あとしまつ
あの【勇者】との一件を報告するために、オークの里の女主人に再び我が家へと来てもらった。
普通は俺の方が報告に行くべきだと思ったのだけど、ティに「それはできぬ」と拒否されてしまったからだ。
先日オーク達を我が家に案内したのもティかメイの手引きだろうし、謎の移動手段を握っているティに断られたら来てもらうことすらもできなくなるだろう...かといって【勇者】との件はちゃんと俺の口から話すべきだと思ったので、ティの「オーク達の方に来てもらう」という条件を飲むことにした。
...いや、実際は、ティのその条件で助かったんだ。もしも俺からオーク達に会うために再び21階層まで引き返すのならば......23階層で、動けなくなってしまうかもしれない。みんなにも、しばらくはあの階層は見せたくない。
メイの話によると、21階層のオーク集落の状況は現在、全面的に復旧作業中らしい。
全体的に半焼してしまった集落を一旦、すべて更地に戻して建てなおすという工程なのだそうだ。
メイが俺に「ティ様が建築関係者を数人、派遣しました」と、こそっと耳打ちしてくれた。ありがとうティ、メイ......だが、築城したらダメだからな?
そんなこんなで前回と同じように、オーク族の女主人と会計さんがやってきた。
こちらも前回同様、俺一人で話す予定だったけれど、シータの強い要望で彼も同席することになった。
もしかしたら俺があの場で、サキ、ユキ、シータに問いかけたことで彼にも責任を感じさせてしまったのかもしれない。そうだとしたら申し訳なかったけれど、俺だけよりもオーク側の目撃者も同席した方が良いことも事実なので、俺はシータの要望をそのまま受け入れた。
自宅の庭、テーブルを挟んで俺とシータの対面に、女主人と会計さんが座った。
そのテーブルに4人分のお茶を配膳し終えたメイがみんなにお辞儀して、お茶と水のポットが乗ったワゴンを残して退席した。少し込み入った話になるかもしれないので、一応、メイには外してもらったんだ。
挨拶もそこそこに、俺は粛々と、あの30階層での出来事を報告した。
【勇者】と俺の会話のすべて――ティ達が来る前の「渡り人」やら帰還やらの話は省略したが――やりとりの内容をできるだけ主観を交えずに伝えるように努めた。
女主人はただ無表情で俺の話に耳を傾けていた。
俺が一通り話し終えた後、それでもなお何も言わない女主人。
もしかして彼女の中で今の話を整理していたのかもしれないが、その沈黙に対して俺は余計な一言を、俺の「主観」を最後に付け加えた。
「...奴は、【勇者】は深く謝罪していた」
その命を懸けて。
俺のその言葉に、女主人はようやく表情を見せて――仕方がないなぁという苦笑、だろうか? そして回答した。
「...承知しました。この度の一件、【徘徊する逢魔】様に免じて、我々は矛を収めましょう」
俺に免じて......あらためて、ズシリと来るその言葉。
無論、俺が責任をとる覚悟はあるが、それでもそこは『勇者に免じて』。奴は命がけで謝罪したのだから――喉まで出かかった訂正の言葉だが、それがオーク達にとって利益になるのかは別問題だし、むしろ苛立たしい話かもしれない......俺はどうにか、その余計な一言を飲み込んだ。
俺が報告を終えて、女主人がそれを了承した。これで終了だ。
最後に俺が、「矛を収めてくれた」ことへの感謝の言葉を述べようとするのにかぶせるように、女主人が、
「それで。サンシータから何か補足は?」
と言われてしまい、俺は口を閉じた。
ここでシータが「いえ、ぜんぜん事実と違いますよ」とか言っちゃったら、もう一回説明をやり直さないといけないだろう。
一方で、まさかの女主人からの振りに驚いたシータが、それでもシドロモドロになりながら俺の説明を補足した。
正直、俺の話した内容をなぞっただけの、話が行ったり来たりして一貫性のないシータの説明だったけれど、俺だって事前にある程度考えてきたからスラスラ話せただけなので、慌てるイケメンの姿に俺は心の中で同情し、そしてがんばれ負けるなと応援した。
そして前を見れば、それを温かく見守る会計さんと、無表情に見えて所々、呼吸に「笑み」が混ざる女主人。シータのやつは愛されているんだなぁと感心してしまった。
ところが、
なんだかだんだん熱が入ってきてしまったシータが、【勇者】がどうだったかというよりも、俺がどうやって【勇者】をボコボコにしたのかをとても詳細に、力を入れて念入りに解説し始めた......護衛が彼の本職のせいだからなのか、こっちに関してはそれはもう本当にスラスラと、まるでスポーツか格闘技の実況中継さながらにエキサイティングに報告してくれやがる。
その内容にドン引きする会計(半裸メガネ)と俺(犯人)。人の口からあらためて聞く、その内容の凄まじさと酷さといったら、もう、俺はサイテーなやつだった。
そして...
