こおりのよるのうたげ
ローナが、氷塵になって、消えた。
おい、なんだ。
これはどういうことだ?
俺は何か、失敗したのか!? 氷精の取り扱いを間違えたのか!?
まさか、おい――
「そんなに焦るでない、主様。その心がローナにうつるぞ」
「――説明しろ、ティ」
「ローナは今宵、かの地の氷精からこの地の氷精へと生まれ変わる。大事な初めての夜には色々と準備が必要なものじゃろう? 一晩くらいはがっつかずに付き合ってやれ」
「いちいち含んだ言い方をするな......つまりローナは無事なんだな?」
「無事かどうかはまさに、今、主様次第じゃ」
「......明日の朝まで正しく待てば、ローナが無事でいられるということ、だな? それは、俺一人の方が良いのか?」
「うん? それはー、ふむ? ...思いもつかなかった話じゃのう?」
「ならば今、全員をここに呼ぶ。彼女を待っているのは俺だけじゃない。全員だ」
彼女の居場所は俺達全員だ。
そしてこの夜、霧の我が家で急遽、ローナを待つための宴が始まった。
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いきなり夜の宴の開催を決めたのは申し訳なかったが、メイや他のみんなもわりとノリ気で喜んでくれたのは、俺もうれしかった。
メイも俺達も総動員で、宴用の軽食を、時間のかからない料理を一気に作っていった。
未だローナの放った霧に包まれた庭先だったが、そこにいくつか焚き火や鉄板も用意して、バーベキュー的なものを作り始めた。切り分けた食材を揃えておいて、各自で食べたいだけ焼きましょうという意図である。
うちの家にまだ泊まっていた建築関係者や帽子人達も一緒に参加してくれた。
庭先でバーベキュー場を作りだしたのは彼らが中心であり、大小それぞれの多くの種族達が、各自で携帯している刃物を使って次々に食材を切るのを手伝い始めたのには、少し文化の違いを感じて驚いてしまった。
それと、よくよく見ると、料理に肉無しのものが混じっている。
完成品の配膳がはじまると、身体の大きな者や毛深い者たちの中にも肉を避けている種族がいた。逆に、肉ばっかり取っている種族もいる。
信条なのか体質なのかは分からないけれど、やっぱり食べられる、食べられないのルールも人や種族によって異なるようだ。今度から他の人達に料理を作る機会があれば気をつけねば。
...こうして見ると、本当に、いろんな種類の人達がここに集まってきたものだ。
調理場と庭先で作った料理がそれぞれ出揃って、酒瓶と杯を並べて、挨拶もそこそこに乾杯した。
――そして、開始して少し経ったら、なぜかユキに説教されている俺。
「主様、ちょっとそこに座って下さい!」
「え、もう座って...あ、はい、座ります」
「ローナちゃんに言ったそうですね、『一人が最高!』って」
「えっ!? それ今のローナに聞いたの!? ...あ、はい、言いました」
「いけませんっ!」
「あ、はいっ!」
俺の対面で叫んだユキは、手に持った杯に入ったお酒をグーっと飲み干した。
「...いけません!」
「はい」
そう繰り返したユキの空の杯に、両手に抱えた一升瓶から酒のおかわりをトクトクと注ぐサキ。
注ぎ終わった後には、今度はその一升瓶を逆さまにゴッゴッゴと三度ほど大きく喉を鳴らして、ひと仕事終えたようにサキは「ふぃーっ」と息をついた......サキは給仕には向いて無いと思うな?
そして、あっちの方からこっちにゆっくり近づいてくるスライムさん。
頭の上にはお盆とコップ。落とさないように慎重に移動中なんだろうけど、君も給仕には向いてないと思うよ?
「聞いてますか! 主様!?」
「はい、聞いてますっ! いけませんっ!」
今回はユキもかなり酔っているのか、少し感情の起伏が激しい気がした。今度は悲しそうな声で俺に言う。
「...私達と一緒にいるのは、嫌ですか?」
「無い! それは無い、絶対に無い! 俺はユキ無しなんてもうありえないっ!」
絶対にない! それだけははっきり言わねばならない!
慌ててそれを叫んだ俺に、ユキは目をパチクリしたあと、急にエヘーと顔を溶かした。かわいいなぁ。そして酔っ払ってるなぁ。
手元のお酒をコクっと飲んだユキに対して、その杯にすぐに注ぎ足すサキ。その後にサキは再び一升瓶でゴッゴッゴっと喉を鳴らして「ぷはぁー」と言う。君、いまさらだけど杯は無いのか? 俺がもらって来てあげようか?
