36. 1つ目の決戦-3-
「あああっ、なんだ、これは!? どうしたことだ!?」
翌朝。
トマスさんの悲痛な叫びで目が覚めた。
そういえば、トマスさん夫妻にどう説明しようか、考えてなかったわ…
昨夜は――…
宿屋へ戻ってみると、玄関まであと少しという所で、全裸のリパーフがうつ伏せで倒れていた。
確認すると、ただ眠っているだけのようで、今頃薬が効いたようだ。
遅いよ!
そのまま放置…というわけにも当然いかなかったので、ボルトとベントに宿屋の中へ運ぶように指示を出す。
さて、宿の中へ入ると、そこには意識を失っているリパーフの従者と護衛の姿があった。
シュレイ様の侍女が、食堂の床に寝かせられた彼らを看病していた。
侍女が言うには、傷はひどいが、命に別状はないとの事。
獣人族は普段から怪我をすることが多く、この位の怪我は日常茶飯事だそう。
怪我の治りは人間よりも早く、明日にはケロッとしているだろうと言った。
しかし…
獣人である彼らが数人がかりでなら錯乱した王子を抑えられると思ったのだが、考えが甘かったようだ。
全員、無残にやられてしまうとは思ってもみなかった。
「じゃあ、薬を渡すから、これを使ってみて」
私がドレスのポケットに大量に忍ばせている傷薬を取り出そうとしていると、その様子を見ていた侍女が悲鳴を上げた。
「イザメリーラ様!? そ、その傷は、どうなさったのですか!?」
リパーフに噛み取られた腕の傷は、出血を止める為、きつく布でしばってある。
だが、染み出てきた鮮血が布を赤く染めていた。
それ以前に、着ているドレスがすでに血まみれだった。
真っ赤なドレスを着ていて目立ちにくいとはいえ、至近距離でならばさすがに分かる。
「あ…ええと、これは…」
私が言い淀んでいると、ボイルとベントがリパーフの両脇を抱え、引きずりようにして中へと入って来た。
リパーフ王子の腰には、申し訳程度に布が巻かれ隠してあった。
王子のマッパはさすがにマズいと思ったのか、二人が着ていた上着を巻きつけてくれたようだ。
それを見た侍女はまたも悲鳴を上げ、目を丸くした。
「リパーフ様! なぜそのようなお姿に!?」
「エミリ、申し訳ないけど、彼女と協力して彼らの傷の手当てをしてくれる? あと、シュレイ様の護衛も怪我をしているはずだし、そちらもお願いしていい?」
シュレイ様と護衛は2階にいると侍女に教えてもらった。
シュレイ様はともかく、護衛は噛みつかれたり殴られたり、かなりの傷を負ったはずだ。
彼らは治療もしないで怪我を放置したまま、シュレイ様がまた暴走しないように見張っているのだという。
「もう、姫様!!」
大きな声で私を呼ぶエミリの顔が、コワイ。
「まずは姫様の手当てでしょうが! 何をおっしゃっているのです!!」
エミリにグイグイ引っ張られて2階へ上がると、そこは、ずいぶんと風通しが良くなっていた。
リパーフとシュレイ様、二人が暴れて、壁を壊してしまったようだ。
部屋に閉じ込めたから安心!…なんて、少しもしてはいけなかった。
頑丈な壁や扉も、彼らを閉じ込めるには強度が全然足りなかったのだ。
無残にいくつもの穴を開けられた壁を横目で見ながら、罪悪感が湧いた。
どうしよう…
トマスさんとネラさんに、なんて報告すればいいんだ…?
