さんしゃかいだん~うら
「おう、来たぜ」
戦バカが正義バカを小脇に抱えてやって来た。
鬼族の戦士であるドラーオンはイサミンを持参できる程度には体格が良いし、勝手に【勇者】を持参してしまえるほどに傍若無人である。
実際、【千刃】と【勇者】が戦えば、その相性の問題で勝つのは【勇者】の方だろうけれど、そんなものも関係なしに強引なドラーオンに対して、イサミンはもう色々と諦めているようだ。
青き鎖でもドラーオンとまともにやりあえるのは私とローくらいだろうから、もう、こいつがやって来たら中央広間まで案内するように言ってある。だから今、こうしてバカ二人が来た。
ちなみにイサミンという名前は私が勝手に付けてやった。
「偽りの世界で名乗る名前など――」なんたらと、黒歴史っぽいことを言っていたけれど、わりと本気で病んでいるっぽかったから、私が素敵な名前を勝手に付けてやったのだ。良い名前でしょ?
「...イサミン、なんでこの前の会議に来なかったのよ?」
「そうだぞ、てめぇ、何この前のやつサボってやがるんだよ!」
「......」
【勇者】は不服そうに、私達二人に対して目を伏せた。おそらくは白き鏡でまた政治的なごたごたに巻き込まれたのでしょうけれど......無事なようで安心した。30階層の件があったから心配だったんだ。
白い丸テーブルの上におやつとお茶を用意して、私達三人と、私の後ろのロー。その四人だけでささやかなお茶会が始まった。
お茶会なんて言ってはみたけど、男三人と女一人でおやつを食って駄弁っているだけの突発でたわいもないひとときだ。対外的にはかなりまずい状況だけど。
...この状況、三大宗派の頂点が青き鎖の城で密会しているという異常事態である。もちろん青き鎖の皆には見なかったことにするように厳命してある。
だけど、ドラーオンの奴は本当にただおやつを食べに来ているだけなのだ。私が猛獣の餌付けに成功した、とも言える。
イサミンは単にドラーオンに巻き込まれた被害者に過ぎない。ドラーオンの奴がなぜかイサミンのことを気に入っているらしく、今日もたまたま一緒の戦場に投入されていた結果、ついでに拉致ってきたらしい。ご愁傷さまである。
...餌付けの方に話を戻すと。
ドラーオンの奴は常に毒殺の危機にさらされている。
10回に1回、ひどい時には毎回のように食事に毒が混入されるらしい。
もちろん赤き剣や彼の配下は警戒を欠かさない。それでも敵は命懸けであらゆる手段で毒を盛ってくるそうだ。
決して剣ではかなわない、だから毒で、常に襲われ続けているのが赤き剣の首領である。
彼は防毒の魔道具を常に身に付けてはいるけれど、それでも毒の入った食事がおいしくなったりするはずはなく、また魔道具の性能と毒の性能は常にイタチごっこで競い合っている。
ただ一回でも毒が魔道具を上回れば、死。だから、彼の食事は常に命懸けなのだ。
彼の家族(...彼はこれでも妻子持ちだ)は、彼の領地で暮らしていて、領内だけで食材から料理まで完結するように作っているそうだ。
だけどドラーオン自身は滅多に自領には帰らない、帰ればそっちが暗殺の主戦場に変わってしまい、家族が守りづらくなるからである。
ちなみにイサミンも毒を盛られたことはあるそうだけど、【勇者】の不滅スキルの前にはそれはただの嫌がらせに過ぎないと言っていた。 ...だけど青き鎖の技術部の見解では、昏睡が目眩に軽減されるだけで致死以外はある程度効くという話だったので、イサミンにもそれは注意しておいた。
そして私にも毒殺未遂はあるけれど、私の【鉄血】スキルの身体強化を突破できそうな毒は今のところ見たことがない。
毒殺に限定すれば、不運にも三人の中でドラーオンが一番不利なのである。
そんな諸事情から、彼らはうちにおやつを食べに来る。
わざわざ【千刃】や【勇者】を倒す目的で青き鎖の本部まで侵入して毒を盛るやつはそうそういないし、青き鎖は良くも悪くも聖女様バンザイ集団なので、毒を盛るのが非常に難しい。
あと、単純にうちのおやつはとてもおいしい。
私が前世知識を駆使して監修し、さらに異世界の不思議食材をふんだんに使って料理長達と徹底研究した、安価で美味しい、だけど他の追随を許さぬ高品質のおやつの数々である。
...こうして聖女は、表向きは敵対関係にある神の使徒達を、裏で抱き込んだのである、フッフッフ......勝手にやって来て、おやつ食ってるだけだけど。
そして今日も呼んでもないのにやって来たから、愚痴の一つでも言ってやることにした。
「...ちょっとぉ、ドラーオン、この前のあれ、どういうことよぉ?」
私の苦情に、焼きたてのクッキーを鷲掴みにして食べるドラーオンが不満を返した。
「あぁ? あれはあいつらが、【勇者】を呼ばねぇのが悪ぃんだろうがっ」
