あたらしいのうぎょう
我が家の庭には畑があって、畑の中心には祭壇がある。
そう、祭壇。いくつかある畑のすべてに、石で出来た四角い台形というよりも塔に近い細めの台。高さはだいたい俺の肩くらいの高さで、四方は急勾配の階段になっている。
そして、朝日と共にやつらはやって来た。
畑を狙う生き物たちは一種類だけではない。今日は蜂。
ハチと言っても俺の知っているミツバチみたいなやつではなくて、拳くらいの大きさの、野菜というより肉とか噛みちぎりそうな顎を持つハチである。飛ぶ時もブーンではなくてバルルル、その大きさゆえの羽音だ。
そして鳴き声はギーである。もう、ハチかどうかも怪しい。
畑を狙う虫や動物たちを狙う生き物たちもいる。食物連鎖だ。害虫害獣は罠や薬で追い払うだけでなく、そういった天敵の力も借りながら畑を守る。相手によっては人が直接的に狩ったり戦ったりする必要もある。自分の庭や畑を守る戦いだ。
庭と家は泥人さんやメイの領域なのだけれど、畑の方までは同じようにはいかないらしい。外敵を地面の底へと引きずり込んだら畑が滅茶苦茶になるからだそうだ......いや、庭なら何をやっても良いってものでも無いから、ほどほどにね?
とにかく、そんな畑とハチ。
外敵から俺達の畑を守るのが彼ら......小さな蔦オバケ。
俺の膝の高さより低めの、丸い緑のかわいい奴。陸戦型の「邪悪な毬藻」みたいな集団である。
ハチと緑玉の戦いが始まった。
飛び交うハチの軌道が大きな弧から直線へと切り替わり、その鋭い針で緑玉達を次々と刺し貫く。そう、刺すだけではなく貫く、風穴の空いた緑玉達が散っていく、怖ぇ!?
そして緑玉、その鞭のように振り抜かれた蔦でハチ達を叩き落としあるいは絡め取り、次々とハチ達を墜落させる。そして、地面のハチを刺し貫く、こっちもヤベェ!
黄色のハチと緑の玉が、互いを刺し貫きあう、阿鼻叫喚の地獄絵図。
やがて戦いは緑玉軍の勝利に終わった。
十匹前後のハチ達では、どこからともなく増援が集まってくる緑玉達の数の暴力にはまるで歯が立たなかったようだ。
そしてハチの死骸を持ち上げた緑玉達が、畑の中央の祭壇へと結集していく。
祭壇上に、ハチの死骸のひとつをそっと捧げた。
その他のハチは祭壇の下に積み上げられて、それらをぐるっと円状に取り囲む蔦オバケ達。祭壇に捧げる係が降りてきて、緑円の中に加わった。
そして始まる、勝利のダンス。
踊りというか、むかし前世の、スポーツ観戦の会場でみたような観客が端から順番に立ったり座ったりするやつ、ウェーブだ。あるいはどこかの民族の伝統的な儀式か踊りの中間みたいな、みんなで息を合わせて同じ動きをするやつだ。
それが一匹だけなら可愛かったはずだ。だけど贄を捧げた祭壇を囲んだ集団が息ぴったりにそれをやってみろ、悪い夢に出てきそうな光景だ。
「...ほんとに、もう、うちの畑って、なんなの...?」
「ア、アハハハ...」
俺の嘆きに、ユキも苦笑することしかできなかったようだ。
「ねぇ、ユキ? あれって、こっちの世界だと一般的な農業なの?」
「い、いえ......私がやったことがあるのはもっと、その...普通の農業? でした」
どういうやつが普通なのかは分からないけど、少なくともあれがユキにとっても異状事態であることが確認できたのは助かった。
すべての農家であれをやっているのだったらもう、食卓に座るたびに俺の心の中のざわつきが止まらなくなってしまう。
緑玉達が宴に満足してしずしずと立ち去っていった後、メイに雇われた農家の皆さん――小人や森人や猫耳さんと種族は様々――が、ハチと緑玉の残骸を片付けていった。
その残骸も農家達の報酬の一部として、食料や加工品の素材として再利用されるのだそうだ。
ちなみに、あの緑玉。俺が迷宮の23階層で出会った蔦オバケの眷属というか、分身みたいなやつらしい。
意識が共有されているという点では全体で一つの個体、それぞれ別の生活を営んでいるという点では別々の個体なのだそうだ......とにかく、その辺の緑玉を捕まえて話しかければ、蔦オバケにも連絡が届くのだとか。
ただし、似てるけど違う蔦オバケの場合は、また別の管轄になるとのこと。葉っぱの数が三の倍数だと俺の知っている蔦オバケさん達らしいのだが......もう、よくわからないので、そういうものらしいと納得して、忘れることにした。
かごの中にせっせとハチの死骸と緑玉の抜け殻を回収していく農家のみなさん(?)を見ながら、俺はユキに言った。
「...そろそろ次の畑に行こうか......次を見るのが正直、怖いけど」
「が、がんばりましょう!」
今日は俺とユキで勝手に決めた畑の見学会の日である。
メイの話だと畑にはそれぞれ別の作物が育っていて、同じ形の祭壇が、それぞれ別の役割を担っているのだそうだ。
...畑なのに中央の祭壇は必須らしい。農業とは一体......
