のりもの
そして再び雪原の31階層へと戻ってきた俺達。
シータとティ、そして猫耳しっぽ付きリュックを背負った俺という、3人と1ニアでやって来た。俺の背中がそれほどまでに温いかどうかは疑問だったけど登ってくるものは仕方が無い。
「...主は見かけによらず力持ちというか、体力ありますよね?」
「心頭滅却だ」
「二神合体」
「三人とも、言ってることが見事にバラバラじゃのー」
バラバラじゃないぞ、ティ。俺を心配しているのか呆れているのかしているシータに対して、俺は無心になれば大丈夫だと、ニアは二神合体(?)だと返事をしたんだ。
...状態異常から瀕死まで心を無にして乗り切ろうとするのは社畜の慢性的な病気だし、ニアが言いたかったのはたぶん俺とニアという二人の神の使徒の合体技だということだろう......技? ...とにかく、俺達三人の言いたいことは同じ「がんばろう」だ! たぶん!
こうして雪原を歩く俺達。ニアは俺の背中でティは空中だから、歩いているのは二人だけ。
さすがに雪の上だからニアにはすぐに降りてもらう予定だったけれど、予想に反して積雪は浅かった。せいぜい足跡が残る程度のもので、雪質も粉っぽい感じ、凍って無いから思ったよりも歩きやすかった。
雪にはあまり馴染みの無い俺にはこのギュッとした足の感触は新鮮で心地いい。暑さよりも寒さの方が好きな俺には寒風もまた気持ち良かった。
音の無い雪原。
青空以外はすべて白。雪化粧。時折去りゆく地吹雪が雪景色にさらに白を重ねていく。風に撫でられる草木の音もなく、舞い散る白銀の輝きは静寂を連れてくるばかり。そして――
「...主」
「――そして俺は一人、あの白の彼方へと」
「主っ! 一人の世界に入ってないで、あれ! あの集団は、なんだっ!?」
「もー、なんだよーもー、もう俺にも見えてるし、ワカンネーよー!」
「くままみれ」
「あれは紅熊じゃのー」
シータが指差す俺達のはるか前方に見える謎の集団、スキップする白くま達。
ただの獣の群れならいざ知らず、たぶんシータよりもずっと大きな身の丈のクマが、さらに団体で、しかも二足歩行でスキップしてればそれはもうメルヘンじゃなくて、恐怖と狂気の光景だ。
しかもなんだか目が赤く光っている熊だし、絶対に近づいたり目撃したりしたらおしまいの、ヤベーやつの集団だよぉ。
「紅熊、ですか...ここからでも分かるくらいに、目が紅いですね...」
「ふむ。だが紅熊の紅は、相手の返り血で白い毛皮が真紅に染まるから付いた名らしいのー」
「ちょっとー、そんな豆知識どうでもいーよー、もー。それなら、あの団体スキップする習性の方は一体何だよー?」
「たのしそう」
なんだよ、もー。その楽しい理由って、獲物を探したり見つけたりとかじゃ...あ、やべー、こっち見んな。歩みを止めるな。そのままスキップしてあっちに行けよー!
「久しぶりの肉祭り」
「ふむ、紅熊ならば狩れば食べられるのー」
「チッ、仕方がない。樹魔の時は食べられなかったからな、やるぞ!」
「...俺には主達の何が仕方ないのかさっぱりですが...うわ、やべぇ、四足になったらもう、熊は速いですよ!?」
こちらに方向転換して、四本足で一斉に駆け出す紅熊の集団。四足で移動できるなら始めからスキップはやめろ、気持ち悪い!
