類でくくるな」
「花を植えたではなく、眷属で支配した、でしょう?」
「......」
「主様、じっと無言で見つめるな! 支配などしておらぬ! 転送門には何もしておらぬ......ただ、わらわ達が使う時に、ちょっと間借りできるようにしただけじゃ」
「「お前...」」
二人の魔女と俺が、声を揃えた...
「お前、ティ、間借りって具体的に何をするんだ?」
「わらわ達が使う時だけ、転送先を一時的に、ちょっといじるだけじゃ」
その言葉にシータがニアにささやいた。
「...ちょ、ちょっと、ニアねーさん? ティ様のそれって、実はものすごいことなんじゃないですか?」
「すごい」
...すごい技術で、すごい魔法で、すごいやっちゃダメなやつだろう?
だいたい、それぞれの転送門って、それぞれの勢力で管理しているって話だっただろう? 地上での軍事抗争に流用されないように、とか。 ...10階層だけは妖精達だから、ティが管理者ってことなのか?
薄々おかしいとは思っていたんだ。21階層のオークの族長達にうちまで来てもらった謎の方法とか。
そしてモタさんが20階層経由でうちに連れて来られた辺りから、もう、20階層とうちを繋げる謎経路が存在することはハッキリしていた。
ティがその悪戯について言い訳を始めるが...
「...だいたい、おぬしらだって管理できておらぬじゃろう! 30階層の転送門が勝手に直されたあげく逆走に使われてしまっておったではないか!」
「「うっ! それは...」」
「...待て、ティ。それは30階層だけの話だろう? 10階層と20階層は逆走が起こる前の話だよな?」
「うっ! それは......だが、主様......あると便利じゃろ?」
確かに、移動手段があるなら便利だろうけどさー......
「...それってほら、その転移門を他の人達にまで悪用されると危ないとか、人族を含むほかの人達も真似して転送門に細工しだすと厄介とか、色々と問題があるじゃない?」
「...わらわの眷属達は、そう簡単に遅れは取らぬ」
「...やっぱり転送門を眷属で支配しているのだろうが、ティターニア」
「おぬし達は黙っておれ」
「注意せざるを得ないことをやらないで下さい。私だってこんなこと言いたくありません...」
なんだか迷宮管理者って肩書で、これまでの迷宮主をふまえて少し警戒していたけれど、話を聞けば聞くほどに、なんだか苦労人みたいな感じに見えてきたぞ?
そしてこの迷宮についてのモヤモヤや不信感は、そのまま彼らの上司に、つまりは「神」へと向けられていく......大丈夫なんですか、メガミさん?
どこか天高くから、「そんな迷宮なんて、知らないですぅ」とプンプンした声が聞こえてきたような気がした......
なんだか話せば話すほど、雲行きが怪しくなってくるので、もう話をまとめる方向ですすめてみた。
結局、ティは41階層が人族の手でやりたい放題であること(?)を槍玉にあげて、それに対して魔女達が、それを理由にティの不正行為を認めることなど立場上できる訳がない、と当たり前の返答をしたのだが......結局は「本当にもう、頼むから、やり過ぎるな」と諦めに近い妥協案を魔女達にほのめかされて、ティもそれ以上何も言わなくなった。
事実上の黙認に、なんだかもう、魔女達に同情した。
...実情と規則の狭間に挟まれた力も権限もない責任者、なんて言葉が頭をよぎった。
そういえば、と、19階層の魔女が出て来なかったことを話してみたら、再び魔女達が膝から崩れ落ちて、ティが腹を抱えて笑い転げた。
...もちろん、俺も悪気があって告げ口したとかでは無かったんだ。あの19階層の魔女は石化がどうのって聞いたから、むしろ俺達への気遣いで出て来なかったのだろうと思っていたのだけど......どうやらただのサボりだったらしい。
なんだか部下と上司に恵まれない中間管理職みたいな感じで、二人の魔女達の悲壮感が増して見えてきた。
あとでティに聞いた話だと、この二人と19階層の魔女達は姉妹(兄が一人と妹達)の関係らしい。
そして、この迷宮は逆ピラミッド型で、40階層は最終合流地点になるようだ。
この二人の魔女達は迷宮の最終管理者的な位置づけらしい。だから40階層が入管みたいになっていたのかもしれない。
とにかく、この苦労人達に「がんばってください」と言い残して、俺達はそのまま41階層へと続く転移門へと歩いて行った。
本当は、俺達が久しぶりの迷宮踏破者である話とか、下の階層がどうなっているのかとか、色々と聞きたい話はあったのだけど、聞けそうな雰囲気ではなかったからやめておいた。
...今回は迷宮主とか開かない門とかは無かった訳だけど、なんだか別の理由で一番疲労感の多い「世知辛い」場所だったような気がしてしまったのだった......
「ところで主様......わらわは少し...ここに3日ほど用事があるのじゃが?」
「あのやりとりの後で、ティ、お前......
...39階層の氷精達の地上への引っ越しにも使えるように交渉するのも忘れるなよ?」
「...もちろん、忘れておらぬぞ?」
「忘れてやがったな」




