ほんさいよう
そこからは少し、慌ただしかった。
ローナの保護を決めてから、ニアの【白昼夢】スキルでメイとシータが先行して霧の我が家に引き返していった。
迷宮の奥へと進もうとする四天王はメイからの調査依頼を受けたらしい。こんな事件の直後に迷宮の奥へと送り出すのは気が引けたけれども、どうしても必要なことらしいので、くれぐれも無理はしないようにと言っておいた。
ティがローナの頭の上に乗り、サキとユキはローナの左右にそっと寄り添った。
ローナは俺の服のそでをキュッとつかんだ。しばらくの間は不安そうなローナに服の袖をつかまれるのが俺の仕事らしい。色々とティに聞いておきたいことがあったけれど、今は無理そうだ。
服をつかませたまま先導し、俺の【白昼夢】スキルで霧の我が家へと先導する。
霧の中を歩くところまでは問題なかったのだけれど、その向こうに河原が見え始めるとローナは怯え始めてしまった。俺の背中にしがみつくローナを「大丈夫だよ?」とサキとユキがそっと抱いて、彼女の頭の上でティが笑った。みんなでローナを護送するように寄り固まって霧の中を歩いて行った。
霧を抜けた先に広がる光景。
河原、その横に並ぶ小さな神殿と、一軒家、家の奥に広がる緑の庭、遠景にはあいかわらず謎の城。そのどれも、彼女の心を......つかまなかったようだ。彼女の怯えは減らなかった。まぁ、驚かない方が少数派なのだろうけれど...
さて、どうしたものかと考えると向こうからやって来たのは――
「――はい。こちらは、我が家の留守番、兼、マスコットキャラのスライムさん」
「えっ!?」
俺はそのままスライムさんを拾って、はい、とローナに手渡した。
ちなみにスライムさん、大きさとしては俺が作った石臼にジャストフィットするくらい、ローナが両手で抱けるくらい、俺が頭の上に載せて歩くのはわりと無理があるくらいのサイズ感である(それでも載ってくるけど)。多少は自力でサイズ調整(?)ができるそうだけど、食べて成長したり太ったりはしていない安定したサイズ感のスライムさんである。
そしてスライムさんの重さは2キログラムくらい? もっと重いか?
それでも見た目では華奢なローナがスライムさんを何の苦もなく、興味深げに抱き寄せた――昨日、彼女と一戦交えた俺としては、それなりの腕力があることは知っていた。サキとユキには及ばないまでも、一般人ならば素手でも狩れるくらいは強いのだろう...
そんなローナの腕の中で、のんきにゆわんゆわん揺れるスライムさん。その不思議なゆわんゆわん具合に心を惹かれたローナを、そのまま俺達は連行して行った。
ティが「そっちで良かろう」と庭先を指さしたので、家には入らずにそのまま庭に座る。
なんの事情も説明せずに手渡ししちゃったのに、いい感じにゆわんゆわんと揺れ続けてくれるスライムさんをしげしげと見つめるローナ。なんだろう、スライムさんのそれは催眠術か何かかな?
スライムさんにつられて少し揺れてきたローナに合わせて、その左右で一緒に揺れだしたサキとユキ。なんだかちょっと楽しくなってきたのか、気持ち良さげに鼻歌もつけて揺れていた。ローナの口元も、少しほころんできたようだ。
すると向こうには...たしか、森人? ティの知り合いなのか、離れた場所で一礼すると、手元の弦楽器を、ユキの鼻歌に合わせて(すごいな?!)静かに曲を奏で始めた――
――霧の静寂を心地良い音が優しく撫でていく――
......
「――ふむ。上手くいったようじゃの?」
「えっ!?」
あっという間に時間を忘れてその音楽に身を委ねてしまっていた俺は、ティの言葉で我に返った。気がつけば、サキ、ユキ、ローナの三人は肩を寄せあって眠っていた...まさか、さっきの音楽で眠らせたのか!?
