第17話「緋蝶は岐路にて救いの手を」
ヨハンが異変に気付いたのは帰ってすぐの事だった。
言伝通り夕方、六時に帰宅した彼は、真っ先にリアの元へ向かった。エルには彼女についていくように話しておいたので、二人共一緒にいるだろうと踏んだからだ。
リアの自室に赴くヨハン。最初に目に入ったのは机に伏せ寝息を立てるリアの姿だった。
何かしらの原因で研究が捗り疲労でも溜まったのか、と微笑ましく口元が緩むも、肝心のエルの姿が見えない。
周囲を見渡してもこの部屋には居ないので、客室に戻ったかと調べてみるも彼女は居なかった。
ふと、ヨハンの頭に不吉な出来事が過った。
即座に踵を返しリアの部屋へ。彼女が寝ている事などお構いなく身体を揺さぶり声を掛けた。
「リア。起きて、リア」
「ん、むにゃ……なんだ、お前……。見ればわかるだろう……私は、寝るのに忙しい。殴られたくなかったら早く……」
「殴ってもいいから、質問に答えてくれ。エルは、エルは何処にいる? 何処にもいないんだ」
「エルぅ……? ああ、アイツならカルーア市場にお使いに行ったよ。私の手伝いでな」
「お使い……。それって何時頃の事?」
「なぁんださっきからぁ! 三時頃だよ!」
「……三時」
現在は六時。カルーア市場にお使いに言ったとしても三時間は流石に掛かり過ぎた。
エルが迷っている可能性も捨て切れないが、ヨハンはどうにも嫌な予感がしてならなかった。
彼はすぐさまリアの元へ離れようとするが、
「ドタドタ煩いぞ! 死にたいならそう言えバカ!」
リアの怒声で一時的に足を止めた。
何もないに越した事はないが、最悪の場合、彼女の力が必要になる可能性もある。
ヨハンは睨み付けるリアに対し、冷たさすら感じさせる視線を返した。
その赤い瞳の奥に宿る感情に、リアは一瞬で目を覚ました。
「……何か、あったのか」
「エルが帰ってきていない。君の話が本当なら三時間経った今でもだ。……何かあったのかもしれない」
「三時間……? 今は六時、か。……しまった、そんな寝ていたのか、私は……いや、待て。まだ帰ってきてない、だと?」
リアの言葉に対し、ヨハンは首を縦に振る。
それで全てを察したのか、リアは舌打ちをしながら視線を斜めに下げた。敏い彼女は一瞬で自分の失態である事に気付いてしまった。
リアは机の上に乱雑に置いてある上着を羽織ると、早足で部屋を出た。
ヨハンもそれに続き部屋を出る。
「詳しい話は行きに話す。すぐにカルーア市場に向かうぞ」
「うん」
彼等は必要最低限の言葉を交わし、家を出た。
身体強化を使って道を駆ける。人も馬車も、全てを置き去りにして二人は進む。
職人が丹精込めた作品や、名所の黄金畑を一切無視し、彼女の痕跡があろう市場へ。ただ、ひたすらに、エルの無事を願いながら。
§§§
「……何の騒ぎだ、これは」
二人はそう時間をかける事なくカルーア市場に到着した。
早速エルを探しに、と思っていたヨハンとリアだったが、想像以上に事態は混沌としていた。
商人や客達が酷い形相で騒ぎ立て、それを甲冑を纏った騎士達が諫めるという図。カルーア市場自体も厳重に封鎖されており、中の道には入る事が出来ない状況だった。
この喧噪を見ただけでも、何か凄惨な事件があったのだと想像する事は難くない。
「何かあったみたいだね。……エルが巻き込まれていないと良いんだけど」
「……そうだな。それは私も願うよ」
