29. 風邪
明けましておめでとうございます。
ここまで読んでくださったみなさま方、どうもありがとうございます!
なるべく週1のペースを保ちながら、最後まで投稿していきたいと思っておりますので、どうぞお付き合いくださいませ!
私の横には、スラリと細身の美麗な男性、ザータン王国の第1王子ガオザン・ポイフェイが立っている。
クルクルとくせがある金髪に紫の瞳。第2王子のキフェルと色合いは同じだが、幼く中性的なキフェルとは違い、こちらはしっかり大人の男性だ。それに思ったことがすぐ顔と態度に出るキフェルとは違い、ガオザンの微笑みは心の中が見えない。
私は立ち上がるとガオザンに軽く会釈をして挨拶をする。
「初めまして。アンデッド王国のイザメリーラです。キフェル様が我が国で過ごされた期間は、とても良き思い出です。ガオザン様も、もしよろしければ、ぜひアンデッド王国へお越しください。ご案内させていただきますわ」
ガオザンは美しく微笑んだまま首を横に振った。
「私は遠慮するよ。君に案内してもらうと、ロクな事がないようだ。キフェルからの手紙を読んで驚いた。君は弟にとんでもない事をさせていたようだね」
とんでもない事…?
もしかして、キフェルに王都の町で、いろいろなアルバイトをさせていたことかな?
いや、ガオザンが来たら、普通に王都内の観光名所へ案内するよ?
まあ、キフェルは特別。
ザータン王国の国王からの手紙にはハッキリとは書かれていなかったけど、遠回しな言い方ながら、ぐれてしまった息子を更生させて欲しいという思いがヒシヒシと伝わってきたからね。
だから彼には特別に街へ行き、庶民に混じって働いてもらったのだ。
「自国では出来ない、貴重な体験をなされたことですわね。初めは戸惑っておられましたが、途中からは楽しまれているご様子でしたよ」
キフェルのあの年齢よりも幼く見える言動。あれは、周りの責任が大きいと思う。
周りがいつまでも彼を小さな子供扱いして、責任ある仕事を任せなかったせい。末っ子が陥りやすい現象だ。
現に、前世の私の兄弟の末っ子の弟も、キフェルと同じような性格だった。
これではいけないと思って、前世の私は弟を更生させるべく奮闘した。弟の場合は、まだ小学生だったんだけどね。
我儘に育てば、彼の面倒を見る私も大変だし、もしそのまま大人になりでもすれば、彼自身が困る。
いろいろ試行錯誤しながらの取組みで分かったこと。それは、大人になったと本人に自覚させることが重要だということだった。
弟の場合はまだ小学生だったからバイトをさせるわけにはいかなかったが、家の中で、失敗が許されない、重要な任務を与えた。
お手伝いではない。任務だ!
ここ、重要。
小学生はこの手の単語に弱い。いや、うちの弟だけかもしれないが…
陶器のお茶碗にご飯をよそう任務。落としたら割れてしまう。そして、出来たら大げさに褒める。
「私が小学生の時は、そんなに上手に素早く出来なかったよ!? すごいね!」
卵をスーパーから買ってくる任務。無事に買ってこられたらすかさず褒める。
「あれ、なんで割れてないの!? 全部無事だよ! やったね!」
家族全員で食事に行って、全員の注文を暗記してもらい店員に告げてもらう。
「すごい! 完璧に言えたね! 姉ちゃん、もう敵わないよ…」
弟が特に単純だったせいなのかもしれないが、うちの場合はこれで上手くいった。
自信がついて、だんだんと親や兄弟に甘えることが減っていき、次第に手のかからない子になった。
だが、キフェルの場合は王子だし、歳ももう15だ。こんなわざとらしいやり方では、ちょっと無理がある気がする。
私はキフェルを町へと連れ出した。
キフェルはライツェント王国でいつも学校を抜け出して町へ行っていたみたいだし、町へ出る事には抵抗がないようだった。
私はエステ事業や観光業の関係で、お忍びで街へ出ることが多かったせいで、町に知り合いが多い。だが、それは王女イザメリーラとしてではなく、町娘リーラとしての知り合いなんだけどね。
変装してリーラの姿となった私は、顔を知る店主らに頼んで、様々なバイトをさせてもらった。
初めは「はあああ!? 何故、私が!?」と驚愕の顔で嫌がっていたキフェルだったが、私が嬉々としてバイトに励む姿を見て、戸惑いながらも一緒にやってくれた。
前世は子だくさんのせいで家計が苦しかったので、親からはあまりお小遣いをもらえなかった。
高校、短大とアルバイトに精を出し、いろいろな職種を経験済みだ。どんなバイトでも、そつなくこなす自信がある。
店主には、私のバイト代はいらないから、彼の分だけ欲しいとお願いして、バイトが終わればキフェルへお給料を渡してもらった。
