めがみ4
「し、質問は...あり、ます...か?」
何の前振りも無いまま、質疑応答が始まった。
いつも通りの真っ白い空間の中で、なんだか怯えた感じのメガミさんに俺は答えた。
「...やっと呼んだか」
「はい、呼んだですぅ。では――」
「待て! いきなり、なに帰そうとしているんだよ!? 今のは質問じゃ無ぇ! そんなに嫌なら最初からここに呼ぶなっ!」
「じょ、冗談ですぅ! ちゃんとまじめに答えるつもりで呼んだですぅ!」
きっと俺が突っ込まなければそのまま本当に帰すつもりだったのだろう。つまりメガミさんは、俺が問いただしたいことに心当たりはあるようだった。
このメガミさん、ずいぶんと好き放題に【辞書】を更新し続けてくれやがった。
俺もそれなりに忙しかったし、仮にもこれも【神器】なわけだから、人前でパラパラとめくるわけにもいかなかった。それでも一応、俺はそれなりに目は通すようにはしていたんだ。目を通すたびに目を覆いたくなっていたんだ。
...だからそろそろ、ガツンと言ってやらねばならなくなった。俺があれらの記載に納得していると思われるわけにはいかないから、抗議の意思とか遺憾の意とかを示さなければならないわけだ。
つまりあれだ、おい、いい加減にしろ、だ。
「...この度、めでたく俺の【ステータス】がそれぞれ255にCountStopした訳だが」
「おめでとうですぅ」
「...つまりあれだ、当時5だった『すばやさ』は255へ、約50倍になった訳だ」
「...お、 ...おめでとうですぅ」
「つまりあれか、俺の移動速度が5Km/hから255Km/hになったということで良いんだな?」
実際、人の歩く速さが時速4Km/hなんて言われているから、もう少し速く俺は走れる訳だ。がんばれば音速を超えられるかもしれないな。ふざけんな。
「で、でもハカセはこの数字で、理論上はあってるって言ったですぅ」
「誰だハカセ!? 理論上って、どういうことだ!?」
詳しく聞いてみれば、どうやらこの数値はハカセ協力(?)のもとで割り出した相対評価(?)の結果らしい。
最初は普通に(?)数値を増やしていったものの、俺の戦歴から逆算するとこの数値でなければ色々とおかしなことになってしまう、ということで早々に相対評価で調整せざるをえない状況になったのだとか...
「...戦歴ってのは、つまり......最近だと、例の50人くらいの屈強な人族の兵士達とくんずほぐれつした時の、あれか?」
「言い方がイヤラシイですぅ」
「あれの中に、例えば素早さが200の奴が複数いて、俺がそれを一度に倒しちゃったから、みたいな話か?」
「そ、そう! そんな感じですぅ」
「...分かった......それなら、この数値については一旦、保留にしておこう」
「保留、って...ぜんぜん『分かって』くれてないですぅー、ブー」
徒歩で255Km/hはもちろん無理だが、それでも前世の俺より強くなっているのはなんとなく分かる。とはいえ前世と同じ動きと技が使える以上は、誤差の範囲内だと思っている。力が255あったとしても、踏み込みで地面が割れたり、つかんだコップが砕けたりしていないのは助かっている。
そして強くなったとか相対評価だとか言ったところで、そもそも基準が分からない。
この世界、巨大ウサギや空飛ぶトカゲがいる時点でもう、常識や普通のラインがどこなのか、普通の人族がどの程度なのかも分からないから、基準と相対的に比較しようにも基準の方がグラグラなんだ。
だから力や素早さが255(カンスト)なのが普通だと断言されてしまったら、本当にぃ? と思うことくらいしか俺にはできない...
...だけどそれでも、まだ納得できない数値が、一つ残っている。
「それで、『うん』は?」
「......」
あれは、ひどい。
つまり、これまでの戦歴を踏まえても、俺が闘い抜いた実績を踏まえてもなお、あの突出して低い運(14)。HP(999)やMP(999)は百倍以上に増えたのに、運だけはまるで増えないのはどういう意味だ?
もう、数値の通りに「不運」とか「不幸」とか、不吉な単語しか連想できない。むしろ、その数値のせいで俺は【勇者】やら何やらに追い回される日常を過ごしているんじゃないのか?
