ろーな
禁術とやらで育てられた雪女は、魔法で気絶させられた隙に置き去りにされたそうだ。
「おそらくは狩り場を変えたのじゃろうな。主様もあの30階層は見たであろう、あれではいくら31階層で待っていても獲物は来そうに無いからの」
10や20の階層にあったような街は無く、30階層はあの廃墟。そこから誰かが下に降りてくるのは期待できない、むしろこれまで良く待ち続けたものだというのがティの感想。
そしてこの雪女を作り、その能力に優れた彼女でさえも人の姿を補足できなかったのを見て、いよいよこの地を諦めたのではないかというのがティの推測だった。
つまり氷精たちは、いつも屋上に隔離していたほどの危険物を連れて行くのは自信が無かったからなのか面倒くさかったからなのか、魔法をかけてまで全力で捨てていったわけだ。そうか、そうか...やりたい放題だなぁ、おい...
その凄惨な過去を語る雪女の声は震えていた。命令されるのは耐えられても、置き去りにされた事実には耐えられなかったようだ。その表情は悲痛に歪み、いまにも泣き出しそうだった。
ともかく、置いていかれた雪女。
彼女はそのまま百の夜を待ってはみたものの、さすがに何が起きたのかは一目瞭然、徐々に状況を受け入れた。
そして、屋上から初めて地面へと降り立った。吹雪になれる彼女にとっては高い屋上から抜け出すことなど簡単だった。動くなと命令する者もいなくなったので、彼女はついに動くことを選んだのだった。
家屋に残された生活の跡。ほぼ初めて目にする家具や道具に胸がときめくような、その営みから遠い場所に離されてしまったことに胸が締め付けられるような、混沌とした心境。
なけなしの知識はそこに残された書籍や道具の数々から得た。書籍といっても字は読めず、その絵や雰囲気と、過去の数少ない会話や屋上から見つめてきた情報からそれとなく読み解いて、彼女は氷精達の生活を頭の中で反芻して真似してみたらしい。
しかし、さらに百の夜を待たずしてその里を離れた。
人の形跡の残る場所にいることが、彼女の淋しさを余計に掻き立てたからだ。
逃げるように彷徨い歩き、たどり着いたのは小さな洞窟、俺が誘拐されたあの場所だ。彼女はそこに見様見真似で、彼女の住居を作ったらしい。
「...それでも迷宮の転移門に飛び込まなかったのは、その娘の本能じゃろうな。
氷精や妖精はその土地に住み着く。自分の土地を離れられるのは力のある者達か、もともと旅に生きる者達だけじゃ。
そして転移門から降りてくる獲物を待っておったのもまた、本能からじゃろうな」
氷精は狩りを積極的に行う種族らしい。その獰猛な性質から氷魔という呼称もついたのだとか。
この雪女も屋上に閉じ込められていただけで、その本能は氷精であった。むしろようやく解き放たれたということだ。
そんなこんなで雪女は長年の間あの洞窟で、転移門から降りてくる獲物を待ち続けた。
...そして昨日ついに俺達という獲物の到来を嗅ぎつけて、悦びのあまりにうっかり誘拐したり襲いかかったりした末に、俺に返り討ちにされて現在に至る......というのが俺達の前で正座したまま、か細い声で語ってくれた雪女の半生であった。
「...なかなか同情する点は多い話ではあったけど...」
怒りや悲しみよりも、困惑というのが俺の正直な感想だった。もしかしてそれが常識で俺が非常識なのか、と。だから、みんなが雪女に同情や心配の感情を向けているのを見て、不謹慎ながら安心してしまっていた。
ティだけは「まったく、あやつらは...」とその同情を雪女を置き去りにした者達へと向けているように見えた。そんな方法を選んだ、あるいは選ばざるを得なかった者達に対しての憐憫だろうか...
「...そんなに険しい顔をするでない主様。まぁ、未遂だったから良かったではないか」
ティが、俺の方を見て苦笑した。
そうだな、確かに未遂......うん? ちょっと待て!? そっちはぜんぜん未遂じゃないからな!?
攫って縛って殺されかけて、一つ残らず有罪だぞ!? 俺の方も過剰防衛だったのは認めるけれど!
そして俺以外のみんなで、未遂で良かった雪女かわいそうと納得するんじゃない! その子に同情するのは良いけれど、ちょっと皆、俺のことを信頼しすぎじゃない!? 誰か、俺の方の弁護士も呼んでくれ!
そして全てを語り終えた雪女。
神妙な面持ちで、正座したまま俺の方へと恭しく三指立てて頭を下げた。
か細い声で語るその言葉は、謝罪というよりも、歪んだ願いにも聞こえたので...