俺の視線に、静かに弦楽器を奏で続ける森人さんは微笑んで、悪戯が成功したティはニヤニヤした。
「ここは任せるぞ」というティの言葉に森人さんがうなずいて、「任せて大丈夫?」という俺の言葉にスライムさんもムニっとうなずいた(?)ので、俺とティはその場を離れて会話した。
「...ティ、さっき四天王さん達は、奥に行かせて大丈夫だったのか?」
氷精は強かった。初撃の狙いがシータか俺のようだったから、なんとなく俺が正面から受けとめてしまったけれど、そうでなければどうなっていたか分からない。
俺相手に苦戦する四天王をあの氷精達のいる31階層へ向かわせてしまっても良いのだろうか...?
「ふむ。安全だとは言い切れぬが、主様がローナを基準に考えておるのならば問題ないぞ? あの娘は別格じゃからの」
ティの話だと、「純粋な氷精」であるローナで、かつ長年縄張りとしてきたあの領域だからこその破格の力だったのだそうだ。
「それに四天王達もそれなりに警戒はするじゃろう。もしも氷精に遭遇しても上手く逃げ切る程度はできるはずじゃ」
そして俺達はローナを、その縄張りから離してここに連れて来てしまった。
これからローナがここに根を下ろせる場所を作るため、建築関係者達がその設計と並行して、暫定的なローナの為の「領域」を作ろうとしている最中らしい。
「...もしかしてティの言っていた氷室って、あながち間違ってはいなかったわけ?」
「もちろんじゃ! ...というのは半分は誇張ではあるがのー。ローナの力が安定するまでは、そのローナ専用の部屋の中で生活させておいたほうが無難じゃな」
「さっきローナを家の中に入れなかったのは、それも関係する?」
「そうじゃな。あの家は家妖精であるメイの領域じゃから、ローナも本能的に拒むじゃろう。ローナがこの庭を歩き回ったり、ここに住む者達に心を開くまでには少し時間が必要であろうな」
「...しばらく、俺がローナにつきっきりの方が良い?」
「ふむ......ローナに力を与えた主様ならば確実ではあるが... 昼はともかく、夜はわらわの眷属達で様子を見る。ここまでずっと孤独だったローナが、一人と大勢のどちらを欲するかはまだ分からぬからのー」
「そうか......俺だったら一人でないと眠れない派だから、ローナもそっちになるのかも?」
「ローナは良いが主様はダメじゃ。
それに、ローナはまだ情緒が不安定で激しく夜泣きするかもしれぬしのー。その時は少々、強引に寝かしつけることになる」
「強引...さっきの睡眠音楽みたいなやつ? 俺はそっちは専門外だから口は出せないけれど、お手柔らかにね?」
「無論、悪いようにはせぬ」
二人で話していると、向こうから慌ただしくシータが走って帰って来た。
シータは背負っていた荷物をおろしながらまだ眠っているローナの方に行き、ローナに真っ白な肩掛けのような何かをそっとかけた。
それと同じものをシータから受け取ると、なんだかひんやりした不思議な布だった。シータが道具屋のおばあちゃんのところに必要な薬を調達しに行った際に、おばあちゃんが一緒に持たせてくれた魔法の道具らしい。
「店主さんからの伝言です。相変わらず変なものを拾って帰る小僧だな、と」
「わざわざ伝言しなくても良いのにぃ」
まぁ、ローナは当分は道具屋には連れていけないし、今度行った時にお礼を言っておこう。
そしてシータが荷物を担ぎ直して走っていった先には、メイと、大きな帽子をかぶった集団がいた。その集団を見たティが声を上げた。
「ほう、帽子人まで連れてくるとは、メイもやるではないか!」
「帽子人?」
いかにも魔法使いっぽい幅広のつば付きの、円錐の先端がしなっとよれた帽子をかぶった一団、帽子人たち。メイよりも小柄な体格で、それぞれだらっとした暗い色の長衣に身を包んでいて、帽子と長衣でほぼ中身が見えない感じ。
醸し出す怪しい雰囲気は、一言で言えば「黒魔術師」の集団だ。
そんな怪しい団体さんが、霧の河原の片隅で大きな壺をコトコト煮ていた。俺んちの庭でなければ通報して良い案件である。
「...おい、ティ。彼らはうちの庭で何の儀式を始めるつもりだ?」
「薬の調合じゃろ? 帽子人は研究好きの引きこもり集団じゃ。メイのやつが説得して、ローナのための薬湯でも作るためにここまで同行させたのじゃろう」
「え、薬湯!? もしかして、ローナをここに連れてきたのってマズかった!?」
「別に何も悪くはないぞ? 人族の赤子も最初は乳を与えてから、徐々に普通の食事へと慣れさせるものじゃろう、それと同じじゃ。
...マズいのは、あやつの里の連中じゃ。数十年と氷雪しか与えてこなかったから、今になってあんなものまで用意せねばならなくなるのじゃ、まったく...」
つまり、あの大きな禍々しい壺で作っているやつは、離乳食らしい......可憐で真っ白なローナのために、禍々しい真っ黒集団が離乳食をコトコト煮ている風景はもう、うちの庭のはずなのに異世界の出来事である。
そして向こうの方では別の帽子人と一緒に車座になって話し合っている建築関係者チーム。
それとは別のチームが着工しているのは、氷のブロックのようなものを積み上げる作業。その様子はまるで、雪の多い地域のお祭りで大きな像やら建物やらを作る風景を思い出す......うちの庭なのに。
「...なんだか、大事になってきてない?」
「やれやれ、雪っ子の一人を連れ帰るだけでいちいち大げさ過ぎるのじゃ。これでは主様がもっと厄介なものを拾った時には大騒ぎになりそうじゃのぅ」
えぇー、俺のせいー? ティだって連れて帰ろうって言ったよねぇ?