...もちろん、俺はユキもサキも皆が大事だ。でもローナに言ったことも本音ではある。
人には向き、不向きがあるんだ。
いちいち言って話をこじらせるべきでは無いのかもしれないが、それでも俺の本音もどうにかユキに伝えてみた。
「...だけど、ユキさん? ほら、一人になりたい時って、あるじゃない?」
「だけどっ、二人や三人になりたい時も、ありますよねっ!!」
「はい、あります」
あきらめた。
なんだか酒のペースがいつもより早いユキさんに何か言っても勝てない雰囲気だし、ユキさんを悲しませてもしょうがないので、俺の全面敗訴を認めて情状酌量を訴えてみるのも諦めた。
だけど、ユキさんは何やら俺の目の前に座りなおして、俺の両腕をつかんで、目をじっと見た。
今までで一番の怒り、そして悲しみを込めて、俺を責めた。
「――みんなの居場所、みんなの仲間、それも、主様がいなくなっても良いように、ですかっ!?」
「そっ!? ...それは!!!」
俺の無意識の真実を、突き刺された。
それは――...正しいけど、違う!!
咄嗟に目を逸らしてしまった。その視線の先は追撃を恐れてか助けを求めてか、俺は――
「――あっ」
「えっ?」
...視線の先で、サキが酒瓶を抱えてショボーンとしていた。
気配が消えたように静かだったのは、一升瓶が空になったからのようだ......君、まだユキに2杯も注いで無かったはずだよね? 中身はどこに行ったのかな?
そんなサキの様子を見て戸惑うユキに、俺は伝えた。
「...ユキ、別に俺は逃げないから大丈夫だよ?」
「す、すみません、主様! ほら、サキちゃん、一緒に次のお酒をもらって来よう?」
わりと酔ってたはずなのに、相方のピンチ(?)にすぐにシャキッと動けるユキは本当に良い子である。
向こうに歩きながら「お酒、どこかに行っちゃった...」「うん、きっと妖精さんのしわざだね?」と言う二人に、その妖精さんの名前はサキだと思うよと心の中でツッコんだ。
そして、あっちの方からゆっくりとこちらに近づいてくるスライムさんの、頭の上のお盆の上には、既に何も載って無かった......慎重に歩いていたわりには、もう、落としたのだろうか? スライムさんも酔っているのかな? それとも俺に、「お盆を」持ってきてくれるのかな?
...俺がローナにみんなの居場所になれといったのは、なにも、俺がみんなに押し付けて、一人で逃げるつもりなんて意図では無かったんだ。
ティやメイやその仲間達が、俺に何かあった時もローナを守ってくれると思っての打算、そして自分が守ると言い切れない弱さ、それらをみんなに押し付けていることには変わりないのだけど......なにせ、人族や【勇者】達に命を狙われる魔王様だから余計に、自信が無かったんだ。
俺の背中に、ニアがグデーンと寄りかかってきた。
「トゲ抜き」
「...? とげ抜き?」
「いっぱい刺さったのを、主に抜いてもらう。私も主のトゲを抜く」
「...うん。よろしくね?」
「いいよ。まかせて?」
...ニアの過去について俺はほとんど知らないけれど、俺にできることは何でもやろうと思う。
......ニアはそのまま俺におぶさったまま、ムニムニ俺に頬ずりして離れなかった。ニアも酔ってるのかな? ...ニアは本当は何歳なんだろう、お酒は大丈夫なのだろうか?
そんな俺達の前に、四天王(酔)がやって来た。
ここまでの一対一の戦いに比べて、集団の酔っぱらいはとても厄介である。ニアに魔法で一掃してもらうべきだろうか?
「われわれはぁ、粉骨砕身の思いでぇ、この身にかえても魔王様をぉ、お守りする所存でぇーありますっ!」
「いや、身代わりになって粉砕骨折しちゃったら、それはもう守ったことにはならないよ?」
四人が一生懸命なのはうれしいけど、どうにも危うい。彼らは彼らでとても心配だ。
酒の席で説教する上司みたいな少し気まずい気分で、それでも俺は言ってみた。
「うーん、命懸けでがんばるのも大事だけど、毎回それだとダメだからね?」
「なぜでありますかっ!? 我々は決して恐れることなど――」
「――待って。つまり、毎回それだと、みつもりの基準が常に『命懸け』になっちゃうでしょ?
...本当の危機が来た時に、俺も君達に『いつも以上に命懸けでっ!』としか頼めないし、君達が誰かに自分の仕事を頼まざるを得ない時は『命懸けでよろしく!』って説明になっちゃうし、何より君達が本当に大怪我でもしたら俺、怖くて、もう君達には仕事を頼めないよ?」
「そ、それはっ!? ですが我々は命懸けでっ! ...ではなく! ...その...!」
「...魔王様、我々は、どうするべきなのでしょうか?」
「...命懸け以外でも、いちいち切り札に頼らなくてもできる方法も編み出せば良いんじゃないかな?
