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第21話「叡智の射手」

 大気が震え、轟音が湖畔に響き渡る。

 連続して射出された六角柱が、二人の体を壊すべく飛来する。

 目で捉えられる速度ではなかった。それを視界で捉えたら最後、六角柱は躊躇なく体を穿っているだろう。それほどに、恐るべき速度で彼等を死へ導こうとしていた。


「〝Ⅱの翅(イグナ)〟」


 だが、それが当たる事はない。

 焔髪の女性が、無数の赤黒い閃光をその全てに命中させ、数万という欠片に変えていったからだ。


 ――〝Ⅱの翅(イグナ)〟。リア・ローズマリーだけが所持する事を許された、〝弓〟の神造遺物(アーティファクト)

 対象者の魔力を媒介に魔力の矢を作り出す、至ってシンプルな武器だ。しかしリアに限り、生成された矢は特殊な性質を帯びてくる。

 〝破壊〟。彼女の第二魔法――緋喰(ディ・シャルヴァ)。あらゆる万物に対し脆弱の概念を付与し、存在を崩れやすいモノに変える能力。これによって、彼女が射った矢はあらゆるモノに対し上位を立つことが出来る。

 ただし、この世全てのモノに対してではない。それは物質に限られる。

 魔法といった概念に関しては効力を成し得ないのだ。


 だが、今回の六角柱は魔法で生成されているとはいえ、〝物質〟としてその形状を為している。ゆえに、それが音速を超えた未知の結晶であっても、彼女は容易く破壊する事が出来るのだ。


「いけッ! ヨハン!!」


 リアの叫びに呼応し、ヨハンが駆ける。

 足裏へ体魔力(オド)を回し、爆発的な魔力放出により一時的な足場を形成。それを踏み締め、空中で佇むエルの元へ手を伸ばす。


「敵性勢力の接近を確認。対処法を再演算――……完了。最適な神造遺物(アーティファクト)を複製します」


 だが、


「〝循環の蛇(ウロボロス)複製(レプリカ)〟」


 それは、エルの魔法で形を成した紫紺の輪によって阻まれた。ヨハンはその真紅の瞳を見開き、驚愕を露わにする。

 阻まれたのは仕方がない。ヨハン自身も一度の攻めで成功するとは思っていなかった。だが、その後。ヨハンの手が触れたあの魔法が消えていないことは、流石の彼も瞠目せざるを得なかった。


 全ての魔法に対し優位に立てるヨハンの白紙(ノート)。本来あの紫紺の輪は、彼の手が触れた瞬間魔法を構成する粒子を殺され、形状を保てず崩壊するはずなのだ。

 しかし、あの魔法は消えていない。未だ弧を描き回り続けて、禍々しい紫色の光を放っている。

 ヨハンには、それが不可解だった。


白紙(ノート)が効力を表してない……? ……いや、それはない。確かに構成する粒子を消した感触はあった。それなのに消えていない、ということは……)


 ヨハンの中で、一つ憶測が立てられる。

 ほぼ間違いない答えに辿り着いた彼は、苦い顔を浮かべた。とても光明を見出したとは思えないその表情を見て、リアは咄嗟に駆け寄ろうとするが、


「〝Ⅱの翅(イグナ)複製(レプリカ)〟」


 エルがその余裕を与えることはなく。二人の間を割くように、赤黒い矢が連続で射出される。

 それに対し、今度はリアが驚愕の表情を浮かべる事となった。あれは間違いなく、彼女だけ持ち得る神造遺物(アーティファクト)から放たれた攻撃そのものだったからだ。

 似たような攻撃、と言ったレベルではない。あの矢は、完全にリアの攻撃を複製していた。


(今の攻撃は間違いなく私の緋喰(魔法)を纏ったものだ。……だとするならば、エルの第二魔法は――)