壊されず無事だった部屋の中で、一番手前の大きな部屋は、現在、シュレイ様が使っているようだったので、奥側の小さめの部屋の中へと入れられた。
エミリは私を椅子に座らせると、水桶を持ってきて、腕に巻いていた布を取った。
「ああーっ、姫様ー!! うわーん!!」
大泣きされてしまった。
オイオイ泣きながらも、傷薬をドバドバと大量にかけられ、水に濡らした手拭いで周りについた血を丁寧に拭き取っていく。
その後は包帯をグルグルに巻かれ、血で汚れたドレスを脱いで、寝間着に着替えさせられた。
そしてベッドに押し込められる。
「これほどの出血をされたのに、体調は大丈夫なのですか?」
やっと涙が収まったエミリにたずねられた。
「そうね。返って怪我をする前より元気かも。超回復薬のおかげかしらね?」
エミリは疲れた顔をしながらもホッと息をつくと、「では、シュレイ様方を見てきます」と言って、たくさんの薬を抱えて部屋から出て行った。
はぁー
やっちまったなぁ。
グルグルに包帯を巻かれて、太くなった腕を見ながら考える。
万全の準備をしたつもりで、無傷で余裕な感じで解決出来ると思っていたのに、まったく考えが甘かったようだ。
これ、マテウスが知ったらめっちゃ怒るだろうなぁ。
…っていうか、この傷、治るのかな?
強力な薬を使ったから、膿んだり腫れたり、これ以上酷い事にはならないと思うけど、噛みつかれて、えぐり取られた深い傷だ。
傷痕は残るかもしれない。
もう少しで死ぬところだったと思えば、軽い傷で済んだといえるのだけど。
ふむ。
それにしても、あの巨大ライオンの巨大な口の一噛みにしては、やけに小さな噛み口だ。
私が大口を開けて噛みついた位の傷である。
あのライオンの大きさならば、腕一本、いや、上半身ごと丸かじりされていてもおかしくなかった。
もしかして、リパーフに夕食を大量に振舞って、満腹にしておいたおかげ?
そうだとしたら、エミリと一緒に大変な思いをして作ったお料理の数々も、無駄ではなかったかもしれない。
ベッドに横になっても、興奮状態が続いているのか、一向に眠くならなかった。
疲れているはずなのに、眠らなければと思うのに、ライオンの鋭い牙が迫り、もうダメかと最後を覚悟した時の恐怖が蘇ってしまう。
そこへ、コンコン!とドアを叩く音。
返事をすると、レンバートが入って来た。
私は体を起こす。
レンバートの手には、壊れたライフルと布袋。
布袋を開くと、中には注射器やライフルの弾が入っていた。
「魔道具を持ち込んだことが知られたら困るでしょう。目に付いた物は、すべて回収しておきました」
そうだった!
そのまま放置して帰って来ちゃってたわ。
「ありがとう。ごめんなさい、忘れていたわ。さすがレンバートね」
彼は「当然です」と頷くと、ハァとため息をついた。
跪いて、包帯の巻かれた腕をジッと見る。
掛布の中にサッと隠したが、レンバートの目は、「ほら言わんこっちゃない」と言っていた。
うっ、まずい!
またしても毒舌攻撃炸裂か!?
私は慌てて口を開く。
「ちょ、ちょっと想定外だったわね! まさかあそこまで暴走した王子が強いとは! 今回は、途中で武器が壊れちゃったり予想外の事があって、ちょっと失敗しちゃったけど、次はこんなことないようにするから、大丈夫よ。ああ、それと、マテウスには私が怪我をしたことは内緒にしてもらえるかしら?」
あれ?
そういえば…と、机に置かれた、バラバラになったライフル銃を見る。
どうしてライフルはいきなり壊れたの?
確か…、この時、男の声が…?
「マテウス様に内緒というのは、さすがに無理ですね。後で知って、余計に怒らせるのが関の山です。それと、先程、エミリ様と相談しましたが、次回は、イザメリーラ様抜きで対処する事に決まりました。あなたには大人しく、部屋にでもこもっていていただきたい」
「え!? そんな、私抜きで!? そんなのダメよ! って、あ、ちょっと、待ちなさい!」
レンバートは私の言葉を無視して、さっさと部屋から出て行ってしまった。
へ? なに?
戦力外通告ですか!?
