せんごしょり
「貴様!! こ、こんな真似をして、ただで済むと思うなよっ!!」
確かに俺達は、ちょっと激し目の、子供達にはお聞かせできない音色を奏でてしまったかもしれない。
だからって、そこまで怒ることないじゃないか。
かつてロックやパンクも不良の音楽だと言われていた時代もあったんだ。だから、いつの日か俺達の音楽に時代が追いつく日だって、きっと...
「いや、主? 怒られて当然のことやってましたからね? ...あぁ、いや、ですが、その...」
「そうじゃぞシータ、こんなものは、それ以前の問題じゃ」
ちなみにそれの方の主犯はお前だからな、ティ。
それはさておき、氷精の族長はひどく激怒していた。まぁ、あんな目にあったのだから、いっそ逆上でもしなければまともに喋ることもできないだろう。
とはいえ、この氷精の族長が、この戦いの約束事を全て平気で覆してきたのには怒りを通り越して呆れてしまっていた。
彼女達が「その力を示してみせろ」と言ってきたから、そちらの望み通りに全員倒して、お前も倒して(?)みせたというのに。
いざ負けてみれば、それを認めないと騒ぎ出し、野蛮人共はさっさとこの土地を去れと喚き散らし、さらには慰謝料だ賠償だのとゴネているのが、現在のこの族長さんである。
なんだかもう、「キーッ!」って感じで威嚇してきているというか、とりあえずゴネておけば何でも通るとでも彼女は思っているのではなかろうか...?
その一方で他の氷精たちはおとなしかった。敗北自体は認めたようだが、彼女達の族長が負けを認めない以上、彼女達もなんとも言えないとでもいった様子だ。
中には数人、助けを求めるようにシータの方をちらちらと見るものまでいる有様だ......シータがここまで手を尽くしてやったのに、族長をたしなめるでもなく、それでもシータがどうにかしてくれることを期待しようとは。
ティではないけど、放っておけば勝手に滅ぶだろうと思ってしまう。
「あの、主――」
シータが俺に何かを言おうとするのを手で制して、俺は、喚き散らす族長の前に立った。
...なんだか、イラッときて、つい言ってしまった。
「...お前は今、岐路に立っているのが分かっているのか?」
「はぁ? 貴様何を言っている!」
「お前は、民達を守れなかった」
「まだ、わらわは負けておらぬわ!!」
「民達や部下達が、命を賭して長を守るのは、長が皆を守るという期待からだ。
たとえ自分が死のうとも、自分の家族や友を、大事な人々を一人でも多く救うだろうと信じているから、人々は本部や司令塔を守り、その指示に従うんだ...」
「そっ、そんなものは当然であろうがっ!」
「...だが、お前は今、俺という脅威から誰一人として守れていない」
「っ!! ...貴様は、人族の分際で、身の程を――」
「いちいち騒ぐな、目障りだ。
...終戦や革命の結末に真っ先に捧げられる首が、どの首なのかは分かっているだろう?
その首が高貴だからではない、順に並べた時にその首がもっとも目障りだからというだけのことだ......これ以上、無理してはしゃいでその首に付加価値を付けようとする必要なんて無いんだぞ?」
「――...きっ、きさま――」
「――お前は、この期に及んで、一体なにを期待しているんだ? 時間を稼げばお前以外の誰かがどうにかしてくれるとでも思ったか?
残された僅かな時間、お前の過ごし方は、遺言は、それで良いのか?
ここから一発逆転など、もう、ないんだぞ?
...前には俺、後ろには道を失ったお前の部下たち、お前に、逃げ場など、もう、ない」
「...き、きさ...ひぃっ!?」
その細首を優しく撫でながら、忠告した。
「お前は今、岐路に立っている。
誰も守れず、何も語れぬその首が、未だ繋がっているというその奇跡を噛み締めながら咽び泣いても良いんだぞ? ...まだ生きている今のうちにな?」
すべてが脅しというわけでもない、実際に奇跡だと思っている。
俺が当初の予定通りに39階層の素通りを試みて、何も知らないこいつらが俺達に襲いかかって来たならば、俺達も真っ向から受けて立っていたことだろう。
上にいた熊やニョロリを相手にしてきたように、容赦なく首を刈っていた、かもしれない。
それをシータがわざわざ5日もかけて潜入して、こいつらと俺達の双方の間を取り持って、ようやくこの状況になったんだ。
シータが俺やティを説き伏せなければ、途中で投げ出せば、そこで終わりだったんだ。
そして、今度は族長以外に聞いてみる。
「...それで、お前たちはどうしたいんだ?