「いや、そっちじゃなくて、作戦の内容の方よ。なんで文句なく受け入れちゃってんのよー?」
「あぁ? そっちの方は、あれだ、黙って聞いてりゃ白き鏡が、俺に魔王と一騎打ちさせてくれるって密約だったからよぉ...」
密約の内容を、クッキーでバラす組織の長。もう、グダグダである。
「...ちょっと、イサミン。怒っても良いのよ?」
「...知らん」
そして自分の組織の密約がバレても「知らん」で済ます【勇者】。もう、人族はおしまいである。
...まぁ、本当にまずそうな話はドラーオンのところの副長にうちの諜報部から随時、情報を横流ししているし、白き鏡のまだ腐ってない部署とは同じく諜報部と渉外部で密に連絡を取り合っているから、私なりにかなり気をつかってはいるつもりだ......ていうか、お前らももっと私に対して気を遣えっ!
「...青き鎖の諜報部からの情報だと、王国の首脳や有力者達を手玉に取って、三宗派まで巻き込もうとしている動きがあるらしいわよ?
相談役と道化......おそらく【スキル】持ちか、場合によっちゃ神の使徒の可能性も高いってさ。イサミン、何か知ってる?」
「...相談役とやらは、俺に接触してきた」
「そう......ヤバそうなときは、いつでもうちに逃げ込みなさい? 変な奴らに騙されたらダメよ?」
「俺は逃げない」
「...言い方が悪かった。戦略的撤退よ。いくら【勇者】のスキルでも鎖で雁字搦めにされちゃったら動けなくなるんだから、そこんとこ忘れちゃだめよ?」
「...分かった」
...あれっ? なんだか素直ね?
「あなたもよ、ドラーオン。その密約だって、どこまで信じて良いのか分からないんだから」
「そうなのか?」
「そうよ。あなた、魔王の仲間に誰がいるかって話、副長から聞いてる?」
「おうっ、それなっ! ニアーデスまでいるんだってな!?」
「...なんでうれしそうなのよ?」
「...ニアーデス?」
「あれ? イサミンは聞いてない? ...5年前の、猫族壊滅事件については知ってる?」
「...知らん。まだその時は、こっちにはいなかった」
「そう......5年前に、人族達の間で嫌な流行があって、ね...」
...猫族を、愛玩用の奴隷にするために誘拐するという、正気の沙汰とは思えない習慣が5年前に金持ち達の間で流行ったのだ。
金と権力という暴力によって、人族や、それに雇われた他種族のならず者達が猫族を徹底的に狩ったのだという。
あの時は私はまだ聖女になる前だったし、そんな事件を知ったのは、全てが終わった後の話だった。
当時もし魔王が立ち上がっていたならば、きっと私は聖女ではなく魔王の配下にでもなっていたかもしれない。それくらいこの時ばかりは、本気で人族が滅びれば良いと私は思った。
...とにかく、当時、追い詰められた猫族達がとある森の奥、隠れ里へと集結した。
それを追って、次々に傭兵や人拐い達が、森の奥へと入っていった。
だけど、森からは誰一人として、戻らなかった。
業を煮やした一部の愚かな権力者達が結託して、「謎の森」へ「調査団」を派遣した。
...猫族達の領土へと、軍を派遣したわけだ。つまり戦争だ。他の種族達の苛烈な非難を押し切ってなお、人族は略取誘拐のための進軍を強行したのだ。
そして、全滅した。
人族の軍の方が、全滅した。
遠隔通話の魔道具が発する断末魔の悲鳴、そして断片的な最期の情報――
――薄影色の猫がくる、
其処に、死が、
其処に在る死が、襲ってくる――
――それが猫族の守護者、『其処に在る死』、その情報の全てであった。
大勢の死者・行方不明者を出し、猫族の奴隷達や侵略の実情が隠しきれなくなり、各種族の怒りが頂点に達して収拾がつかなくなりそうになったその時に、ようやく国と三大宗派が介入して強引に幕を引いた。
主に、赤き剣が中心となって、権力者や豪商達もお構いなしに斬り刻んで、無理矢理に人族と猫族の間に割って入って密約を結ばせたのだそうだ。
...ちなみに、こういう時に敵が誰であろうと先陣をきって力技でねじ伏せるのが赤き剣。平時には正しき法で人々を治めるのが白き鏡。力や法だけでは救えない人々を助けるのが青き鎖、という暗黙の役割分担のようなものがある。
三つの宗派それぞれに信念があって、どいつもこいつも真っ黒だ。3つ揃ってどうにかバランスをとっているのが実情である。
とにかく、人族と猫族は表向きは和解した。
すべての猫族の奴隷は開放されて、それと交換に『其処に在る死』も人族に対して手を引いた......はずだった。
それらが、実は全然解決していなかったのが判明したのがつい、先日の話。
気付いた時には残りの猫族の奴隷達と『其処に在る死』、それらを根こそぎ奪っていったのが、魔王【徘徊する逢魔】であった...
