34. 1つ目の決戦
「ひ、姫様…?」
エミリが私の口元にハンカチを当てる。
ふきふきと甲斐甲斐しく口を拭われて、ハッと正気に戻った。
「あ、ごめん。また血が出てた?」
「あ…はい。今、口を開けて固まっておられる隙に。先程は出てませんでしたから大丈夫ですよ」
エミリは人に見られたくない私の心情を察して、そう教えてくれた。
「あ、ありがとう。…ねえ、さっきのは夢かしら…?」
「いいえ。現実です、姫様!」
「あ、やっぱり?」
私は押さえていた額から手を離した。
いや、でもさ。
あのガオザンから親切にされるなんて、夢だとしか思えない。
抱えられて空を飛んで、眺めのいい場所まで連れて来てもらって、最後はとどめのデコチュウ(おでこにチュウ)!!
どこの乙女ゲームやねん!って思った。
そして、「これで大丈夫だと思うよ?☆キラン!」って、おまえはどこぞの王子かよ!?…って思って…あれ? そういやガオザンは王子だったわ!
いや、ほんまもんだった。
めっちゃイケメンの、正真正銘の王子さまでしたわ。アハハ…
ちなみに☆キラン!は、私だけに聞こえた効果音です。
悪役で早死にのイザメリーラが攻略対象者とあのような展開になるなんて全く予想できずに、信じられなさすぎてプチパニックを起こしてしまった。
まるで主役のオリアナ姫のポジションと入れ替わってしまった感覚だ。
ガオザンとの好感度を上がるイベントだったりしてね。
あれ?
そういえば、昨日のリパーフが訪ねて来た件も、乙女ゲームのイベントみたいだった。
耳をモフれたし、彼に対する私の中の好感度が上がった。
まあ、あっちは私に対してどう思ったかは分からないけど。
ゲームの中でのオリアナ姫には、どっちのイベントも起こらなかったから、当然、彼女と入れ替わったということではない。
オリアナ姫とイザメリーラ姫のダブルヒロインだったなら、こんな展開もありか?
「きゃーーーー!!」
え!? なに!?!?
突然、大きな叫び声が聞こえて我に返った。
「下からですわ!」
エミリが指さす崖下を見ると、ガオザンが合流したとみられる大勢の人の塊が見えた。
騎馬兵が彼らを囲んで守るように剣を振るう。
騎馬兵の前には無数の小さな黒い点々が、彼らを覆いつくす煙のように群がっていた。
「なに…あれ…?」
小さな黒い点の群れの一角にボッと炎が上がり、ボトボトと地面に落ちる。
だが、覆い隠すほどの大量の黒は、燃やされても燃やされても、森から湧き出てきて際限なく襲い掛かる。
どうやら的が小さすぎて剣では対抗できず、炎の魔法で攻撃を加えているようだ。
目の良いボイルがボソッと呟く。
「あれは、羽虫? 蜂か? だが、魔法を使っているようにみえるな」
「じゃあ、虫型魔獣か? そんなのもいるって聞いた事あるな」
魔獣と言ったら哺乳動物に魔力が宿ったものを想像するが、この世界の魔獣は昆虫でも魔力が宿り、魔法攻撃を仕掛けてくるものもいる。
虫一匹が持つ魔力は微量だが、群れて協力し合って攻撃する種類もいたようだ。
大きな風が一行を襲い、悲鳴が上がる。
魔術師らしき護衛が杖を構え、風魔法で押し返している。
蜂は風に流されながら大きなうねりとなって揺らぐが、吹き飛ばされることなく、すぐさま体勢を整え塊になって人へ向かって行く。
「まあ、お気の毒に思いますが、いい気味だと思います」
「ちょっとエミリ、何言ってるのよ! あの中にはマテウスやレンバートもいるのよ!?」
「あ、そうでございましたわ。申し訳ございません。マテウス様はご無事でしょうか…?」
他にもアンデッド王国の護衛の騎士2名もいる。
彼らは魔法が使えないし、大丈夫だろうか…?
エミリは双眼鏡を構えた。
「あ、居られました! オリアナ様と王子らは、さっき私達を囲んでいた透明な何かに覆われているようで、虫は近づけないみたいです!」
「え!? じゃあ、ガオザンが!?」
「でも、真っ黒に覆われていきますわ! だ、大丈夫でしょうか…」
肉眼でもはっきりと分かった。
一か所、丸い大きな塊が見える。
真っ黒な半球上の物体に虫が次々ととりすがり、どんどんと大きく膨らんでいく。
オリアナや王子達が狙われている…?
