さらわれた
探索用の防寒装備で身を包み、俺達は再び迷宮へと降り立った。
30階層の廃墟の街を抜けた先、31階層への転送門をみんなで潜る。
再びの最初の土地ということで、今回もメイが視察に同行した。
メイの代わりにシータに留守番してもらおうかと考えたけれど、結局みんなで行くことにした――未知の31階層、もしも転移門の直下に「集落」でも存在していたならば、あの21階層の惨劇を思い出したりしないかという懸念があったのだけど、昨日の訓練の結果なのかシータがとてもやる気に満ちていたので、俺も余計なことは言わずに一緒に来てもらうことにした。
それならスライムさんもたまには、と誘ったら、「分かってるくせにー」とばかりに俺の足をペシペシと叩いてきた。
...うん、分かってる。めんどくさいんでしょ? 一回くらい、俺とポジション変わってくれても良いんだからね? いいなぁ、留守番......
ともかく、俺達は30階層の転移門をくぐり、31階層へとファーっと降りていった...
「話には聞いていましたが、これが、雪の世界、ですか...」
シータがつぶやいたように、転移門で空から下へと降りる俺達の眼下に広がるのは雪原、雪と氷の世界だった。
どうやら木々や高低差もあるようだけど、全体がほぼ白一色で、見下ろしてみてもどこに何があるのか良く分からない。
もしも冬休みの宿題をやるならば、白紙の紙を雪原だと言い張って提出してやり直しを言い渡されそうな程の、まさに真っ白な雪原だった。
見渡した限りでは生き物の気配が無い。足跡とか道とかの痕跡が見えない。
目を凝らせば同じ白色のウサギとかクマとかがいるのかもしれないけれど、慣れない真っ白な光景に目が少しチカチカするような感じがして、しばらくは目を見開くことができなかった。
地面が近づくにつれて高低差が分かってきた。
稜線の境目や遠近感がいまいちつかみづらくて、ゆるやかながらも上り下りの丘がいくつも続いていて、地面からの見通しは悪そうだった。
それに加えて足下が雪ともなると、ここから先に進むのは、かなり困難な道のりになるのかもしれない。
なぜか、下に降りるにつれてワクワク感よりも妙な心のざわつきを感じていた...
「...さて、着いたね」
ここから先は寒くなるというのは聞いていたので、俺もメガミさんにもらった長袖ハーフコートとは別にマフラーのようなものを巻いていて、予備の上着は【まほう】の収納に入れてある。
サキ、ユキは俺とそれほど変わらない服装、長袖長ズボンの動きやすさ重視の格好に、すこしモコモコしたロングコートと外套の間みたいな布を上に羽織っている。ニアはいつもと変わらない斥候スタイル。シータも道具屋で買った重たくて頑丈な長衣の下は薄着と筋肉。ティとメイも全く変わらない同じ服装(妖精っぽい服とメイド服)。
...こうして改めて見てみると、ほぼ季節感も飾り気も無い集団だ。
シータだけでなく、サキとユキもこういう景色を見るのは初めてだったのか、心なしか目がキラキラしているような、喜んでいるような気がする。
ティとメイは慣れているのか、いつもと変わらぬ落ち着いた様子に見えた。
俺は、寒いのはあまり得意じゃないけど、こういう景色自体は嫌いじゃない。
だけど...
...こういう景色で、まっさきにテーっと走っていきそうなニアの様子が、おかしい。
猫は雪が苦手そうとかそういうのじゃない......まぶしい雪原にも関わらず、目を見開いている。耳を立てている。
ニアの様子で初めて自覚したけれど、俺も無意識で、最初の一歩を踏み出せずにいた......俺も何かを警戒している? いや、むしろ何かを確信して――
「――おい、みんな、念の為――」
――わっ、突風が......えっ!?
「...えっ!」
「...主様っ!?」
三者三様、それぞれが違う反応を示した。
突然の風、いや、「襲撃」に驚愕したシータ。
サキの攻撃、ユキの防御をすり抜けてきた豪雪に捕まる俺。
突然の事態にとても邪悪な笑顔を浮かべやがったティ。
そして、咄嗟に俺の影へと飛び込んだ、ニアとメイ――
「――......ふむ。とうやら主様が連れ去られてしまったようじゃのー?
