しゅきぃ
冷めた目をした妖精女王は、蔦で縛り上げた氷精達に対して舌打ちをしたのだった。
「...まったく、上層にも下層にも行けぬくせに邪魔しおって鬱陶しい」
「黙れっ! 高貴な我らになんたる仕打ち! さっさとこの縛を解け!」
「いかがなさいますか、ティターニア様?」
「あぁ、もうやめじゃ、興醒めじゃ、氷精の好きにさせておけ。帰り際にもう一度、あの老木に八つ当たりしてくれるわ!」
妖精女王が試練の迷宮を下っていったのは、ただの気まぐれのようなものだった。忌々しい人族への嫌がらせに、いっそ41階層にあるという人族の支配地でも滅ぼしてやろうかと思っただけのこと。神々の座とやらには興味はない。
ところがその道中で、そこを縄張りとする氷精達の横やりに遭い、その思いもまた冷めてしまったのだった。
「...こやつらのおかげで、今の自分の愚かさに気付かされたわ」
道端の石ころでも見るような妖精女王の無感動な瞳にも怯むこと無く、氷精の女王は叫んだ。
「なんじゃ! 逃げるのか腰抜けめ! 下等種が女王を気取っていい気になるな!」
「...いかがなさいますか、ティターニア様?」
「帰ると言った、二度も言わすな」
「ハッ、た、直ちに!」
妖精女王は目の前で喚く氷精の女王には目もくれず、はるか広がる雪原へただぼんやりと、無表情につぶやいたのだった。
「...勝った負けたと飽きもせずに攻め滅ぼしあい奪い合い......ハァ...つまらぬ...」
それはおよそ十数万夜を数える前の出来事であった――
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昨夜、四天王さんを本採用したその流れで、彼らに交代でローナの様子を一晩見てもらうことになった。
幸いそのまま特に問題もなく、ニコニコしたローナはそのままスヤスヤして翌朝を迎えたのだった。
あらためて彼ら四天王から簡単な自己紹介を受けた。
美人剣士さんが彼らのリーダーで、剣も魔法も使える万能タイプ。
魔法使いさんの片方が、魔法寄りの万能タイプで斥候的な仕事もこなす。
邪悪な僧侶っぽい魔法使いさんは、以前、ユキとの戦いで雷すらも操ってみせた魔法特化型。
骸骨戦士さんが骸骨である。
万能型が多いのは少し意外だったけど、考えてみればRPGなんかに出てくる四天王(敵キャラ)って、なんだかんだで物理も魔法も使えて体力までもある万能型がほとんどだったなー、なんて思ったりもした。
きっと彼らも強大な敵として勇者や冒険者達の前に立ちふさがり、時に激しく時に翻弄するように数々の強者達をその「魔王の四天王」の名のもとにに叩き伏せ、退けてきたのだろう。
「そして、その四天王を容赦なく倒す主」
「――ちょ!? 失礼だなシータ! 別に俺は好きで夜勤明けの彼らに止めを刺したわけじゃない! 彼らがどうしてもっていうから、しぶしぶ止めを刺したんだ!」
清々しい朝の霧の河原に、朝練初参加の四天王が倒れていた。
...とはいえこの朝の自主訓練、もともと俺一人でラジオ体操代わりに黙々と「型」をこなしていただけだったんだ。
それが、サキとユキが俺の真似をしたりじゃれついて来たりして、そこにシータまで加わって、いつの間にやら朝練みたいな感じになっちゃっただけなんだ...
「...建前上は自由参加という名の『強制朝練』なんて、最低の嫌がらせだぞ?」
「いや、主、俺達もあの人達も好きで参加しているから大丈夫ですよ? ...もしかして、主の方の負担になったりしてますか?」
「そんなことはないけどさー...俺も起きられない日は勝手に休むし。それに、みんなのおかげで俺も強制的に目が覚めて生活リズムができちゃってるから、強制的に健康になれて俺は幸せなんだ、たぶん」
「...主は強制が好きなんですか? 嫌いなんですか?」
そこに四天王さんまでも「我々も是非に!」なんて、目をキラキラさせながら意気込んできたものだから(夜勤明けでハイになっちゃってたのかな?)、お望み通り、朝っぱらから仰向けやらうつ伏せやらにして寝かしつけてやっただけなんだ。俺は悪くないんだ、ちょっとしか!