「少し頭を冷やしなさいな、サンシータ?」
お茶の入ったポット(まだお湯だよね!?)をシータの頭の上で傾けて、困った表情でドバドバと浴びせる女主人(超こわい)。
「...すみません、長」
一転して、何事もなかったかのように濡れた髪を静かに掻き上げて憂いの表情を見せるシータ(イケメン)は「えっ、お前誰っ!?」て感じの水(お湯)も滴るイケメン姿だったけど、さすがにコレはちょっと...と会計さんの方を見たら「いつもどおりですけど、何か?」という顔で見返されてしまった! なんでその反応なの!? 俺の武勇伝(?)には一緒にドン引きしてたクセに!?
...俺の想像以上にシータは厳しく過激に躾けられていたのかもしれない。俺はもっと、シータに優しくしなくちゃと思った。
こうして【勇者】の一件の報告は、つつがなく(?)終了した。
そして二人を家の出口へ、霧の領域の外へと見送った。
見送り不要と言われたけれど、俺一人だけでも出口まで見送りさせてもらうことにした。
どうやらいつかティ達がこの霧の領域に繋いだという妖精郷(?)を経由して21階層へと帰るようだ。いつのまにやら、うちの領域の外へと向かう林道みたいなものができていた。家主の知らないきれいな道が家主の知らない場所へと続いていた。家主の知らない、大事なことなので三度言う。
別れ際に女主人が言った。
「私達はあなた様のお言葉だから、従うのです」
その言葉はとても苦かった......結局は、力。
「...いいえ。きっとあなた様は私の言葉をご理解されておりません」
「えっ?」
「あなた様は一言、黙って従えと言うこともできました。黙らせることもできました。
ほんの数秒で解決できるこの問題を、そこまで労を重ねてでも守ろうとしたものが、あなた様にはあったのです。そのことに私が気付かぬと思われるのは心外ですし、あなたがそれを理解しようとせぬこともまた、我々に対して失礼です」
「......」
「若い戦士は、全てを捨てて戦えと言うでしょう。
若き指導者は、納得できぬならば代案を出せ、指導者を代われと言うでしょう。
ですが、今は勝てぬ敵、今は納得いかぬ難題のなんと多いことか。
安住の地を求め育み栄えていくことは、今日明日の話ではなく百年の旅路なのです。
私が植えた種が育つのは一年、百年と先のこと。花開く時には既に私はこの世にはいないでしょう。
それでも皆は、長である私についてくる。
それは皆が私を、信じているからです。
...武力、地位、あるいは言葉。どれを以ってしても足りません。そのすべてを以って、私は皆を信じさせなければなりません。何度も失敗してきました、それでも何度でも、私は信じさせなければなりません。
そして私があなた様を信じているというのもまた、そういうことなのです。
...もう一つ、言葉を添えるならば、
サンシータ。あの場において私が最も信頼したのは、あの子です。
もしもあなた様がただの魔王様であったならば、あの子はもっと、ただの戦士然とした瞳をしていたでしょう。それが...フフッ、あの子ったらあんなに、はしゃいでしまって、きっと毎日が相当楽しいものなのでしょうね。
余所の集落で漢が育ってしまうのは、少々、嫉妬してしまうものですね、フフフ...
...これからも、あの子のことをよろしくお願い致します」
「...もちろんです。
...そして、貴重な助言、感謝致します」
「いいえ。僭越ながら、事実を申し上げたまでのことです。
私達は皆、【徘徊する逢魔】様の信者なのです。ご用命の折にはいつでも我々に、お申し付け下さい」
...すべてをもって信じさせる。
何度失敗しようとも...
林道の向こうへと去って行く二人の背中を見送りながら、俺は......
思わずその場に、しゃがみ込んだ。
そして、長ぁーーーーーーーーーーーーーーい、ため息を吐き出した...
――そ、そりゃあ、彼女達が俺を信じてくれるのはうれしいし、女主人の言うことはもっともだと思ったよ......思った、けど、だからこそ俺は、そんな立派なものじゃない...
正義より使命より礼節よりも、俺が奴らを赦さぬように奴らも俺を赦さぬという、苦痛と恐怖の応酬が嫌なだけなんだ。それでも最後は我儘を押し通さんと力でねじ伏せる俺、そして最初から敵と決めつけて獲物を貪り喰らわんと俺達に襲いかかる奴ら、奴らの方がいっそ潔いとすら俺は思っている......そんな俺など信頼には程遠い存在だ。
...俺だって、もー、なーんにも考えずに、「ヒャッハ〜! 邪悪な魔物は皆殺しだゼェ〜!!」とか叫びながら小さな村を襲撃したり、なーんにも考えずに、巨大な何かの背に乗って難攻不落の大都市を蹂躙したりする係の方になりたいよぉ......考えなしに、すごい魔法とかすごい蚊取り線香とかをぶっ放して、優しい人やマジメな人も一匹残らず包み滅ぼす側になってしまいたいよぉ...
...そういうやんちゃな連中だけを一箇所にかき集めて、闘技場でも大きな壺でも俺のあずかり知らぬところに一人残らず放り込んで、勝手に優勝争いでも敗者復活戦でも思う存分、満足するまでやってくれよぉ......最後にその優勝した一人を穴にでも埋めちゃえば世界だって平和になるだろぉ?