...私がなんでそこまで知っているかって?
その当事者の「奴隷商人」をうちで捕獲しているからよっ!
10階層で魔王の足跡を追いつつ、どうにか魔王とつなぎをつけようと苦心してた時に、その奴隷商人がうちの諜報部に泣きついて来たのよ!
そんな爆弾野郎をうちで抱えたくはなかったけど! もっとヤベー魔王の情報を得たり交渉の手札を増やすために、うちの城の地下でこっそり飼っている訳よ、元奴隷商を! その結果、知りたくもないことが色々分かっちゃったって訳よっ!
「...それは、最低だな」
「...最低だなぁ、おい」
「おい、それ、私じゃなくて、当時の奴らが最低ってことで良いのよね? ...とにかく、今は魔王のもとにその猫族の最強の守護者までいるのよ」
イサミンの方は初耳のようだけど、ドラーオンの方はあのしっかり者の副長がある程度は情報を把握しているはずだ。
なぜなら赤き剣の管轄には冒険者組合も入っていて、そこに『其処に在る死』の名前も登録されているという話だからだ。
むしろドラーオンが戦ったこともない『其処に在る死』について知っていて興味がある様子なのは、冒険者組合からの情報なのかもしれない。
「とにかく、ドラーオン、あなた気をつけないと、一騎打ちどころの話じゃなくなるわよ?
魔王と『其処に在る死』と【羽ばたく悪戯】に、その軍勢までも一度に相手にするはめになるわよ?」
「マジかよっ!? 最っ高じゃねーかっ!!」
...ダメだ。逆効果だった。あたまいたぁーい...
そもそも後先考えずに突撃するのがこの戦バカの短所であり長所である。
こいつが負けると人族が滅びるとかは関係なしに、真正面から戦うことができれば生死を問わず満足なのがドラーオンであり、それが赤き剣という集団だ。
それを踏まえて作戦を練り直さなければ......ドラーオンよりも、コイツんとこの副長にちゃんと一回相談してみた方が良いのか?
私の警告に上機嫌のドラーオンは、さらに密約の内容をべらべらと漏洩してくれた。
「なんでも、魔王の目の前に俺を強制転移してくれるって話だぜ?」
「ちょっ...強制転移〜ぃ!? ...あなた、転移の魔法ってものすごく難解で、失敗率がものっすごく高いってこと、分かってるの!?」
「転移門が普通に転移できるじゃねぇか?」
「そう、それよ! あれだけ複雑で大掛かりな装置を長年かけて用意してやっとできるのよ! それが『魔王の目の前に強制転移』だなんて、それこそ、転移門を設置した場所に魔王の方を連れてくるでもしない限り不可能よ!?」
「あぁ゛? だけど、確実にできるって言ってたぜ!?」
「ハァ...そんなわけないでしょ。ましてその作戦中なら、私がそこに結界張っちゃうからますます成功率は下がるはずだし、それでもやれるような魔道具があるなら、今頃とっくに...」
...それが唯一作れそうなあの【機械仕掛けの真理】でさえも、成功率は五割を切るって話だったはずだし......んんん? なんだろう...なにか、ものすごく嫌な予感がしてきたぞ...