 リアは〝アオ〟の地を不規則に駆け巡り、無数に飛来する矢を懸命に避ける。

 足場を正確に把握し、時には地に刺さった六角柱を目隠しとして使い、時には自身の矢で相殺させ攻撃を凌いでいた。

 その献身を、ヨハンは見逃さない。

 リアが防戦一方になっている、ということは、裏を返せば彼自身が動きやすくなっている、ということでもあるからだ。

 ヨハンは赤黒い閃光を消失(イレイズ)で防ぎつつ、エル――ではなく、()()の元へ向かう。


「リア」


「……ヨハンか。丁度良かった」


 ヨハンの声に気付いたリアは、返事を送りつつも、矢を射る手は止めない。

 一瞬でも気を抜いたら最後、あの矢に射貫かれると分かっているからだ。


「お前もおおよそ検討が付いているとは思うが、エルの第二魔法がわかった」


「……神造遺物(アーティファクト)の複製、だろう?」


「ああ。恐らく〝作成〟は人工生命体としての彼女に元々備わっていた能力だろう。今見るに、エルの第二魔法はそれを複製することだ。……しかも驚いたことにただの神造遺物(アーティファクト)じゃない。今までそれの担っていた使い手の魔力をも引き出して使用できる」


「……神造遺物(アーティファクト)の複製まではまだわかる。けど、担い手である使用者の魔力を引き出せす、なんて事が出来るのかな」


「本来なら不可能だろうな。だが、それを可能にする物がある。それが――あの黒い本だ」


 リアの視線がエルの持つ神造遺物(アーティファクト)に向けられる。


神造遺物(アーティファクト)は担い手が死を迎えると同時に破壊される。これは、お前も()()知ってるだろう?」


「……うん」


「特異な代物だ。そんな事があってもおかしくはないと、私も思っていた。だがそれは違った。破壊されたわけじゃない、作成者であるエルの元に戻っただけだったんだ」


 無尽蔵の魔力を内包し、使用者の力を最大限に引き出す神造遺物(アーティファクト)。それは持ち主の死と同時に、まるで連れ添うかのように破壊される――それが、世界の認識だった。勿論、ヨハンもリアも、そう思っていた。

 ()()()()()()()()()()()()


「担い手の魔力を記憶した神造遺物(アーティファクト)はあの黒い本に蓄積される。エルはその情報を元に神造遺物(アーティファクト)を複製し、英雄達の魔力を引き出しているんだ。恐らくお前の白紙(ノート)を防いだのも何かしらの神造遺物(アーティファクト)だろう。粒子を殺す能力に対し、あれは再生を司っている。腹正しく回っているのは、生命の循環を示しているんだろうな」


「僕もそう感じた。この能力に対抗できるとしたら、それ以外ありえない」


 エルの魔法は、ヨハンが力を使った時点で既に粒子の再生を始めていた。ゆえに、傍から見ればヨハンの力が機能していないように映ったのだ。


「でも、だとしたら君の神造遺物(アーティファクト)はどう説明する? まだ死んでないじゃないか、君」


「……何となく失礼な言い方だが。それこそ簡単な話だ。エルは今、()()()()()()()()()()()()()()()。」


「今……?」


「そうだ。原型は元々自分が作成した物だ、一目見れば複製は可能だろう。だが、第二魔法を付与(エンチャント)するには使用者の記憶がなければ不可能だ。本来ならば出来るはずもない、が……今回は都合のいいことに、持ち主がこの場にいる。私が残した魔力残滓をかき集め、その情報を元に再現している……と言ったところか」


 リアの予想は、完璧に当たっていた。

 エルはリアが神造遺物(アーティファクト)を出した時点で自身が作成した物と判断し、同時に六角柱を破壊した際に漏れた魔力の残滓を解析。そして、得られた情報を元にリアの緋喰を再現したのだった。

 ヨハンも納得したのか。エルの攻撃を消しつつ、小さく頷いた。


「……うん、どうやらその説が濃厚みたいだね。と、なれば。僕は神造遺物(アーティファクト)を使わない方がいいかな」


「ああ。白紙(ノート)を使われたらそれこそ終わりだ。私の攻撃が全く通らなくなる」


「……ん?」


 ヨハンはリアの発言を聞き、一つ疑問を抱いた。


「リア。今の言葉だと第二魔法も再現できるように聞こえるんだけど」


 その問いに対し、リアは緩く(かぶり)を振った。


「そう言った。私の緋喰(まほう)を使われている以上、そう判断するしかない。……だが、完全に能力を再現出来ているわけじゃない。用途は限定されている」


「用途?」


「それは……ッ!」


 リアが言葉を紡ぐ寸前、彼女の進行方向に紅黒の矢が射られる。リアは咄嗟に足を止めその攻撃を避けるが、エルはその一瞬を隙を見逃さなかった。

 動きを止める為に重心を置いた左足。そこへ向けて、青の六角柱が放たれた。

 瞬間的に、リアは察する。これは避けられない――と。この状況で足を奪われるのは決定的だ。思考回路を極限まで加速させ、あらゆる回避方法を模索。次々に浮かぶ打開策、その数は百通りにも及んだが、リアは全てが無為と悟った。