別に、ローナを連れ帰ったこと自体には後悔は無いのだけれども、なんとなく、変わった動物やら虫やらを勝手に持ち帰って家に騒動を巻き起こす子みたいな気分になってきた......俺、ペットはサボテン以外は飼わない派だったんだけどなぁ。
「...ところで、俺はどの仕事から手伝うのが良いのかな?」
「主様の仕事はローナに服の袖をつかませることじゃろ?」
そんな話をしていると、向こうの方から帽子人の一人がこちらにやってきて、俺に挨拶した。
「この度は――」
「主様や仲間達を研究材料にするのは、わらわが許さぬぞ」
その挨拶を横から邪魔するティ。ちょっと! ひどくない!?
そして、ティの言葉にしなっとした帽子の先端をさらにしなしなさせて、すごすごと立ち去っていく帽子人......って、ティの言う通りだったってことかよ!? そっちもひどくない!?
「...俺、感謝すれば良いの? 怒れば良いの?」
「はっきりと言ってやったほうが良いのじゃ。あやつらへの礼はわらわの方から別にする」
別に俺もあの壺で煮られたりする訳でも無ければ研究には協力してもいいのだけど......解剖したりはしないよね?
俺はローナが眠っているうちに、みんなの邪魔にならないように帽子人や建築関係者のみんなにお礼を言って回った。
離乳食の方も氷室の方も、話を聞いてみたらかなり手間ひまかけて挑んでくれるそうだ。ローナを拾って帰るのは俺だけの力ではどうやら無理っぽかったのが良く分かって、あらためて皆に感謝した。
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そして、夜。
ボロボロになって、四天王達が帰って来た。
無事帰って来てくれたのはうれしいけれど、そこまでボロボロになる要素が31階層に溢れているというのは、わりと悲報だった。
その四天王達の様子にティが呆れて言った。
「なにもそこまで急いで調べずとも良かったものを」
「申し訳ございません、ティ様。少し、その、懸念点がございましたので...」
「?」
四天王の報告では、あの後、ローナのいた洞窟を調査して、そこから痕跡を辿りながらローナが昔いたのであろう廃村の痕跡を見つけたのだそうだ。もう数十年も昔の話、長年氷雪に打たれ続けて、廃村というよりも残骸とでもいった有様だったらしい。
そのローナの家、ローナの里を調べた結果を建築関係者達に伝えて、それを踏まえてローナの新しい氷室の建築にとりかかってくれるのだそうだ。
「もう一度改めて足跡を追ってみますが、おそらく氷精達は31階層にはもう居ないと思われます」
「上層は無かろうから、下層に移動したか、あるいはもう......4人とも皆、ご苦労じゃったな」
道中では、熊とかに襲われたりはしたけれど、氷精達の姿は無かったそうだ。その報告を、ティはどこか遠くを見るように聞いていた。
そして建築関係者達の手によって、ローナ用の暫定の仮設氷室の方は完成していた。
雪と氷でできたドーム。いわゆる大きめの「かまくら」というか、一部屋分だけどそれなりの広さで作られた、趣きのある氷雪の住居が建っていた。
その建物を前に、ローナは俺の服の袖をキュッとつかんだ。あれがローナの仮の家だということは分かったのだろうけれど、まだ怯えた様子だった。もしかしたらローナには牢獄のような、閉じ込める場所にでも見えて警戒しているのかもしれない。
これは、ローナと一緒に野宿することも覚悟したほうが良さそうだ...
