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35. 1つ目の決戦-2-

 いつも読んでくださって、ありがとうございます。

 すみません。

 今回のお話は、流血、残虐シーンがあります。

 苦手な方はご覚悟の上、お読みください。



「まあっ! すごいご馳走じゃない!?」


 シュレイ様の顔が輝いた。

 リパーフは顔を赤らめて生唾を飲み込んだ。


「おい! こんなにたくさんどうしたんだよ!? 食材を調達するのは大変だって言ってただろう!?」


 宿屋の食堂の大きなテーブルの上いっぱいに、大皿に乗った料理が並べられている。

 今回は手の込んだ煮込み料理中心に作った。

 揚げ物や焼き物、蒸し料理も用意した。

 これだけの料理を用意できたのは、レンバートの功績だ。

 なにしろこの国では、食材がすべて国に管理されている。

 一般の市場に出回るものは種類も量もわずかだ。

 レンバートにはこの国の食材流通経路を調べてもらい、金に物を言わせて中間業者から抜き取る形で仕入れさせたのだ。

 世界樹があるこの国で栽培された野菜や果物、そして狩られた獣の肉は、他国に比べ、魔力を多く含む。

 これらは高級食材として相当量が他国へ輸出され、神樹レスポート王国の貴重な外貨収入源となっている。

 今は輸出に力を入れすぎて、市場は常に食材不足に陥る事態となっていた。

 食材不足は予想していなかったのだが、何かあった時の為にと、アンデッド王国から日持ちする食材を持ち込んでいたので、それらを使用して量を増やした。

 山と積まれた出来たての料理の数々を見て、ケモミミ御一行は仰天している。


「ええ、この国の食材はすべて国に管理されていて、入手には確かに手間取りました。ですが、ここにいるマテウスの従者、レンバートの働きで何とか手に入れることが出来ました。他にも、アンデッド王国から持ち込んだ長期保存できる食材を使用しましたのよ」


 エミリがグラスにワインを注ぎ、乾杯をした。

 今回は、こちらから頼んでリパーフとシュレイ様の食事の毒見を彼らの従者にお願いした。


「おいおい。前回も毒見なんぞしなかったし、お前のことは信用してるから必要ないぜ」


「いえ、お食事の後に大事なお話しがあります。その事もありますので、どうか毒見をしてください」


 ケモミミ護衛らが訝しい視線を向ける。

 リパーフは彼らを目で制してから、クンクンと料理の匂いを嗅いだ。


「美味そうな匂いだ。毒の臭いはしないな。おい、毒見しろ」


 従者はすべての皿の料理を毒見した。


「よし! もういいだろう。いただくぞ!」


「ええ、どうぞ」


 シュレイ様は戸惑った顔を私に向けている。

 意味深な態度を見せたから、警戒させてしまったみたい。

 努めて穏やかな笑顔を返した。


「不安にさせてしまって、申し訳ありません。後でお話しをなんて、気になりますわよね。でも、まずは、お食事を楽しんでください。悪いことを企んでいるわけではありませんから」


「い、いいえ。何か事情がおありなのね。分かったわ」


 シュレイ様は複雑な顔をしながらも、微笑んで頷いた。


「おお、美味い!」


「本当! 美味しいわ!」


 この国の薄味の料理にはうんざりしていたんだと、嬉しそうに食べてくれる。

 獣人族とアンデッドの味覚は同じみたいだ。

 

「私とエミリで作ったんですよ。お口に合って良かったですわ」


「え!? イザメリーラ様が自ら!?」


「ああ、こいつ、なかなか料理が上手いんだよ。こいつと同じ、優しい味だ」


「ええ…、本当に。イザメリーラ様のようなお味ですわ」


 は?

 私みたいな味?

 意味が分からん。

 いや、頼むよ? 私を食べないでね?


