閑話〜それぞれの思い
「また【勇者】、負けちゃったの!?」
わざとらしく道化姿の神が声にだしたが、他の神々はさほど驚いた様子もなかった。今回のは戦いですら無かったからだ。
もともと【徘徊する逢魔】の使徒は、弱い使徒ではない。
神々はそれぞれに、かつて迷宮を踏破して来たとか、神へと召し上げられるくらい長生きしたとか、各々の環境をそれなりに乗り切ってきた猛者達であった。
その性質上、自然と武闘派の者達が多くなってしまうものだが、それでも全てが全て【徘徊する逢魔】のような規格外の使徒達ばかりではない。まして今代の【徘徊する逢魔】の使徒はなぜか、神より授かっているはずの技である【魔導】をほとんど使わない、それでも強いという例外的な存在のようである。
それが【不滅の正義】であれ【慈悲無き兵器】であれ、近づくことができれば彼らの勝利、できなければ魔法を操る【徘徊する逢魔】の勝利というのが、今までの数百年に渡って彼らが繰り返してきた戦いの結末であった。
その点で、何があろうともただ近づいてくるという【不滅の正義】のやり方は、実に対【徘徊する逢魔】向けの戦術だったのだ。
しかし今回の戦いにおいてはもう【不滅の正義】は自ら剣を捨てた。剣を捨ててしまった以上、最初から彼に勝ち目など無かったのだ。まして近づいても勝てない今代の【徘徊する逢魔】を、一体、今回は誰が倒すのだろうかというのが一部の神々の興味であり、娯楽であった。
そんな興味津々な神々の様子を、鎧の女神は苦渋の表情で見守っていた。
別に【徘徊する逢魔】に限ったことではない、人族の敵であればそれがどんな相手であろうとも倒す。それこそが人族の拠り所である彼女とその使徒、【不滅の正義】の使命であった。
人族は弱い。他の種族と比べて断トツに弱く、何度も滅びの窮地に立たされてきた。今がたまたま最大勢力であるだけで、支えを失えばあっという間に滅びてしまう種族であることを鎧の女神は十分に理解していた。
しかし【不滅の正義】は支えることはあっても、導かない。
剣や天秤が意思を持てば、混乱が生じてしまうのは必定。天秤が勝手に傾いたり剣が勝手に暴れたりするわけにはいかないのである。勇者が人々を自分勝手に導いてはならないのである。
人々を守るというのはつまり人々の道具となる覚悟。自らの我儘でその強大な力を振るうのならば、それは支配となるだろう。支えることと支配とでは目指す場所が違うのだ。
それでも、その困難な使命を貫き通すには確固たる意思が要求されるという大きな矛盾。絶えることなき理不尽を己が忍耐の力でねじ伏せながらも信念を貫き通す、それが彼女の使徒に求められる資質。
ただ意思のない道具と化すだけならば、切れ味の良い剣として暴れ回るだけならば、いっそ神器を山ほど盤上へと振らせて人族達や他の種族達に勝手にやらせてしまえば良いのだ......
「...それでも彼は、【勇者】なのです...」
たとえ何度倒されても、弱き人族達のために立ち上がる。それが【勇者】の使命であり業......鎧の女神は、思わず口から漏れてしまったその自らの理不尽な言葉に......再び苦渋の表情を見せたのだった。
その一方で...
「こ、これは、おいしいけど、まずいですぅ...」
幼い女神は大皿に盛られたおやつをパクパクしながらつぶやいた。
「おいしい」というのは、彼女を祀った神殿に捧げられたそのおやつ(全てではないが、捧げたものはちゃんと彼女の元へと届くのである)。
そして「まずい」のは、その神殿へと捧げものを持ってきた、幼い女神の使徒の、あの笑顔。
大皿を祭壇へと捧げた彼は、彼女が授けた神器【辞書】を手に持って、それを天に見せるようにしながらトントンと指で叩いた。
そしてニッコリと笑顔。
しばらく無言でこちらへと微笑みかけてから、去って行ったのだった...
