せんにゅうご
そして何回かの「問題なし、継続中」の定期報告のあと、ついにまとまった中間報告が送られてきた。
我が家の会議室(仮)で、前に座るメイに渡された紙束に目を通す俺。
きっとティが【鑑定】スキルで見たのだろう、氷精達の情報が詳細に書かれていた。ティから送られてきた情報を整理して紙の資料に見やすくまとめてくれたのはメイだろうか? まさか現地でティが書いたのか? ...どっちにしても、ここまで本格的に資料に凝らなくても大丈夫だよ?
その(たぶんメイが作った)報告書はとても見やすかった。
氷精の村の構成員と名前、それから......一人ひとりの細かい数値。おい、なんだよ、「知力」とか「武力」とかって? ...いや、確かに俺の【辞書】の【ステータス】欄にも力とか素早さとかの数字をメガミさんが好き放題に書いてるけど、人によって【鑑定】できる内容って違うのか?
その謎の項目の数々を見ていると、前世でやったシミュレーションゲームを思い出した。
戦国武将達が全国を統一したりするあれだ。きっとシータの奴が持ち前の武力や知力や魅力を駆使して、氷精の村の勢力図を今、塗り替えている最中なのだろう。
...なんて思ったら、一つ、変なパラメーターがあった。「好感度」。戦国ゲームだと思っていたら、ギャルゲーだった。
【鑑定】スキルのレベルが上がると見えるのか、好感度? それって、ただのティの主観だよな? ...主観だと言ってくれ、見えないと言えティ!
俺がうっかりみんなの好感度とか鑑定しちゃって、実はめちゃくちゃ低かったら、俺は間違いなく吐血する!!
幸い、氷精達の主人公(?)に対する好感度は、軒並み高かった。そして異常に高かった。
「...ちょっとー、好感度120パーセントってなんだよー? しかもこれが大勢いるとか、シータの奴は大丈夫なの?」
資料を見ると、シータは順調すぎるほどに氷精達を「攻略」していた。なんだこれ?
シータが大丈夫かというのは、別に倫理的な心配をしているとかではなく、生命の危機的な意味での心配だ。
ただでさえ危険な氷魔の皆さんなのに、うっかりヤンデレ数人に囲まれてみろ。きっとハーレムエンドに失敗したシータは、武蔵坊弁慶のラストシーンみたいになっちゃうぞ?
「きっとあいつ、複数の氷精達に背中から刺されながら仁王立ちして逝くんだろうなぁ...」
「あ、あの、ご主人様? シータをどこかの英雄の最期みたいに見送らないでくださいね?」
そうなってくると、知力とか武力とかってのも、何だろうなー? あの氷精の里でも運動会とか期末テストとかの好感度を上げるイベントが発生したりするのかなー?
知力って、てっきり隣国の武将を暗殺するときの成功率とか合戦で落とし穴を掘ったり火で焼いたりする時のための数値だと思ったのに、あれか、メガネをかけながら嫌味を言って後半はデレることでお馴染みの方の知力かよ。
「...そして、卒業式では校舎裏にあるという伝説の樹の下で、シータは......埋められたり、首ブラーンしたりするわけだ」
「ご主人様!? そこは恐怖や謎展開ではなくて、もっと甘美に愛の告白とかされる場面ではないのですか!?」
えー、だってー、なんだかさー......想像よりもはるかに簡単にシータがハーレムエンドを迎えそうな雰囲気だからさー。あんまりにもイージーモードなクソゲーだと、主人公(=シータ)だって、物足りないんじゃない?
...それとも、みんなに背中を刺されたり落とし穴を掘られたりのミニゲーム(?)を全部パーフェクトクリアした結果が、あの好感度120だったりするのかな? すべての強敵に認められてきたみたいな、シータ無双かな?
......いや、むしろお助けキャラが偽ひみつ道具(=ティ)だけだったのに、よく破滅エンドを免れたよな......すごいぞ、シータ!
いまいち納得したようなしないような、複雑な心境で報告書のページをめくっていくと...