「...とにかく、どうやれば『運』は上がるんだ?」
「......」
もう過去はいい。どうやれば明日の俺は幸運になれるのか教えてくれ。
「......」
「......」
「どうやれば、う・ん・は、上がるん、ですかっ?」
「......とっ」
「と?」
「...徳を、つむですぅ......」
...人族の天敵と言われたメガミさんに徳を積めと言われてしまった使徒。
それはあれか、邪神的なあれなのか? つまり、いっぱい敵の命を捧げよ、的な?
「............つまり、
......みんな仲良く、ってこと、か?」
「そ、そう! それですぅ。 ...じっくり考えずに、即答して欲しかったですぅ」
そっちこそ即答しろ! 徳をつめとか、苦し紛れに言ってみただけだろう!?
それになんだ、みんなと仲良くすれば運が上がるとか、それはつまり、選挙に向けて支持率を増やせとか魔王になって信者を増やせとかそういうアレを言ってるのか!?
そういうことならばいっそ風上とか高い塔の上とかから、皆が仲良くなれるガスか粉でも撒き散らして、運を上げたり世界を平和にしたりしちまうぞ!? 本当にそれで良いのかっ!?
「...まぁ、この件も一旦、保留にするとして」
「保留!? さっきから、ぜんぜん納得してもらえないですぅ!?」
...それに、『運』以上に納得行かない、もはや悪意すら感じる項目がある。
「...俺は【しょくぎょう】について、もっとも信頼できそうな回答をくれるイケメンに聞いてみたんだ、『身近に職業が、がんばりやの人って見たことある?』って」
「はい」
「そして彼に...
『...えっ? 職業が、頑張り屋? ...えっ...なんですか、その可哀想な人は?』
...という的確で明快な回答を頂いた俺は、苦笑いしかできなかったんだ」
「かっ、かわいそうなんかじゃないですぅ!?」
...良かった。もしメガミさんも『確かに可哀想ですぅ』とか答えやがったら、その脳天に即座に【ほんかど Lv7】を叩き落とす用意があった。
「い、いま、ゾクっとした気がするですぅ!」
「気のせいだ。つまり、あれだ、いまの俺にはまともな職業が一個もない」
「そ、そんな! それはいくらなんでも失礼ですぅ!」
強いて言えば「まほうつかい」はRPGでは一般的な職業だろうけど、俺の前世で履歴書に書いたら絶対アウトな職業だ......趣味の欄になら書けないこともないかもしれない、が...
「...ちなみに、メガミさんの職業って何だったんですか?」
「きゅーてぃまじゅつしですぅ」
キューティー魔術師? なんだ、可愛いな? 美少女戦士とセットで戦ったりするやつなのか? ...宮廷魔術師のことを言っているのかな? どうやら本人もいまいち分かっていないらしいことが、よく分かった。
...あれ? そういえばメガミさんって、若くして国に召し上げられた挙句に、色々苦労して、神の使徒になっちゃったわけだよな?
それこそ、キューティー魔術師以外のメガミさんの職歴って、魔王とかしかやったことないというか、そもそも他の職業を知らないってことなんじゃないのか?
...同世代がかろうじて将来の夢にパン屋さんとかお花屋さんとか書ける時期に、彼女は夢も希望もなく魔王として追い回されていていたってこと、なのか...?
「...色々......苦労したんですね......メガミさん」
「あれっ!? な、なんだか私のことが色々勘違いされているような気がするですぅ!」
「つまり、きゅーてぃ魔術師以外のまともな職業を知らないから、【しょくぎょう】にも書けないってことですよね?」
「失礼ですぅ! ちゃんといっぱい、知ってるですぅ!」
...なん、だと?