「ごめんなさい。この命、いかようにも絶ってくだ――」
「――あぁ、うん。いいよぉもぉ、未遂ってことでぇ...次からは気をつけてね?」
俺は途中で言葉をかぶせて、謝罪ということにして受け入れた。
そんな俺の言葉に目を丸めて、喜んだようなガッカリしたような、申し訳無さそうにシューンとする雪女。
そしてあっちの方では戦慄する四天王達。
「...許す、だと...!?」
「さすが我らの魔王様...いや、あれぞまさしく魔王様だ」
「魔王様にとっては我らや氷精の決死の攻勢などは、児戯にも等しいということだ」
「さ、さすがは、よ、夜の魔王様...」
おい、お前たちはその口を閉じろ。
この今の流れで許さねぇとか言い辛ぇし、俺は魔王じゃ無ぇし、どれ一つとして児戯じゃ無ぇし、一旦『夜の』から離れろそこの美人剣士! お前ら、驚きながら呟いとけばどんな失言だって許されるなんて思うなよっ!?
そしてさらに畳み掛けてくるティ。
「...ふむ。確か我が家にも大型の氷室が欲しかったところじゃのー、メイ?」
「え? あっ、はい、ティ様!?」
氷室...つまり冷蔵庫のことか? なんで? ...冷蔵庫って、おい、まさか。
「冷蔵庫の動力源としてこの氷精を拾って帰ろうとでも言うのか、ティ?」
「なんじゃ主様、別に良かろう。もともと道具のような扱いだったのじゃ、わらわ達が拾って帰ったところで何ひとつ問題は無いじゃろう」
道具、ねぇ...
「それに拾うのではない、捕獲じゃ。
この主様が統べる迷宮で、あろうことか主様に危害を加えようとする同族を、妖精女王が見逃すわけにはいかぬじゃろう?」
「俺はこの迷宮を統べて無ぇ」
そして捕獲でも、同族でもないだろう?
なんだかんだ言いつつも、メイや四天王達ですら魔物扱いだった雪女を同族として、どさくさ紛れに保護しようとしているのだろう? そこはさすが、妖精の女王様の器の広さだ。
捕獲なんて理由付けしなくても、ティが望むのならいくらでも俺も保護に協力するのに...
そして、ティが雪女に名前を尋ねた。ティは【鑑定】スキルで名前を言い当てられるはずなのに...俺やみんなに聞かせるためか?
「...そなた、名は?」
「...あろーん」
...Alone?
おい、聞いてはいけない単語を聞いたようだが?
...嫌な予感とともにティに目を向ければ、残念ながら俺の異世界語変換は正常だった。
「...言い換えれば、『孤独』じゃな」
......
...一体、子に、どんな願いをっ!!
貴様らさっきから、黙って聞いてりゃ――
俺は怒りに任せてそいつらから、
雪女を奪ってしまった。
「Alone......いや、Lorna! 今からそれがお前の名だ!!」
「!?」
「この俺の迷宮で一人寂しくウロチョロ徘徊しようなどとは...
いや、徘徊させておこうなどとは、
この【徘徊する逢魔】を前にして良い度胸だ...
この娘はまんまと我らが手中へと飛び込んだ! もはや逃がさん、手遅れだっ!
この氷精の娘、ローナはもう我らのものだ!!」
「...!」
「...お前専用の大きめの冷蔵庫を新築して、ぬくい布団に放り込んで温かい料理で餌付けしながら、監禁したりしなかったりこれから毎日さんざん甘やかしてやるから、覚悟しろ、ローナ」
「...ぁ...」
「『ローナ』、返事はっ!!」
「は、はいっ!?」
その返事を合図にサキとユキが正座したままのローナを左右からそっと抱きしめて、ニアがローナの頭を撫でたり、シータが優しく話しかけたりし始めた。
メイは、四天王達に何やら指示を出していた。きっとローナが来ることに対する何かの準備を依頼しているのだろう。
...怒りに任せて叫んでしまったものの、目の前の慌ただしい光景にようやく冷静になり、自分の言動に呆れかえっていた俺に対して、ティがこぼした。
「...むー。シータといい、メイや鬼っ子達といい、わらわの名前も主様につけて貰えば良かったかのう...?」
「...それなら、お前は『ィターニア』だ」
「む? ...こらっ!? 手を抜くでないっ!」
うるさい、ほっぺたを引っ張るなこの手抜き妖精め! お前が可哀想だから冷蔵庫に放り込んでおこうなんて雑な提案をするものだから、俺もうっかり軌道修正し損ねちまったじゃねぇか!
...だが、真っ白に青ざめていたローナの頬にほんのりと朱が差して、笑顔から溶けた粒がこぼれているのを見ると、まぁ、細かいことは連れ帰ってから考えれば良いかなと、俺も雑に納得してしまうのだった...