未だリアの表情は晴れない。仮にとはいえ、ヨハンにエルを任されていた事が責任を感じさせているのだろう。
「……こうしていても状況は好転しない。二手に分かれて情報取集をしながらエルを探そう」
「ああ。私はそこらの人込みを探す。これだけの人だ。知り合いが居る可能性もあるし、情報収集も捗るだろう」
「わかった。それじゃあ僕は……中を見てくるよ」
そう言ってヨハンが指差す場所は封鎖されているはずのカルーア市場の中。
本来ならば不可能故に静止を促すところのなのだが、リアは全く疑念を抱かず首肯した。
「バレないようにやれよ」
「わかってる。こっそりとやるさ」
ヨハンは人差し指を唇に当てると、微笑を浮かべた。
そして二人は背を向け、互いに行動を開始する。
まずヨハンが向かったのは封鎖されている市場の隣に列居する建物だった。
普通の家屋なのでそこまで警備が厳重ではない。何気ない通行人を演じながら、騎士達の目線を確認。
彼等の視線が外れたと認識したところで、彼は足に魔力を込め、一気に跳躍した。
重力に逆らい宙を舞うヨハン。所々出っ張っている小屋根を足掛けにしながら、屋上へと進む。
「見つかっては……いないみたいだね」
ヨハンは屋上に辿り着いた直後、即座に身を屈め体を隠す。
そして視線で警備の者達が自分に気付いてないと判断し、安堵の吐息を零した。
とはいえ、その段階で悠長に落ち着いている場合でもない。彼は慎重且つ冷静に隣の建物へ飛び移り、この状況に陥った原因を探り始めた。
市場を、道を、騎士達を。全てもモノに目を向け、痕跡を探し事件の究明を。
そうして、幾つか建物を移った時。不自然に騎士達が集まっている場所があった。
ヨハンは再び屈み、様子を伺う。
「あれ、は……」
彼が目を凝らした先には、凄惨な痕が刻まれていた。
地を赤く染め上げる異常な程の血液。体格の良い騎士達が周りに居ても血痕が多量に見受けられる。
それだけで当時の悲惨さが目に浮かんでしまうというものだ。
ヨハンは双眸を痛ましいと細める。そして、この件にエルが関わっていない事を強く望んだ。
「……もう少し話を聞きたい。見つかる危険性があるけど近づいて……」
と、そこまで言いかけた時。彼は気付いた。
血痕が残る場所。その前の露店に、彼は見覚えがあったのだ。
「あそこは確かセラータの……」
先日エルの衣服等で世話になった犬人族の女性、セラータが構える露店の前だったのだ。
ヨハンは思う。仮にエルがお使いに行った際、セラータと接触していたとしたら、露店の前で話をする事は何ら不思議じゃない。むしろ自然な流れといえよう。
ならば、あそこの血痕がセラータ、及びそれに纏わる人物の可能性は高い。
――躊躇している場合じゃない。ヨハンは音もなく建物から飛び降り、物陰に隠れ彼等の声を盗み聞く。
「……な……。……れる……て」
距離が遠い所為か、やはり聞こえてくるのは途切れ途切れの言葉のみだった。
(……聞こえない。もう少し大きな声で)
ヨハンは誰に言う訳でもなく心の中でそっと呟くと、願いが通じたのか。段々と彼等の声が明瞭になり始めた。
ヨハンは一層集中し、言葉の聞き取りに全神経を注ぐ。
「通り魔にしちゃ質が悪い。二度も刺して内蔵を抉られたらしいぞ。意識不明の重体だそうだ」
「おっかねえよ、まったく。聞き込みじゃ小さな女の子を庇う為に犬人族の女と男が刺されたとか何とか。幼子狙いで人斬りなんて救えねえよ。まだ捕まってないらしいし、上はどう判断するのかね」
(……!)