そして翌朝。
宿屋へと戻って来たトマスさんとネラさんは、2階の惨状を見て絶叫した。
明け方近くに眠った私達は、交代で護衛をしていた騎士らの他は、まだ全員、夢の中だった。
トマスさんの叫びで目を覚ました私達は、朝の準備を済ませると、シュレイ様とリパーフ王子と共に、トマスさんが作った朝食を食べるべく食堂に集合した。
トマスさんは私が作った薬を毎日使った結果、骨折の痛みが気にならないくらいのレベルに落ち着き、ネラさんに手伝ってもらいながら食事を出せるようになった。
以前は食事作りの手伝いを全くしていなかったネラさんは、今回のトマスさんの怪我をきっかけに、助手を務められるくらいの腕は身についたようだった。
破壊された2階にショックを受けながらも黙々と料理を作ってくれる彼らは、意外に肝が据わっている。
宿屋の修繕費は誰が出すのか、後でリパーフ達と相談しなければ。
リパーフはいつものような輝くばかりの笑顔はなりを潜め、さすがに気まずそうに暗い顔をしていた。
シュレイ様は不安な顔だ。
「イザメリーラ様…。昨夜は大変なご迷惑をかけたと侍女から聞きました。ですが、記憶がおぼろげで、あまり覚えていないのです。申し訳ありません…」
「いえ、それより、お体は大丈夫ですか? 確かに、昨夜は意識がないように見えましたわ。今夜も昨夜のような危険があります。今晩もこの宿に留まりください。我々は大丈夫ですから、お気になさらないで」
私は優しい笑顔で答えた。
「すまん! 俺も混乱していて、ハッキリとは記憶がないんだ! 俺も迷惑をかけたのだろうな…? なぜか体中に傷が出来ていて、ヒリヒリと痛いんだが…?」
私はジットリとリパーフを睨んだ。
「はい。それはもう、大変な迷惑をかけられました。本当に記憶がないんですの? しっかりと人の区別もついていたようですし、言葉もハッキリと話しておいででした。混乱なさっているようにはお見受けしませんでしたけど?」
「うっ! お前、シュレイとは対応が違いすぎないか!? 俺がいったい何をしたというんだ!?」
私は溜息をつくと、袖を捲った。
厚く巻かれた包帯を見せる。
真夏なので半袖や袖なしのドレスを主に用意してきた。
昨日まではそういった腕を出すものばかりを着ていたのだが、こういった事態も予想して、長袖のドレスも多少持って来てある。
今日からは包帯を隠せる長袖のドレスや、長袖の羽織る物を身に付けなければならない。
リパーフはキョトンとしたのち、首を傾げる。
「…? あれ? あの肉の味って、夢じゃないのか?」
「肉の味?」
シュレイ様が不思議そうに眉をひそめる。
「夢の中で、お前の腕に噛みついて肉を喰らったような…? って、まさか、夢じゃなかったのか!?」
私は不機嫌な顔のまま、コクリと頷いて袖を下ろした。
「待ってくれ! 傷を見せてくれ!」
リパーフは強引に腕を掴むと、包帯を鋭い爪で引き裂いた。
包帯がバラバラと床に落ちる。
驚いて固まっているうちに、包帯は全て解かれた。
「…おい、嘘だろ…?」
「キャア! ひ、ひどい…」
強力傷薬と超回復薬のおかげで表面の皮膚は薄皮で再生され、血は止まった。
だが、まだ薄い皮膚が透けて、赤紫色に変色した中の組織が薄っすらと見えている。
なにより直径8センチほどが、クレーターのように陥没していた。
昨日までの、真っ白く、なだらかだった肌はもうない。
リパーフはガバっと地面に伏せると、ゴツン!と額を勢いよく床にぶつけて土下座をした。
「すまん! どう償ったらいいのか…! こんなに深い傷を負わせていたとは…!」
リパーフの護衛と従者は、昨夜は意識がなかった。
今朝は、あちこちに包帯が巻かれてはいるが、一見元気で、何事もないように後ろに控えていた。
だが、私の腕の傷を見ると、リパーフ同様、顔がサーッと青ざめた。
リパーフの後ろで大きなケモミミ男たちが、一斉にガバっと土下座する。