つまり、成功率さえなんとかできれば? ...魔道具? 【機械仕掛けの真理】? 決戦、魔王......盗聴...
何かが繋がりそうな私の横で、ドラーオンがイサミンに絡んだ。
「お前だって魔王と戦いたいだろ、【勇者】!」
「...俺は決戦から外された」
「「何っ!?」」
どういうことっ!?
「イサミン、あなたまさか、魔王と戦った時の傷が...」
「...いや、それはもう問題ない」
「いや、今日だってお前、俺と同じ戦場にいただろうがっ!?」
「...戦うのに支障はない、単に、外されただけだ......さっき言っていた転移の魔道具の件...」
「ドラーオンを魔王の前に送り出す、って件?」
「それと同じものを敵が使ってくる可能性がある。だから俺は、作戦本部を死守せよという命令を受けた」
「「はぁ?!」」
総力戦で、よりにもよって【勇者】を......出し惜しみ?
「待って、そもそもその作戦ってまだ機密なんでしょ......ドラーオン?」
「お、おい!? ちょっと待て!? 俺はこの話はまだ、お前らにしかしてねぇぞ!?」
「...高官達は全ての機密情報にアクセスできる。その高官達からの直接の、俺への個別の指示だ」
「...機密なのに皆が知っていて、直接個別の命令......情報統制がまるでなって無い......」
...あれだ、会社の営業部とか人事部とかで保管している機密情報について、顧客情報でも社員情報でも社長権限なら全ていつでもアクセス可能にしちゃっているやつだ。
そういう組織は当然のように、社長のIDやらパスワードやらが攻略されて、全ての情報が一網打尽に盗まれたり壊されたりして組織まるっと瞬殺されてしまう。
権限というのは、分割管理しなければならないのに...
それに高官達から【勇者】に直接命令? 【勇者】への指示系統はどうなっているの? たった一人しかいない貴重な戦力を、それぞれの高官がわがままに奪い合うなんて、一体...
「おい、そんなもんは無視しちまえよ? 俺とこいつと一緒に魔王倒そうぜ?」
「そんな一緒に遊ぼうぜみたいに魔王を...待ちなさい、さり気なく私も加えるな」
「なんだよ、お前が後ろで結界張るんだろ?」
「ハァ...まぁ、ドラーオンの言い分ではないけど、イサミン、それ、どうにかならないわけ?」
「...俺には偉い連中のことは、分からん」
...まぁ、私にも分からないけどね。まだ高校生だったイサミンにはもっと訳が分からないでしょうね...
白き鏡の象徴であるはずの【勇者】の扱いが軽いのは、今に始まった話ではない。昔からずっとだ。一説には、初代勇者から人族は色々とやらかしているらしいし...
私やドラーオンは最悪の場合、組織を上げて今回の作戦から勝手に離脱してしまえばいい、人族とその王族達を敵に回す覚悟さえあれば、なんでもできる。
だけどそれらとべったり癒着している白き鏡とそれに所属するイサミンには、命令に逆らうことはできないだろう。
そもそも必要な情報が、いつもイサミンまで降りてきていない。
作戦がいつ、どこで誰とどんな目的でどうやって行われるのか...そういった細かい話が判明しなければ、次の行動など取れるわけが無いし、その備えもできない。
いつもぶっつけ本番でただ訳も分からず戦うか、訳もわからず逃げだすかしかできないだろう......イサミンは前者だ。むしろ良く、ここまで生き残って来ていると、薄情ながら感心してしまう......
「...イサミンの望みって、なに?」
つい、無責任に問いかけてしまった私に、イサミンは答えた。
「...俺の望みは、ただ一つ。正義を成すこと」
だからっ、それをどうやって――そう問いただす前に、彼はさらにおかしな言葉を口にしだした――
「――だから、魔王を...」
......違う、
違う違う!!
何かがおかしい、何かがズレている!!
だけど!
それはまさしく人族達にとっての模範解答だ!
魔王は狩る、猫族も狩る、敵はすべて狩る、
それが「この世界の常識」だ!
だけどっ!!
......あなたは、
偽りの世界に染まる気なんて、無かったんでしょ!?
黒く淀んだ瞳の【勇者】の背中を、勢い良く戦バカが叩いた。
「おぅ、一緒に魔王、倒そうぜ!」
子供みたいにニカっと笑う戦バカに、毒気を抜かれたイサミンが、困ったように微笑んだのだった...