 彼らの従者と護衛も、エミリとボルト、ベント、レンバートらと共に、別のテーブルで食事している。


「そういえば、イザメリーラ様の婚約者、マテウス様はおいでにならないのですか? 彼の従者はおりますのに」


「ええ、マテウスは迎賓館におりますわ。今日はここには来ません」


「まあ、そうですの…。あの…、申し上げにくいのですが、お二人の仲は、あまりよろしくありませんの? 二人でいる所を見てないように思うのですが…」


「ふふっ。ええ、まあ。彼とは親に決められた婚約ですから。私達が望んだわけではありません。彼にいい人が出来たなら、私は身を引くつもりですので」


「え!? まあ、そうでしたの…」


「なんだよ! それだったら…!」


 リパーフがガタン!と椅子から立ち上がって何か言いかけたが、気まずそうにゴホンと咳ばらいをして、再び腰を下ろした。

 腕を組んで、チラリと横目でシュレイを見る。

 シュレイは不思議そうな顔でリパーフを見返す。


「い、いや、何でもない。それにしても、美味いな!」


「本当ですわね」


 二人はウフフと笑い合った。

 一見和やかに見えるのに、何故か緊迫した空気が流れている気がするのは、気のせいかな…?


「ああー! 美味かった! 腹いっぱいだー!」


 リパーフは座ったままお腹を突き出し腹を撫でた。

 シュレイは上品に口をナプキンで拭う。


「満足いただけましたか?」


「ええ、本当に。この国に来てからあまりまともな物を食べていなかったのだと実感いたしましたわ。…いえ、違いますわね。イザメリーラ様の心のこもったお料理が、大変美味しかったからですわね」


 シュレイ様はうふふと笑った。

 私はレンバートと目を合わせる。

 彼はコクンと頷いた。


「…で? 話ってのは何なんだ?」


 


 宿屋の一室にリパーフを閉じこめ、外から鍵をかける。

 トマスさんに許可をもらってつけた頑丈な(かんぬき)(じょう)だ。

 部屋の中は彼の護衛が点検し、安全を確認してもらって、扉の外で待機してもらう。

 シュレイ様にも、彼の部屋から一つ部屋を挟んだ閂錠のかかる部屋に入ってもらった。


 私は食事の後、ロージス神に見せてもらったリパーフルートで起こる事件を二人に話した。

 今夜、青い月が昇り、リパーフが無意識に獣化し、暴走して大勢の人を襲うこと。

 翌日も獣化するが、オリアナ姫の助けで力の制御に成功し、暴走を起こさないようになること。

 人を襲わない為に、今夜は宿屋の一室に鍵をかけて閉じこもって欲しいことを伝えた。

 リパーフにたくさんのご馳走を振舞ったのは、腹が膨れているなら人を食らわないかも?という理由から。

 食事前に毒見をさせたのは、私達に悪意がないのを示す為と、リパーフの(のち)の暴走が食事のせいではないと証明する為だ。

 リパーフは目を閉じて逡巡したのち、ハァとため息をついた。


「まあ、ちょっと、にわかには信じられない話だな」


「うっ…ええ、まあ、そうでしょうね」


 私は苦笑する。

 青い月の出る日付を変えることは普通不可能だ。

 物知りな魔女たちにも大笑いされてしまった。

 本来なら来年出るはずの青い月が、今夜出てくるはずがない。


「お前は今夜、青い月が出るって言うんだな? 青い月か…。あれの出る晩は獣人族の力がみなぎり活発になることは、世間一般に知られている。だが、暴走する輩もいるってことは秘密なんだ。まあ、それを知ってる時点で、お前が未来を語ってるってのも納得できる部分ではある。…ふむ。いいだろう。いっちょ信じてみるか!」