事前の準備とか、他の仲間や何かとの連携とか、危なくなる前に逃げるとか......とにかく、もっと肩の力を抜いてごらん?」
「「......」」
「それにほら、戦いって、始まる前からの積み重ねでもう勝敗が決まってるっていうじゃない? だから命懸けになっちゃってる時点で、わりと負けってのもあるんだよ? ...練習や知識を積み重ねることは、俺も手伝うからさ?」
「...なるほど」
「...期待してるよ?」
「「はいっ! 命にかえてもっ!!」」
ダメだった。
...いや、言いたいことは伝わったはずだ! ...でも、酒の席だから忘れるかぁ〜......今度、朝の訓練の時にでも実演説明できる方法がないか考えよう......
空のお盆を頭に載せたスライムさんが、ついに俺の目の前に到着した。
...そのお盆の上に、横からスッと現れたシータが、お酒の入った杯をそっと載せた。
そして、シータが説明した。
「...連携技です」
「...二人共、ありがとう!」
俺が杯を受け取って、代わりに空の杯を載せると、スライムさんはそのまま向こうへと引き返し、お盆の上の杯をシータがそっと回収した......なんてみごとな連携(?)だっ!
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「ニャハハハハ!」
「ニャハハハハ!」
「おい、二人共飲み過ぎだ...サキはともかく、なんだ、ティも実は酒に弱いのか!?」
「何をいうか! こんなに楽しいものを一人占めとは、主様はズルい! ほんとうにズルすぎる! ローナや氷精どもを口説き落とす手腕と良い、なんじゃ主様は、ズルいぞっ!」
「いや、べつにズルくなんて...ねぇ、メイも実は酔ってない? そんなにうっとりした目で俺の口に次々に甘味を運んでこなくても、大丈夫だよ? あーん、じゃなくて。ほら、右の子も対抗しなくても大丈夫...今日は君もたいぶ酔ってるよね?」
口に入る甘味よりも左右の子(左は代打)の甘やかしでむせそうだ。砂糖なしのコーヒーか紅茶が欲しい。
「...主、なんだか魔王というよりも、赤ちゃんみたいになってますよ?」
「俺もそう思うぞシータ。あと、俺は魔王じゃねぇ」
「...本当に、この魔境はわけが分かりません。
主が強かったり弱かったり、みんなは怖かったり優しかったり、さっぱりわからない人達が集まって主を囲んでいて、主もみんなを拾ってきて...」
「俺もそう思うぞシータ。だけどここは魔境じゃないし、あと......何だっけ?」
「...見てて、本当に飽きないッス」
「...俺も本当にそう思うよ」
それからあとも、なんだか知らない妖精やら妖怪やらに囲まれたり、知らない歌や踊りに巻き込まれたり、メガミさんの神殿におすそ分けをお供えしたりしているうちに、その長くて短い宴の夜は過ぎていった。
...きっと、この熱が、みんなの温かさが、ローナにも十分に届いたんじゃないかと思っている。
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そして、翌日。
氷室の周りが一面の花畑に変わっていた。真っ白な花だ。
あの「隣の神殿」の件といい、何やら既視感のあるアレだった。神殿と氷室の花畑が交じり合って、なんだかパワーアップしちゃった感じだった。
その花畑の中で、朝日を浴びてキラキラしているのはローナ。
気分的なものではなく、なんだかもう本当に光を撒き散らしていた。昨夜、彼女が消えた瞬間に見せた氷塵を今度は自分のものにしたかのように......
俺のそばでティが言った。
「...ちゃんと羽化したようじゃのー」
美しい氷精さんの姿に、俺も思わずつぶやいた。
「...そうか、無事でよかった。見た所、特に変わった様子もなさそうだし...」
「「えっ!?」」
俺の安堵の言葉に、みんなが一斉に振り向いて、シータが俺に呆れるようにつぶやいた。
「...いや、主、どう見たって...」
「え!? 何が違うの!? ...無事だよね? ...ちょっとキラキラしちゃってるけど、いつも通りのローナじゃない?」
「...主、そういうところだぞ?」
「鈍感じゃのー」
「「どんかんです」」
...えっ、何......あれ? 本当にどこを間違えたのか分からねぇよ!? ...髪切った? とか言っておけば良いのか!?
...だけど、鈍感な俺にも分かるくらいに、ローナのまぶしい笑顔は彼女が何かを歩みだすことに成功したことが確信できて、それをこうしてみんなと一緒に共有することができたことが、心の底からうれしかった。