そして、俺達は戦闘を開始した。
シータの警告通りなかなかの速さで距離をつめてきた熊の集団だったが、俺達もそのまま黙って間合いをつめさせてやる気はない。
ティは無詠唱で火弾を、俺が【まほう】で上から水を次々に浴びせて熊達を怯ませる。歩みを乱す熊たちは、ダメージよりも炎と水の急展開に追いつかずにまだ混乱しているのだろう。
そして俺達が休む間も無く連発して浴びせ続けた攻撃、炎と水の爆撃によって雪原一面に立ち込めた霧。そこに目掛けて、ニアが追撃の魔法を放った。
「嘶け稲妻
七重に撫で斬れ」
閃く電撃。
熊達も霧も丸ごと呑み込む雷光がパパパッと瞬き、薙ぎ払った。弾けるような炸裂音はほぼ一回にしか聞こえず、横一閃の光の亀裂が左右なのか右左なのか、あるいは往復したのか無数に網膜に残像を残した。
そんな刹那の明滅に辻斬りされた熊達。吹き抜けた風に押し流された霧に続くように、次々にバタバタと倒れ伏していった。
「...俺、出番なかったッスね」
呻くようにつぶやくシータに俺は返答した。
「いや、あんな連中と雪原で接近戦にでも持ち込まれたら命がいくつあっても足りやしない。
...まだ生き残りが居たら止めを刺すぞ、ついて来いシータ!」
俺とシータで小走りに近寄って獲物の状況を確認したが、ニアの七重の雷撃はきっちりすべてを仕留めていた。
熊達は俺の【まほう】で収納して、一度我が家に持ち帰った。今日は建築関係者達もいるのでそちらの食材に提供できるかもしれないから、進行を中断してでもメイに先に渡してしまおうと思ったからだ。
久々の食べられる大きな獲物をメイもスライムさんも歓迎してくれた。毛皮はスライムさんがまた良い感じに処理してくれるだろう。
そして、再び迷宮へと戻ってきた。
「食料調達としては幸先良いが、迷宮進行としては最悪の出だしだ。昨日、四天王さんがボロボロで帰って来た理由もよく分かった」
「...皆さんでほぼ瞬殺でしたよね、主?」
「そうは言うけど、シータ、いちいち戦っていたらきりがないというか、時間もかかりそうだし...血の匂いにでもつられてもっと厄介なのとかも来そうじゃ無いか?」
「...ありえそうですね」
「無いとは言い切れぬのー」
「雪原だと不利」
ニアの言う通り、しかもここは雪原だ。積雪は少ないと言っても上の階層に比べたらはるかに歩きづらい。逃走を選ぶ場合にも、走りづらい上に隠れる場所のないこの一帯はとても厄介だ。
この地形と敵の数。たぶん接近戦が主体のサキ、ユキ、シータには相性が悪い。やはりニアの力が必須になるか...?
はるか先まで続く雪原に、俺は思わずつぶやいた。
「...乗り物とかで一気に移動できればなぁ」
「乗り物で移動など、少々無粋ではないかのー?」
「ティ、俺は無粋かどうかよりも、無難を優先したい派だ」
「いや、主、そもそも迷宮に乗り物を持ち込むのって、ほぼ不可能なんですよ」
シータの話だと、迷宮では乗り物禁止というのが暗黙のルールらしい。
20階層のドワーフ達の街のように、地上と迷宮を行き来する『転送門』は各勢力が厳重に管理しているそうで、そこで原則「乗り物」の通過は禁止しているのだとか。
理由は「逆走禁止」と同じようなもので、乗り物を使って転送門から別の転送門へと移動される恐れがあるから。集団で移動すれば地上の侵攻に利用できるし、あるいは迷宮の奥へと物資を大量に運んで拠点や領土を構築するのに歯止めがかからなくなってしまうから。そうならないように、街を管理する各勢力で乗り物の持ち込みは自重しているのだそうだ。
シータ達の里にも荷馬車のようなものはあるけれど、あまり多用しないようにしているそうだ。地上の余計な問題に巻き込まれないようにというのと、樹魔を始めとした迷宮の魔物に襲撃されないようにという理由で。
そんなシータの説明に、ティは驚きの事実を補足した。
「...とは言っても、41階層や42階層はもう、人族が半ば領土化してやりたい放題じゃがのー」
「そうなんですかティ様!?」
「主も領土化している」
「...俺は【白昼夢】の中だけだから、迷宮は領土にしてないよ、ニアさん?」
そうか、下は人族が領土化しちゃってるのか...なんだか降りたくなくなってくるなぁ。
そしてさらに、ティは話を覆した。
「まぁ、折角の機会だから、わらわの眷属を呼ぶかのー」
乗り物の「召喚」である。それが彼女の【妖精王】のスキルだった。
雪原を、ティが光の尾を引きながら舞い飛んだ。
羽をはためかせる度に光がフワフワときらめいて、踊り飛ぶその軌跡が白い世界に円の舞台、召喚陣を構築していく。
その小さな羽根の奏でる光景はとても不思議で幻想的で、惹きつけられる演目だった。
そして地面に溢れ出た光とともに現れたのは――
――巨大なカマキリだった。やっぱりダークファンタジーだった。
「わらわの眷属、水晶蟷螂じゃ」
「...えっ? ...乗り物? えっ??」
ガラスのように雪原の白と空の青を反射するカマキリ。俺より背の高いシータが手を上げてどうにか顔に届くくらいの大きさの巨大カマキリ、俺の前世で言う大型自動車みたいな、乗り物?
ティに紹介されて、やぁ、と右手(右鎌?)を気さくに上げたその姿は手のひらサイズ(?)だったなら可愛い仕草に見えただろう。あるいは虫が好きならば、巨大で透明なカマキリはむしろカッコいいと思えたかもしれない。だが、その他大勢(俺含む)にとっては悪夢だった。
その巨大カマキリの挨拶にニアは「おー」と感動して、俺とシータはドン引きだった。
仕方がないので恐る恐るその巨大カマキリの背に乗ってみたら、気味が悪いくらいに快適だった。確かにティの言う通り「乗り物」で間違いなかった。
俺達を乗せて、巨大カマキリが雪原を行く。
雪原をスッ、スッ、と歩いて行くカマキリの背中は上下の揺れも緩やかで少なく、歩幅が広くてかなり速い。カマキリの背が少しヒンヤリしているのは、体温ではなく単に気温が低いのが原因なのだろう。移動で生じる前からの風が冷たいけれど、それでも吹雪いたりしなければ耐えられないほどの寒さではない。
今度は俺とニアとシータの三人で「おー」と歓声を上げた。
これはとても良い乗り物だ、と思ったのだけれど...