「...ちゃんと? 今、ちゃんと知っていると言ったな!? それなら言わせてもらうがな、『ガラムマサラ』は職業じゃねぇ! 調味料だっ!」
「そ、それはっ!? ...ちょっぴりスパイシーな感じの、ジョークですぅ」
「そうか、そうか......それなら『よっぱらい』ってのは何だ、職業か? プロの酔っぱらいなんていると思ってるのか? むしろ俺に対して失礼だとは思わなかったのか!?」
「...し、しあわせそうだったから、記念に入れてみたですぅ」
「ほほう? それなら『とらいじん(渡来人)』は何の記念だ? 渡り人にかすっているようで実際、土器とか作る係の方に近いよな!? 一体誰のせいで俺は石臼とか作っていたと思っているんだっ!」
「で、でもっ! わりと充実して過ごしているようにも見えたですぅ!」
「そうだねっ、わりとねっ! ...つまりあれだ、俺の職業欄は、メガミさんのジョークと記念と勘違いで埋まっていたわけだ......」
「そんなことっ! ...で、でも、がんばったですぅ」
「そこは力強く否定しろよ!? ...そう、がんばったのね、えらいね......ありがとう!」
「そ、そこはお礼を言われると、なんだか、かえって辛いですぅ...」
「分かった。もう、【しょくぎょう】についても一旦、保留にするとして...」
「なんだか全部、保留になってるですぅ......」
その後も、これまでの色々な疑問をぶつけてみたものの、メガミさんの答えは概ね「がんばってください」やら「がんばった」やらの、まるでどこかの政府記者会見みたいな感じのフワッとした回答で埋められた......おかしいな、会社だったらクビになりかねない案件なのに、ははーん、さてはメガミさんの職業は【せいじか】だなぁ、やるねー?
そんなこんなで、俺は持参した――神殿に納品したものはどうやら持参できる仕様らしい――おやつやら飲み物やらでメガミさんを接待しつつ、今後ともうちの組織に対していっぱい忖度してもらえるように重ね重ねお願いしたり、さらに質問して困惑したりさせたりを繰り返した。
「...さて、宴もたけなわになってきたところで、そろそろ本題に入ろうか」
「あれ!? いままでの質問って、本題じゃ無かったですぅ!?」
俺は居住まいを正して、メガミさんに質問した。
「あなたの望みは、一体なんだ?」
「......」
そう。俺を試練の迷宮とやらに送り込んだメガミさんの望みとは、何か。
そろそろ迷宮暮らしも長いけれど、これについての明確な回答はまだ得られていない。
俺の問いに、メガミさんは静かに首を横に振った。
...それは、俺の望むままに、ということなのだろう。
だが、
「...おそらく、遅かれ早かれ、俺はそこに至る」
メガミさんが停止して、動揺した。
まったくポーカーフェイスができないところがメガミさんの良いところだ。
メガミさんの苦難については22階層で会ったモタさんや、他のみんなの話からも伝わってくる。【徘徊する逢魔】の使徒達とそれに関わった人々達も、さぞかし苦労してきたのだろう。
その上で、それでもこれはあくまで俺の推測に過ぎないのだけど、
「...そこに至ったその時、俺がどうするかは、あなたも薄々分かっているんじゃないのか?」
「......」
かつての【徘徊する逢魔】達の活躍(?)の場は、なにも迷宮の中だった訳ではないはずだ。しかし、メガミさんはあえて俺を地上ではなく迷宮へと放り込んだ。何かの期待があったのだろう。
そして、彼女のとんでもスキルである【魔導】ではなく、あえて【けんせい】と交換して俺に授けたのは、おそらく過去とは違う何かを望み、賭けに出たのだろう。
――苦難のメガミさん、その使徒達、賭け、迷宮――素直にただ「迷宮を攻略せよ」と言わないのは遠慮したからか無理だと思ったからなのか? いや、きっと俺がメガミさんの立場ならば「それ以上」の言うことも憚られるような何かを...――
...色々考えてはみたけれどはっきりとした根拠は無い、これはずばり、勘だ。俺はその答えを口にした。
「...俺はやがてそこに至る、だが行かない!」
「――っ!!」
――図星、か。メガミさんのこの反応で、俺は今、その本音の確信を得た。
...大丈夫だ、心配するな、頼みにくい願いだなんて水臭いことを考えるんじゃない。俺を愉快な仲間達に巡りあわせてくれた分の礼ぐらいは、よろこんで果たしてやる。
口を結んで震えるメガミさんに、俺は伝えておいた。
「...正解かどうかは聞かないよ、ただ、何か不満があるならいつもどおり、天から悲鳴を上げてくれればいい......無視するかもしれないけどね?
今回聞いておきたかったことは、このことだよ」