初めてのバイトは雑貨店の品出しだった。そして、その日の給金で串焼きを買ったキフェルは、広場のベンチでそれを食べた。
「あんなに頑張ったのに、串焼き1本しか買えなかった」
「ええ。2時間しか働いてないですしね。これでもたくさんもらえた方ですわ」
「庶民はみんな、この位の稼ぎしかないのか?」
「はい。そうです」
「ふ~ん…」
翌日もその翌日も、毎日町へ赴きバイトに励んだ。
昼時の人気店のレストランの手伝いをした時は、私でもかなり辛かった。
さすがにキフェルは途中でギブアップするかなあと様子を見ていたが、疲れた顔をしながらも約束の時間までやり切った。
店主はキフェルに給金を渡しながら私に声を掛ける。
「いやあ、リーラちゃんが手伝いに来てくれてすっごく助かったよ。明日もまた来てくれないかなあ」
「ごめんなさい。それは無理なんです」と断ると、今度はキフェルへ顔を向ける。
「君は慣れていないようだったけど、よく最後まで頑張ってくれたね。見所があるよ。また来てくれると助かるんだけど」
「え? 私が…?」
キフェルはキョトンとした顔で自身の顔を指さした。
「…また、機会があったら来てもいい」
顔を赤くして、照れくさそうに答えた。
「待ってるからな~!」と帰っていく私達に、店主は店の外まで出て手を振った。
「あ、これ…」
歩きながら給金袋を開けたキフェルは、2枚の紙幣を取り出す。
いつもの4倍近くの金額が入っていた。
「それだけ助かったって事ですわ。良かったですね」
キフェルは広場まで来ると、屋台へ走っていき、2本の串焼きを買って来た。
「ほら」
私に1本を差し出す。
「いいんですの?」
「ああ、いつも私ばかり食べているからな」
「ありがとうございます」
私は遠慮しないで受け取った。
「おいしいですね」
2人で串焼きを食べる。
キフェルは封筒に残った金額を確かめると、大事そうに上着の内ポケットにしまった。
「これで土産を買っていこうと思う」
「そうですか」
アルバイトの最終日。
給金を受け取ると、キフェルは1番最初に品出しを手伝った雑貨店へ向かった。
私達がアルバイトをした日数は20日。だいたい1日に2時間程度しかしていないし、買い食いをしていたので、彼の手にはたいした金額は残らなかっただろう。雑貨店には比較的安価で求めやすい金額の商品が並んでいたから、この店にしたのかな?
いくつかの雑貨を買うと店を出る。
「父上や兄上たちに土産を買った。喜んでくれるだろうか」
「ええ、きっと」
安物しか売っていないお店だし、王族へのお土産にはハッキリ言って適していない。
だが、キフェルが汗水流して得た初めてのお金で買ったプレゼントだ。
その価値はプライスレス!
受け取る側もそう思ってくれることを祈ろう!
バイトを始めた頃は尊大な態度をとって、しばしば店主や客から怪訝な目で見られていたキフェルだったが、私やバイト先の店員から学んで、挨拶やお礼をしっかりと言えるようになった。
私ほどどっぷり庶民的になってはいけないのだが、空気を読んだり、下手に出るすべを覚えた方が人間関係は上手くいく。
そんな事を働く中で、勉強してくれたんじゃないかと思う。
「君は信じられない事をした。しかも、自分のしでかした事の重大さが分かっていない」
ガオザンの冷たい声に、思い出にふけっていた頭を現実へと引き戻す。
「王族である弟に平民の下働きをさせるなんてとんでもない。君のような愚か者に感化されでもしたら弟が大変だ。父上も、よりにもよってアンデッドなどに大事な王子を託すなんて、愚かと言わざるを得ない」
優し気だった顔は、もはや口端が少し上向いているだけとなった。
冷めた瞳を見つめ返す。
「…それは、キフェル様がおかしな方向へ変わってしまうのを心配していらっしゃいます? あの後、何か悪い変化でもありました?」
ガオザンは顔をしかめると「いや…」と首を横に振った。
「そうですわ。キフェル様から毎週のように届く手紙にも、真面目に勉学に取り組んでいるとありましたし、学園でご友人も出来たようで、楽しそうなご様子ですもの」
「毎週!? 私には多くて月に2通なのに! 何故だ!?」
ガオザンは目をカッと大きく開いた。
先程までの冷静さが消えている。
何故だと言われても、私は首を傾げるしかない。
「昔から兄様、兄様とあんなに私に懐いていたキフェルが…」
悔しそうにギリギリと歯を噛みしめている。
「まんまとキフェルを誑し込んで、いい気になるなよ!? 実の兄が1番に決まっているのだからな!」
あれ? 可愛い弟が私に懐いたことに嫉妬してるのかな?
