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ろーなのおしごと

 特に、ローナの何かが大きく変わったという訳でも無かった。


 変わったことといえば氷室の中に、お布団の他に小さなちゃぶ台と座布団が増えた。

 そのちゃぶ台でご飯を食べて、スヤァ。そして数時間後にまた、食べて、スヤァ。

 それが新生ローナの日常であり、お仕事である。


 ...いや、確かに食っちゃ寝、食っちゃ寝しているだけだけど! それでもローナの「氷室(特に地下倉庫)の温度調整」という仕事は達成できているから問題ない、はずなんだ! あの「スヤァ」が、一番リラックスして魔法を発揮できる姿勢(?)らしいから、正しいはずなんだ!


 あと、ティが言うにはこの地を守る精霊的な何かみたいな役割も、うちの庭を担当している泥人さんと一緒にやってくれるらしい。


 ちなみに、こっちの世界にも冷蔵庫や冷凍庫はあるらしいけれど、このローナの地下氷室のような規模の業務用冷凍庫(?)はわりと珍しい存在らしい。

 冷やすこと自体はこっちの科学や魔法の技術でもできるらしいけど、大きさとか強さとか安定性とかの面で、雪山や寒冷地の洞窟のような本格的な氷室を再現するには莫大な維持費(コスト)がかかってしまうのだとか。


 つまりローナはとても価値の高い仕事をしているのだ......あの「スヤァ」の時給は高いんだ、多分!



 さらに言えば氷精の血というのも、とても高い価値があるらしい。


 ティやメイの話によると、彼女たち妖精の血肉というのは魔法の儀式や薬の触媒や材料にと幅広く利用できてしまうのだそうだ。

 他の動物でも角とか髪とか魔石とか(?)の特定部位に魔力が集中しやすいことがあるそうなのだけど、氷精の場合は血、小さい妖精ならば全身に魔力成分が含まれたり含まれなかったりするのだとか。


 氷精の血をうまく使えば魔力回復薬とか麻痺薬、仮死薬とかの特殊な薬が作れるそうで、帽子人から是非その血を、あるいは臨床データを少しでも譲って欲しいという要望が出たのだとか。


 もちろん俺はローナの血を譲る気なんてないし、氷精の里の人達の血を抜き取ったり、毒薬生成の検証に使ったりも協力するわけがない。


 それを分かっていたティと帽子人達が、それならせめて薬の検証だけでも、ついでの他の検証もと暴走して行き着いた先があの、族長に薬ぬりぬり事件。

 試したいことを盛りに盛ったら当初の目的から大きく逸脱(?)してしまったらしいのだ。


 結局、あの件の検証結果は、俺が一度に同じ奴に10本塗りたくったせいで「特に害はなさそう」(...えっ?)以外の結果が分からなかったそうだ。つまり、塗り損である。



 とにかく、ローナと一緒に、どさくさまぎれに新たに増えてしまった我が家の常連、帽子人。低めの身長、顔も隠れる大きな帽子と長衣で身を包む、怪しげな集団。

 今日も彼らはうちの河原の片隅で、壺で謎の汁を煮込んでいる。


 完成した品々をそのままローナの氷室で保管して欲しいのだとか。


 薬の品質を安定させるためにある程度まとめてつくる必要があるのだけれど、作ったからには使うまでに保存が必要だ。

 それが希少な薬や少量ずつ使う薬となれば、作ったそばから消費できるというものでもないし、劣化を防ぐために温度を下げたり魔法的な処置を継続したりの工夫が必要になるようだ。

 そこで、ローナの管理する高性能氷室(地下)が大活躍するのだとか。


 なにより、彼らの拠点(ホーム)は洞窟で、壺を煮込むと匂いや煙がこ(・)も(・)る(・)のだとか。引っ越せよ。


 こうして今日も河原で壺をかき混ぜている帽子人達。


 すると、庭から河原へと、帽子人の一人がローナを連れて、慌てて走っていた。


 そしてローナが煮えたぎる壺に冷気を吹きかけると、壺からモクモク溢(あふ)れ出ていた真っ赤な煙が徐々に収まっていき、帽子人達がわちゃわちゃと歓声を上げていた......おい、もしかして、わりと大惨事一歩手前だったんじゃないのか? うちの庭でお前ら何を作っているんだ!?