さっきのとは別のスキップ熊集団を前方に発見した。それでもカマキリは止まらずに、ただ真っ直ぐに突き進む。
俺達を乗せた水晶蟷螂の方が紅熊達よりも背が高い、両鎌をバンザイしたらはるかに高い。
頭上から迫り来る狂刃に慄き全力で逃げ出す熊達、スッスッと容赦なくその距離を詰めていく自動運転中の冷たい乗り物、そして振り下ろされた鎌がそのうちの熊の一体の首を、スパーン。
「「!?」」
飛び散る鮮血、刎ね飛ぶ頭、倒れる熊に、絶句する俺達。
そしてカマキリさんは、モグモグモグモグ...
「「――っ!!?」」
「おー」
ニアは「おー」と歓声を上げたが、俺とシータは悲鳴を噛み殺した――うっかり叫べば次はこっちが首スパーンだと思ったんだっ!
そんな俺達や逃走する熊のことなどお構いなしに、カマキリさんは新鮮獲れたての生肉を遠慮無くモグモグとその大顎で食べていた。
そしてモグモグしているうちに、全身を透明から赤へと変えていく巨大カマキリ......水に絵の具を滴らせたようにじわじわと紅に染まっていくなんとも言えぬ生々しい姿、その捕食と変色の姿を俺達は特等席でまざまざと見せつけられてしまっていた。
ただただ絶句している俺達にティが謝った。
「...皆、すまぬ」
「...う、うーん? 俺達を乗せて歩いてたから余計にお腹がすいちゃったんだろうねー?」
「......俺も子供の頃は虫の食事とか見てもぜんぜん平気だったはずなんですけどね...?」
「シータ、大きさが問題なんだ。巨大カマキリの戦闘やら食事やらを前にしたら、迷わず生命の危機を感じておけ」
「気さくな奴なのじゃがのー」
ちなみにニアはカマキリさんのお食事を休憩時間ととらえたらしく、俺によりかかってグデーンとしていた。興味の無いことは一切気にしないニアさんの方が大人で、いちいち騒ぐ俺やシータが子供なのかも知れない。
それでも俺は、ティに聞くだけ聞いてみた。
「...ちなみにティ、他に俺達を乗せてくれそうな候補って無いの?」
いまさらだけど、やっぱりカマキリの上に乗るのは遠慮したいなー、なんて...
「ふーむ......あとは雪砲かのー」
ティの用意する乗り物は絶叫マシーンだけだった。
「名前だけでもう、却下だ」
「ち、違うぞ主様! 砲弾みたいに『飛ぶ』のは戦うときだけじゃ! 普段はもっと大人しくて、こう、コロコロと転がるのじゃ...」
「ティ? 俺達乗せて転がったらダメでしょ? 落ちないように俺達もその上で走るなら、結局、普通に走るのと変わらないでしょ?」
「走るよりは速く転がれるぞ!」
「ティ様、それ、むしろ俺達の難易度が上がるやつですよね?」
何が楽しくて雪原で高速玉乗りに挑戦しなければならないんだ......ニアはそういうの得意そうだけど、一般人にはそれは無理だ。
どうやらティは俺達をからかっているというわけでもなくて、妖精サイズのティには俺達基準の乗り心地というものが理解しづらいようだった。ティが何かに乗るのなら鳥一羽でも足りそうだし、この移動中だってカマキリさんに乗る俺の肩の上、つまりティの乗り物は「俺」である。
結局、俺達はそのまま食事の終わったカマキリさんの上に乗せてもらうことにした。次からは彼の運賃、兼、燃料補給(?)として、移動の前と後に俺達で食事を用意しておくことにした。
少し恐怖は残っていたけど、それでもカマキリさんの移動速度と乗り心地はかなり良いものだし、そもそもカマリキさんがいてもいなくても熊は向こうからやってくるのだから仕方がない。食事中は俺達も一旦下車して、休憩時間にすることにした。
その後でニアと途中交代することになったユキも、先にカマキリさんのことについて聞いていたからか、俺達ほどは驚かなかった。それになんだかんだでサキ、ユキ、俺とスライムさんは巨大モモフを血まみれになって解体してきたこともあるから、覚悟を決めて乗ってみればわりと問題無くなってきた。
...むしろ、最終的には俺達とカマキリさんで、熊の集団を発見しては「ヒャッハー! 獲物がいたぜぇー!」状態になっていた。カマキリさんを中心に俺達が戦闘支援する形の陣形がいつの間にやら完成して、それはもう効率よく狩っていくことになるのだった。
慣れって、怖いよね。