「どうか王子をお許しください! 昨夜は狂化すると教えられていたにも関わらず、王子をお止めすることが出来ませんでした! 止められなかった我々の責任でもあります! どうか、お許しをー!!」
料理を運んできたネラさんだったが、ケモミミ達の一斉土下座に「ひいいっ!」と驚き、どん引いている。
テーブルに近寄れず、料理を手にしたまま立ち尽くしていた。
私はもう一度、ふぅと溜息をつく。
「…みなさん、顔をお上げください。もとより覚悟の上でした。本来ならば命を落とすかもという所だったのです。このくらいの傷で済んで、ホッとしておりますわ」
いや、本当言うと、無傷で済ます予定だったけどね。
しかし昨夜、ライオンにのしかかられた時には、もうこれまでかと、死を一瞬覚悟した。
怪我はしたけど、命に係わるほどのものではなかったし。
まあ、よいよい。
命が助かっただけで儲けものなのだ。
この国に来る時から覚悟はしていた。
別に謝ってほしいわけじゃない。
リパーフは暗い顔のまま、スクッと立ち上がる。
「昨夜言っていたな。神の啓示とやらを…。まだ、他にも危険が迫っているのか?」
「…え? な、なぜ、そのような…?」
「その男や、お前の婚約者が嗅ぎまわっていたからな。俺以外の、他の奴らの事も、何やら探っていただろう?」
リパーフの視線の先にはレンバート。
マテウスとレンバートには、攻略対象者たちの情報を集めてもらっている。
リパーフには彼らの行動を気付かれていたようだ。
「償いと言ってはなんだが、俺達でなにか手伝えないか? 役に立てることがあるかもしれない。っていうか、役に立ってみせる! 教えてくれ!」
私はうーん…と考えてから、顔を上げた。
「…そうですね。分かりました。では、後程、詳しくお話しいたします。さあ、まずは朝食をいただきましょう」
さて、今日も迎賓館の大広間でお国自慢大会だ。
この時ばかりは自国の文化を紹介する名目で、国から少数の人を呼び寄せ、パフォーマンスを披露することが許される。
本日の自国紹介は最高だ。
白い衣装を纏った恰幅の良いコックらが、自国から持ち込んだ食材を使って、豪華な料理を披露してくれるのだ。
海に囲まれた彼らの国は食文化が自慢のようで、魚介類を中心とした珍しい食材や香辛料を使い、目の前で調理してくれ、それが各テーブルへと配膳された。
招待客らは瞳をキラキラと輝かせ、感嘆の声を上げながら舌鼓を打つ。
やはり、この国の料理には飽き飽きしていたようだ。
いやあ、これはありがたい!
食べきれない程の数々の豪華なお料理。
中央のテーブルに耳を澄ますと、リパーフが喜ぶ声が漏れ聞こえる。
すっかり親しくなり打ち解けたシュレイ様とは、一日目と同じで一緒のテーブルで食事を取っている。
シュレイ様は私と楽しくおしゃべりしながらも、休むことなくパクパクと料理を口にしていた。
お上品に口へ運ぶさまは全く意地汚く見えないのに、食べている量は凄まじい。
それなのに、この美しいプロポーションを保てるのだから不思議だ。
さすが獣人族!
今宵も青い月が昇る予定だから、これなら彼らの底抜けの食欲も少しは抑制されるだろう。
結果、襲われる危険が減る。
夕刻の終了ギリギリまで振舞われた料理で、私達のお腹はいっぱいに膨れた。
シュレイ様とリパーフは満足そうに微笑んでいる。
これなら夕食は少なめでも大丈夫だろう。
彼らと並んで迎賓館を出ると、私達の馬車の後ろに、もう一台用意させた馬車へと別れて乗り込んだ。
「待ってくれ! 俺も行く!」
マテウスが玄関から走って飛び出して来た。
扉の前ではオリアナ姫がマテウスを呼び止めている。
私は慌てて馬車から降りた。
「え? マテウス、大丈夫なの!?」
「ああ、話があるんだ」
マテウスは私の手を取って、従者らと共に馬車へ乗り込むと、階段を駆け下り追ってくるオリアナ姫から逃げるように、急いで馬車を発進させた。
ちょ、オリアナ姫が追いかけて来てるのに、無視して大丈夫なの!?