まぁ、落ち着け、三人共。メイとニアの二人が主様の影に飛び込んだから、大丈夫じゃろ。
...ここでしばらく待てるように眷属達を呼ぶから、おぬしらもまずは一旦、落ち着くのじゃ」
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翌朝。
まだ夜も明けきらない早朝、俺とニア、メイ、そして「雪女」の4人は31階層の転移門へと向かって歩いていた。つまり元の場所へと引き返しつつ襲撃犯を連行しているわけである。
俺が攫われて連れて行かれたという洞窟からもとの転移門までの距離は徒歩で一時間弱。残してきたみんなが心配だから、朝日が昇るのを待たずに歩き出した。
肌の見える白装束のみという薄着の雪女に対して俺は、寒くないのか、歩けるのかと問いかけてみたのだけど、彼女は「だ!? ...だっ...大丈夫、です」と消え入りそうな声で、だがはっきりと問題ない意思を伝えてきた。
そして彼女が雪原では歩きづらそうな和服のような服装にも関わらず、まるで幽霊のようにスィーっと俺達を先導していく姿を見て、やっぱり彼女は雪女なのだろうなと俺は勝手に納得していた。
白み始めた空へと突き立つ転移門の優しい光の柱とは別に、焚き火の光が見えてきた。まだ全員が転移門で待っていたようだ。
「ずいぶんと遅いお帰りだったの、主様」
「心配かけてすまなかった。俺達三人とも、無事だ」
...あれ? 俺、誘拐されたのに、なんで遊んで朝帰りした旦那みたいな状況に立たされているんだ? ねぇ、おかしくない、ティ?
ようやく転移門へと帰還した俺達をティが苦笑しながら出迎えてくれた。
その後ろでは安堵の表情を見せるサキとユキ、そしてシータ。
その更に向こうの方では、焚き火のそばで四天王達が胸を撫で下ろしたり、他の妖精やモノノケ達の集団に何かを指示している様子が見えた。たぶん、ティに呼ばれて野営を手伝ったり捜索隊を編成したりしてくれていたのだろう。騒動を巻き起こした身としては申し訳ない気持ちでいっぱいである...
「...それで、朝帰りの理由は何か、言うてみよ、うん?」
ティは何だかニヤニヤして、サキとユキが一転してプリプリと頬をふくらませて、その様子にシータは苦笑いしている。
あれ、おかしいな? 誘拐事件から無事に生還した主様ではなく、まるで連絡もなしに朝帰り......なんでだろう? やっぱり君達、ちょっと俺のこと信頼し過ぎじゃない? もっと安否を気遣ってくれたって良いんだよ?
まぁ、俺も状況説明が必要だとは思っていたから、その元凶である雪女さんにもここまで同行してもらったんだけれども。
ともかく、まずは俺から大まかな説明をすることにした。
「...襲われたから、襲い返した」
......
......
「...そっ!? ...そ、そうかっ!? ぬしさまもっ、へんた...たいへんじゃったのぅっ!?」
ティが声を裏返らせて、顔を真っ赤にしながら俺を労った。
サキとユキも顔を両手で覆って、シータは顔を引きつらせ、四天王達は唖然としていた。
...わあぁぁぁあ、俺のバカっ!! もっと他の言い訳があっただろう! 説明が「的確過ぎ」だっ! みんな(雪女も含む)が顔を真っ赤にして撃沈しちまったじゃねぇか!
だけどっ、それが事実なんだから仕方がないだろう!? 少なくともお前たち三人なら分かるはず......あぁぁぁ、だから「失敗」なんだろうっ!
