すていぬ
(短めの前後編に区切ります)
「...それで、その氷精の娘をまんまと食ろうて...いや、食われてしまったというわけじゃの?」
「喰ったとか食われたとか言うんじゃない。だけど、概ねその通りだ」
ティの叱責だか同情だか分からない総括に対して、俺も自棄気味に肯定した。
「ふむ。さすが主様じゃ、ほれぼれするのぅ......いや、浮気の件ではなく、氷精に襲われて真正面から見事に返り討ちにしてしまう手腕にじゃ。
シータ、間違っても真似するでないぞ。骨にされるぞ?」
「言われるまでも無くできませんって、ティ様...」
骨抜きにされるではなく骨。白骨化。そう、俺はわりと絶体絶命だったはずなんだ。あと浮気じゃ無ぇ、繰り返すけど絶体絶命だったはずなんだ。
そしてあっちの方では何やらブツブツうるさい四天王達。
「...信じられん。氷魔を相手に真っ向から寝取...ねじ伏せてしまわれたぞ...!?」
「さすが我らの魔王様...いや、これぞまさしく魔王様だ」
「魔王様は夜も魔王様であらせられたのだ」
「よ、夜の魔王......いけないっ、ま、また鼻血が...」
おいお前ら、俺は魔王では無いと言っているのに、さらに「夜の」なんて枕詞まで増やそうとするんじゃない! 実はお前ら、俺のこと馬鹿にしているだろ?
「まったく、あいつら...彼女は氷精って言うのかティ?」
氷精、それとも氷魔? なにやらシータも四天王もこの正座してフルフルしている雪女を恐れているみたいだけれど...
「ふむ、そうじゃ。氷精とも氷魔とも呼ばれておるな」
「つまり、氷魔族ってこと?」
「いや、氷精じゃ。それに『族』を付ける呼び方は、別種族同士で混血の子孫を残せる場合に使われることが多い呼び名じゃ」
そういえばオーク族の里でも子孫を残すために、別種族を勧誘しているみたいな話だった。いや、もっとやべー話も女主人が語ってくれていた。たしか、苗床...
「もちろん同族の方が子ができる確率ははるかに高い。まずは互いの血が馴染まねば子はできぬから、それなりの時間や工夫が必要じゃ。 ...とはいえ、大抵の者達は多かれ少なかれ血が混ざっておるものじゃがのー」
「あれ? そうなの?」
「何世代も遡ればどこかで誰かと繋がっているという話じゃ。それでもあえて純粋な血にこだわるのは、人族の王族や一部の保守的な種族達じゃな。そういう連中の中には過激な思想の者達もおるから、主様も気をつけると良い」
「ふーん......もしかして、ティも妖精族の王様の血統がどうとかだったりするわけ?」
「いいや? わらわ達は風や大地から生まれてそこに還っていくからの。
妖精族などと呼ばれたりもするが、人族との混血は滅多にできぬ。『族』をつけるかつけないかは、つまりは気分の問題じゃ」
「気分って...わりとてきとーなルールなんだねー」
「氷精が氷魔と呼ばれるのも同じように気分の問題じゃ。妖精達も妖魔と呼ばれて恐れられたりするからのう。魔物扱いをしたりしなかったりは、人族の特技の一つじゃな」
特技って、そんな技能認定されちゃうのも嫌だなぁ...