 とにかく、そんなこんなでうちの庭がまた賑(にぎ)やかになった。

 一応、危険物を煮こむ時は必ず事前にみんなに申告するようにと注意しておいた。



 せっかく研究者さんがいっぱいるから、ずっと確認したかったことについて試しに聞いてみた。


「ほほぅ? 魔王様の【まほう】......断絶結界(まほう)で魔王様自身を収納したらどうなるか、と?」

「うん。自力でちゃんと外に出れるのかなって。つまり、最終的に試したいことは、こういうことなんだけど」


 俺は右手に持った石を【まほう】で収納して、左手に出した。


「...なるほどっ! つまり離れた場所への瞬間移動ですなっ!?」

「さすが理解が早い!」


 俺の周りにわちゃわちゃと帽子人達が集まってきて、見解を出しあってくれた。


「自分を収納した場合に、再び外に出られるかどうかは、おそらく五分五分くらいでしょうなー」

「成功率を上げるために、錨(アンカー)を用意しておくというのは?」

「試しに私を収納してもらえませんかね、魔王様?」

「錨を用意するならば、その錨を死守しなければ危険ですな」


 ...失敗する可能性がある時点で、却下だなー。


「過去にスライム殿や炎を出し入れした実験では時間の停止か遅延が確認できたとか?」

「伝承に聞く断絶結界と同じですなー」

「試しに私を収納してもらえませんかね、魔王様?」

「遅延......では、いっそ収納と排出を同時にやっては?」

「なるほど! いっそ収納よりも、直接、小型の転移門を目指すのですなっ!?」


 なんだか大事(おおごと)になってきた。

 だけど、言われてみれば俺がやりたいことって、まさにそれだった。



 そんなこんなで実験をすることになった。


 ...実験まではやるつもりなんて無かったのだけど、帽子人達の強い要望で押し切られてしまった。

 いきなり実験するにはまだ準備不足も危険も大きいと言ってみたのだけど、帽子人達に「実験に犠牲はつきものですっ!」と声を揃えて反論された......君達はいつも犠牲を出しながら実験しているのか? やめなさい。


 それでも、その場で思いつく数々の懸念(けねん)点を、その場で次々に対処案を出していく姿はまさに研究者の種族なんだなぁと驚いたり感心させられたりした。



 そして我が家の河原に現れた大規模魔法陣。


 有事の際の座標復元や、強制魔法解除、【魔導】のニアが俺の【まほう】に割り込んで救出するための補助術式、などなど、いっぱい機能を入れて、家一軒分くらいの広さの魔法陣が作成された。


 俺は何度も止めたのだけど、帽子人達全員が一丸(いちがん)となって、一生懸命描き上げやがった。術式だけでなく、周りを囲む石柱みたいなやつはきっと建築関係者達の犯行・幇助(ほうじょ)である。

 もはや当事者の反対を押し切ってでも意地でも実験を敢行(かんこう)する意気込みだ。


 最初に思ってたやつと違う、一大イベントみたいな感じになったけど、とにかく実験してみることになってしまった。

 この瞬間移動の被験者は「やたらと俺に収納されたがっていた帽子人」さんである。そのしつこさに根負(こんま)けした。


 もはや【まほう】の収納ではなく、帽子人が描いた転移門の魔法陣へ、俺が【まほう】で魔力を流す感じになってしまったのだが......


 実験は開始され、魔法陣を前に大興奮する帽子人さんを、魔力を流し続ける俺が急(せ)かした。


「おぉ!? これはスゴイですなっ!?」

「い、良いから、通るなら早く通れっ! これ、維持にすっごい魔力を消費するっ!?」


「「おぉ!?」」


 そして見事に転移は成功したのだが、


「おぉ! スゴイですな! スゴイですなっ!?」

「待て待て待て、往復するなっ!! 一度で終われっ!! 通るたびに莫大な魔力を奪われるからっ!?」

「おー!」

「おい、ニアぁっ!? お前もやるなっ!!」



 危うく魔力切れで倒れる寸前になったけど、どうにか実験は無事に終わった。尊い犠牲(=俺)を出さずに済んで、ほっとした...