「え!? ほ…んとうですか!?」


「王子!?」

 彼の従者らは驚きの声を上げた。


「まあ、なにも起こらないに越したことはないが、念の為だ。そういうことだろ? なっ!」


「は、はい! ありがとうございます!」


 私は勢いよく頭を下げた。


「イザメリーラ様、なぜ私も部屋に閉じこもらないといけないんですの?」


「シュレイ様の安全の為ですわ。外からも中からも開けられない部屋の中に居ていただいた方が、安全だと思いますから」


 神様の作った乙女ゲームに、シュレイ様は出てこなかった。

 変わってしまった今現在、彼女の存在がどう働くか予測できない。

 食事の席に、婚約者であるシュレイ様を抜きにして、リパーフだけを呼ぶことは、余計な憶測を生みそうではばかられたし、彼女も同席してもらうのは仕方がなかった。

 もしもを防ぐため。

 不安要素はなるべく消しておきたい。

 シュレイ様は首を傾げた。


「私も、暴走する可能性があるということですの…?」


「さすがにそれはないと思います。けれど、シュレイ様になにかあってはいけません。宿屋の主夫妻は、今宵はすでに別の場所へ移ってもらっています。我々も宿屋から離れた場所で夜を明かすことにしますので、今夜はこちらの一室でおやすみください」


「…そうですか。分かりましたわ! 私、イザメリーラ様を信じます! なにとぞ、私の婚約者をよろしくお願いいたします」


 シュレイ様は真剣な顔で頭を下げた。

 二人にすんなり信じてもらえたことに、内心驚いた。

 裏表のない、気さくな人たちで良かった。

 普通はこんな荒唐無稽な話、鼻先であしらわれて終わりだよね?

 そうなったら、拝み倒すとか脅迫するとか、いろいろ案を考えてたんだけど、やらずに済んで良かった。

 彼らの従者はさすがに怪訝な顔で話を聞いていたが、文句も言わず、結局、主の言葉に従った。




「姫様、よかったですわね」


「ええ。でも、これから…今夜が勝負よ!」


 本当は、一番手っ取り早かったのは、彼らの食事に痺れ薬でも仕込んで、一晩中、動けなくすることだった。

 だが、他国の王子に薬を盛ることはためらわれた。

 怒らせたら、いきなり戦争勃発の事態になってしまう。

 それを回避するために来たんだから、やはり説得して、自ら部屋にこもってもらうのが一番だと思ったのだ。

 二人が泊まる部屋には頑丈な外鍵をつけたし、獣化して暴れても、被害は部屋の内装だけで済む。

 

 トマスさん夫妻には、今夜は近くの村の彼らの知り合いの家に泊まってもらっている。

 私達アンデッドは宿屋の風下の森の中にテントを張っておいたので、そちらで一晩明かすことにしている。

 マテウスには何かあっては困るので、彼の護衛と共に、迎賓館で待機だ。

 ボイルとベントは双眼鏡を手に、交代で一晩中宿屋を見張る。

 もしもの緊急事態に備えてだ。

 

 

 日付が変わった深夜。

 夜活動する鳥の鳴き声だけが聞こえる静かな夜。

 低い獣の声が夜の闇に轟いた。

 双眼鏡を手にしたボイルがテントに駆け戻って来た。


「リパーフ様、シュレイ様、共に獣化して暴れ始めました!」


「えっ、ちょ、なんで!? シュレイ様も!?」


 慌ててテントから外へ出て空を見上げると、星空の中に、先ほどまではなかった青い月が、白い月と並んで浮かんでいた。

 ドドーン!!

 宿屋の方角から、大きな破壊音が響いた。


「え? うそ。まさか!?」


 宿屋が破壊されて、まさか外へ出ちゃったんじゃ!?

 私達は顔を見合わせ、一斉に走り出した。

 ゲームの中の知識では、暴走したリパーフは人のにおいに反応して襲っていた。

 私達が宿屋の風下の離れた場所に避難しているのもその為だ。

 周りに人がいると危険なのだ。

 ここから一番近い村は、私達が馬を借りた農民たちが住む村。

 トマスさん夫妻も今夜はそこに泊まっている。

 もしリパーフとシュレイ様が人のにおいに反応して村に向かえば、トマスさんや村人の命が危ない!

 

 グルルルルルル…


 宿屋へ向け走っていると、月明かりの下、大きな真っ黒い獣の姿を見つけた。

 クロヒョウ!?