「あ、あれは、『分かってるよな? 説・明・責・任』という笑顔ですぅ!?」
「良く分かるわね!? すごいわ!」
驚いていたのは同じく大皿を囲み、自分の身の丈はあるであろうおやつをパクついている羽を持つ小さな神。そしておやつには手を伸ばさず、幼い女神の膝でゴロゴロと眠っているのは白猫の神。最近はもう、すっかりお馴染みの光景となった仲良し三人組の姿であった。
そして幼い女神は、問いかけた。
「...食べるですぅ?」
幼い女神の前に立ったのは、巨漢の神だった。
「...おう、ありがとな」
「そ、その代わり、ご意見を募集中ですぅ!」
おやつを受け取った後に条件を出すところは幼い女神もなかなかにしたたかだった。
それでも彼女の使徒のあの笑顔に対して、なんらかの手を打たねばなるまい。必死な幼女に巨漢は答えた。
「...良く分からねぇが、謝ったほうが良いと思うぜ?」
「べ、別に悪いことしたわけじゃないですぅ!? ...してない、はずですぅ」
こうして代金を支払った巨漢の神は、ひょいとおやつを口に放り込みながら、モグモグと立ち去っていった。
それに続いて現れたのは、白衣の神。幼い女神は彼を「ハカセ」と呼んでいた。
無言でおやつを渡し、渡され、そしてハカセが一言。
「謝った方が良いと思うよ?」
「なんでですぅっ!?」
よく分からないが、幼い女神が悪さをしたとばかり思われてしまっているらしい。
しかし幼女は納得いかない、そもそも「【辞書】のあの数値」については、ハカセにも一緒になって考えてもらったはずのものなのだ。
「ああ、あの【辞書】の件? ...謝った方が良いと思うよ?」
「なんでですぅっ!?」
それでもやっぱり謝罪を勧められてしまった。一緒にがんばったはずなのに!? ...もしかして、一緒に頑張ってもらった以外の部分のことを言っているのだろうか?
ちなみにその神々の幼い女神への助言。説明しろという要望に対して謝罪では実は会話が成立していない、神々もなかなかに雑な助言を浴びせているのであった。
ハカセが「がんばってね?」とおやつ片手に立ち去った後......
「...食べるですぅ?」
その問いかけに、鎧の女神は静かに首を横に振った。
それでも助言は支払った。
「...あなたは使徒と強い絆で繋がっています。ただ、使徒を信じてあげなさい」
「...あなたは少し、使徒を信じすぎですぅ」
幼い女神の返しに、鎧の女神は「...そうかもしれませんね」と寂しそうに苦笑して、去っていった。
幼い女神は、その皮肉混じりの言葉に対してはいっそ怒ってくれても良かったと思っていた。
いろいろと【勇者】や人族のやり方に許せぬことは数多く有れど、それはそれ、このマジメ過ぎる鎧の女神のことは、好きではなくとも心配ではある幼い女神であった。
まだ少し遠くにいる厳つい神へと目掛けて、幼い女神は「ひっこむですぅ!」とおやつを投げつけ、厳つい神こと【慈悲無き兵器】はそれを難なくキャッチした。
それは完全に幼い女神の八つ当たりだったのだが、厳つい神にしてみればむしろ、それくらいの元気があってこその神であり、その調子で今後とも精進して欲しいと安心していたのであった。その辺の食い違いがまさに、この二柱の神の不仲の原因を示していたのだが...
「...それはともかく。ぜんぜん何も解決しないですぅ」
そんな幼い女神の目の前をチラチラ通りすぎる道化の神は、無視。
愛の反対は嫌悪ではなく、無関心。
幼い女神の視界に入ろうとも、幼女の中ではもはや存在しないことになっている道化の神であった。
みんなに優しい(一部には厳しい)幼い女神のあまりにも塩っ辛いその対応に、小羽の神が代わりにつぶやいてあげたのだった。
「心底、キライなのねぇ...」
「き、嫌われちゃったなぁ、アハハ...」
一通りの助言を得た末に、結局、最初に戻って「やっぱり、おいしいけど、まずいですぅ...」とおやつが尽きるまで頭を悩ます幼い女神であった。