----------
畑のそばに立つ石柱。
石の灯籠のような四角い柱の先端には金属製の鐘が入っていた。
柱は良く見ると石と水晶の組み合わせでできている。日の光で動く太陽電池と日時計を組み合わせたような設備らしく、日差しの向きで時刻を判定して、特定の時刻になると光を動力にして先端の鐘を鳴らす仕組みらしい。
その鐘の鳴る仕組みの柱は俺達や農作業担当の皆さんの為に用意されたもので、この畑ではいつも決まった時刻に「収穫」が始まるそうなのだが......
鐘の優しく澄んだ音が、畑に静かに鳴り響いた。
この畑、俺は仮に人参と呼んでいる。正式な作物名称は「ニジー」である。
見た目はいかにも人参なその野菜、俺が知っているやつと大きく異なるのはその形状だ。人参や大根に足が生えているように見える、たまに育つ二股になったお野菜。あれの手足があるやつがニジーである。
畑が盛り上がって次々と手足の生えた人参が地面から這い出てきた。再びの悪夢である。
土から出てきてよちよちと中央の祭壇に向かって歩く人参たち。その人参の手(?)は複数の種を固めてつくったお団子のようなものを持っている。そして祭壇の上には竹籠のようなものが置いてある。
祭壇の近くまで歩いて来た人参が、その種を、祭壇めがけて投げた。
連想した言葉は運動会とかの「玉入れ」だ。人参たちが次々に投げた種が、祭壇の上にある籠の中に入ったり外れたりしている。
種を投げた人参は倒れた。力尽きたように倒れていった。籠に種が入っても入らなくても、次々に投げては倒れていく人参たち。
あるものはその投げた種に未来を託すように、またあるものは籠から外れた無念を噛みしめるように、種を投げ終え、祭壇の上へと手を伸ばすような姿勢のままに、パタリ、パタリと倒れていって......やがて、全ての人参達が、力尽きた。
...そして、最後に残ったものは、静寂だけだった......
「...なにこれ?」
「な、なんでしょうね...?」
俺の問いかけに、困ったように苦笑するユキ。
ちなみにユキは、俺よりも前に畑のことについては知っていた。
どんな畑なのか聞いてみれば、まずは見てみた方が良いとユキに言われてその言葉に従った訳だけど、もし先に詳しく話を聞いていたなら、たぶん俺は今ここに立ってはいない。
むこうの方から農家の皆さんがやって来て、人参と種をせっせと回収していった。収穫というより後片付けみたいな雰囲気だ。
その農家の一人の方が説明してくれたけれど、中には祭壇まで登ってしまうやんちゃな人参や、地面から出てこない怠け者の人参なんかもいるそうだ。
余計に動いたり動かなかったりしたぶん人参の味がそれぞれ違ってくるのだそうだけど、やんちゃなやつも怠けた奴もそれぞれに縁起物として売買されるのだとか。
この野菜に限らず、こちらの世界でも野菜の品種改良の歴史は積み重ねてこられたらしく、そのやり過ぎた例の一つがこの歩く人参ことニジーというお野菜らしい。
そんなニジーの名の由来を農家さんが語ってくれた。
「昔、この野菜を作っていた研究施設を視察した神官様が、雨上がりの畑で累々と倒れる野菜たちの姿に心を痛めてつぶやいたのだそうです。
『罪深き人の業により生み出された野菜たちよ、願わくば君達の魂だけでも安らかに......あの虹の向こうへと...』
その話から、野菜の名前が虹になったそうですよ?」
...ますます食べ辛くなる情報をありがとうございます。あと、他人様の野菜に勝手に変な逸話をつくるんじゃない、神官!