「俺もまさか、骸骨戦士さんに関節技が効くとは思わなかったよ」
「俺もまさか、骸骨相手に関節技を試す人がいるなんて思いませんでしたよ」
骸骨戦士さんには復元の能力があるらしい。【勇者】みたいな回復機能のある戦士だ。ただ、本人曰く生前のクセというか制約のようなものがあるらしく、その結果、俺の体術もある程度は効いてしまったようだ。いきなり自分の首をポイっと投げつけて攻撃、みたいなのは骸骨戦士さんにもできないらしい。
四天王さんにはもともとシータの指導を手伝ってもらおうと思っていたのだけれど、やっぱり俺も彼らに色々と教わって、戦い方の研究しておいた方が良さそうな気がする。
それはそれとして、正式採用となったからには彼らにやらせる仕事は山ほどあるのだと、メイやティが意気込んでいた。今後彼らは基本的には俺達とは別行動で、様々な任務をこなすことになるのらしい......それなら最初から、俺よりもメイとティの配下にすれば良かったんじゃない? ...いっそメイとティで、魔王の方も引き受けてくれても良いんだよ?
俺はメイとティに四天王さんを働かせ過ぎないように注意しつつ、四天王さんにもヤバそうなときはすぐに俺に言うようにと念を押しておいた。なんだかんだで妖精達は容赦がないと俺は身をもって体験し続けている。
あと、朝練は強制参加ではないことも言っておいた。みんな二度寝したって良いんだよ?
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朝食後、ローナの様子を見に行った。
ユキとメイの話だと、ちょうどサキが彼女の食事を世話しているとのことだった。
氷の部屋の真ん中にしかれた布団。
そこに寝たままのローナと、彼女の口に匙でスープを運ぶサキ。
口にスープを入れられて、口をまくまくさせるローナ。
うれしそうにニヘーと笑うローナと、同じようにウフーと笑うサキ。
再びローナの口にスープを運び......ニヘー、ウフー...
そのほんわかとした光景を前に、真っ先に浮かんだ言葉が「餌付け」である。
ユキとメイが感想を述べた。
「...かわいいですね」
「...かわいいですね」
...赤ちゃんの食事とかとも違うんだよなー。だけど大人でも子供でも無い、俺には真似できないような無防備な笑顔で...
「...うん。寝て食ってるだけなのに、あの無邪気で幸せな笑顔は一体なんだろう?
...ゴホン、そ、それはともかく。食べさせる時はちゃんとローナの上体を起こしてあげないと、気道に入って咳込んじゃうよ?」
「あっ! すみません、主様。でもサキちゃんも、気が付かないはずはないのに...」
「いえ、ローナ様も決して自力で起きられないという訳ではないので、分かっていてやっていらっしゃるかと...」
「あぁ、二人とも好きでやっていることなら別に、あのままで良いんだ...」
俺も寝たまま何かを食べたくなる気持ちは分からなくもない。そして、サキやユキは食べ物をまくまくさせるのがとても上手い、それは俺も体験済みだからよく知っている。
ローナだって推定年齢50歳児(?)で、その間ずっとひとり暮らしを続けていたわけだから、寝たきりで誰かに食事をまくまくして貰わなくても大丈夫なはずなんだ......大丈夫だよね?
まだ食事中の二人の様子を覗いてみると、こちらに気付いたローナが体を起こして俺を呼んだ。
「主様ぁ」
「うん? なにかね、ローナさん?」
「しゅきぃ」
「ありがとー、ローナ。俺もみんなもローナが好きだよぉ」
ニコニコしているローナ。幸せそうで本当に良かった...おや?