 速度が違う。Ⅱの翅(イグナ)の矢に比べ、あの六角柱での攻撃はほんの少し早い。一秒にも満たない程僅かなものだが、今まで矢による攻撃に慣れていた為、その時間差がここに来て急所を生んでいた。


 リアの顔が苦渋に満ち、自身の失態を悔いた――その時。

 彼女の視界が〝白〟に覆われた。空気を切り裂く轟音は消え、その場を残ったモノは全てを受け入れるかのような静寂のみ。

 リアの眼前で、視界を染めた要因である外套が揺らめく。そして、それを纏う張本人――ヨハンは、ゆっくりと振り向き、


「大丈夫? リア」


 何時もと変わらない、柔和な笑顔を浮かべた。

 それがあまりにこの場にそぐわない表情で、且つ余裕を見せつけるようなものだったからか。リアは彼の後頭部を軽く叩き、ひっそりと口元を緩ませた。


「……ああ、悪い。助かった」


「そ、そう思うなら叩かないでほしいな。……まあ気にしないでいいよ。今は、お互い様だ」


 ヨハンは頭部を抑えつつ、本音を吐露した。

 余裕を装っているとはいえ、彼は腕を一つ無くした状態で交戦している。出血こそ止まっているように見えるが、その実、致死量に近い血を流していた。

 そしてそれは、リアも薄々気付いていた。ヨハンの顔色や息遣いは平常時とは比較にならない程衰弱している。

 このままではマズイ――リアはそう察すると、徐に口を開いた。


「……さっきの説明してやりたいが、時間がない。エルの攻撃も徐々に私達を捉え始めている。それに、あの子は観察すればするほど、此方に対してな有用な神造遺物(アーティファクト)を複製できるんだ。長期戦になればまず勝ちの目はなくなる」


 エルは今は、二人の動きを探りながら攻撃を仕掛けている。

 ヨハンとリアはそれに何とか反応し、好機を見出す姿勢を取っていたが、ここの来てエルの攻撃が直撃しそうになった。これでは攻撃が当たるのも時間も問題だろう。

 リアは瞼を閉じ、思案を深める。自身の技量、ヨハンの能力、エルの攻撃速度及び現状想像出来得るパターンを全て把握し、()()()()()()()()()()()が可能か判断する為に。


(……五分、だな。正直賭けだ。だが、もうこれしかない)


 ゆっくりと、リアは瞼を開き、


「……ヨハン、手短に言うぞ。今から私がエルまでの道を開く。お前は、そこを一直線に駆け抜けろ」


 今まで為せていなかったことを、さも当たり前のように告げた。


「方法は省く。その時間も惜しい。……少なからず不安はあるだろうが、それでもやるか?」


 その問い掛けに、ヨハンは一切の間を置かず、


「うん、やろう」


 柔らかい笑みを浮かべたまま、緩やかに頷いた。

 リアは逆に面を食らい、額に片手を当てると、大きく嘆息を漏らす。


「っ……はぁ。即答か、お前。一応確認するが、話は聞いていたか?」


「勿論。君が道を開くから、僕が突っ込めばいい……だろう?」


「そう、だが……。……少しくらいは躊躇わないのか? 私なら中身のわからない策に命を賭けるなんて絶対にしないぞ」


 リアが慎重、というわけではない。ヨハンがおかしかった。

 まともな神経をしていたら、今まで活路すら見出せなかった事態に対し、突っ込めなどの提案は聞けるはずがない。それは自殺行為に近い。死地へ武器無しで歩くようなものだ。

 しかし、ヨハンはまたしても間を置かずに、首を振る。


「躊躇う必要がないよ。それは誰かもわからない輩に言われたら、僕も流石に躊躇するさ。でも今回は他でもない、リアだ」


「っ……」


「リアが思うよりも、僕はずっと君のことを信頼してる。だから内容がわからなくても命を預ける事に躊躇いはない。……それに、君の策がこれまで失敗したことはなかった。なら、今回も成功するに違いない」