 そして実験の結果から、「転移門」としての実用には程遠いほどことも確認できた。


 臨時の実験で大規模魔法陣が必要だったことは、改善できるらしいから問題ない。

 だけど、転移できた距離はたったの「二歩」。そして俺の目の前、さらに目視で安全確認しながら、莫大な魔力を消耗したあげくの、二歩である。

 つまり俺が自分で歩くか持ち上げて下ろすかした方が、移動手段としてははるかに安全で確実ということだ。


 ...まだたった一日で結論を出すのは早いのだけど、それでも俺、ニア、帽子人の見解は一致した。おそらく訓練しても、距離と安全面は変えられない、と。

 魔法陣も含めた道具を使えばもっと工夫はできるかもしれないが、それならば、それこそ俺抜きで「転移門」を目指した方が良い、と。



「...いや、それでも決して、無駄なんかじゃなかったんだ。

 わずか二歩でも、俺達にとっては偉大な一歩だったんだ」


 拍手する俺達に、シータとティが水をさした。


「主(ボス)、上手いこと言ってまとめないで下さい」

「二歩から一歩に減ってるではないか」

「違う、そういうことじゃないんだ!」


 だけどサキとユキは労(ねぎら)ってくれた。いつも俺の味方である。


「その、主様(あるじさま)もニアちゃんも、色々と、お疲れ様でした...」

「楽しいものが見れました!」

「そうだ、そういうことなんだ!」


「...楽しくて良かったのー。それで、主様(ぬしさま)? 今日はどうするつもりなんじゃ?」


 実は今日は、迷宮39階層から40階層へと移動する予定だったのだけど......もう夕方だ。

 軽い気持ちで帽子人に相談したつもりが、そのまま捕まって一日がかりの大実験、そしてまだこの後に後片付けが残っている......


「...ごめん、時間的にも体力的にも、もう、無理だ」


 時間よりも精神力というか、魔力のほうが深刻に限界だ。


「まったく、もー、仕方がないのー」

「後片付け、手伝います!」

「もちろん俺も手伝いますよ......それにしても、ずいぶん大掛かりになりましたね?」

「なんだか、迷宮にある転移門を思い出しますね?」


 たぶん、原理については迷宮のやつと同じなのだろう。

 まぁ、俺もこれだけの規模の即席魔法陣が目の前で作られていく様子が見れたのは楽しくて勉強になって、満足した。


 そしてニアは、氷室の前でニコニコしているローナの膝(ひざ)に頭を載せて眠っていた。疲れたところにヒンヤリしてもらって気持ちが良いのだろう。

 ...ニアには特に、この作戦に関する頭脳労働や、実行中の事故に備えてずっと臨戦態勢で備えてもらっていたから、特に負担をかけてしまった。


 帽子人は元気いっぱいだった。おもちゃを前にした子供のようにまだ興奮気味だ。

 むしろ、後片付けのはずが魔法陣の改良に移り始めたので「今日はもう片付けなさい!」と叱(しか)りながら、日も暮れ始めた庭でみんなで魔法陣をせっせと片付けていったのだった。


 整地なら手伝いますよ? と地面からニュッと現れた泥人さんに、帽子人達が再び興奮しだしたので「いいから片付けなさい!」と再び叱っておいた。



----------


 翌朝。


「あぁ、なんだか身体が、頭が重い......ニアの方は大丈夫?」

「元気」


「主様(あるじさま)? 今日はお休みにしますか?」

「いや、そこまでではない、ただ、今日は【まほう】はあんまり使わないつもりだ」


 昨日、限界まで魔力を絞り出したせいか、まだどうも疲れが取れていない感覚だ。


「主(ボス)は、昨日の魔法は完成させるのか?」

「...させる予定だ」


「あれだけ苦労してたったの二歩じゃろう? 意味などあるのか?」

「...むしろ半歩でも十分なくらいだ」


「なんじゃ、宴会芸か? ...おや、おぬしら三人には分かるのか?」


 首をかしげるティの一方で、ユキ、シータ、サキは俺の言葉に反応した。


「...私達の攻撃は、いつも主様(あるじさま)にぜんぜん当たらないので」

「...そこに、さらに半歩も不意を突かれるようなら、もう、悪夢だ」

「必殺技です!」


「...まぁ、そういう意図の技なんだけど、戦闘の最中に使うのは難易度的にたぶん無理だ。

 使うとしても戦闘開始か逃走時の不意打ちみたいな、一発芸としてだろうね」


「そういうものかのー...

 ...だが主様(ぬしさま)。使うとしても、それは必ずニアが居る時しか使うな。危険過ぎる」


「...うん。ニアがいてもできるだけ使わない。切り札というか、保険として練習するだけにしておくよ」



 そして全員出発の準備ができたところで、見送りにきた皆に手を振って、霧の向こうへと歩き始めた。


 メイとスライムさんに加えて、スライムさんを抱えたローナが見送りに増えていたのが、なんだかうれしかった。


 ...泥人さんにローナと、家の守りが増えたのはうれしいけれど......ローナはともかく、スライムさんはいつでもこっち側に来て良いんだからね? そこで小さく手(?)を振ってないでさ!


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