 じゃあ、あれは、シュレイ様!?


「シュレイ様ー! お待ちください!」


 黄色に黒のラインが入った2頭の(ひょう)が追って来た。

 黒豹は鼻先をクンクンと空へ向けにおいを嗅ぐと、村の方角へと走り出した。

 黄色の豹は大きく跳んで、黒豹の前に立ちふさがる。


「どうか、宿へお戻りください!」


 豹がしゃべってる…

 黄色い豹は、シュレイ様の護衛達?

 獣化してもしゃべれるんだね。

 ってか、声帯はどうなってるの?


 黒豹は威嚇の咆哮を上げると、前方の豹に飛び掛かった。

 太い前足で顔面を殴り付ける。

 黄色い豹は吹き飛んだ。

 すぐさまもう一方の黄色い豹の首に食らいつく。

 獰猛な太い牙が喉元に突き刺さる。

 口からはよだれと、首から流れ出る血が滴り落ちる。


 ひ、ひえっ!

 は、早く止めなきゃ!

 私は震える手で、ドレスのドレープから黒い獲物を取り出す。

 アンデッド王国から持ってきた魔道具だ。

 というか、正確にはまだ魔道具ではない。

 魔力が通っていないから、ただの道具?だ。

 私は首にかかったネックレスを外すと、それについている大きな赤い石を黒光りする道具の持ち手部分にセットした。

 はめ込まれた赤い石、魔石から魔力が溢れ、細長い黒い金属の表面を光の筋となって流れる。

 これで魔道具の完成だ!

 

 実は、神樹レスポート王国の入国検問所の魔道具感知ゲートには抜け道がある。

 あのゲートを作成したのは、当然のごとく、ドワーフ王国で神のスキルを持つグノーだ。

 魔道具の持ち込みを禁止されている今回の交流会に、どうしても魔道具を持ち込みたいからどうしたらいいかと通信機で彼に相談した時のこと。


「いくつか方法はありますが、一番簡単なのは、魔石と道具を別々に持ち込むやり方ですね」


「別々に?」


「ええ、市販している魔道具は、魔石の取り外しが出来ない構造になっているのです。必要でしたら、特別に、魔石の取り外しが可能な魔道具をご用意いたしましょうか?」


「あ、ありがとう! ぜひ、お願いします!!」


 というわけで、彼にはいくつか魔道具を制作してもらった。

 アンジェと彼の仲を取り持って恩を売っておく作戦は成功したといえよう。

 今回は、その持ち込んだ魔道具の一つを使う事にする。

 私は手にしたライフル型魔道具に私が作った麻酔薬の入った注射器を装填した。


「姫様、気付かれました! お早く!」


「よし、オッケー!」


 顔を上げると、黒豹の大きな口が目前に迫っていた。


「きゃ、きゃああああぁぁぁーっ!!」


 私は叫びながらライフルの引き金を引いた。

  

 ギャウンッ!