「えっと...この解説ページによると...
『...危険な雰囲気と爽やかな笑顔を使い分けながら相手の懐へと入り込み、相手の望む言葉を相手の欲する瞬間に叩き込む術に長けた、愛の狩人。ツンデレ、クーデレ、ヤンデレとみさかいなく一撃必殺していく彼こそは、天性の魔性にして【研性】、まさに魔王の弟子!』って、これ、シータの紹介文かよ!? あと俺を巻き込むな、ティっ!」
「てんせいの【けんせい】!? ...はわわっ!?」
「俺の方を見て怯えるなメイ! 別に俺は性を研究したり研鑽したり発表したりはしちゃいないっ!」
俺の研究はあくまで個人的な趣味の範囲で...ちがう! くそっ、あいつら、思ったよりも潜入任務をエンジョイしているんじゃねぇのかな!? 心配して損した気分だよ!
...あと、シータのそっち方面のスキルは俺じゃなくて、あいつの里の連中の仕込みだ! やつらはプロ集団だからな!
「まったく...ん? 最後の、この氷精の族長らしき人だけは好感度が低いな? ラスボスかな?」
「あ、はい。彼女がその氷精の集落においての族長のようです。彼女との和解だけは絶望的という報告を受けています」
一人以外は籠絡......いや、説得に成功と言ったところか...
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そして潜入から5日後の夜、ハーレム王と覗き魔が帰って来た。なんとも想定外の早さでの帰還だった。
ちなみに俺は、5日以内で女達の園を籠絡してこいとか言ってない。
城を築城したのも5日だったし、どうしてこうも俺の周りはみんな、せっかちなんだろう?
そして彼らが最初に言った台詞というのが、
「主様、氷精どもを滅ぼすぞ」
「主、氷精たちを見逃してやってくれ」
なのである。
開口一番で見逃してくれって、まるで俺が5日で殲滅してこいって言ったみたいじゃないか? ねぇ、その要望おかしくない?
「えっと、それってこれまでに報告してくれた、あっちの族長とは上手く話し合えなかったって話の件?」
「こともあろうか、ローナのやつを返せなどとぬかしてきおったぞ」
よし、殲め...いや、待て待て。
話はちゃんと最後まで聞いてから、殲め...いや、待て待て、落ち着け俺。
二人の説明を聞いてみたら、ひどい話だった。
なにやらシータを侮った氷精の族長が、上層にいる「孤独の呪いで縛られた氷精(=ローナ)」を討伐してきたらお前を認めてやろうと言い出したらしい。
その場でティと意思疎通しつつ、慎重にこちらの情報を小出しにしていったシータ。
その孤独な氷精とやらを倒したとシータが言えば、そんなはずは無いと族長が言い、ローナの特徴を伝えたら今度はこちらの希少な『道具』を勝手に壊したと怒り、そちらで捨てた道具をこちらで拾って大事に育てていると言えば返却しろと憤怒しだした、という話である...
その一方で、族長以外の氷精達はローナの返却を求めるよりも、ローナの脅威を恐れていたようだ。
ローナが捨てられたのはおよそ50年前のことらしいけど、氷精の全員が今もなお恐れるくらいなのだから、ローナの力も相当なものなのだろう。
そして、ティはさらにこう続けた。
「どうせ放っておいても、奴らは遠くないうちに滅びるわ」
奴らとは氷精達のことで、そして39階層には何もない。
食料調達に38階層に行けばあの氷ニョロリとも遭遇するだろう。仮にそれを倒せたとしても、人を【吸魔】しなければ子孫を増やすのは困難。そして氷ニョロリに敗北すれば氷精の数は減る。
実際に年々、氷精の人数は減ってきているらしい。戦える限界数を割り込めばもう崩壊だろう。
おそらく氷精達は40階層から登ってくる者達を待っているのだろうが、今のところはその人影はないらしい。
あの時のような軍の逆走などもう、そう簡単には起きないだろう。
そして個人の探索者でもやって来て、それをうっかり狩ってしまえば、40階層から『魔女』――19階層では俺達が会いそびれた迷宮の管理者、それが下から登ってきて氷精達に引導を渡してしまうだろう、というのがティの話だった。
上でも下でも氷精達に未来はなく、だからティは、もうここで止めを刺してやれ、と。
......えー、それ俺が止めを刺すのぉ? やだよ?