「これ…マズいんじゃないの…?」
炎の魔法が一番有効なようで、水や風には全く怯むことなく虫は向かって行く。
森の中なので、どうやら大規模な火魔法は使えないようだ。
火災になったら、それはそれでもっと大惨事になる。
でも、これはヤバそう。
明らかに人が押されている。
はぁ、アンデッドに魔法が使えたらねえ。
助けたくても、私達になすすべはない。
アンデッドって無力だわぁ…と悲観していたのだが、そこでハタと気づいた。
「あれ? なんで私達の所には来ないの?」
「え? それは…姫様の作った魔獣避けの効果じゃありませんか? それしか考えられません」
「ああ、だったら…!!」
私はドレスのポケットを探って瓶を取り出した。
「あ、魔獣避けの薬ですか? でも姫様、ここからじゃ薬を渡せませんわ! 瓶を投げても、あんなパニックになっていては気づくことが出来ないでしょうし!」
「じゃじゃーん! これがあるのよ! 粉末魔獣避け薬~!!」
ドラえもん風。
「えっ! 粉末!?」
とっさの時、薬を塗っている暇がないかもしれないし、地面に撒いて安全な場所を確保したい時なんかを想定して、そういえば念の為に作っておいたんだった。
すっかり忘れてた。
瓶の蓋を開けて、中身を下にいる人達の頭上にサラサラと落とす。
一瓶全部を落としきった。
虫が使う風魔法で四方八方に飛び散るが、広範囲に広がって、これはこれで結果オーライかもしれない。
黒い小さな虫の大群はサアッと飛び去り、森の中へ姿を消した。
必死に戦っていた人々は茫然と立ち尽くしている。
突然に姿を消した虫に、何が起こったのか理解出来ないようだ。
そして、自分達に降りかかった灰のような粉に目を移す。
蜂に刺されてしまった人が大勢いるようで、治癒魔法での治療が始まった。
治癒魔導士は希少で、王族お抱えとなっている場合がほとんどだが、今回は王族ばかりの集団なので、ちゃんと同行していたようだ。
良かった良かったと安堵していたら、ふわりと空を飛んでガオザンが現れた。
「さっきのは、君の仕業で間違いない?」
「ええ、まあ」
「助かった。ありがとう。それで、頼みがあるんだけど…」
私達はガオザンに抱えられて一人ずつ崖の下の道に下ろされた。
重傷者は寝かされて治療魔法を受けている。
軽症者は彼らの治療が終わるのを待っているようだ。
厳つい顔をしたこの国の国王、ジェイド王が歩いてきた。
「ガオザン殿から聞いた。アンデッドの王女よ。そなたのおかげで我々は助かったのだな。先程はすまなかった」
ジェイド王は、なんと私に頭を下げた。
「我々も魔獣避けは使っていたのだが、大した効果は得られなかった。貴殿の作ったものは、これほどに良く効くのだな。噂には聞いていたが、まさかこれ程のものだとは思っておらなんだ。見くびっていたことを許してくれ」
ジェイド王は謝罪の言葉を延々と続けた。
「もう、大丈夫です。気にしていませんから…」と何度も言うと、やっと納得して止めてくれた。
「もし、今、治療薬を持っているのなら、この者達を見てもらえないだろうか? 軽症者たちは治療を待っているのだが、魔導士たちの魔力が持つか分からない」
「あ、はい。お役に立てるのなら」
夏の森に行くのだから…と、虫刺され用の薬もちゃんと持って来ている。
まさか蜂の魔獣に出くわすとは思わなくて、普通に蚊に刺された時用のだけど、虫刺され薬として作ったから、蜂刺されにも効くよね?