その言葉に、ヨハンの双眸が見開かれる。
最悪だ、嫌な予感があたってしまった、と彼は乱雑に髪を握る。
小さな女の子、犬人族の女性。その後の男はわからないが、最初の二人は間違いなくエルとセラータだろう。
セラータの露店の前、小さな女の子を庇おうとした女性の性格。その二つを鑑みるに、エルが事件に巻き込まれ、その犯人から襲撃を受けた際にセラータが盾になった、という事なのは会話から見て取れる。
問題は何故エルが巻き込まれたのか、という事だ。彼女は未だ此方の世界に来て間もない。神造遺物の件もヨハンとリアしか知らない筈だ。
それなのに彼女は狙われた。しかも殺傷事件とまで起こる事態に発展する程に。
(無差別の女の子狙いだったのか……? 確かにエルは一人で歩いていた。言ってしまえば絶好の獲物だし犯人が狙いを付けたのも納得がいく。……けど仮に、エルの事を知っていた上で襲ったとしたら)
思考を中断。ヨハンは身体強化で建物を駆け上り、来た道を戻り始める。
考えている時間が惜しい。今はすぐにでもリアと合流してエルを追うのが最優先だ。
「ヨハン!」
幸い、元に居た場所に辿り着く頃には、リアが情報を集めて待っていた。
ヨハンはリアの掛け声に気付き、早足で彼女の元に向かう。
「どうだった」
「幾つか情報は得られたよ。どうやら殺傷事件みたいだね。現場を見て来たけど……凄惨と言わざるを得ない。そして最悪な事に、……エルが関わっている可能性がある」
「……本当に最悪だな。それで、内容は?」
「小さな女の子を守る為に男性ともう一人、犬人族の女性がその子を庇って意識不明の重体らしい。で、その犬人族の女性というのが僕達が先日知り合った人の可能性が高い。現場も彼女の露店の前だった。エルと仲が良かったから、会話をしている最中になんらかの事件に巻き込まれたのかもしれない」
リアは腕を組みながら顎先に手指を当てる。
そして、数秒程間を置いた後、口を開いた。
「……そうか。なら此方の情報とも辻褄が合う。偶々居合わせた知り合いに聞いたんだが、カルーア市場から呆然自失の少女を連れて歩くフードの男が居たらしい。お前の話と合わせると……」
「そのフードの男が犯人で、少女がエル……だね」
「ああ」
ヨハンとリア。二人揃って苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる。
「それは何時ぐらいの事かな?」
「一時間前程だ。時間的には五時前後、といったところか」
「五時前後……。因みにどの方向へ行ったかはわかる?」
「山側だな。ラルシュタット湖方面らしい」
「ラルシュタット湖……?」
その場所を聞いた途端、ヨハンが訝しげに眉を顰める。
当然、その様子にリアも反応を見せた。
「なんだ、そっちだと何かおかしいのか?」
「いや……うん。僕はついさっきまでそっちの方で用を済ませていたんだ。だから仮に二人が歩いていたとしたら、姿を見掛けないのはおかしい」
「……なんだと?」
二人が徒歩でその方面に向かっているならば、用事を済ませていたヨハンとすれ違わないのは疑問が残る。
彼等が家屋等に入ったならばお手上げだが、そうでないのなら彼等と接触しているはずなのだ。
ヨハンは人差し指を唇に当て、過去の記憶を遡る。
(帰り際、それらしい二人組はいなかった。それに呆然自失とまでエルがなっているのだとしたら、僕が気付かないはずがない。……なら別の可能性だ。家や店に姿を隠した? ……いや、流石にエルも抵抗するはずだ。それにそれなら人目に残るはず。もっと情報が残っていてもおかしくない。なら後は……。! そうか……!)
ハッ、とヨハンは顔を上げる。彼は決定的な事実に気付いた。
成程。この手段ならば人目に気にせず移動する事が出来る。何故思いつかなかったのか、とヨハンは唇を噛み己を叱咤する。
「リア、馬車だ。犯人は徒歩から馬車に移動手段を変えて動いている可能性がある」
「……! そうか、その手があったか!」
「うん。それなら一目に付かず移動することもできる。僕が彼等に気付かなったのも道理、というわけだ。……もっと注視して歩くべきだったね」
「それは結果論だろう、ヨハン。今更ぐだぐだ言っても仕方ない。……注視しなければいけなかったのは、何もお前だけではないしな」
「リア……」
リアも何時の間にかエルを気に掛けるようになっているな、とヨハンは思う。
自分がいない間に何かあったのだろう、と彼は察して、不謹慎ながらも微笑を浮かべた。
視界に端に見えた彼にそれに対し、リアは舌打ちをして周囲を見遣る。