その一方でシータの奴は、それでも見逃してやれと言う。
...シータにしてみれば、それも無理のない話だろう。
形や手段は違えども、氷精達も21階層のオーク達と同じように里の生き残りをかけて戦っているのだろう。その苦労を知っているからこそ、シータは少なからず氷精達に同情してしまっているのだ。
「なるほど、シータの言い分はよく分かった。ティの言い分は分からん」
「ひどいのー主様」
「それで、主、その......頼みが、あるんだが...」
「うん、なに?」
「氷精達と、戦って欲しいんだ?」
...おや? 俺、なにか聞き間違えたかな? 戦え? なんだか結論が「ティのやつ」と全然変わってないぞ?
その矛盾する要求の理由をシータが語った。
「俺達の言い分が正しいのなら、俺達の長である主が、その力を示してみせろ、と...」
「なにそれ!?」
「残念ながら、そっちはやつらの長だけではなく、氷精全員の総意じゃのー」
思った以上に氷精たちは脳筋だった。
そもそも氷精達にとっては、シータや俺は食料で、奴らの方が捕食者という関係のようだ。氷精達相手にシータの話が通じたことの方が、むしろ快挙と呼べるものらしい。
それは、まぁ、食料が何かを話してみたところで......野菜がコロリと転がったり魚がビチビチはねたりしたところで、そりゃあ、手にとって、調理して、食べるだけのことかもね?
つまり、俺達がただの野菜ではないことを示せという話だ......え? 俺が? やだよぉ?
「...そこは、シータではなく長である俺が示せ、という話な訳だな?」
「...はい。申し訳ありません、主」
「主様、受ける必要など無いぞ。わらわが里ごと焦土にしてくれるわ」
苦渋の表情のシータと、ニヤニヤ顔のティ。
申し訳無さを感じつつも縋るしか無い苦悩する若者と、ほれー、どうするつもりじゃー、と俺の答えがもう分かっている性悪妖精の顔である。
俺はシータに任せて、シータはすごいがんばってこの状況を作ったんだ。ならば、俺は......
...シータは偉い、氷精は野蛮、そして俺達は野菜じゃない! 俺達が煮ても焼いても食えないところを見せてやれ! めんどうなんかじゃない! がんばれ、俺っ!
「...あぁ、もうっ。シータ、その戦いとやらの条件を教えろ。あとは俺がやるから、任せておけ!」
「主!? ...感謝する、主っ!」
「わらわはまだ、納得しておらぬぞ?」
「ならばティ、お前の望む条件も言え。どうせ俺が戦うことには変わりはない!」
「...まったく、主様は甘々じゃのー」
結局、氷魔とも呼ばれる氷精の一族を相手に俺は戦うことになってしまったのだった。
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これは全てが済んだあと、ティに聞いた話だ。
シータのやつは、何やら氷精達を前に彼女らの里の未来について熱く語ったあげく、ゴネる族長を相手に啖呵を切ったらしいのだ。
「俺の主は、あんたよりもはるかに強い」と......そんな恥ずかしカッコいいことを真正面から言えてしまうのも、5日間で氷精一族を説き伏せたのも、ついでに俺まで説き伏せたのも主人公(ただしイケメンに限る)の才能というやつだろう。
氷精達を端から順にねじ伏せることはできても、5日間氷精達と一緒に暮らして信頼したりされたりすることなんて、俺にはできない。やっぱりシータはすごかった。
...なんか、目からイケメンビームとかチカチカさせて仲間を増やしていくのかな? それとも口から低周波とかユワンユワン浴びせて説得していくのかな? もしや脇から匂い?
今度、どこから何を出せるのかシータに聞いてみよう。