私が作った薬は効き目が異常に優れているから、大丈夫な気がする。
非常ではなく、異常に。
だが、期待した目で待機している人達を見て不安になった。
30人くらい? いや、それ以上いる。
一瓶で足りるかなぁ。
「大丈夫ですわ、姫様! こんなこともあろうかと、私も持って来ております!」
「あ、本当!? 良かった! さすがエミリ!」
私とエミリは手分けして並ぶ人たちの患部に、順番に薬を塗った。
護衛の騎士や、張り切って前線に出てしまった王子らが被害者だった。
彼らは顔を赤らめ、満足した顔で頷いた。
「みるみる痛みが引いていきます! 薬姫様、ありがとうございます!」
「そう? 良かったわ」
帰りは魔獣避けの効果か、全く魔獣に出くわすことなく無事に帰ってこれた。
ジェイド王からは魔獣避け薬の発注を受けました。
良かった、良かった。
この王様にはかなりムカついたけど、みんなの前なのにしっかり謝罪してもらえたし、もう怒ってはいない。
あの優しい心を持つオリアナ姫のお父さんだし、そんなに悪い人ではないのかもしれない。
カーテンを閉め切った真っ暗な中、男は一人きりで部屋にいた。
招かれた王族らが寝泊まりするここ迎賓館には、王族と一緒に護衛らも続きとなる部屋に滞在している。
だが、この広々とした続きの3部屋を、男はたった一人で使用していた。
男は誰にも招待されていない。
この男こそが今回の交流会の発案者だからだ。
男は溜息と共にベッドに腰かける。
「ジェイド王にはガッカリだ。アンデッドの悪い評判を散々聞かせておいたのに、彼女に頭を下げて謝罪するとはね。やはりこの国の王族には呪いがかかりにくいのか…。仕方ない。では次の手を打つとするかな」
男はニヤリと笑った。
その日の夜。
夕食が済み宿屋の自室でくつろいでいると、打ち合わせ通りレンバートがやって来た。
私は満面の笑みでそれを迎える。
「待ってたわよ、レンバート」
レンバートは一瞬固まり目を見開いたが、うやうやしく頭を下げた。
「理由をお聞きしてもよろしいですか? イザメリーラ様。何故、そのようなお姿で? どこかへお忍びにでも行かれるのですか?」
私は笑顔から一転、不機嫌に顔をしかめた。
「…どういうこと? ベント。ちっとも驚いてないわよ?」
私の今の恰好はお忍びのリーラの姿だ。
町娘の衣装を着て、茶色の髪のカツラを被っている。
リーラの姿を見せて驚かしてやろうと言うベントの提案に乗って、お忍び姿でレンバートを待っていたのだが。
「やっぱり、私がリーラだって知ってたんじゃない!」
「いや、俺はてっきり知らないんだと思っていまして…。なんだよお前、知ってて昨日、あんなひどい事、姫様に言ったのかよ!?」
「ひどい事?」
エミリの眉がピクッと上がる。
「本当の事を言いますと、ひと月前、王城でお会いした時には気づきませんでした。ですが、今回のこの旅の途中、正確には飛翔船に乗っている最中に気が付きました。ついでに言いますと、隣国の発着場に到着した直後に姫様から明かされた真実の方が驚きましたがね」
「え? 飛翔船に乗ってる途中で気付いたの!? うそ! 全然、驚いた様子もなかったし…って、それよりも驚いた真実?って、何だっけ?」
「何だっけ?じゃありませんよ…」
レンバートは額を押さえて溜息をついた。
ベントも「ああ、あれな…」と渋い顔で頷いた。
「姫様」と、エミリがこっそりと教えてくれた。
「ああ、なんだ。私の“死亡予告”ね」
「なんだ…じゃ、ないでしょうが!!」
レンバートは声を荒げた。
「だ、だって、しょうがないじゃない!? お父様に知れたら出国禁止になっちゃいそうだし、私が来なかったら謂れのない批判を受けて、各国と険悪になっちゃうかもだし…」
「早くに聞いていたなら、別の手が打てたでしょうに! 欠席する上手い理由を作ることも、代わりの影武者を用意することも出来た。剣術の腕前は、訓練をしてもさっぱり上達していないと聞いています。武に優れた別の者に任せれば良かったのです!」
「で、でも、頼まれたのは私だし…」
「昨日も言いましたでしょう! 私には知力があります! 騎士やエミリ様には武があります! もっと頼ってください! 一人で抱え込まないでください! あなたには国に残って、安全な場所にいて欲しかった。神のスキルを持っていることもさることながら、あなたの存在そのものが我が国の希望なのです! 民からどれほどに慕われているか、ご存じないのですか!? もしも、あなたに何かあったりしたら…。これ以上、無茶をして頑張らないでください!」
「え? 昨日言っていたのって、そういう意味だったの? 私みたいなのが頑張っても結果が変わらないって、役立たずって意味じゃなかったの?」
「え? レンバートがそのような事を…?」
エミリの目がコワイ。
「ち、違います! イザメリーラ様は大切なお方です! 危険な目に会って欲しくないという意味です!」
「ああ、なんだ、そうなんだ。ホッとしたわ」
昨日の彼の発言は、要約すると、人に頼れってことか…
分かりにくいわ!