 黒豹の肩に命中した。

 黒豹はブルルと身震いした後、ガックリとその場で伏せた。


「シュ、シュレイ様…!?」


 血を流しながら、黄色の豹が近づいてきた。

 黒豹は唸り声を上げて威嚇するも、立ち上がることが出来ない。


「シュレイ様に、いったい何を!?」


「ああ、大丈夫よ。麻酔薬を打っただけ。眠ってしまうと思うけど、数時間で目覚めるはず。その頃には夜も明けて、青い月は消えてるわ」


 先程殴り飛ばされていた黄豹も戻り、2頭の豹は黒豹に寄り添う。

 黒豹は唸り声を上げる気力も起きないようで、そのまま静かに目を閉じた。

 スースーと安らかな寝息が聞こえてきた。

 薬が上手く効いたみたい。

 黄豹は人へと姿を変える。

 うそ。


「ええっ! 裸ーーー!?」


「大丈夫です。服は持って来ていますので」


 急いで目を逸らしたが、薄暗いとはいえ、20代と思われる男性の裸をバッチリと見てしまった。

 くっ。

 言ってくれれば見ないように後ろを向いたのに…

 美しい筋肉美でした。ハイ。

 彼らが服を着た頃振り向くと、シュレイ様も人の姿に戻っていたようで、いつの間に来たのか彼女の侍女が、大きなシーツで彼女の体を包んでいた。


「正直、我々はあなたの言葉を疑っていました。ですが実際、あなた様の言葉通りになりました。シュレイ様がご無事で済んだこと、心よりお礼申し上げます」


 シュレイ様の護衛と侍女が頭を下げる。

 だが、私は安堵の息を漏らすわけにはいかなかった。


「ねえ、リパーフ様はどうなったの? 彼はどこ?」


「…え?」


「リパーフも獣化して暴れているのでしょう?」


「ええっ、そうなのですか!?」


 とりあえずシュレイ様を連れ帰ると言って、彼らは宿屋へ戻っていった。

 あの人達は自分の主人を守ることに精一杯で、リパーフの方にまで気を回す余裕はなかったようだ。



「どこにいるのかしら…? もしかしたら、もう村に?」


 背中を冷たい汗が伝う。

 彼が人の命を奪ってしまったら、ゲームと同じように、名誉挽回の手段としてアンデッド王国へと攻め入んでくるかもしれない。


 


「グルルルルルル…美味そうな匂い。そうだ。俺はこれを食べたかったんだ」


 ハッとして振り返ると、暗闇の中に緑に光る瞳を見つけた。

 リパーフの瞳の色だ。

 木々の間から現れた金色の大きな獣を、月の明かりが照らす。


「…リパーフ王子」


 ふさふさと立派なたてがみを生やした巨大なライオン。

 美しい毛並みが風に揺れる。

 それは前世のライオンよりも、一回り以上大きかった。

 ライオンはジッと一点、私だけを見つめている。

 ハッと気付いてポケットをさぐり、注射器を取り出す。


「姫様!」


 ボイルとベントが私の盾になり、ライオンに弾き飛ばされた。

 えっ!? ちょっと待って!

 動きが早い! ついていけない!


「くっ!!」


 エミリの持つ剣が簡単に払われる。

 まずい!

 何とか装填し終わったライフルの引き金を急いで引いた。

 バシュン!!

 注射針は命中した。


「イテッ! 何だこれは!?」


「麻酔薬よ。大人しくして、リパーフ!」


「うるせい。いいから早く食わせろよ!」

 