そして、この「収穫が楽で味もおいしい」ニジー、最もおいしい食べ方は「採れたてをそのまま丸焼き」なのだそうだ。つまり、あの光景の直後に焼いて食うのが絶品なのだとか。怒っても良いと思うぞ、神官?
「...俺には、味わい深さよりもまだ、業の深さの方が勝ってしまいそうです」
「ア、アハハハ...」
「すぐに慣れますよ。ですが仰る通り、食べ物への感謝の気持ちを忘れてはならないということですね。あちらでご一緒に味見でもいかがですか?」
「......また次の機会に」
ニジーの丸焼きはまた今度体験することにして、他の畑を見学したり手伝ったりすることにした。
畑の広さと中央の祭壇はほぼ同じなのだけど、畑の種類と祭壇の役割が全部違っていた。
少なくとも俺の知っている農業に「祭壇」という単語は出てこないし、敵の遺骸を捧げたり、運動会が始まったりはしないし、これが農業かどうかも怪しいし、野菜が野菜であるかも怪しいし、そもそも俺、この畑や野菜以前に、この我が家と霧の世界についてまるで分かっていないことを思い出させれられてしまって......
...だからもう、考えるのをやめた。野菜(仮)がおいしい。農業(謎)は不思議。以上。
ちなみに、俺の【はいかい】のサブスキルの一つである【朝霧】。19階層でニアに唆されて謎の霧を呼んでしまったアレだ。
畑で使ってみたらいい感じに水やりに利用できて、野菜(仮)の方も心なしか元気になっているように見えた。
そこに一緒にいた蔦オバケ(小)やスライムさん(暇)も元気になっているように見えたから、たぶんそういう、朝に畑に水をあげたりする為のスキルなのだろう。
あとは、まだ試していないのは【逢魔刻】。ニアが言うには「眷属召喚」のスキルだそうだ。
...だけど、そもそも俺に眷属なんているのだろうか?
誰も来てくれなかったらさみしいし、来たら来たで、知らないおじさんやらオネーサンやらに囲まれて「あなたの眷属ですよー」とか自己紹介されたり胴上げされたりしてもすげー怖いから、【逢魔刻】の方はしばらくこのまま使わないことした。
----------
先ほど俺が【朝霧】で出した霧雨を一緒に浴びていたスライムさん(暇)。
さっきは暇だったようだけど、普段はだいたい忙しい。
というより、俺以外の皆はだいたい、いつも忙しい。
家事全般を司るメイの忙しさはもちろんのこと、サキやユキもその仕事の手伝いや畑の確認を日々行っているし、シータとティはいま別任務で動いてくれているし、四天王さんはメイやティに頼まれた出張任務で各地に飛んでいるようだし、ニアは庭で蝶を眺めたりで忙しい。
だから一番暇なのが、俺だ!
...いや、もちろん、俺専用の仕事(?)みたいなのも、あるにはある。
それ以外のことで、あんまり俺が何かを手伝おうとするとメイが「ご主人様には、ご主人様にしかできない仕事がございますので」と何やらやんわりと断られてしまうので、正直、少し戸惑っている。
だけど、あなたは特別と言われた上で何もやっていない状況にいると、まるで自分の立ち位置や役割をまったく理解していないポンコツ管理者みたいになった気分がして、心がザワザワしてしまうんだ......仕事中毒なのだろうか?
むしろ、ポンコツ力を53万パワーくらいまで振りきってしまえれば「俺の仕事はこの椅子に座って皆の完了報告を待つことだ!」とか「サボる奴がいたらケツを蹴ってやるのが俺の愛情だ!」とかのキレッキレな不思議な呪文を口から垂れ流すこともできるのだろうけれど、まだ俺はそのレベルまで至ってないし、そもそも優秀な皆が勝手にすべてを解決しちゃうから、そのまま俺は一切なにも出番がないまま、威厳もご利益も何もないお地蔵様にでもなってしまいかねないんだ!
...だから俺はっ、自らの存在証明を賭けて、俺の仕事に臨まなければならないんだ! ...俺にしかできない仕事とやらを、探さなければ、ならないんだ......
...とりあえず、我が家を、【はいかい】っ...
...なぜなら俺は、【徘徊する逢魔】なのだから...
...何も間違ってなど、いない...
はず、だっ...