てっきり失望させて、けなされたんだと思ったのに。
レンバートの顔は真っ赤だ。
興奮して思わず素直に答えちゃって、今頃恥ずかしくなったのかな?
いつも冷静で皮肉っぽい彼がこんなに取り乱していると、なんか可愛い。
萌え。
「えーと…、まあ実際、俺も驚きました。だけど俺は姫様をお守りするのが仕事です。未来の事を聞いていてもいなくても、俺がすることは一緒ですから。ボイルもそうだと思います」
ベントの言葉に、私の顔はほころんだ。
「ありがとう、ベント。二人とも、驚かせてしまってごめんなさい。でも、もう夜も遅いし、そろそろ本題に入らない?」
死亡の危険を隠していたことは、今更文句を言われても仕方のないことだ。
過ぎてしまった事はしょうがない。
何を言われても、誰に止められても、絶対にここに来る気でいたから。
ただ、真実を知らせずについて来てもらい、危険な目に合わせてしまうことは、本当に申し訳ないと思っている。
しかし、それよりも今は、これから先の事を考えなければいけない。
一番目の命の危険が、もうすぐそこに迫っている。
私が死ぬような目にあえば、彼らは命を懸けて守らなければならなくなる。
私だって死にたくないし、彼らを巻き込みたくない。
私達は本腰を入れて、夜遅くまで計画を話し合った。
翌日。
今日は迎賓館の大広間でお国紹介が行われる。
本日から招待された国が一か国ずつ順番に、自国の紹介を行うのだ。
広間に入ると男性の明るい声が耳に飛び込んできた。
「よう! 昨日は助かった」
声の主は、金色頭のケモ耳王子だ。
その横には黒髪のケモ耳美女、シュレイ様もいる。
二人のツーショットは初めて見た。
「申し訳ありません、イザメリーラ様。昨日は雨の最中、酷い目にあわれたと後で聞きました。お助け出来ず、申し訳ありませんでした」
「ああ、それはまぁ…大丈夫ですよ。お気遣いありがとうございます。シュレイ様は大丈夫でしたか? そういえば、雨が降り始めてからしばらく、お二人の姿が見えませんでしたけど?」
「私どもは雨が…というか、水に濡れるのが苦手で、湿気自体好みませんの。体が辛くなって、休んでおりました」
リパーフはライオンで、多分シュレイ様はクロヒョウだと思うから、二人ともネコ科の獣人だもんね。
猫は一般的に水に濡れるのが嫌いだし、同じ性質を持っているのかな?
「まあ、そうでしたのね。…ところで、リパーフ様の髪型がいつもと違うような気がするのですが、どうかなさったのですか?」
「ああ、これな! お前からもらったコンディショナー?だっけ? それを使ったらサラサラのペチャンコ頭になっちまったんだよ!」
「え、そうでしたか…。えっと…、うーん、いつもとはイメージが違いますが、これはこれでお似合いですよ?」
「え? そ、そうか?」
シュレイ様はクスクスと笑っている。
それを見て私も笑った。
「や、やっぱり可笑しいんだろう! もう使わんからな! おい、シュレイ! 残りはお前にやる!」
「はい、ありがとうございます。喜んで受け取りますわ。でも私はいつものツンツンした頭より、こちらの方が大人しそうで好きなのですけどね」
「え? そうか? う、うーん…」
悩むリパーフに、私とシュレイ様はまたもウフフと笑い合った。
ステージに上がり一生懸命お国自慢をする従者と、それを見守るどこぞの王と王子を見ながら、私は心ここにあらずだった。
明日の段取りで頭がいっぱいだったのだ。
いよいよ明日、正確には日付をまたぐから明後日か。
彼のルートの転換日がやってくる。
もしもゲームの通りに進行したら、大勢の人が命を失うことになる。
失敗は許されない!
会が終わり、レンバートとすれ違う時、彼は小さく頷いた。
「順調です」
「分かったわ。手筈通りよろしく」
マテウスは苦しそうな顔で私を見ていた。
翌日。
いよいよ今日が作戦の決行日だ。
迎賓館に到着すると、私はお目当ての人物を見つけ出して、早足で近づいた。
「リパーフ様、シュレイ様」
私は夕食をご馳走するから宿屋へ来て欲しいと二人にお願いをした。
二人とも快く承諾してくれた。
とりあえず第一ミッション完了。
決戦は今夜だ。