「...主様ぁ?」
「うん? なにかね、ローナさん?」
「しゅきぃー」
「ローナはかわいいなー」
「主様ぁ」
「......」
「しゅきぃ」
「会話が成立しないんだけど!?」
「成立してますよ?」
「待て待て、ユキ、これは正しい会話というよりも、錯乱した番やリア充どもが爆発前に口から垂れ流すアレだ、寝言だ」
「しゅきぃ〜」
「こらこら、サキまで真似するんじゃない」
「...しゅきぃ」
「ユキも! 袖を引っ張って遠慮がちに言うんじゃない! 俺も好きだよ!?」
「...ご、ご主人様、しゅ、しゅ...」
「おい、メイ!? 別に言わないからって仲間はずれにはしないよ!?」
なんだかマズそうな雰囲気なので、そのまま食事を続けてくださいと言い残して俺達は慌てて避難した。
「...おぬしらは朝っぱらから何をやっておるのじゃ?」
向こうからやって来たティに、メイは顔を赤くしながら一礼して仕事に戻っていった。
「...爆発一歩手前のスリルを味わっていたところだ。それはさておき、俺は今日から迷宮探索に戻るつもりなんだけど」
ローナの様子も確認できたところで、俺はティとユキに提案することにした。
「そうなんですか?」
「うん。あまり【勇者】達が来た30階層近くで長く留まりたくないからね。それで、ティにはこっちに残ってローナを見てもらおうと思うんだけど...」
ティには仮設小屋で離乳食(?)をはじめたばかりのローナの様子を見てもらった方が良いと思ったんだ。
寝ながら餌付けされていたからではないけれど、なんとなく彼女は雪のように淡い感じがして、目を離すと消えちゃいそうで不安になる。だから念の為にティにここに残ってもらおうと思ったのだけれど。
「わらわは主様について行くぞ。不測の自体に備えるならば、わらわよりもニアの方が適任じゃろう」
俺達の会話が聞こえたのか、ずっと向こうでぼんやりと蝶を眺めていたニアがこっちに振り返って、テーっと走ってきた。ティはそのまま会話を続けた。
「この手のことでわらわにできることは、大抵はメイにもできる。それよりもわらわには不可能なことも可能にする【魔導】の名手が控えておった方が心強いじゃろう。
...それに少し、あの地には因縁があるからの」
「めーしゅ」
やって来た自他ともに認める名手さんに、頼んでみた。
「なるほど。ニア、しばらくこっちに残ってくれるか?」
「寒いの苦手」
...迷宮は寒いから留守番のほうがいいよねぇ? 俺もやっぱり行くのやめようかなぁ?
ニアはあっちの方で剣の素振りをしていたシータも手招きして呼び寄せた。
「なんですか、ニアねーさん、主?」
「あぁ、ローナの様子をここで見る係と、迷宮を進む係の編成をどうしようかという話をしていたんだよ」
「シータが迷宮に入れば大丈夫」
「ニアねーさん...」
「おぉ! ついにシータもニアに認められたかー」
「シータは寒くても大丈夫」
「...ニアねーさん」
「...そうだねー、シータは寒くてもへっちゃらだねー」
「シータも別に、二人に怒っても良いのじゃぞ?」
「が、がんばってね? シータ君」
「ま、まぁ俺も、寒いのが得意ってわけじゃないですが、迷宮攻略組の方が良いですね。
力仕事があるならこっちに残りますが、そうでなければ一応、戦闘要員として主に同行したほうがお役に立てる気がします」
さて、それなら俺、シータ、ティは確定として...あとはどうしようかと考えると、ティが答えた。
「それならば後は交代で誰か一人も来れば十分じゃろう? ニアもローナに付きっきりで無くてもよかろうし」
「付きっきりでもいーよ?」
「いや、逃しませんよ、ニアねーさん?」
戦いの始まったシータとニアは放っておいて、俺とユキは、ティに聞いてみた。
「ティが迷宮に用事があるなら、みんなで先にそっちを手伝うけど?」
「私もサキちゃんも、がんばりますよ?」
こっちにはメイの他にも、氷室建設中の人達がいてまだ賑やかだ。なにかティの因縁というのがあるのなら、こっちに人がいる内に先に片付けてしまった方が良いかも知れない。
「いや、わらわの用事も大した話では無いのじゃ。昔、ここを縄張りにしていた氷精どもと少々揉めての... その後のことが、迷宮を進むついでにでも確認できればと思っただけじゃ」
どうやらティの言う昔は数年ではなく数百年単位で前の話こと、ローナのずっとご先祖様との揉め事のようだ。そして昨夜の四天王の報告だと廃村の規模は小さかったことが分かっている。
「当時の連中はわらわ達を阻止せんと意気込んでおったのじゃが、いまはもう見る影も無さそうじゃ。諸行無常じゃのー...」
諸行無常...ローナのご先祖様とティはあまり仲が良かったというわけでも無さそうだけど、あちらでうれしそうにスープをまくまくしているローナを見て微笑むティの姿に、少しだけ哀愁のようなものを感じたのだった...
...そのまま迷宮へ向かうのも何となく、少ししゃくだったので、俺はティの方へと手を伸ばして、
「む? 主様からわらわを誘うとは珍しいのー?」
そのままティを俺の頭の上へと導いて、もう一度あの仮の氷室こと「刷り込みに失敗したヒヨコ部屋」へと舞い戻ってやった。
「しゅきぃ」
「しゅきぃー」
「...しゅきぃ」
「...主様もおぬしらも本当に何をやっておるのじゃ?」
「...迷宮に行く前に、もう少し諸行無常を味わっておこうかと」
「...ハハッ! そういうことならわらわも手伝ってやらねばならぬな!」
そのまま脳がドロっといく直前までしゅきを浴びたり浴びせたりしてから、俺達は再び31階層へと出発したのだった。