頭を抱えて悶える俺達を呼び戻したのは、あちらでお茶の用意が整ったことを知らせるメイの声だった。
なぜか再びの「被害者、兼、加害者」の容疑がかかってしまった俺。
そんな立場で俺が状況を説明してもいまいち説得力に欠けるのと、そもそも俺も「始まり」の状況がいまいち良く分かっていなかったこともあって、みんなへの事情説明はメイが中心になってやってくれることになった。
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転移門に到着した直後の俺達を襲った、豪雪と突風、そして雪女。
メイとニアは即座に俺の影の中へと飛び込んで、隠れたまま俺と一緒に雪女に連れて行かれたらしい。
二人が雪女を倒さずに敢えて一緒に連れて行かれたのは、情報収集のためだったそうだ。
未知の土地で、未知の敵に誘拐された。敵の規模も拠点も分からない。そして殺すでもなく「誘拐」、つまり次の手がある。
危険を承知で一緒に飛び込んで、「俺を使って」敵の本拠地に乗り込んでしまおうという大胆な判断をあの一瞬の内にやってしまううちの子達は本当に恐ろしいなと思ってしまった...
...でも、あんまり積極的に俺を囮にしないでね? 俺を信頼してくれた結果なのだろうけれど、俺だって死ぬときは死んじゃうよ?
...さておき。
突然吹き抜けた真っ白な風に殴られて、視界なのか頭の中なのか一気にホワイトアウトしてしまっていた俺が連れて行かれた場所は洞窟の中、雪女の住処だった。
さほど深くはない洞窟の奥に、やや広めに開けたひと部屋分の空間の、その真ん中、真っ白な毛皮の布団の上に俺は横たえられたという。
眠ったままの俺の頬を触ってじっと見つめる雪女。
すると、思い出したように部屋の隅から何やら道具を探しだした。どうやら暖房器具のようなものに火を入れたらしい。作動させるまでの手際の悪さから、普段はあまり使っていない来客用の設備かと推測された。
そして暖房をつけた後、再び俺の頬を触ってじっと見つめて、今度は思い出したように部屋の片付けを始めて、一段落ついた後、俺の頬を触ってじっと見つめて、三度思い出したように部屋のお香(?)を入れて俺の顔を......って、ねぇ? なにやってるの、雪女? 俺を誘拐した後の段取り悪すぎない?
どうやら彼女、まるで「急な来客に慌ててあとから準備を整えている家主」みたいになっていたらしい。
ようやく状況(と雪女)が落ち着いた後に、彼女は俺の枕元にちょこんと座った。
正座した白い衣一枚着の女、やや痩身ながら【魅了】するような身体つきの、ほぼ俺と同じくらいの身長の雪女。背筋をピンと伸ばしながらも弱々しく儚い雰囲気をまとった青白い肌と、洞窟の暗がりの中に妖しく銀光を放つ灰青の長髪...もっと部屋が明るかったなら美しい水色の髪の奥に可憐な頬が紅潮する艶姿が見えたことでしょう...って、うん、そうかもね、メイ? 分析ありがとう?
そして、雪女は服を脱ぎだした。
やっぱり着た。
深呼吸して、覚悟を決めた表情になった、かと思ったら顔が真っ赤になって、アワワとなって、水を飲んで心を落ち着かせて、再び深呼吸して、という一人芝居を繰り広げることおよそ30分......って、ねぇ? メイとニアはこのタイミングでもう、俺の影から出てきてくれても良かったんじゃないかな? あと雪女も俺を起こしてよ? ...実は俺もこのあたりからずっと気絶してたフリだったというか、起きるタイミングを逃してしまっていたんだけれど。
そして、ついに彼女は「それ」に及んだ。
「...ごめんなさい。
だけど......私を...忘れないで...」
そのつぶやき、なぜか恐怖よりも彼女の悲痛な感情が、俺の胸へと突き刺さった。
俺の手足を氷の魔法で縛り付け、俺の上に跨りながら発動させたそのスキルは【吸魔】。相手の魔力を吸い尽くし干からびさせるという極悪なスキルだ。
以前、ティが俺に対して悪戯半分に放ってきたそれを、今回は殺意全開で雪女が俺に放ってきたようだ。
だがその【吸魔】、全て俺の【まほう】スキルで【相殺】できた。
いまいち相殺の仕組みは理解できていないのだけど、ティのいたずら対策で徹底的に鍛え上げた俺の【吸魔】耐性に死角は無かった。
そして俺の上でもじもじしながら「あ、あれっ? な、なんでっ...う、うまくできないよぅ...」と涙声で焦る雪女。
そのつぶやき、なぜか恐怖よりも卑猥で淫靡な感情が、俺の胸に...