「いいから、馬車を探すぞ。とりあえずラルシュタット湖方面に向かわないと話にならない。何処かにいいものは……」
ふと、リアの言葉が途切れる。
何故か、とヨハンが彼女を見ていると、ある場所を向いていた。
視線の先、そこには騎士達が使っているであろう馬車が見受けられた。
再びリアへ目線を送る。すると、彼女は悪戯げに口角を上げていた。
「ヨハン。あれを使うぞ。きっと速い」
「……無茶だけはしないでね」
こうなった時のリアが止まらない事は百も承知だ。止めるだけ無駄だろうと察して、ヨハンは溜息を零しながら彼女の後を追う。
二人が接近したのに気付いたのだろう。若い騎士が馬車までの間を遮るように立ち塞がる。
「なんだ? お前達。此処は立ち入り禁止だ。さっさと立ち去りなさい」
「お前に言われなくても用件が済んだらさっさと立ち去る。つべこべ言わず話を聞け、無能」
これが交渉事なら即破断だろう。
初対面の相手に対し無礼極まりない。
何より言葉遣いが最悪だ。
「此方の用件は一つ。その馬車を一つ貸してもらいたい。いいだろう? 沢山あるんだから」
「はぁ……何を言い出すかと思えば。わかった、じゃあ一つ持っていけ。……などと言う馬鹿が居るわけないだろう?」
「ははっ、だろうな。私もそう思うよ。……けれどこっちも急いでいてね。ちんたらしている場合じゃないんだ」
「それは君の都合だろう? 此方には関係ない。さあ、お引き取り願おうか」
「全く、聞き分けの悪い阿呆だ」
リアは肩を竦める。話にならない、と。明らかに彼女の方が話になっていないのに、何故だが優位を保っている。
だが直後、彼女の瞳に色が消える。凍えるような寒さだ。先程との温度差に思わず若い騎士は瞳を瞬かせ、
「――いいから、貸せ」
ぞわり、と。一瞬で若い騎士の背筋が凍った。
彼は悟った。騎士としてある程度戦場を見て来たからだろう。武器こそ構えていないものの、断れば即座に〝殺される〟、そんなあり得ないはずの事を、彼は想起してしまった。
きっと彼女は人目など厭わない。そんなものは些末事だと言いのけ、首を取る。そう思わせる程の威圧感が彼女から発せられていた。
若い騎士は生唾を飲み込み、思った。――犯人より捕えなければならない者がいるだろう、と。
独断になるが仕方ない、と了承しようとするも、上手く声が出せない。出ろ、出ろ、と何度も自分に言い聞かせるが、無常にも空気が零れるだけで。
「返答がない、というのは交渉決裂という事か? それとも承諾したと思って良いのか? 言ったよな、こっちは時間がないと。早く答えろ」
若い騎士とてそうしたいのは山々だが、声が出せないのだから為す術がない。
そして悲しいかな、慌てたお蔭で首を縦に振ったり横に振ったりとした所為で、回答すらも曖昧になってしまった。
完全にコミュニケーション手段が消えた瞬間だった。
リアは舌打ちした直後、そうか、と短く呟く。
「なら用はない。次の奴に〝頼む〟さ。時間を取らせたな」
「ぁ、……! !……!」
「さようなら」
リアが手を若い騎士の眼前に添え、咄嗟に彼が目を瞑り有りえぬ死を覚悟した――その時。
「ぐ、がぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
痛みに堪えた悲鳴が叫ばれた。
場所はある馬車の荷台からだ。リアはヨハンに目配せをする。何かしら情報が得られると判断したのだろう。
ヨハンもそれに承諾と首を縦に振った。
「おい、今の声はなんだ」
「ぁ、あ? 通り魔に刺された、奴らが」
若い騎士がリアの言葉に無事返答出来たのは、悲鳴で一瞬彼女から意識が外れたからだろう。
そうして安堵の吐息を零す彼を他所に、二人は躊躇なく目的の場所まで歩を進める。
途中で騎士達が喚いていたが、二人は聞く耳なしと頑として歩みを止めることはなかった。
そしてリアは、勢いよく隠されている荷台を開いた。
「……これは」
最初に感じたのは鼻を刺激する鉄の臭い。それが荷台全体に充満していた。
二人は次に、と視線を中に居た三人に向ける。
一人目は付き添いの治癒魔法師。二人目は体格の良い男性。状態から察するに、彼が先程の悲鳴を上げた者だろう。
そして三人目。微動だにする事のない、犬人族の女性。
それを見たヨハンは、咄嗟に彼女に駆け寄る。
「セラータ!」
ヨハンが彼女の名を呼ぶも返答がない。それどころか身体の反応すらなかった。セラータは、生きているのかわからない程危険な状況にあったのだ。
ヨハンはセラータの口元に掌を当て、同時に心音を聞く為に耳を胸板に当てる。