シータの後ろに隠れていればやり過ごせると思ったならば、大間違いだ」
「「......」」
別に氷精達がどうしたいかに興味は無かったりするけれど、このまま放置するのは、なんだか氷精もシータも不憫に思えて......その意思を、ちゃんと聞いておきたい気がしたんだ。
「...それで、シータ?」
「申し訳ございませんでした、主」
即座に俺に謝罪するシータ......俺と一緒になって「もうこいつら放っておきましょう、ははは」なんて言わずに、氷精たちの側から俺に対して謝った。イケメンは美女たちの味方である、ははは、このヤロー。
「...シータ、お前、こんな茶番に俺を付きあわせた覚悟はできているんだろうな? ...明日の朝日が気持ちよく拝めるとは思うなよ?」
「...っ!?」
「「!?!?」」
単に「今度、朝練でしごいてやるからな」と言っただけだけど、その言葉にシータ以上に青ざめた氷精達にはどう聞こえたのかまでは俺は知らん。
...ただ、シータはお前たちの分の責任までとろうとしている、まだ氷精たちの味方であるということは、どうにか見せておきたかったんだ。
「それからティ、お前の『回復薬』の方はマジで許さん。罰として、ちゃんとシータに最後まで付き合ってやれ!」
「むー。仕方がないのぅ...」
氷精の処遇はシータが主導で決めろ。
シータが「もう、こいつら滅ぼそうッス」とか言いだしたならそれまでだけど、そうしない限りは、ティもシータが上手くやれるように手伝ってやってくれ。
「...シータがもう放っておけというなら、それでも構わん。そして氷精達がなお力を示せと言うならば、次はもう、俺は本気で叩き潰す。 ...シータ、お前が俺にその結論を示せ」
俺はシータとティに後始末を任せて、一人だけ【白昼夢】を呼んで先に引き返していった。
一番怖いやつが引っ込んだ後で、あらためて互いの本音をぶつけあってくれという期待を込めて。
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結局、今回はほとんどシータとティに任せてしまっていたせいだろう、あの氷精達のことは敵というより他人事として割り切ることができてしまって、同情というほどでもないが、正直、運命のむなしさを感じてしまっていた。
もしも30階層が廃墟でなかったなら、あるいは21階層にいたのがオーク達ではなく氷精達であったなら、もっと状況が変わっていたのではないだろうか?
吹雪の魔法や【魅了】も使って上手く戦えば、あの時の人族の軍勢くらい氷精ならば迎撃して食料に変えてしまえたのかもしれない。
あのローナの件を含めて、限られた選択肢を選び続けて、選ばざるをえず、今こうして氷精達はここにいる。
そして、21階層のオーク達は生き残り、氷精達はここで終わる......終わりそうになった。
...かといって、俺達が氷精達を助けてしまうのも、正しいのだろうか?
かわいそうだからお逃げ、と言って、危険な外来種を無責任に野に放ったりするのと同じになったりしないのか?
放った結果、元々そこにいた種が滅んだり、近隣の村が滅んだりする黒い歴史や怖い伝承になったりしないのか?
もしも俺が人族の兵士にでも就職していれば、それこそ危険な魔物を討伐しなければとか、やがては人族を食らい尽くす可能性を阻止しなければとかも考えなくちゃいけなかったり...
「――...そんなわけは無かろう」
俺の疑問にティが答えた。
その後の決着として、ティが氷精達を「地上の」雪山へと送り出すという報告をしてきたので、俺が「でも人を全部食べちゃうんでしょ、大丈夫?」と聞いてみると、
「縄張りに引きこもったままの連中が、その狩場のエサを食らい尽くしてしまう訳がなかろう。そんな間抜けな種族はとっくの昔に滅びておるわ」
「えっ、それなら『狩り』はどうするの? やっぱり、実は人は襲わないわけ?」
「薬草だって採り尽くさずに残すじゃろう。木の実だって食べた後の種は大地へと帰すじゃろう?」
「...つまり、取るもの取ったら『帰宅させる』ってこと、なのか?」
「使用後は返却じゃな」
「......」
「...共生じゃな」
「おい、言い方を変えてもやることは変わらねぇぞ?」
「だが、気持ちは変わるであろう? フフ。
そもそも、街道や通り道ならばいざしらず、わざわざ危険と分かっている雪山の奥へと分け入ってきた者達の身に何かが起こったところで、いちいち騒ぐほうがおかしいじゃろう?