だったら…
「そうでしょうとも。ガオザン様にお土産を買って、喜んでくださるかと随分心配そうに気にかけていらっしゃいましたし。ガオザン様やお父上様に認めていただくことが、キフェル様にとって1番嬉しい事なのでしょうね」
ニッコリと微笑む。
喧嘩腰だった態度が一転して、ガオザンは満足そうに頷いた。
「フッ、そうだろうな。弟にとって私や父上は特別な存在だから。君は、もう少し立場を自重して欲しい。弟の友人には、相応の者がいるから」
はじめと同じ優し気な微笑みを浮かべてそう告げると、踵を返し遠ざかっていった。
はぁー。あんな紳士的で麗しく優しそうな外見をしているのに、選民意識がけっこう高い。
正直、期待外れだ。
神様の部屋でゲームをした直後は、攻略対象の中ではガオザンの見た目が1番好みだったんだけどなぁ。今はマテウスと甲乙つけがたい感じかな?
どうやら私は優しくて紳士的な見た目の男性が好きみたい。あの時はゾンビは全く眼中になかったから、ガオザンがダントツ1位だったのに。
冥界のギュレス王子も一見優しそうだけど、あの笑顔はちょっと胡散臭く感じたんだっけ。
実際、平気でたくさんの人達を葬ったしね…。怖っ!
それにしても、キフェルに初めて会った時、彼の「死人ごときが!」っていう発言を聞いて、そうかなあと薄々感じていたけど、ザータン王国の民、あるいは王家の人限定かもしれないけど、アンデッドをずいぶんと下に見ているみたい。
ゲームの中で、フェミニストであるはずのガオザンが、平気でイザメリーラの魂を抜き取っていたしね。
ああ、でも国王は違うのかな? アンデッドの私に王子を託したんだし。
でもなあ。キフェルを更生させて、ガオザンには感謝されちゃうかもなぁなんて思っていたのに、まさかの弟に近づくな発言をされてしまうとは!
ガオザンとは仲良くなれるかもと思っていたのに、上手くいかないものだね。
椅子に腰を下ろすと、フゥとため息をついた。
「あなたが何をしたのかは知らないけれど、彼の発言は随分な言いようだったわね。あんな方だったとは意外だわ」
眉をよせたシュレイ様に、同意を込めて微笑み返した。
「やっと見つけたわ。こんな所にいたのね」
品の良いふくよかな白髪の女性が私達の席に歩み寄った。
「この辺り暗すぎない? 少し待っていて」
女性は会場の使用人に指示を出し、すぐにランプを持ってこさせた。
テーブルの上に卓上ランプを3つ置くと、薄暗さがなくなった。
「ほら、これでいいわ。あなたの顔も良く見える。初めまして。あなたの作った美容品のファンよ」
私は慌てて立ち上がり、女性が差し出した手を握った。
「初めまして。使っていただいてありがとうございます」
女性はニコニコと優し気な微笑みを浮かべている。
「それにしても、ひどい扱いね。ジェイド王にはガッカリしました」
私は驚いて周囲を見回した。
この国の人達に聞かれたらマズイよ!
「ふふ、大丈夫よ。私、怖いもの知らずだから」
小心者の私は怖い物だらけですから!
誰かの発言も、全部私が言った事にされちゃいそうで怖い! いや、実際されたし!
幸いにも、周りに人はいなかった。ガオザンの姿ももうない。
「美しい娘たちを目立たない、こんな暗い隅に追いやって、自身の娘には大勢の素敵な王子たちを当てがってね。これだけで済めばいいのだけれど…。あなた達、頑張ってね」
女性は私とシュレイ様の手をギュッと握ると、席へと戻っていった。
「あの方は…確か、隣国のネースト王国の王妃様よね?」
シュレイ様の言葉に頷く。
「ええ、スザンナ様だわ」
集まる王族の顔は予習しておいたので知っている。
神樹レスポート王国とその隣国ネースト王国は、長年友好関係を保っている。王族は互いに嫁を出し合い親戚関係にある。だからこその強気発言なのかな? それ以外の国々がこの国の王に物申すことなど出来ないだろうから。
スザンナ様のおかげでテーブルが明るくなると、私達を見つけ、ぞろぞろと人が集まって来た。
シュレイ様の美貌に惹かれたどこぞの王子や王様、私の美容薬品を使ってくれている王妃や王女たちだ。
先程までの静けさは一転、急に賑やかになった。
私とシュレイ様は忙しく彼らと挨拶を交わし、夕刻になり終了の時間になるまで会話を続けた。
会場から出てエミリと護衛の騎士ボイルとベントの顔を見ると、ホッとして張りつめていた緊張を解いた。
特に大きな失態を犯さずに1日目が終わった、と思う。
頑張った、私!