...どっちでも良い、俺をもう、巻き込むな。
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「おいユキ、あれは、いいのか?」
「どうしたの、シータ君?」
「主は、その......大丈夫なのか? さっきからずっと、庭先で膝を抱えたままボーッとしちまってるが、あのまま放っておいても良いのか?」
「...そっとしておいてあげて? 私達があんまり心配すると、無理して立とうとされてしまうから」
「そ、そうか......それで、その主の隣で同じようにボーッとしているサキは、大丈夫なのか?」
「あれは主様の真似をしているだけだから、大丈夫だよ?」
「そ、そうか...心配になるくらいに、二人共そっくりだな......おい、ユキ、拳をグッとするな! お前まで三人一緒にボーッとするなよ!? 不安になる! ...せめて、その、隣に座るのだけにしておけよ? な?」
「...わ、わかってるよ?
...コホン、主様は、きっと......主様にとってやってはいけないことをやってしまうと、ああなっちゃうみたいなの...」
「もしかして、主も【勇者】も渡り人で、同族らしいって話のことか? ...俺、長達と主の前であんな話を...チッ、やっちまったかな...」
「違うよ、シータ君」
「...違うのか?」
「違うよ。きっと主様は人族がどうとかじゃなくて......誰が相手でも、本当はもう、戦いたくないんだよ」
「...あんなに強いのに?」
「どんなに強くたって、怖くて、痛くて、辛いから、それがすごく嫌なことだって主様は知っているから......だから...」
「...そうか。それを知っている主だから、俺も止めてもらえたんだな...」
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......
...まる二日ほど、俺はほぼ、意識が飛んでいた。
家のすぐ脇で、体育座りだけで二日が過ぎ去っていた。
気がつくと一日が終わっていた。右の子と左の子が俺を挟んで一緒にボーッとしていた。
同じように二日目が終わると、足下に猫ちゃん、頭の上にスライムさんが増えていた。そろそろ夕食の時間のはずだけど、むしろその包囲網によって俺は動けない状態になっていた。
...どうでもいいけど、スライムさんをこうやって頭の上に載せて思い出すのは、あれだ。前世で昔、ぷよぷよしたやつを4つくらいくっつけると消える感じのゲームってあったよな? もしかしてみんなで俺を、1連鎖で消そうとしたりしているのかな?
ティが戻ってきたのと俺が正気に戻ったのはほぼ同じタイミングだったようだ。
「...皆で主様にくっついて何をしておるのじゃ?」
「...なんだろうね? 心の最高点に挑んでる?」
「よく分からぬが、わらわもそこに加点すれば良いのか?」
「いや、俺としてはそろそろ終了にしたいんだけど...囲まれて動けないんだ。 ...ティの方は、もう用事は終わったの?」
「なんのことじゃ?」
「30階層に行ってたんだろ? 何をやってたかは聞かないけれど、危ないことはやっちゃダメだぞ?」
「心配せずとも、大丈夫じゃ」
そのままティが「ふぅ、やれやれ、よっこらせ」と年寄り臭い掛け声とともに俺の肩に腰をおろして俺の包囲網が更に強固になってしまった。ティが何をやっていたのか知らないが、きっとひと仕事を終えたのだろう、そのまま俺の肩を貸すことにした。
「...俺の方はこの二日間、なんにもやってないから、少しだけ待ってくれる?」
「待つというのは、迷宮を降りる話のことか? 構わぬぞ?」
次の31階層は寒い場所らしい。それならば、そこへ行く準備と今後の計画をしなければならない。
どうやら1〜10階層は暖かい場所。
11〜20階層は暑い場所。
21〜30階層が涼しい場所。
31からが寒い場所らしい。つまり、春夏秋冬を制覇したわけだ。
11階層がかなり暑かったことを踏まえると、31階層もかなり寒かったりするのだろう。準備のためにまた、メイや道具屋のおばあちゃんに色々と相談しておかなくてはならない。
「それに、できれば先に進む前に確認しておきたいことが...」
「ふむ? なにをじゃ?」
「...いや、個人的なことだよ」
「なんじゃ? 女か?」
「なんでそうやって、すぐそっちに...ほらぁ! 右の子と左の子が角をグリグリしだしたじゃないかぁ!」
「良かったではないか、鬼族が角を異性にすり付けるのは――」
「――おや? 二人とも止まったね? ...えっと、続きが気になるけど、言わなくても良いからね、ティ?」
「本人達から聞くが良い、ニヒヒ」
「...俺の件は、メガミさんへの確認だよ。そっちは今日か明日にでも返事が無ければ別にそれでも構わないから」
「なんじゃ? 女の神か?」
「だから、なんでそうやって...ほらぁ! 右の子と左の子と、上のスライムと下の猫ちゃんがグリグリペシペシカリカリしだしたじゃないかぁ!」
「良かったではないかー、ほれー」
「おみゃえも頬を引っはうなよー」
そんなふうに俺を愉快に包み込みながらも、俺に一人になることを許さない5人の包囲網は、メイとシータが俺達を呼びに来るまでの間、身動きの取れない俺を強引に温め続けたのだった...