氷精に食われようが、水晶蟷螂に食われようが、それが挑んだ結果であれば食われる側も本望じゃろう?」
たしかに、登山前の入念な準備や調査とか、天候や体調変化にともなう中止とか、専門家の人ほど危険と真剣に向き合っているのだろうけれど...
「...だが、実際に危険に挑む者達が全て望んでやっている訳ではない。嫌なものを危険なものを押し付けられるのは、いつも逃げ場の無い弱者達だ」
きっと誰かが偉い人達に「あの雪山の氷精たちを調べてこい!」とでも命令されるのだろう。権力で金で縛られて、やむを得ずに...
「なんじゃ、主様は地上のすべての弱者を救い尽くすつもりか!? そんな同族同士で責任を押し付けあう愚かな種族のことなど、いちいち心配するでない!」
「...仰るとおりです」
ティがどの種族の悪口を言ったのかはさておき、氷精も人族も地上のすべてを心配しようとする俺が愚かというのは、そのとおりだ。
むしろ、わざわざ無難な山奥に共生させようという、専門家の配慮を素人の俺が疑うことも、愚かな話なのかもしれない。
「...まったく、いちいち要らぬ心配をして、主様もなんぎじゃのー?」
「...それを言うなら、ティもだろう? 過去に氷精達と何があったのかは知らないが、今回は、ローナにも氷精達にも結果的には手を差し伸べてあげただろう?」
「ふん。たまたまじゃ。
...そう、今のわらわにはたまたま主様とシータがおった。それだけのことじゃ」
「そしてティも、皆もいた。いつも本当に感謝している」
「...わらわも主様に、いつものお礼に今度、回復薬を塗り塗りしてやるぞ?」
「...遠慮するなティ。それはお前が樽の中で存分に独り占めしろ!」
「まだ忘れておらぬのかっ!?」
とにかく、ひとまずは無事に決着したのだろう。
シータのおかげで余計な犠牲が出なかったのは本当に良かったと思う。
ほとんどシータとティに任せっきりだったのに、なんだかすっかり疲れてしまった俺は、報告を聞いた後に早々に就寝することにしたのだった......
......
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「...ティ様、よろしいのですか?」
「何がじゃ、メイ?」
「これから何が起こるのかをご主人様にお伝えしないというのは......今回ばかりは危険すぎます」
「わらわは、むしろ伝えない方が良いと思うのじゃがのー」
「...なぜです?」
「メイ、なにも悪戯で伝えないわけではないのじゃぞ?
いつも主様には驚かされてきたが、今回のあれには本当に...
シータの戯れ言を今回はどう料理してくれるのかと思えば...クク、アハハハッ! 戯れ言に、児戯で返すとはっ! まったくなんと主様は、ハハハ!
ハハ...そして、わらわにもできたはずのことを、他にやりようがあったということを今になって気付かされようとはな、まったく。ハハハ...
...わらわの想像を超えてくれるものに、わらわが蓋をして邪魔するべきではない。
手に負えなくばローナを殺せ、手が届くならばねじ伏せよ、そんなつまらぬ選択肢を提示しておくよりは、いっそ黙って見守った方が、次は何が起こるか、夢があるじゃろう?」
「ゆ、夢、ですか...」
「メイ、おぬしだって、わざわざわらわに言わずとも、おぬしから主様に直接伝えてしまえば良いのではないか? おぬしも何かを期待しておるのではないか、うん?」
「うっ!? そ、それは、その...」
「...氷精どもには呪いの真名は破棄させて、既にローナの枷は外れた。もう、ローナは羽化を待つ蛹なのじゃ。
その最後の仕上げには、やはりわらわ達ではなく主様こそがふさわしい」