ティが口角を上げながら目を向けた先で、メイや四天王達が恐縮していた。さっき氷魔って言葉を口にしたことを申し訳なく思っているのだろうか。
「別に皆を責めているわけではない。魔物扱い自体は問題なかろう、ただ、敵対すると決めたならばそれなりの覚悟を持てということじゃ。言葉にはそれなりの重みがある。
話が逸れたが、つまり氷精は主様やシータよりもわらわやメイに近い種族ということじゃ」
うん、いきなり俺に襲いかかってくるところなんてティにそっくりだね...と、話の腰を折ったりせずに、おとなしく続きを聞くことにした。
するとティは、眉をひそめた。
「そしてその氷精の娘、血統とは別の理由で『純粋な氷精』だったようじゃのう」
純粋? 口をヘの字に曲げたティにジロリと見られて、正座したままの雪女が恐縮した。
「...別にわらわは取って食ろうたりはせぬぞ? まずはおぬしの生い立ちについて、わらわ達に聞かせてみよ」
俺達に囲まれた状況で半ば尋問状態の雪女は、ティに促されておずおずと、自身について消え入りそうな声で語り始めた。
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千から万を超える夜を遡る時のこと(つまり数十年以上前に)、彼女はこの31階層にある氷精の里に生を受けた。
物心ついた時には村の中心の、三階建ての家の屋上の上にいたそうだ。
そこからずっと、屋上から降りることは許されなかった。
たどたどしく語る雪女の言葉を、ティが俺達にも分かるように補足していった。
ティの推察だと、どうやら彼女はその屋上で幽閉に近い暮らしを続けていたようだ。
彼女の食事は空と風に舞う氷雪のみ。動植物とかの生き物の類は一切口にせず、雪のみで育った氷精という意味で彼女は「純粋な氷精」だった。「だった」というのは昨日ついに血肉(つまり俺)を食べたということで...おい、全員そこで顔を赤くしながらこっち見んな、もう蒸し返さないでくれ...
人里離れた森や山の奥底で長い年月を経て滝や風穴に自然と強力な妖精が宿ることがあるらしいのだが、そんな妖精達はそのまま誰とも会話することもなく年月と共に再び風に還ってしまうことがほとんどで、目撃されることは稀なのだとか。
ともかく、自然に生まれたわけでも無く、作られて屋上に設置され続けた彼女。
里の中心に設置されたまま、里に降りかかる雪やら寒風やらを食べて育ったり、里にやって来た外敵に反応したり撃退を命じられたりと、たいそう便利に役立ってきたようだ。
「なるほど、つまりこの雪女の子は、里の番犬だったというわけか」
「主様...」
「いや、エサすらも与えぬのじゃから家畜以下じゃ。畑で鳥や獣を避ける案山子のようなものじゃのー」
「ティさん...」
「さしずめ、喋るカカシってところ、か...」
「おい、主、もうやめてやってくれ...」
「...?」
...悲壮感や同情心を漂わせる皆の一方で、雪女自身はその点には何も疑問は無かったようだ。生まれてからずっと、それが彼女にとっての常識だったのだろう。
だけど、話の流れでティは「...純潔を育てるのは禁術の類じゃがの」と付け足した。やはりこの雪女の生い立ちは氷精の標準というわけではなく、禁じられた異常なものだったらしい。
そんな雪女こと、喋るカカシ。実際、この雪女は里の者達から数日に一度ほど指示を受けていた以外は、ひたすら屋上に監禁されつつ放置されていたそうだ。
吹雪いてきたからもっと風を弱めろとか、鳥や獣の息を凍らせろとか、余計なことは一切せずに喋らず動かず命令を待てだとかの冷たい口調を浴びせられながら日々を過ごしてきたらしい。
それでも彼女にとってはそれが日常で、屋上から日々見下ろしていた温かな人の営みに一瞬でも触れられる数少ないその「会話」の機会がうれしくて、喜んで風を受けたり獣の息の根を止めたりして過ごしていたそうだ。
そんな日々も、突然、終わりを告げる。
ある日、彼女は屋上に描かれた魔法陣の上に立たされた。別の雪女達5人が呪文を唱えると、そのまま彼女は気を失った。どうやら封印か弱体化のような魔法でもかけられたらしい。
再び彼女が目を覚ました時には、里は既にもぬけの殻。そこには誰一人、何一つ生き物の影はなく、里に残っていたものは持ち運ぶには重たそうな荷物やガラクタばかりのみ。
つまり彼女は捨てられたのだ。