...違う! 俺はあの時、危機一髪で生死の瀬戸際だったんだ! 人は死が迫ると興奮したりしなかったりするという、アレだったんだ! たぶん!
薄着の女が俺の上にまたがって弱々しくつぶやきながら何やらモジモジしているこの状況下で冷静でいられる方がおかしいぞ! むしろ【吸魔】よりも耐性の無いこっちの方がよっぽど極悪だ!
このままでは何だか変な気分になってしまう、もはや様子見はここまでと反撃に出ようとした俺に気がついた雪女が――
――俺は完全に油断していた。
あの時、ティの攻撃を防げたのは場所がメガミさんを祀っていた神殿だったからで、そして樹魔の主を相手に不覚を取った直後だというのに、また俺は――
――雪女の【魅了】スキルをまともに食らって、俺の頭の中がバツンと落ちた。
まるでブレーカーが落ちて暗闇に包まれ......いや、ピンク? その桃色が濃すぎて真紅か、やはり暗闇に近いそれだった。
そして闇の底から湧き上がり、噎せ返るような甘い匂い? なのにもっと吸い込み溺れたくなるような微睡みと混濁感。ずぶずぶと沈み込む意識に反して高揚していく浮遊感と、頭の中にガンガンと鳴り響く必死の警鐘音。
そして、ついに静寂。まずいっ!? 俺は――
――そんな俺の肩を叩いたのは『下心先生』だった。
あとは任せな、と俺を置き去りにして光の彼方へと走りゆく、その傲慢で奔放で、それでいて力強くも頼もしいその背中に俺は......って、おいおいおいおい待て待て待て! 任せない、任せない、お前には何一つ任せらんないからちょっと待てぇぇっっ!!
遠ざかる意識と先生の影、そして何故かサキの『気を失ってからが主様ですっ!』という力強い声が聞こえてきたような気がした...
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「――そしてっ!!
突如として覚醒されたご主人様は手足の拘束を【断絶結界】で一気に引き千切りっ! 氷魔の娘が驚愕する隙すらも与えず刹那のうちに組み伏せて、ついにっ! その荒々しく獰猛に滾る牙で彼女の――」
「わぁぁぁぁっっ!! 待て待てメイ!! そこから先の説明は省略...って、サキ、ユキ、なんで俺の両腕を抱き止めるッ!? はなせっ!!」
「そ、そうじゃ、そのあと主様はどうしたっ、メイ! さぁ、はやく『はなす』のじゃ!」
「黙れティ! そっちの『はなせ』じゃねぇ! メイ、もういい黙れっ!」
「はわわ、で、でわ、つづきは、ニア様が...」
「そういうことじゃねぇっ!」
「主、すごかった」
「おい、ニアぁぁっ!?」
とはいえ、筆舌に尽くし難いあの一夜の出来事を二人が筆舌できるわけもなく、この後の内容の九割は「すごい主がすごい」という、意味の分からない説明が終始続いた...
説明にならない説明に並行して顔を覆って右に左にゴロゴロと悶絶するメイの姿に、全員(雪女を含む)が悶え続けるという上級者向けの羞恥プレイに、その物語の主演である俺ももう、悶絶することしかできなかったっ......あぁ、穴があったら入りたい、誰か俺が入るための穴を今すぐに用意してくれっ! えぇい、シータ離せ! 俺は冷静だ、俺は今、俺専用の穴を掘る!!
だいたいニアとメイの説明で記憶がフラッシュバックしてきたけれど、あの時だって俺の影の中から「ふおぉ!」とか「はわわっ...」とか謎の歓声(?)を上げるばかりで一向に影から出てこなかったお前たちは、一体なんなんだ!? お前たち、なぜ止めなかった、なんのために俺の影の中に入ったんだ!? ていうか、さっさと助けろ! どっちを? どっちだろうね!?
...まる一晩みんなに心配をかけた罰として、俺と雪女は顔を真っ赤にしながら、ニアとメイの「なんだかすごかった」しか伝わってこない、なのに、なかなか終わってくれない興奮冷めやらぬ説明に、ひたすら耐え続けることになったのだった......