 前が大丈夫だったから、次も。そんな都合の良い事が何度も続くわけがない。それがまかり通る世の中ならば、今頃世界はリアを中心に回っている事だろう。

 リアはヨハンの考えを破綻している、と思った。しかし、同時に。彼の信頼は何処か心地良いものであって。


「……そうか。なら期待に応えないわけにはいかないな」


 焔髪の射手は、人知れずその翡翠色の瞳に熱を帯びさせた。


「〝Ⅱの翅(イグナ)〟」


 持ち主に呼応するかのように、破壊を宿したが彼女の弓が赤く、そして黒い雷光を纏う。

 リアを中心とする一帯に、亀裂が入る。それはまるで、〝アオ〟の地面が唸りをあげているようで。

 リアは視線を一度ヨハンに送る。彼はそれだけで、彼女の意思を察した。ヨハンは一度だけ首を縦に振ると、見えない鎖に縛られた星の巫女へ駆け出す。その背中は、本当に失敗をする事を恐れていない、堂々たるものだった。

 弓を構え、リアは笑う。――嗚呼、頼りになるな、と。


緋蝶の導き(スカーレット・リア)


 リアの詠唱と同時に、右の掌から何匹もの魔法の蝶が生成された。

 色は混じり気のない純粋な緋色。蝶が羽ばたく度に鱗粉が宙を舞い、粒子が宙を彩る。その美しさは、〝アオ〟に塗り替えられたこの場でも損なわれる事はないものだった。


 緋蝶の導き(スカーレット・リア)。あらゆる攻撃、対象者に反応し、その鱗粉が触れることで大規模な爆発を起こす、リアの第二魔法。

 そして、この魔法はリアが使える中でも唯一、自律的に動く魔法でもある。


「少しの間、私を頼むよ」


 魔法に意志などない。自律的とはいえ、作られたものなのだから当たり前だ。

 しかし、この蝶達はリアの言葉に同意を示すかのように数度羽ばたき、彼女を守護するべく旋回し始めた。


「ふふ。よし、良い子だ。……さて」


 リアは弓を構え、上空のエルに向け照準を合わせる。

 四方に分かれた赤黒い線状の魔力が、その力の解放を今かと待ち、大気を揺らがせていた。


 正直なところ、リアにこれと言った策はなかった。今から行うのは、最大火力の魔法をエルに向けて放つ、それだけだ。

 だが、それが。成功する確率が一番高い。他でもない、エルにはかなり効果的な一撃になる、リアはそう確信していた。


(エルの魔法は本来あの本に起因するものだ。神造遺物(アーティファクト)を複製し、使用者の記憶を引き出すことによって魔法を展開している。つまり、私の神造遺物(アーティファクト)こそ使えど、魔法を完全に使えるわけじゃない。おそらく実際に見て、感じたものだけだろう。その証拠に、()()()()()()()使()()()()()()


 目で見て、感じたものを複製する。これほど凡庸性が高く、強い能力はない。しかし、裏を返せば、目で見ず、感じた事のないものは複製できない、ということだ。

 エルなら次の技も一度見れば複製できるだろう、とリアは思う。だからチャンスはこれ一度きり。これを逃せば二度と彼女の救う機会は生まれない。


「……魔を(溜めよ) 力を(溜めよ) その罪を(溜めよ)


 凛とした声音が、湖畔に響く。

 赤黒い粒子が、螺旋を描き形を構成を始める。その最中にも神造遺物(アーティファクト)は唸りを上げ、赤黒い雷光を迸らせた。


「我が身体は遍く咎を裁く弓。我が()は贖罪を願う救済の一」


 為された形状は球体。

 リアは魔力の渦に片手を添え、腕を引く。すると途端に球体は形状は変え、矢の形を模した魔力の塊となった。

 だが、これでは足りない。これでは、エルに届かない。

 リアは限界まで体魔力(オド)を搾り取り、神造遺物(アーティファクト)に注ぎ込む。

 無際限の魔力が彼女の込めた魔力が大きさに比例して力を上げ始める。しかし同時に、枯渇し始めた体魔力(オド)は身体のあらゆる箇所を破壊した。

 身体の節々から血管が破裂し、彼女の白い肌を赤く染める。苦痛がリアの肉体を蝕む。手を下ろせ、無理をするな――そんな言葉が、脳内を巡る。

 それでも。その痛みと幻聴に苛まれても尚、リアが止まることはなかった。


「そして我は――」


 そして、


「その(答え)を望む者なり。〝叡智〟の名のもとに。今、()の証明を」


 〝未だ鳥籠に囚われた〟少女を救う為に、


「――黒蝶(ディ・リア)


 緋色の蝶は、星を射る。

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