「...誰か、間違って無いと...言って、くれ...」
「間違ってません!」
「あ、ありがとう、サキ...」
「どうしたんですか主様? お疲れでしたら、今日は私が主様をおんぶしましょうか?」
「いや、気持ちだけで十分だ。今それをされたらもう、俺は、立ち直れなくなりそうだ...」
「じゃぁ、私をおんぶして下さい!」
「よしっ、どんとこい(?)」
いつのまにやら、サキを背負って家の周りを徘徊することになった俺。どうやら彼女も暇らしい。
そして用もないのにサキを背負った俺の後ろを並んで付いて来る蔦オバケ(小)たち。他に用がないから何となく俺達の後ろを付いてきたとも言える。
そんな俺達の謎行列を見て、庭の向こうでお茶を飲んでいた建築関係者達がガタッと立ち上がったから、慌てて「待て!」と制止した。お前達まで用も無いのについて来たら、いよいよ何かのパレードみたいになっちゃうだろう!
途中の停車駅(?)で乗務員がサキからニアに、ニアからユキに交代して、始発から終点まで無事に営業を終えることができた俺。そして蔦オバケ(小)たちも解散した。
...良く分からないけれど、どうやらこれがメイの言っていた「俺にしかできない仕事」のうちの1つのようだ。仕事?
それにしても、俺もみんなも同じものを食べているはずなのに、どうして背中におぶった彼女達はこんなにも柔らかくて良い匂いがしてくるのだろう。なんだかムラムラしてきちゃうだろう?
さては君達、いつも俺に隠れて「柔らかくて良い匂いのする何か」を食べているな? ケーキかな?
あと、三人目の子が俺の肩でスーハーしてきた。さては俺のカレー臭を吸っているな?
俺はみんなに隠れてカレーとか食べてないし、年齢も若いし、職業もガラムマサラではないはずだぞ、今は。
----------
謎の業務を終えた俺は、ローナの様子を見るために氷室を訪れて、謎の光景を目撃していた。今日も我が家は謎だらけだ。
氷室の室内、床一面に広がる謎の模様。
よく見ると、ドミノ倒しだった。氷でできた板が模様を描くように部屋中にずらりと並んでいる。
その氷の列の一角へと転がり込むスライムさん。
ゴロン、ゴロン、ゴロ......と列の上を転がって、ドミノは倒れ......無かった!?
しばらくの間を置いて、再びゴロン、ゴロン、ゴロ...
やはり、スライムさんが上を転がったはずの氷の板は1つも倒れなかった。絶妙にふんわりと、包み込むようにして板の上を転がっているらしい。
そしてローナがぱちぱちと拍手した。俺も一緒に拍手した。
二人に話を聞くと、これは何かの特訓なのだそうだ。
ローナは魔法で等間隔に氷の板を倒れないように正確に作っていく訓練をしていたようだ。ティとニアからもらった助言でこの魔法の練習方法になったらしい。
確かに氷の板を作りつつ、さらに倒さずにずらりと並べるというのは相当な集中力と精度を必要とすることだろう。
スライムさんは氷を倒さないように転がる訓練(?)らしい。何かの手加減をするための練習らしいけど......宴会芸か何かかな?
どうでもいいけどスライムさん、いつも二回転と半分の位置で止まったら、毎回上下が逆さまになっちゃうんじゃないのかな? それともスライムさんは逆立ちが得意なのだろうか?
そんな二人の見事な連携技に俺も賞賛の拍手をした後、そのまま特訓を続けてくださいと氷室を後にした。
スライムさんは、最近はサキやユキ達と一緒にローナの相手をしてくれているらしい。
ローナも徐々にこの氷室での生活に慣れてきたそうだ。
布団に寝そべったまま食事をまくまくされる生活から、布団から起きて自分で食事をまくまくしてから寝そべる生活に無事、進化(?)できたらしい。
それでもまだ、ローナは氷室の外には出ようとはせず、そして直接口にはしないものの一人はさみしそうらしく、スライムさんや誰かがローナのそばにいてあげるようにしているようだ。
夜も、スライムさんが抱き枕の代わりになってあげる日もあるそうだ。
何かの日が近づいているらしく、スライムさんが「あとは頼んだ」的な様子で俺をぺしぺしと叩いていた。どうやら「俺にしかできない仕事」が何か控えているようなのだが......
...俺もなんとなくは分かっている。氷室の外壁の「封印の」模様がだんだん薄くなってきているのは、気のせいではないのだろう。
俺は、近々やってくるであろう何かに備えて、いまのうちにもう一度庭先で、ぼんやりと体育座りに勤しむことにしたのだった。