 シュレイ様は自我を失っていたけど、リパーフは会話が出来るようだ。

 だが、目つきも雰囲気も、普段の彼とは全く違っていた。

 殺意を宿した瞳が、ずっと私を捉えている。

 薬はシュレイ様にはすぐに効いたのに、リパーフは動きを止めない。


「姫様! ここは一旦、お逃げ下さい!」


 エミリは新たなロープ状の武器を取り出すと、ネックレスとして下げていた黄色い石、魔石を持ち手にはめ込んだ。

 彼女は濃い褐色の武器、特別製のしなやかな長い(むち)を、ギリリと両手で握りしめる。


「これ以上近づくと、容赦いたしませんわよ!」


 魔石の魔力が鞭の表面を細い光となって流れる。

 振りかぶり、鋭く振った鞭の先が、飛び掛かって来たライオンの顔面にヒットし、小さな爆発が起きる。

 ライオンは爆風に弾かれて後退したが、すぐに体勢を立て直す。

 この鞭型の魔道武器は私も使えるようになろうと懸命に訓練した。

 だけど、難し過ぎて無理だった。

 自分に当たりそうになったり、関係ない所にぶつけちゃうんだ。

 結局、エミリしか使いこなすことは出来ず、彼女専用の武器となった。

 外見からいったら、可憐なエミリより、意地悪そうで性格のきつそうな私の方がしっくりくる武器だ。

 しかし最近ではエミリの本当の性格が分かってきたし、案外マッチしてるんじゃないかという気がしている。

 鞭を手にするエミリは、女王様の風格が漂っていた。

 エミリは鞭を巧みに操り、ライオンを近づかせない。

 私は負傷したボイルとベントと共に、とりあえず宿屋の方角へと走った。


「エ、エミリ…!」


 距離を取ったところでエミリを振り返る。

 本当は彼の体に負担がかかるから、もう使いたくないんだけど…

 私はもう一本注射器を取り出して、ライフルに装填する。

 麻酔薬の過剰投与は命の危険があった。

 ライフルを構えた時、耳元で謎の男の声が聞こえた。


『邪魔だな。こうしてやる!』


「え? きゃあっ!」


「姫様!」


 私の持っていたライフル銃が、なぜか粉々に割れて落下した。

 え? うそ。

 これ、金属製だよ?

 いきなりどうして…?


 突然の風に目をつぶると、ボイルとベントの唸り声が聞こえた。

 目を開けると、二人は地面に倒れていた。

 目の前には飛び掛かって来るライオン。

 前足が肩を押し、仰向けに倒れてのしかかられる。

 大きな口から滴るよだれが、私の顔面にボタボタと落ちてくる。

 ライオンは一度大きく喉を鳴らした。


「ああ…旨そうだ…」


 喉元に噛みつこうとするのを、私はとっさに腕で庇った。

 ガブリ!!

 腕に噛みつかれた。


「ギャーーーーッ!」


 もぐもぐもぐ…

 ライオンは目をつぶり、ゆっくりと味わうように、口に入った肉を噛みしめる。


「う…うまい! こりゃあ、食べた事ない、今までで一番の最高の肉だ! 新鮮なのに、不思議と熟成された芳醇な風味が入り混じる。なによりこのとろけるように柔らかい噛み心地! 薬草の香りと強すぎない優しい花の香りが口いっぱいに広がっていく!」


 大きな前足に踏みつけられているので、動くことが出来ない。

 自分の腕肉の味を楽しむライオンの食レポを聞きながら、わなわなと腕を震わせ、傷を見る。

 痛みはない。

 それは、アンデッドだからだ。

 アンデッドは痛みを感じない。

 だが、えぐり取られた深い傷口を見て、意識が遠のきそうになる。


「ううっ…うっうっうっうっーーー!」



「姫様ーーー!!」


 バシーン!!と鞭で払われ、ライオンの体が宙を舞う。

 重しがなくなったので、私は体を起こした。


「た…大変ですわ! ああっ、姫様…なんてこと!!」


 腕の傷を見て、エミリの顔は真っ青になった。

 そして、横たわるライオンに向き直る。


「…よくも、姫様に…成敗してくれます!!」


 激しく鞭を振り回し、ライオンを殴打する。

 全身を小さな爆発で痛めつけられ、丸くなって地面に伏せた。


「ま、待て! すまん、悪かった! もう、正気に戻った! 止めてくれー!」


 ライオンは鞭で打たれながら、人の姿に変わった。

 当然、彼は裸だ。

 だが、エミリの鞭は止まらない。


「よくも、姫様をーーーーっ!!!」


「ま、待て! やめろ! おい、誰か、こいつを止めてくれーー!!」


 リパーフの叫びに答える者はいなかった。

 私はこの日の為に作っておいた強力傷薬を取り出し、腕にかける。

 そして、私が作れる中で一番の効き目を誇る、まだ市販されていない特別な回復薬をごっくんと飲み干した。

 予備のライフルを取り出し、壊れて地面に落ちたライフルから魔石を抜き出すとそちらにはめ直す。

 そして、麻酔薬ではなく、実弾を装填し、構える。

 バシュン!!

 腰を抜かしたリパーフの足元に弾がめり込む。

 あ、外しちゃった。


「おい…イザメリーラ? ちょっと止めろ。こりゃシャレにならないぞ?」


 震えながら言う声は、私の耳には入らない。

 私は狙いを彼の頭に定める。


「おい! 待てって! 止めろ! た、助けてくれーーー!」


 リパーフは立ち上がり、宿の方角へと走り去った。

   

 

    

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