私は馬車の窓から顔を出し、悲しそうに馬車を見送る美しい姫を見た。
「ねえ…彼女、置いて来ちゃって良かったの?」
「ああ、いいんだ。それより…」
マテウスは息をつきながら疲れたようにそう言うと、正面に座る私をジッと見た。
頭の先からつま先まで、ジロジロと観察する。
居心地悪くもじもじしながら、私は左腕をそっと後ろに隠した。
「そっちの腕か。見せてみろ」
私は隣に座るエミリに助けてと視線を送る。
エミリは黙って首を横に振った。
諦めておずおずと腕を前に出すと、マテウスは片方の手で私の手を掴み、もう片方の手で包帯を撫でた。
そして、包帯をゆっくりとほどき出す。
「いや、待って! 大した怪我じゃないし、見て気持ちのいいもんじゃないから!」
逃れようと暴れる私の肩を、エミリが押さえる。
「いいえ、姫様。婚約者であるマテウス様にも見ていただいた方がよろしいです。あとに残る傷かもしれないのです。覚悟しておいてもらったほうが、よろしいと思います」
「ええっ!?」
いやいや、覚悟って。
マテウスが本当に結婚するのは、私じゃないでしょ?
建前上はそういう事になってるけどもさ。
それでも、一応婚約者だから? そういうもんなの…?
困り果てていたが、前方からと隣からの、厳しい視線が突き刺さる。
仕方なく渋々頷くと、マテウスは残りの包帯を取り去った。
傷を目にすると、マテウスの目は一瞬見開き、その後、苦しそうに、悲しそうに細められた。
手をギュッと握ったまま、下を向き、ポツリと呟く。
「…俺のせいだ」
「はい…?」
「…俺が、お前にすべて任せたから…。俺が戦えば良かったんだ…」
マテウスはドンッ!と、自身の座る座面を叩いた。
「クソッ! あいつめ!! よくもイザメリーラに…!」
「マ、マテウス…、落ち着いて。私は大丈夫だから。ほら! こんなにピンピンしてる。命に別状はないのよ? この位の怪我、なんてことないわ!」
私はマテウスの隣に座ると、彼の肩を抱きしめた。
よしよしとなだめるように背中をさする。
マテウスは腕を伸ばし、そうっと私の体を抱き寄せる…と思ったら、だんだんと力が強まり、ギュウっと抱きすくめられた。
ピッタリ密着する程に強く抱かれて、身動きがとれなくなる。
あれ!?
離れようともがいても、ますます力が強まるばかりだ。
焦る私の首元に、マテウスがポスンと顔をうずめる。
「イザメリーラは、俺が守る…」
首に触れる唇が動いて、くすぐったい。
ってか、この体勢、やばくない…?
マテウスの胸に押しつけられている顔をギギギ…と横に向け、エミリや護衛らを見ると、みんな顔を赤らめ、明後日の方向を向いている。
ちょっとお!
なにみんな見てない振りしちゃってるの!?
これ、かなり恥ずかしい体勢だよね!?
しかも長い!
「マテウス、あの、離して?」
返事はない。
護衛4人と従者2人、そして私とマテウス。
御者は含めず8名を乗せた窮屈な馬車の中は、ガタゴトと揺れながら車輪と馬の蹄の音だけが響く。
この不自然な沈黙がいたたまれない!
誰か助けて?
視線をさ迷わせると、難しい顔をしたレンバートと目が合う。
レンバートはゴホンと咳ばらいをした。
「マテウス様、今後のご予定なのですが…よろしいですか?」
「ああ…」と、マテウスは顔を上げ、やっと腕の力が緩まった。
私は彼の手を振りほどくと、エミリの隣に急いで戻る。
はぁー、顔が熱い。
もう! なにしてくれちゃってるの!?
レンバートはこれからの予定を話し始めた。
話し合う二人の声を聞きながら、私の目線は窓の外。
夕暮れの赤い空を見ながら、パタパタと扇で顔を煽ぐ。
「勘違いしちゃうじゃない…」
小さく呟くと、マテウスは言葉を止めた。
「勘違いじゃない」
「え?」
聞こえないように言ったつもりが、しっかりと聞かれてしまったようだ。
驚いて前を見ると、マテウスの顔は真剣だった。
美し過ぎる顔は、真剣な表情だと、ちょっと怖い。
「その傷は俺の責任だ。お前の面倒は、一生、俺が見る」
一生、俺が? って、はいぃ!?