入るかどうかは別として、ひとまず見てみよう? とローナに促して二人で中を覗いてみた。その氷のドームの中を小さなランタンの優しい灯りが、ほんのりと温めているように見えた。中には小物もいくつか並んで置いてあって...
スルッと、ローナが中に入っていった。
正座したローナが手に取っていたのは、藁人形のような人型のなにか。なにそれ、ちょっとコワイんだけど? ...だけど、ローナはその人形を掲げてパァッと笑顔になっていた。
人形だけではない、部屋の壁に作られた小さな棚の上に並んでいた小物の数々、それはあのローナのいた洞窟にあったもので、あの時とほぼ同じ配置で並んでいるようだ。
正直、ガラクタにしか見えないものや、新しく調達できそうなものも多くある。だけど、あの場に有ったものこそが、きっとローナにとっての日常で――
――...唖然とする俺に、四天王が恐る恐る言ってきた。
「その、差し出がましいとは思いましたが、これらを洞窟で見つけた時に何故か『間に合わせなければならない』と急かされたような気がしまして...」
「先代様に言われた何かを、思い出したような思い出せないような...我々には、その辺りの機微は理解できないのですが...ただ、なんとなく、その...」
「...先代様って、【徘徊する逢魔】のこと?」
「あ、はい! ...魔王様は我々にこういった任務も幾度となくお命じになられましたので」
「里の者達を逃がした後に、大事なものを回収してくるようにと命じられ......何が大事なものなのかは、その、正直、分からずに手当たり次第だったのですが...」
そう、いつかサキとユキから聞いていた...滅びゆく者達を魔法の力で導く王。それが【魔導】を操る【徘徊する逢魔】。そしてそれを助けたのが彼ら四天王...
「...分からなかった?」
「!? ...申し訳、ございません」
「...魔王様は、それが自らの弱点だといつも笑っておられましたが...一体何が弱点で、なぜ弱点を捨てないのか――」
――俺は四天王が守ったものを、指し示した。
「ちゃんとローナを守ってくれて、ありがとう」
「「......」」
そこには、自分の家で微笑むローナの姿があった。
「得体の知れない場所に連れて来られたローナの最初の夜、その恐怖を打ち払い彼女を守ったのはあなた達だ。
俺は倒して拾っただけ、だけどあなた達は守った。
それが彼の守りたかったものであり、あなた達は俺に、彼の偉業を証明してみせた......ありがとう」
「......」
「......」
「......」
「...勿体無きお言葉です」
俺に視点を合わせつつも俺以外の誰かを見ているように呆然とする四天王に、ティが声をかけた。
「...おぬしら、何か主様に望む褒美があれば申してみよ、うん?」
その言葉に弾かれたように、四人が一斉に片膝をついた。
そして、美人の剣士が叫んだ。
「我らの望みは、ただ一つ! 我らは魔王様の剣、そして盾となりたいのです!!」
......
...不動の意思を示す四天王。そして、氷の部屋の中でニコニコしているローナの姿を見ると、もう、応えるしかなかった。
「諸君らに命じる」
「「!!」」
「...俺と、俺の仲間達を守ってくれ。
俺の取りこぼしたものを今日のように、救ってくれ。
俺と戦い、俺の間違いを正してくれ。
俺が君達が守るに足る王となれるように、俺を、俺達を助けてくれるか?」
「「我らが王の、望むままに!!」」
...あーあ、言っちゃった。言わされちゃった......
いつの間にやら集まっていた、サキ、ユキ、ニア。そしてシータにメイ、建築関係者までもが拍手をするからもう、引き下がれない。ローナは外で起こっている何かにキョトンと目を丸めて、四天王達は歓迎の拍手に肩を震わせていた。
そして見事なタイミングで刺してきた悪戯妖精に目を向けると、うれしそうにニヒヒと笑い返されてしまった。