「……微かに息がある。心臓も動いている。けど、これは……」
本当に微かな吐息と心音。生きている事には生きている。
しかしこれは、生命活動が停止していないだけだ。
後数分もすれば、セラータは絶命するだろう。
「誰だか知らんが、そっちの女性はもう無理だ。二か所も刺されて内蔵を抉られている。生きているのが不思議なくらいだよ。……治癒魔法をかけたが、限界がある。ここまで臓器を傷つけられてはどうしようもない」
「……」
治癒魔法師の老人は痛ましげにセラータを一瞥し、悔しいと歯を噛み締める。
彼の額からは尋常ではないくらいの汗が出ており、顔色の青白さを見れば魔法の使い過ぎなのは見て取れた。
「おじいさん。貴方は少し休んでください。このままでは逆に貴方が倒れてしまう」
「私の命など惜しくはないよ、青年。私はもう十分生きた。今更生に縋るような事はせん。……けどね、若い芽は別さ。聞けば彼女は小さな女の子を守る為に体を張ったそうじゃないか。……そんな心の清い者が、目の前で命を落とすのは耐えれられない。だが、私には……」
治癒魔法師の老人の言葉はそこで途絶えた。
だが、ここにいる誰もが彼の気持ちを理解した事だろう。ヨハンも、リアも、横になっている男性でされも。
自分の無力さを呪い、嘆く。それは誰しもが一度は経験する事なのだから。
「……お、お前達、何勝手に入っているんだ! ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ!」
先程の騎士とは別の青年が二人に向け声を荒げながら指摘した。
しかし、その声音が恐怖に震えていた。おそらくリアと若い騎士とのやり取りを見ていたのだろう。
二人の視線、特にリアが向き直ると、彼はびくっと、肩を跳ね上げた。
「……」
「な、なんだ。何か言ったらどうだ」
「……黙っていろ。今考え事をしている」
リアが騎士を睨みつつ告げると、彼は反論する事なく押し黙ってしまった。
彼女の視線が再び戻る。男を見て、セラータを見て、そして治癒魔法師を見る。
そして、小さく舌打ちをすれば、上着を脱ぎ治癒魔法師の隣にしゃがみ込み、騎士へと声を掛けた。
「……おい、そこのお前」
「は、はい」
「等価交換だ。コイツ等を治してやる。だから馬車を一台貸せ」
リアの言葉に、その場にいた誰もが驚きを隠せなかった。
あのヨハンでされも目を見開き驚愕している。
「は……?」
「治してやると言ったんだ。町の平和を守るお前らの顔も立てられ、更に命が救われるんだ。一石二鳥だろう?」
「そ、それは……そうですが」
青年騎士は戸惑いながら怪我人、セラータを見る。
彼が疑うのも無理からぬことだ。生きているのが不思議なレベルの彼女を治すなど、常識的な考えて信じられない事だろう。
だが、セラータとエル、二人が切迫した状況もまた事実。青年騎士の煮え切らない態度に痺れを切らしたリアは、表情を一変させ、
「早く選べ! 人の命を前に選択肢などないだろう!」
「ッ……!」
語調を荒げて彼を叱咤した。
命、という言葉を聞いて青年騎士の顔色が変わる。
「……わかった。馬車を一台貸そう。上には私が報告しておく」
「賢明な判断だ。もう少し理解が早ければ言う事なかったね」
「……すまない。念の為だ、貴女の名前を教えてはくれないか?」
「リア・ローズマリー」
「!?」
リアの名を聞いた瞬間、ヨハン以外の全員が驚愕した。
「リ、ア……!? 貴女は、貴女様は……あの……!」
「……この場ではどうでもいいはずだ。さっさと報告しにいけ」
「わ、わかりました!」
そう言って青年騎士は早足に去っていった。
リアはその様子を一瞥することもなく、ヨハンへと目線を送る。
「そういうわけだ。私はコイツ等を治してからいく。お前は先に行け」
「……リア、君は……」
「……下手な感傷に浸ってる時間も惜しい、違うか? ヨハネス」
「……!」
リアの口から紡ぎ出された名に、ヨハンの目が大きく見開く。
そして、彼は名を発する意味を良く理解していた。
即座に彼女から背を向け、近くに居た騎士に馬車の在処を聞き出すと、一瞬だけ足を止め、
「必ず助ける、次に会う時はエルも一緒だ」
一切の不安を感じさせない声音で、言葉を送った。そのままリアの振り向くことなく、ヨハンは消え去っていく。
遠のいていく足音。それは、何時になく頼りになる音だった。
「……ああ、任せたよ」
呟いた言葉は彼に聞こえぬまま宙に掻き消え、同時に彼女の口元に薄く弧を描かせたのだった。