今日分かった事。どうやらこの神樹レスポート王国とガオザンには、私、あるいはアンデッド王国は良い印象を持たれていない。
わざわざ私の所に挨拶に来てくれた各国の王と王妃たちからは、アンデッドを見下し、蔑んでいる気配は感じられなかった。挨拶に来てくれたのは、せいぜい十数か国、集まった国々の約半数だったから、残りの半数の考え方は分からないんだけどね。
宿へ帰って、お馴染みとなった質素で薄味の晩御飯を食べ、桶で入浴を済ませると、倒れるように眠りについた。
慣れない他国の王族と会話をした緊張。それと、近い未来で自身の命を奪うかもしれない王子たちと初対面して、ただでさえ小心な心が限界を迎えていた。
翌日、私は熱を出した。
交代で警護をしてくれている騎士の他は、まだ宿内が寝静まっている明け方。私は寝苦しさに瞼を開けた。
体が熱い。
水が飲みたい。
起き上がると、頭がクラクラする。
息が荒い。
イザメリーラとして生まれ変わってから、軽い風邪ならひいたことがあるが、これは今までで1番重症だと思う。
私はごそごぞと荷物をあさると、瓶を取り出す。
風邪薬と栄養剤だ。
グビグビと2本とも飲み干した。
再びベッドへと戻る。
自分の情けなさに涙が出た。
アンデッド王国の、そこに住まう者たちの為に最善をつくさなければならないのに…。みんなの未来が失われるかもしれない、大切なミッションの真っ最中だ!
…なのに、やっと昨日、イザメリーラが初登場の場面を迎えたばかりの始まったばかりで、この体たらく。2日目に熱を出すとか、嘘でしょ? なんだかんだで、王女として甘やかされていたのかもしれない。こんな情けない王女で…本当ゴメン。
数時間後、元気に部屋へと入って来たエミリが、私の顔を見て悲鳴を上げた。
「キャー、ひ、姫様!?」
ボイルとベントが慌てて部屋へ駆け込む。
「どうされましたか!?」
「ご、ごめんなさい。ちょっと、風邪ひいちゃったみたいで…」
私がガラガラ声で言いながら体を起こしかけると、エミリがすごい勢いで押し倒してきて布団を被せる。
「駄目です、眠っていてください! 本日は欠席いたしましょう!」
「ああ、もうこんなに汗をかいて…」と言いながら、慌てて着替えを用意している。
エミリは部屋の入り口で立ち尽くす騎士を見ると、目を吊り上げて叫んだ。
「何をボサッとしているのです! どっちでもいいからマテウス様に、姫様は今日はお休みしますと伝えて来て!!」
「「は、はいーっ!!」」
2人は急いで部屋から飛び出した。
うう、エミリ怖い。
私を着替えさせた後、小机の上の空の薬瓶を見ると、エミリは小さく息を吐いた。
「ちゃんとお薬は飲まれたのですね。ちょっと席を外しますけど、大人しく寝ていてください」
下へ降りて行く足音が聞こえる。
はぁ……やっちゃったよ。みんなに迷惑かけちゃった。
人を助けるのが大好きな私は、反対に人に迷惑を掛けてしまう事が、実は大っ嫌いだ。
前世で死んじゃった時、沙也加ちゃんをしきりと気にしていたのもそういう理由だ。あの時は、絶対に盛大に迷惑をかけたよね。
思い出して、またもじんわりと涙がにじむ。
…と、エミリが激しく声を荒げているのが聞こえた。1階からだ!
宿屋のトマスさんとネラさんの困った声も聞こえる。
エミリ、まさか…!?
ドスドスと階段を踏みしめながら上がって来たエミリは、部屋に入るなり勇ましい。
「まったく、あの夫婦は融通の利かない者達ですね!」
「エミリ…無理を言ってないわよね?」
「もう、姫様!」とエミリは拳を握りしめる。
「姫様はもっと言っていいのですよ!? あの者達は姫様の優しさにつけあがっているのです! だからあのような質素な食事しか出さないのです!」
「そ、そうかしら? 何か理由があるのかもしれないし…」
「姫様が倒れられたのだって、きっとあの栄養のない食事のせいです! 私、ひとっ走りして、何か精がつくものをご用意いたします!」
「ちょ、ちょっとエミリ…?」
エミリは普段のおしとやかで穏やかな仮面を脱ぎ捨てて、スカートの裾をたくし上げると、勢いよく飛び出して行った。
それからすぐ、薬のせいか、私は再び深い眠りに落ちた。




